求める者たち
王立貴族学院の庭園。
午後の中休みの時間、貴族子弟たちは思い思いに過ごしながら、紅茶を片手に談笑を楽しんでいた。
春の柔らかな陽射しが降り注ぐ中、手入れの行き届いた花壇のそばに、白亜のテーブルがいくつか並んでいる。
その一角に、三人の姿があった。
侯爵家の嫡男であるエリオット・アシュフォードは、いつものように穏やかな微笑を浮かべながら席についていた。
学院でも社交的で人望の厚い彼は、誰にでも気さくに接するが、最近は特にある一人の隣を当然のように確保している。
その隣に座るのは、公爵令嬢のルシア・ウェストウッド。
彼女は相変わらず優雅で、穏やかな微笑を浮かべながら、静かに紅茶を口に運んでいた。
"社交界の白百合"と称される彼女は、どの場においても完璧な振る舞いを崩さない。その姿勢は、この場でも変わらず保たれていた。
そしてもう一人。
テーブルの反対側に座るのは、侯爵家の次男であり、学問に秀でたヴィンセント・アルスターだ。
普段は人と深く関わることを好まない彼だが、ルシアに対してだけは特別な想いを抱いている。だからこそ、彼女とエリオットがこうして並んでいる姿を前に、静かにティーカップを置いた。
三人の間には、学院の喧騒とは異なる静かな空気が流れている。
二人とも理解していた。
この状況において、ルシアがどちらかに特別な心を砕くことはないことを。
完璧な淑女として振る舞い続ける限り、彼女は誰にでも平等であろうとする。
今この場では、彼女が迷いを見せることも、どちらかに傾くこともない。
エリオットは、そんなルシアを見つめながら微笑む。
ヴィンセントは、彼女の手元に向けられる優雅な仕草を目にしながら、静かに息を吸った。
だが、彼らは気づいていた。
——本当に、彼女は何も思っていないのだろうか?
ルシアの姿勢は完璧だった。穏やかに微笑み、余計な感情を見せることはない。
しかし、二人は同時に思う。
彼女の内心は、今どちらへ向いているのだろうか?
もしかすると、この状況に戸惑い、内心はおろおろしているのではないか。
申し訳なさを感じているのではないか。
それとも、すべて承知の上で、この均衡を保とうとしているのか——。
それを知ることはできない。
エリオットは静かに紅茶を飲みながら、ふと視線をヴィンセントへと向けた。
それは、ごく自然な仕草を装いながらも、確かな探りを含んでいた。
ヴィンセントは、その視線に気づきながらも、決して引かない。
二人ともわかっている。
どちらが彼女の心を手に入れるのか——その決着はまだつかない。
だからこそ、この状況で彼女の意識を自分に向けさせることができれば——
その均衡が少しでも崩れるならば。
——ルシアの瞳に、ヴィンセントを映させない。
こっちを意識させる。それができれば、少しでも彼女の心を揺らすことができるはずだ。
エリオットは、カップを持ち上げながらルシアを見つめる。
微笑みを湛えたままの穏やかな表情。
しかし、その瞳はどこか愉しげに細められ、柔らかな春の光を映していた。
「ねえ、ルシア。今日も、本当に綺麗だね」
まるで当たり前のことを口にするような、何気ない声色。
「ふわふわの髪に、透き通る肌……光を纏ってるみたいだよね?」
軽やかに放たれた言葉に、ルシアは驚いた表情で頬を薄く色づかせ、誤魔化すように微かにまばたきをした。それから静かにティーカップへと視線を落とす。
「ルシア?少し顔が赤いけど……紅茶、熱すぎた?」
エリオットがふっと身を乗り出し、彼女の表情を覗き込む。
「……そんなことはありませんわ。ただ、少し陽射しが暖かくて」
ルシアはやわらかに微笑みながら、静かに答える。
その声音はいつも通りの穏やかさを保っていたが、ティーカップを持つ指先が、ほんのわずかに強く縁をなぞったのをエリオットは見逃さなかった。
彼はカップをそっと置き、ゆっくりと手を伸ばす。
「そっか。ならいいんだけど」
そう言いながら、ルシアの指先に触れる。
「でも……やっぱり、少し熱いかも?」
「え……?」
戸惑うようにルシアがまばたきをする。頬の赤みが、ゆっくりと広がっていくのがわかった。
「エリオット様……?」
「ふふ、今まで口に出してこなかったけど、ルシアの手って本当に綺麗だね」
彼は、名残惜しそうに指を滑らせながら、微笑む。
「何度も繋いできたのに、ちゃんと褒めたことがなかった気がする。……遅くなっちゃったね?」
彼の声音は優しく、どこか申し訳なさそうにさえ聞こえた。
「そんな……。そのようなこと……」
ルシアはわずかに俯き、戸惑ったように唇を噛んだ。
「でも、ルシアは優しいから、怒ったりしないんだよね」
くすくすと微笑みながら、エリオットはそっと彼女の手を包み込んだ。
指先まで絡め取るような、優雅でいてどこか躊躇いのない動き。
そして、ふいにエリオットは身を寄せる。
柔らかな髪がさらりと揺れ、彼の顔がルシアの方へ緩やかに傾いた。
「婚約者同士なんだから——」
低く甘やかな声が、すぐ耳元で囁かれる。
わずかに吐息が混じるほどの距離感。
「もう少し我儘を言ってくれてもいいんだよ?」
穏やかに微笑みながらも、その声は絡め取るようにゆっくりと紡がれる。
彼の指先は優しく、けれど確かに彼女を離さない意志を秘めていた。
その瞬間、ルシアの肩がわずかに震え、くすぐったそうに身じろぐ。
驚きに目を見開いた彼女の頬が、じわりと赤く染まっていく。
エリオットの唇が、満足げにわずかに吊り上がった。
優しく婚約者を見つめる表情のまま、内心では確かな手応えを感じていた。
——あと一押し。
もう少し、この距離を保てば——。
カチリ。
小さな音が、空気を切り裂く。
対面に座るヴィンセントが、ティーカップを置く音だった。
「……エリオット様、そのくらいにされたらいかがでしょうか」
控えめな声音。
けれど、その言葉にはわずかな硬さが滲んでいる。
エリオットは、ふっと表情を緩めながら視線を向けた。
その目の奥には、どこか楽しげな光が揺らめいている。
ヴィンセントの瞳は、静かに、しかし確かにこちらを射抜いていた——。
「え? なんで?」
「ルシア様が、お困りのように見えます」
「そう?」
まるで確かめるように、ルシアを覗き込む。
彼女の頬には淡く紅が差し、長い睫毛がほんの僅かに伏せられていた。
「ね? ルシアが何も言わないんだから、大丈夫ってことじゃない?」
ヴィンセントの眉がわずかに動く。
「ルシア様が口に出されないからといって、許されることではありません」
「そっか。でもさ、婚約者なんだし……このくらい普通だよね?」
エリオットは、ゆるく微笑みながら、ルシアの手をそっと包み込む。
「ルシア、いやだった?」
わざとらしく眉を下げ、ほんの少しだけ困ったような表情を見せる。
「いやだったなら、ごめんね?」
ルシアは、わずかに唇を開きかけ、言葉を飲み込んだようだった。そして、ゆるりと瞬きをし、戸惑いながらもかすかに首を振る。
「そ、そんな……そのようなことは……」
「そっか、よかった」
ふっと柔らかな笑みを浮かべると、エリオットはそっとルシアの手を離し、かわりにゆるやかに彼女の髪に指を滑らせた。
柔らかな髪をひと撫でし、まるで愛おしむように指先に絡める。
「やっぱり……ふわふわだね。ずっと触っていたくなる」
その声音は冗談めいていたが、目元はどこまでも優しく、ひたすらに愛おしげだった。
「触らせてくれて、ありがとう」
指先が髪を滑るたび、ルシアは微かに肩を揺らし、睫毛を伏せる。
頬の赤みが、さっきよりも増していた。
ルシアは唇をわずかに開きかけたが、結局、何も言葉は出てこなかった。
そして、エリオットが手を放した瞬間、ルシアの指がほんのわずかに動いた。
まるで、その温もりを惜しむように。
エリオットは、それを確かに見た。小さく、けれど満足げに微笑む。
ヴィンセントは、それに気づかない。
エリオットは静かにティーカップを持ち上げ、紅茶を一口飲んだ。
——これでいい。少しずつ、ゆっくりと。
ルシアが、彼を選ぶように。
自然と、心から。
ルシアがそっと手を動かす。
まるで無意識の仕草のように、耳にかけていた髪をおろし、赤くなった耳を隠した。
それは、ささやきの余韻を振り払うような仕草だった。
けれど、その指先がわずかに迷うように動くのを、エリオットは見逃さない。
彼は軽く微笑みながらティーカップを傾け、何も言わずにその様子を眺めた。
そして、ふと視線を上げると、向かいのヴィンセントの指が、カップの持ち手をわずかに強く握ったのが見えた。
沈黙が落ちる——その一瞬の間を埋めるように、ルシアの声が響く。
「ヴィンセント様、先日の本……覚えていらっしゃいますか?」
窓の外では木々が風に揺れ、陽光がティーサロンのテーブルを優しく照らしていた。
紅茶の香りがゆるやかに広がる中、ルシアが静かに口を開く。
彼女の声音は澄んでいて、どこまでも穏やかだった。
しかし、その仕草は、どこか慌ただしく。
話題を変えようとする意思が、わずかに滲んでいた。
「ええ、もちろんです」
ヴィンセントは微笑みながら頷く。その表情には、どこか誇らしげな色が滲んでいた。
「とても面白かったですわ。おかげで、また読書が楽しくなりました」
ルシアの口元に、柔らかな微笑が浮かぶ。
彼女の言葉を受け、ヴィンセントの表情が一瞬、驚きと安堵に揺れた。
「それは……よかったです」
「ヴィンセント様の本の選び方は、とても素敵ですわね。知識が豊富なだけでなく、読み手の好みや理解度まで考えて選んでくださった事が伝わりましたわ」
そう言うと、ヴィンセントは少し驚いたように目を瞬かせた。
すぐに口元が和らぎ、控えめな笑みを浮かべる。
「そう言っていただけるのなら……私も嬉しいです」
「皆様がヴィンセント様を頼りにされるのも納得ですわ。私も、本についてお話しするたびに新しい発見があり、とても勉強になります」
ルシアの穏やかな言葉に、ヴィンセントの瞳が柔らかく細められる。
静かに聞き入っていたエリオットが、カップを持ち上げると、指先がわずかに白くなった。
「それに……私、ヴィンセント様と本のお話をするのが、とても楽しいのです」
ふんわりとした微笑みとともに紡がれたその言葉は、ごく自然なものだった。
けれど、ヴィンセントの表情が一瞬にして明るくなる。
「ルシア様……!」
彼の喜びがそのまま表情に現れ、思わず身を乗り出しそうになるほどだった。
しかし——
「ルシアが楽しめたなら、それが一番だよ」
エリオットの柔らかな声が割り込んだ。
カップを置いた彼は、変わらず微笑んでいたが、その指先はさきほどよりも強く握られている。
「……エリオット様?」
ルシアがゆるりと彼を見つめる。その優雅な微笑みは、何も変わらない。
「……いや、なんでもないよ」
エリオットは静かに微笑み、そっとカップを置いた。
その手の震えを隠すように、ゆっくりと指をほどく。
「……ルシア様、そろそろ講義の時間ですね」
ヴィンセントが時計を確認しながら、穏やかに声をかけた。
「あら、本当ですわね」
ルシアが軽く瞬きをする。そのままカップを置いたところで、ヴィンセントがふと微笑みながら言う。
「少し距離がありますし、早めに向かいませんと」
その言葉に、ルシアは静かに頷き、優雅な仕草で席を立とうとする。
すると、ヴィンセントが軽く身を乗り出し、手を差し出した。まっすぐに伸ばされたその手は、言葉を交わさずとも、エスコートの申し出を明確に伝えていた。
ルシアはふと動きを止めた。わずかに視線を落とし、ほんの一瞬だけ迷うような素振りを見せる。
差し出されたヴィンセントの手を見つめながら、その指先がわずかに動いた。
だが、そのまま手を伸ばすことはせず、ほんの一瞬、視線を横へ向ける。
エリオットへと。
彼を窺うような、あるいは、何かを伺うような、慎ましい仕草。
それはまるで、婚約者であるエリオットを気遣うかのように——。
エリオットは、カップを持ち上げながら微笑んだ。緩やかに、何の動揺も見せることなく。
まるで、何も気にしていないかのように、ただ静かに彼女の視線を受け止める。
"……気にせずどうぞ"そう言わんばかりの態度だった。
ルシアは数秒の間を置き、やがて柔らかく微笑む。
そして、静かにヴィンセントの手を取った。その指先がほんのわずかに震えた気がした。
ヴィンセントは表情を引き締めながら、丁寧にルシアを支える。
その動作には、一片の迷いもない。ただ、彼女を大切に扱うことだけを考えた、紳士の所作だった。
「それでは、エリオット様——お先に失礼いたしますわ」
ルシアの声音は穏やかで、変わらず優雅な微笑みをたたえている。
「——ああ。講義、頑張ってね」
エリオットは短く答え、ティーカップを持ち上げる。
その指先に、ほんのわずかに力がこもるのを、自分だけが知っていた。
ルシアとヴィンセントが並んで去っていく。エリオットは静かにその背中を見送る。
すると、ヴィンセントがふと振り返った。唇には、わずかな微笑が浮かんでいる。
それは、確かな優位を確信した者の表情だった。
エリオットは、ふっと笑みを消し、ゆっくりと息を整えようとする。
だが、胸の奥を軋ませるような感覚は、深く息を吐いたところで消えるものではない。
それが——最後の一撃だった。
——バリンッ。
白磁のティーカップが、彼の手の中で砕け散る。
周囲の学生たちが息を呑んだ。視線が一斉にエリオットへと注がれる。
「エリオット様?」
「どうかなさいました?」
誰かが心配し声をかけるが、エリオットはゆっくりと立ち上がり、壊れたカップの破片を指で払った。
「……ああ、ごめん。手が滑ったみたいだ」
微笑みを浮かべる彼の声は穏やかで、何の変化もないように思えた。
けれど、その瞳の奥には、深い深い暗闇が広がっていた。
学院の中では、何もできない。
だから、今はまだ笑顔を崩さない。
けれど——
ルシアは、もう僕以外の居場所を知っている。
彼が、そう仕向ける。
彼が、そうしてしまう。
指先についた紅茶の雫をそっと拭いながら、彼の唇が静かに、ゆっくりと微笑んだ。
——学院の誰も知らない、狂気に染まった男の微笑みだった。
その夜、エリオットは眠れずにいた。
静まり返った自室の窓辺に立ち、夜空を見上げる。
漆黒の空に浮かぶ月が冷たい光を放ち、静寂に包まれた世界を照らしていた。
風がカーテンを揺らし、揺らめく影が壁に淡く映る。
窓越しに差し込む月の光が彼の横顔を照らし、穏やかにも見えるその表情の奥で、黒く滾る感情がゆっくりと熱を増していく。
「……もう、取り繕う意味なんてないのかもしれないな」
低く囁いた声は夜の闇へと溶けていく。
今まで、どれだけ"普通のふり"をしてきたのか。
どれだけ"理想の婚約者"として振る舞い、彼女の自由を尊重してきたのか。
社交界の規範に沿い、誰に対しても公平であるよう努め、ルシアに対しても過度に束縛せず、適切な距離を保ち続けてきた。
——けれど、それが彼女の望みではなかった。
彼女は言った。"私だけを特別扱いしてくださる方"。
その言葉が耳の奥に焼きついて離れない。瞼を閉じれば、すぐに思い出してしまう。
彼女が、ヴィンセントと過ごす時間が楽しいと言ったこと。
彼女が、ヴィンセントの隣で安らぐと言ったこと。
彼女が、ヴィンセントの言葉に微笑み、彼の話に楽しげに頷いたこと。
——あいつのどこが、そんなにいい?
苛立ちが胸を満たし、指先が無意識に拳を握り締める。
自分が与えてきたものでは、足りなかったのか。
彼女が望んでいるのは、本当に僕ではなかったのか。
「……ルシア」
名を呼んだ瞬間、喉が詰まる。胸が締めつけられ、息苦しさに支配される。
——違う。そんなはずはない。
彼女のすべてを知りたい。
彼女のすべてを手に入れたい。
彼女のすべてを、"僕だけのものにしたい"。
これまで、何度も抑え込んできた欲望。
何度も理性で押し殺してきた激情。
けれど、それは決して消え去ることなく、ただ積もり続け、今、限界に達しようとしていた。
"深く、私だけを愛してくださる方"
"私以外には目もくれず、誰にも微笑まない方"
"私だけを特別扱いしてくださる方"
——ならば、僕がそうなればいい。
彼女が求めているのは、社交界の理想を体現する男ではない。
誰にでも公平で、穏やかで、周囲の目を気にする婚約者ではない。
"ただひとりのために、狂うほどに愛し尽くす男"。
ならば、僕は——。
エリオットは息を詰めた。指先が震える。
彼女のことを考えれば考えるほど、胸の奥に絡みつく焦燥が次第に抑えられなくなっていく。
彼女が望むなら、どこまでだって堕ちてやる。
誰よりも彼女を想い、誰よりも彼女だけを愛し、彼女の世界を、僕だけのもので満たしたい。
彼女が、僕以外の誰にも微笑まなくなるまで——
僕なしでは生きられないほどに、僕を求めるようになるまで——
「……ルシア」
そう願うのに、あいつが邪魔をする。
ヴィンセントがいる限り、それは難しい。
ルシアが僕を求めるように、そうなるように仕向けているのに、あいつがそれを阻む。
不安にさせたタイミングで、すかさず寄り添い、安心させる。
彼女の心が揺れたとしても、あいつがその隙を埋めてしまう。
まるで"都合のいい"存在のように。
まるで、"僕よりもふさわしい"とでも言うように。
——本当に、邪魔だな。
どうすれば、あいつを遠ざけられる?
ルシアの傍にいるのは、僕だけでいいのに。
エリオットは長く息を吐き出した。
「……このままで、済ませるつもりはない」
もう、隠す必要なんてないのかもしれない。
彼女の隣が僕のものだと、誰にでも分かるように振る舞ってしまおうか?
周囲の人間に言って回る?
"彼女は僕の婚約者だ"と。
"僕のものだ"と。
いいや、それでも足りない。
そんなものでは、彼女は僕だけのものにならない。
いっそ、ルシアに直接言おうか。
「ヴィンセントを見ないでくれ」と懇願する?
もし、それを伝えたら——彼女は、どんな顔をするだろう。
嫌がるだろうか。
けれど、婚約者なのだから、僕だけを見てくれないと困る。
エリオットの胸の奥で、確実に何かが変わり始めていた。
これまで守ってきた"理性"が、静かに音を立てて崩れ始める。
彼女が、僕だけを求める世界。
彼女の視界に、僕以外の男が入らない世界。
彼女が僕なしではいられないような、完璧な関係——それを作り上げるには、どうすればいい?
エリオットは窓を閉めた。夜風が途絶え、室内には彼の鼓動だけが響いている。
静寂が戻る。
それでも、彼の心のざわめきは止まらないままだった。
——彼女を手に入れるためなら、僕はどこまででも変われる。
優しく微笑みながら、彼女を僕だけのものにする。
夜の闇に、エリオットの瞳が静かに光を宿した。
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