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Blind Happiness  作者: Butler
1/1

-始まり-


 冷たい地面と、少しの風。青臭い匂い。私は何処かの森に捨てられていた。

事の経緯はそう難しいわけでもない。ただの口減らしである。


両親は、私に物心が付いた時には死んでいて、

その頃からか……私の眼は光を失ってしまっていた。


村に住んでいた私は、物知りなおばあちゃんの元で育てられることになり、

目が見えないなりに、様々な知識を吸収していった。


村人達も、初めは同情してくれて、助けてくれることもあった。

だけど、おばあちゃんの死後、状況は変わってしまった。

知識は有っても何もできない私を次第に村人たちが疎み始め、

嘲り、不満が音で伝わって来る……。


呪いの子、災いの子だと。


遂には村から連れ出され、どこかの森に置いていかれて今に至った。

抵抗する気力も、歩く力もあるはずが無く、

暗く冷たい闇の中を独りぼっち。


光の無い世界、それは私にとってはいつもの事。

それでも、辛くない訳ではない……私にだって感情はある。


溜息が漏れ、唇が震え、嗚咽と共に暖かい雫が頬を伝うも、

それで何かが変わる訳でも無い。


私は誰にも愛されずにこのまま朽ち果てていくのだと悟って、

いっそこのまま死んでしまおうかと、全てを放棄し、地面に寝そべった。



 五感の一つを失うとそれを補う為に他の感覚が異常に発達する。

それは私も例外ではなく、鼻や耳の感覚が鋭くなっている。

動物達の鳴き声、草木を掻き分ける音、

そういった音だけが私の世界を彩るのだ。


だから……私は気付く事ができた。

動物達の音や匂いに紛れ、ゆっくりと近づいてくる何かの気配を……。

動物とは違っている……確かな気配を。

私のよく知っている……人間と言うモノの音を。


人売りか、賊か。森の中に居る人間は大抵良くないモノが多い。

私は逃げようと急いで立ち上がろうとして、ふと思い止まる。


どうして逃げる必要があるのだろうか?

今の私は失うものなんて何もないじゃないか。

死にたいと望んでいたじゃないか。


でも、死にたいとは思っていても体は言うことを聞かず、

少しでも延命したいと言う気持ちは先走る。


「ねぇ、そこにいるのは誰?」

私が気配の方へと声を掛けてみれば、

それは私のすぐ近くまで来て立ち止まった様だ。


「これは……驚いたな。こんな森の奥に人がいたとは」

気配は、息を飲んだ様な音の後、言葉を発した。

少しこもっていて聞こえ辛いが……男の声だ。

マスクでもしているのだろうか。


暫く、静寂が訪れた後、彼はまた音を奏でた。

「どうしてこんな所で座り込んでいるんだ? もう夜遅くなると言うのに」

彼の音は、口調の割には何処か優しく、安心できるような音で、

私は少しほっとした。これなら直ぐに襲われることはないだろう。


なので、私は……少しばかり飢えていた会話、と言う音を奏でたいと思った。

「連れてこられたの。森の奥……だったかな……そこまで」

「連れてこられた? 盗賊とかにか?」

「ちがう」

「では、誰なんだ?」

「…………村の人。 私の住んでた所の」

彼はまた驚いた様に息遣いをした……ように思える。

思える、と言うのは彼がマスク? をしていて音がうまく聞こえないからだ。

それに、普段なら私は音や匂いで大体の位置がわかるが、

彼にはあまり匂いがしない。

どういう感情を抱いているのかの音も分かり辛い。

でも、嘘はついていない……そんな気がした。


今度は此方から話しかけてみようか。

「あなたは、何故こんな所に居るの?」

「俺は……ずっとこの森に住んでるんだ」

「……森に住むって、変わってるね」

「そうか? まぁそうだろうな。他の人より変わっていなければ、

 ここには住んで居なかったかもしれないな」

”他の人より変わっていなければ”

彼のその言葉は何かを含んでいるような気がした。

でも、その何かは……きっと私も知っている。

私は、男に対して、親近感を沸いてしまった。


「……あなたも何か事情が……?」

「そう言うことだ」

「じゃあそのマスクもその事情の一つだったりする?」

「……! あ、ああ……」

息遣いの音が変わった……これは……恐怖?


「そう……事情があるなら残念。

 あなたの音、聞こえ辛いから、

 出来ればマスクを外して貰いたかったの……」

「…………」

いや、恐怖じゃない……これは不安……か。

どうやらマスクを外すのに抵抗があるようだ。

すっかり黙ってしまった相手に、私も言葉を掛けれず静寂が生まれる。


それからどのくらい経っただろうか。

数分? 数時間? 分からないが……結構な時間が経った頃、

彼に動きがあった。


布の擦れる音、金具の音、何かが落ちた音。

「これで……いいか?」

彼の声を聞き私は驚いた。

マスクを外すのに抵抗があったように思えたが、それを外したのだ。

しかし……それ以上に驚いたのは彼の音に対して。

とてもクリアな音、透き通っていて……美しい音。


「え、うん……よく聞こえるようになった。ありがとう」

「ああ……」

「でも、どうして? 事情があったんでしょ?」

「別に外すことには抵抗はない。……ただ、その後の反応が嫌なだけだ」

「なるほど……」

私としては、今の所、声が良く聞こえるようになった位しか感じない。

その”反応”をしていなければ良いのだけれど……。


「……私は、その嫌な反応をした?」

「……いや、反応していないな」

「良かった。ならもっとお話ししてもいい?」

「……ああ、いいぞ」

どうやら、彼が私に持っていた不安の音は消えたようだ。

お互いに少しだけ心が解け、その後も他愛無い会話を交わし続ける。

気がつけば、涼しげな気温に夜を知らせる虫の音が鳴り始めていた。


肌寒い空気に体を震わせ、上に顔を向けて呟く。

きっと、空には綺麗な景色があるのだろう。

雲一つない、星の夜空が。

「もうこんな時間……楽しい時間はあっという間だね……」

少しだけ切なく呟けば、隣に居た彼がそうだな。と相槌を入れる。


「……夜になるとここはすごく冷えるぞ。森から出た方が良い」

「出る……? ここから?」

「あぁ。村に帰れなくても他の場所に行けば、

 優しい誰かに会えるかもしれないだろう?」

優しい誰か……。私を育ててくれたおばあちゃんを思い出すが、

直ぐに頭を振るう。もう私は、優しさを信じられない。


「嫌……もう関わりたくない……!」

追い出された時に、深く傷ついた心は関わりを拒んでしまっている。


「…………」

「あ……ごめんなさい……」

つい声を荒げ悪感情をぶつけてしまい、急いで謝罪をすれば、

「いや……いい。大丈夫だ」と返ってきた。


「……もう一つ、帰れない理由があるの」

それに、先程の発言から、彼は恐らく、私の”事情”を知らない。

彼は、不安を乗り越えてマスクを外してくれた。

なら、私も……そうするべきだろう。


言葉の続きを待っている彼に、私は意を決して音を紡いでいく。

「眼が……見えないのよ。 両親が亡くなってから直ぐにね」

すると、彼の音が納得と罪悪感で埋まっていった。


「そうか……道理で……いや、何でもない。

 帰ると良いなどと……酷な事を言ったな」

「気にしてない……何も……」

私にはもう帰る場所はない。戻っても幸せなどない。

でも、最後に訪れたこの時間は少しだけ楽しかった。


「お前は……これからどうするんだ……?」

「……行く場所も、する事もないから……。

 このまま……静かに朽ちて行くと思う」

少し皮肉めいた笑いを彼に見せる。

これを言ったのは失敗しただろうか。

冗談でも希望を見せた方が、罪悪感を覚えさせずに済んだかもしれない。


私は、空気を切り替えるように彼に質問する。

「あなたは帰らないの? もう遅いよ?」

「あ、ああ……」

あぁ、ダメだ。悲しいという音が響いている。

どうせなら、綺麗に別れるべきだった……。


「……もしあなたが乱暴な人なら……、

 お互いに、こんな気持ちでお別れにならなかったのかな」

これは違うだろう。彼に対して罪悪感が強くなり、

つい言葉が漏れてしまった。


「えっと……私なら気にしなくて良いよ。 

最後に会話できて楽しかったから……満足」

楽しかった……それは本音なのだ。

彼との会話は嘘偽りなく、素直に話す事ができた。


だから満足だ。


私は草むらに横になり耳を済ました。

虫の鳴き声と動物の鳴き声……このまま静かに死んでいくのも悪くない。

まだ、彼はそこに居るが、どんな表情をしているのだろうか。

悲しい顔か……面倒そうな顔か……。

どうしてか、彼の顔を見てみたいな、なんて思ってしまった。

とっくに、光を求める事は諦めていた筈なのに……。


想像したらおかしくて、少し口角が上がってしまう。

会ってわずかだというのに、名前も知らない人の事を知りたいだなんて。


でもこれ以上望むのは……ダメだ。

私は、冷たい眠気に身を委ねる。

これ以上、希望を持ちたくない。

裏切られて、絶望したくない。


だが……。

「……お前も、一緒に来るか?」

「え……?」

私は、その言葉に体を起こした。


幻聴だろうか。こんな私に、価値の無い私に……彼は何と言った?

一緒に……? あり得ない。

だが、彼の口から出た音は……心の底からの優しさで溢れている。

間違いない……今まで掛けられたことの無い優しさだ。


人に頼らないと決めたばかりなのに、

その音は私の心を深く突き刺し、

刺された所からは熱く心地良い何かが溢れ出す。


「……? 泣いているのか?」

「……眼は見え無くても、涙は出るの」

私は急いで頬を伝うそれを拭った。これ以上迷惑は掛けられない。


「嫌だったか?」

「違う……その逆。嬉しい……」

そう思ったときに私は悟った。やはり死にたくなかったんだと。

でも……一緒に行った所で……と不安でいっぱいになった。


「でも、いいの? 私……何も出来ない」

「そんな事、これから見つけていけばいい」

「……私はまだ……生きていても良い……?」

「そうだ。帰ろう……俺の……いや、俺達の家に」

こんな事、許されるのだろうか……。

私は、望んでも良いのだろうか。


直ぐ近く、私の目の前に手を差し伸べてくれている彼に、

私は手を伸ばして……止まる。

その前に、大事な事を聞く必要があった。


「その前に……ひとつだけ聞きたい事があった」

「ん?……何だ?」

「私……まだあなたの名前……知らない」

「ああ、それは確かにそうだ。だが、それはお互い様だろ? じゃあ……」

そう言うと、膝を付く音と共に直ぐ近くに気配を感じた。

恐らく……目の前にしゃがみ込んでいるのだろう。


「俺はストック。固くなる必要も、敬語も要らない」

「私……は、アイリス。これからよろしく……お願いします?」

そして、私達は握手を交わした。


これが私と彼の出会い。そして始まり……。


「さて、立ち上がれるか? 無理そうなら抱えて行くが……」

「大丈夫、多分歩ける……でも腕が欲しい」

「腕……? あぁ、そう言う事か」

そう返した彼の手を頼りに、私は立ち上がると、袖を掴んで歩いていく。


私は、彼に何を返していけるだろうか。

そんな思いを心に秘めながら。


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