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労働者階級の英雄たち  作者: 鳥獣ギガ
4/4

【4】あるがままに

「おはようございます、本日分の荷物をお届けに参りました」


29歳の誕生日に異世界にやって来たあの朝から、

あっという間に2週間も経過してしまった。


異世界ヴァールカナールには日帰り旅行の、一日だけの滞在のつもりでいた。

一切、何の根拠もないけれど、きっとすぐに埼玉県の自宅に帰れるだろうと

俺は、すこぶる楽観的に考えていた。

あの日、異世界生活初日、トミーさんの仕事を手伝いつつ

俺は帰り道を必死に模索したが、

結局日本に、元の世界に帰ることが出来なかった。

初日の晩、俺はトミーさんの自宅に泊めてもらい

一晩眠ったら、あら不思議!!

翌朝目を覚ますと、

元通りに自宅のベッドの上に無事戻っていましたとさ、

めでたし、めでたし…

という下手なテレビドラマのような展開を期待していた。


所持金もなく、身寄りもいない俺の身を案じたトミーさんのところで

あれからずっとお世話になっていて、

今朝もトミーさんの仕事を手伝っている。

今朝、夜明け前の深夜午前3時に、お得意様の青果店に

荷物を届けている。朝市で販売する新鮮な野菜や果物だ。


ヴァールカナールと元の世界は季節が連動しているのか、この2週間で

朝晩冷え込むことが多くなった。ユニ〇ロのTシャツの上から、

簡素な薄い麻のシャツを重ね着しているだけなので、これから先、

ここに留まるのが長引きそうなら厚手の上着を買わなきゃいけない。


トミーさんは、会って間もない人間の、

しかも、ヴァールカナールに初めてやって来た、トミーさんから見ると

外国人である俺の仕事を手伝いたいという申し出に対し

「いいよ、別に」と二つ返事でOKしてくれた。

得体の知れない人間から仕事を手伝いたいと言われても、

俺の立場だったら困惑して断るだろう。

トミーさんの懐の深さに感謝しつつ、どうにか恩を報いたいと思って

仕事をしている。


「トミー兄ちゃんとこのジョージか、仕事はだいぶ慣れてきているようだね」


この青果店の店主をはじめ、街中の配達先のお客さんたちにも、

すっかり顔を覚えてもらいつつある。

今、俺は、よりヴァールカナールの人名の発音に近い外国人風の名前、

ジョージと名乗っている。

俺の父親が、イギリスの某有名ロックバンドの大ファンで、

俺の名前もそのバンドメンバーのひとりから命名された。

今、まさに、憧れの人と同名なのだ。

トミーさんと一緒に、馬車で配達先を効率よくまわり、荷物を届ける。

荷物が木箱に入っていて1つ1つがかなり重く、

この2週間で腰にダメージがかなり蓄積している。

切実に湿布が欲しい。

配達業って、想像以上に大変なんだと痛感する。

元の世界に戻ったら、再配達なんてさせないと心に誓った。


俺は自動車の免許を持っているが、運転免許証は今、手元にないし

何よりこの世界には自動車そのものが存在していない。

トミーさんに自動車のことを質問したら、

「ジドウシャ?何だそれ」と返されてしまった。

俺がレンタカーで車を借りるなどして、トミーさんと別ルートで

配達すればもっと早く仕事が終わるんだけどな…、と思いつつ荷物を運ぶ。


自動車という文明の利器がないのは、

あの便利な世界を知る俺からすると信じられない。

こう言っては何だが、トロトロ走る馬車で運ぶのだから、()()()が悪い。

トミーさんが荷物を運ぶことで、この街の商売を支えている。

トミーさんたち物流業界の人たちは、ヴァールカナール経済の屋台骨である。

時間がかかるくせに、休めない。これが、トミーさんの仕事だ。


仕事を真面目に取り組み、この街の地理にも少し詳しくなった。

配達中、俺は隈なく元の世界に戻れそうな

怪しい場所がないか逐一チェックするのも忘れない。

まだ行ったことがない路地裏を発見しては丹念に探した。

しかし、俺の捜査の範囲内では該当する箇所が存在しなかった。

壁や地面に穴なんて開いてないし、某猫型ロボットが所持している

何処にでも行けそうなドアもないし、

それっぽい雰囲気がただよう祠や施設もない。

俺の知っている都市伝説の話の中で、

異世界では祭囃子(まつりばやし)が聞こえるというのがあるが、

ずっと聞き耳をたてても、そんなのは一向に聞こえてこない。


囃子(はやし)というか、そもそも日本ぽいモノを

ヴァールカナールでは発見できていない。

お米はあるが、日本産のものとは品種が違うし、味噌や醤油もない。

ゆえに、この2週間ずっと日本食を食べてない。つらい。

俺の埼玉の自宅アパートの近くに、有名な焼きおにぎりのお店がある。

削ったおかかと、醤油の焦げ目が付いた香ばしい焼きおにぎり、

今の俺なら無限に食える気がする。



もう一度言うが、2週間も異世界に滞在するというのは

当初は想定外だった。

今のところ帰れる手立てが全く見つからないが、

俺は元の世界に帰ることを諦めていない。

早く帰還しないと会社をクビになってしまう。

ただでさえ、人手不足の現場なのに長期間休んでなんかいられない。

それに、家賃の支払いが滞ったらアパートを追い出される。

今頃、捜索願とか出されているんだろうか。

きっといろんな人に迷惑をかけているんだろう。

それに、トミーさんのところにずっと世話になるわけにもいかない。

もう、いい加減、この異世界からログアウトしたい。


朝一番の配達が一段落した後、トミーさんと別れ

俺は朝市(マルシェ)に移動して買い物をする。

トミーさんから予算を預かり、おつかいを頼まれているからである。

トミーさんが残りの仕事を片付けている間に、

俺は買い物と朝飯とついでに昼飯の支度をする。


時刻は午前6時30分。

ヴァールカナールの屋外朝市(マルシェ)が開店しはじめる。

朝早いが人手が多く本当に賑やかで、楽しい。

商品の果物、野菜、生鮮食品はどれも新鮮で、品揃えも豊富である。

あれもこれもと買いたくなるが、居候の身なのでぐっと我慢する。

パン屋さんで、主食の大きいハードパンを買い、チーズ屋、

先ほど荷物を配達した青果店、肉屋へと次々にまわる。

青果店では、旬の洋梨をおまけしてくれた。

いつも同じルートで巡るお店は、

すべてトミーさんの仲のいい友人が経営している。

トミーさんは顔が広く、トミーさんを通じて知り合いが増えてきた。

親切な人が多く、言葉は通じても

ヴィーゼグラン語の文字が読めない俺にもやさしくあれこれ教えてくれる。

おかげで、少しずつだが簡単な単語からヴィーゼグラン語を習得している。

俺はこの2週間で早くもこの世界に馴染みつつある。


トミーさんの家は、一軒家で、ヴァールカナールのベンダー通りという

大きな通り沿いにある。

買い物を済ませた俺は、トミーさんから託された家の鍵を開けて中に入る。

1階が今は閉店している飲食店になっており、2階が住居スペースになっている。

ヴァールカナールで行く当てもない俺を不憫に思ったトミーさんは、

1階の営業していない飲食店スペースの奥にある、

今は使われていない部屋を使わせてもらっている。

異世界に来て初日からずっとだ。

マジで有難くて、トミーさんに足を向けて寝られない。

8畳程の広さの部屋には、以前誰かが使っていた、

ベッド、タンス、テーブル、イスと

必要最低限の家財道具が一式揃っていた。

ただ、長い間誰も使用していなかったのか家具には

うっすらと埃が積もっていた。

トミーさんは頭をかきながら、

「掃除にまで手が回んなくてよ」と言った。

家事が得意だと言うトミーさんであっても、あまりにも仕事が忙しすぎて

使用していない部屋の掃除は後回しになるのは仕方ないことだ。


「大事な家族が使っていたんだがな」

トミーさんが俯いて寂しそうに言った。

「この部屋に入るのがつらくてさ」


誰にでも笑顔で接する、元気で明るい印象のある

トミーさんが時折見せる悲しみをこらえる顔を見て、

何が起きたのかなんて無神経に根掘り葉掘り聞くことも出来ず、

ただ俺は真摯に感謝の気持ちを告げた。

トミーさんの大切な家族が使っていた大切な場所ということで、

俺は家具を傷つけないように丁寧に掃除した。

今は営業していない飲食店スペースも、全体的に汚れていたので

ついでに綺麗に磨き上げた。

埼玉県の自宅アパートでは掃除を怠っていた俺は、

久しぶりに掃除らしい掃除をした。


なお、今、俺が来ている服までも着ていないからと

一時しのぎとしてトミーさんが貸してくれたものだ。

どうやらこの服もこの部屋の住人が着ていたようだ。

白いシンプルな麻のシャツのサイズはピッタリだった。

ズボンのウエストはバッチリ合っていたが、

裾を少し折らなければならなかった。

服の持ち主と俺は体型がほぼ同じだが、

この服の持ち主の方がほんのちょっぴり足が長いようだ。

ちょっぴりだけどね。


部屋の大きな木枠の窓を開け、

すがすがしい朝の空気で部屋中を満たす。

俺は、今は使われていない飲食店スペースに移動して、

俺が掃除して綺麗にした、業務用の広いキッチンに立つ。

キッチンは、歴史の授業で見たようなアンティークなかまどだ。

現代日本の、便利なシステムキッチンに慣れていた俺は、

最初は扱いに戸惑っていたがトミーさんが丁寧に使い方を教えてくれて、

今では一人でも問題なく作業ができる。

かまどをスムーズに使えない俺に、トミーさんは

「かまどを使えないってことは、あんた、もしかして…、とんでもなく

高い身分のお貴族様だったのか」

と誤解されてしまった。


俺は、居酒屋を開店するために客に提供したい料理を

ずっと研究していた。

独自に作成したレシピノートは埼玉の家にあるけれど、

だいたいの内容は覚えている。

自由時間のない社畜生活の中で、スキマ時間を見つけては料理をしていた。

余裕がある朝は、昼のお弁当を作ったり自炊していた。

要するに、俺は料理が好きだ。割と得意だとも自負している。

異世界で栽培される野菜にも興味があるし、かまどで調理するという

非日常的な体験に、胸が高鳴る。


勝手口から外に出て、井戸で水を大量に汲み、

庭に常備している薪をいくつか手に取って、

かまどに火を入れる。ズンドウ鍋と小鍋に水を入れて湯を沸かす。

その間に、野菜類を次々に水洗いしていく。

朝食と昼食を同時に仕込むから手早く作業しなくてはならない。

大量のジャガイモをズンドウ鍋に入れて茹でる。

常備菜のマッシュポテトにする分と、粉ふき芋にする分だ。

マッシュポテトは朝食のサラダと

夕飯のシェパーズパイにアレンジする予定だ。

粉ふき芋は、硬めに茹で上げて、一口大に切って油で揚げ、

カリカリのフライドポテトにしてお弁当に入れる。

余った粉ふき芋は、シンプルに塩で味付けし保存しておく。

小鍋には、卵を入れて、ゆで卵を作った後、ブロッコリーを茹でる。

ゆで卵は、自家製のマヨネーズと一緒にあえてパンに挟み

軽食(おやつ)用の卵サンドにする。

卵サンドとマヨネーズを作ってトミーさんに初めて出した時、大変喜ばれた。

サンドイッチ自体は元の世界の暦で1700年代半ばに発明されたらしく、

ヴァールカナールでも既に食べられていた。

会ってすぐのトミーさんがくれたサンドイッチも大変豪華な一品で、

東京の銀座や青山あたりのオシャレなカフェで出されても

おかしくないくらい現代的だった。

しかし、素朴な卵サンドは、ヴァールカナールでは

見かけない珍しい料理だった。

トミーさんは卵料理が好物だそうで、

卵サンドはよくリクエストされるようになった。


この家は、今、トミーさんと俺の二人暮らしだ。

トミーさんには、8歳になる一人娘がいる。

娘は、ヴィーゼグラン帝国の帝都にある名門進学校に在籍しており、

普段、娘は寮で生活しているとのこと。

ベンダー通りのこの家には、学校の長期休暇でないと帰ってこないため、

俺はまだ会ったことがない。

娘が在籍している学校は、帝国中の金持ちの子息子女も通っているらしく、

学費はとんでもなくお高い。

しかし、成績上位の生徒は、学費が大幅に免除されるらしく、

特待生として入学したトミーさんの娘も、学費が免除され、

トミーさんは誇らしげに俺の娘は親孝行で頭も良いんだぜ、と自慢した。

トミーさんの奥さんなど、他の家族のことは気になるが、俺は質問していない。

自身の個人情報を言いたくない人もいるから。


俺は、二人分のご飯を用意するが、トミーさんは大食漢なので、多めに用意する。

卵を目玉焼きにして、朝食用ベーコンとお弁当用のソーセージを

一緒にこんがりと焼く。

バタールという名前のハード系の大きなパンをスライスし、マッシュポテト、

小さいトマト、ブロッコリーを添えて完成。

イングリッシュブレックファスト風朝食の完成だ。

ついでに、弁当箱におかずを詰め、野菜とチーズのサンドイッチを作って、

更に持ち歩き水筒用に入れる紅茶も沸かして終了だ。


朝食の完成を見計らったかのように、トミーさんの馬車が帰って来た。

俺はポットに紅茶の茶葉を淹れて、温かいお茶を出す。

トミーさんと一緒にゆっくりと朝食を摂っていると、しみじみと

「あんたも料理が得意なのか、やっぱり似ているな」と意味深な事を呟いた。

どうやら俺は誰かに似ているらしい。

そして、その誰かとは、トミーさんにとって大事な人だろう。

無論、この場面でも誰に似てるんですか、なんて聞くことはない。

他人には聞かれたくないことはあるし、

世話になっている人の地雷を踏みぬきたくない。

俺は喜んで食べてくれるから作り甲斐があると言って笑った。


「はい、昼ごはんの弁当です」

「お、今日も作ってくれたのか、ベントー」


俺は、日本の伝統工芸品である曲げわっぱに限りなく近いサイズの

小さく清潔な木箱に、ソーセージとフライドポテト、茹でたブロッコリー、

小さいトマト、野菜サンドを詰めたお弁当と

紅茶が入った水筒、紙で包んだおやつの卵サンドをトミーさんに手渡した。

<弁当>という単語は、ヴィーゼグラン語には存在せず、

俺の故郷の食文化の一つだと簡単に説明した。

喜んで弁当を受け取るトミーさんに、俺は家にある卵の在庫が切れたこと、

ポトフという料理を作る予定で、ブイヨンという洋風の出汁を作る際に

必要なハーブ類が欲しいと伝えた。

トミーさんは、ハーブと卵を同時に入手するならうってつけの

場所があると言った。


「じゃあ、孤児院へいくか」

「孤児院て…、前に行ってた魔物がいるっていう孤児院のこと?」


俺が異世界に来た初日に、ファンタジーな生物について

会話したことを思い出した。


「そうそう、シャン・フレーズ孤児院」


その時の俺は。


魔物に遭遇するのが楽しみで、

ブイヨンを作ったら料理の幅が広がり、色々なレシピで料理を作って

トミーさんを驚かせたいと心を躍らせていた。


そして。


その孤児院で、俺は追い求めていた元の世界、

日本との繋がりを想起させるような

発見をするなんて、思いもよらなかった。












※タイパ・・・タイムパフォーマンス


【備考】


〇お弁当のメニュー

焼いたソーセージ

チーズと野菜が入ったサンドイッチ

腹持ちのいいフライドポテト

朝食にも出した彩りのための茹でたブロッコリーとトマト(自家製マヨ付き)


上記とは別に、小腹が空いた時用の卵サンドも持って行きます。


譲治のお弁当は、節約レシピが基本。

満足できるが、なるべくお金をかけないスタイル。

食材はまとめ買いすると安いので、たくさん購入して色々アレンジします。

社畜生活で堅実に貯金していたので、食材のやりくりが得意です。

トミーさんのお手製サンドがお洒落だったのは、

プロの料理人が作った「商品」を参考にして

作っているからです。食べ応えがあって美味しいことが一番で、

予算は二の次です。

なお、トミーさんは、同じようなメニューしか作れません。


【登場人物紹介】


青果店店主(ただのモブ)

年齢:35歳

トミーさんを兄ちゃんと呼ぶ、幼馴染み。

生まれも育ちもヴァールカナール。

妻子あり。

朝市には、妻と二人で店頭に立つ。

実家に別で店を構えており、そちらは両親が切り盛りしている。

果物、野菜は近隣の村にいる親戚筋から提供される。


【ヴァールカナール名所案内】


〇朝市

営業時間:平日6:30~15:00

     祝祭日:7:00~14:30

ヴァールカナールは人口が多く、面積も広いため、朝市が所々に点在する。

肉屋、青果店、チーズ、ジャム、パン、惣菜、服、日用品、

舶来品の香辛料…色々揃う。

近隣の農村からやって来る行商人もいて、村の特産物を販売する。

秋は旬のキノコが人気。

クレープやフレッシュジュースなどその場で食べられるフードも充実。

食べ歩き目当ての観光客も多いが、やっぱり人気なのは港町ならではの

新鮮な海産物である。

※なお、譲治が朝市で一番最初に購入したのは歯ブラシと

裸足で異世界に来たので足に会う靴。

異世界でも、オーラルケアは大事。

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