【3】日帰り旅行者
俺は、途方に暮れて暫くは路上のど真ん中に力なく座り込んでいた。
いつまでもこうして座り込んでいると通行の邪魔になるため、
現在は外国人男性が運転する馬車の荷台に乗っている。
馬車はガタゴトと海沿いの大通りをゆっくり移動している。
さっきまで俺が抱きしめていたカラスのデュラン警部は、
これから出勤とのことで警察署の方へ飛んで行った。
たぶん、俺は犯罪者と認定されずに済んだようで一先ず安堵した。
男性は、俺の名前を聞いて、「あんたもジョージっていうのか」と呟き、
懐かしむような、何か切ない記憶を思い出しているような表情をした。
今は、荷台にいる俺を心配そうに伺いつつ、馬車を動かしている。
俺は、一言も話さずに黙って馬車の荷台から異世界の街を眺めていた。
港町ヴァールカナールは、日本のような高い建物がなく、
東京と比べると空がすごく広い。
街の建物は中世ヨーロッパ風の外観をしている。
ドイツっぽい建物だなとも思う。
ドイツには行ったことないけれど。
ヴァールカナールはきっと大きな港町なのだろう、たくさんの大型帆船や、
地元の漁業者が使うであろう小型の漁船が浮かんでいる。
遠くには、同じデザインの倉庫がたくさん建ち並んでいる。
倉庫はレンガで出来ていて、まさに横浜にある赤レンガ倉庫街を想起させた。
時折吹く、海風特有の湿っていた風が心地よく、
通り沿いに等間隔に植えられた街路樹の葉が揺れている。
港町ヴァールカナールは、観光に行きたくなる場所だ。
観光…。
そう、俺は観光しに来たんだと思えば幾分気が楽になった。
これは異世界ヴァールカナールへの日帰り旅行なんだ。
陽はすっかり昇りきっていて街全体が活気づき、
人通りも多くなってきた。
石畳の上を足早に歩く異世界の人々は、
昨晩の池袋駅ですれ違った人と同じくらいの速度で移動している。
国、いや、世界が違っても人間の行動というのは
大して変わらないのかもしれない。
きっとこの世界にも、俺のような社畜はいるのだろう。
現に、デュラン警部がそんな感じだった。
馬車を運転中の外国人男性曰く、大きな事件を抱えているらしく、
大層忙しいとのこと。
あの警部、仕事人間っぽかったから、
下手すりゃ30連勤くらいしてそうだな。
カラスだけど。
なお、この異世界のカラス全てが、ディラン警部のように
人の言葉を話せるわけではないらしい。
警部が飛び去った後、別のカラスを見かけ、
このカラスも警察組織の者で勤務中かと思い込み
「お疲れ様です」と話しかけてみたが、目前のカラスは無反応だった。
男性から「あんた、何やってんの」と奇異なモノを見る目で見られた。
この世界の動物には、人語を話せる個体と、そうでない個体いる。
元の世界と表裏一体のパラレルワールドというより、
現実よりもっとかけ離れた、まるでファンタジー作品みたいな世界だ。
もしかして、空想上の生物なんかいたりして、と妄想を膨らませ
冗談半分な軽い気持ちで外国人男性の目の前で呟く。
「魔物なんかいたら面白いのになぁ」
外国人男性が何言ってんの、という怪訝な顔をした。
やっぱり、そこまで変な世界じゃなかったか、
今の冗談でますます変なヤツだと思われたかもしれないと内心焦っていたら
「いるよ、普通に」
魔物の存在が、当たり前だと言わんばかりの口調で男性が言った。
「あんたの故郷にはいなかったのかい?
魔物がいない国があるなんて知らなかったな」
いや、日本にいるわけないですよ、と言っても仕方ないので、
魔物をテーマに話題を広げてみる。
「じゃあ、ここにも、ヴァールカナールにも魔物はいますか」
「ああ、いるよ」
男性の返答に、俺の心の中にもあった厨二心がうずく。
見てみたい、クソッ、スマホが手元にあれば写真を撮れたのに。
「俺ん家から馬車で20分くらいのとこにある孤児院にいるよ、
子どもの魔狼がね」
孤児院に魔物。
何?その謎なシチュエーション…。
男性との魔物談話が面白くて、俺は矢継ぎ早に質問する。
ファンタジーと言えば、やっぱりこのモンスターでしょ。
「じゃあ、竜はいますか?」
「ヴァールカナール、いや我が国にはいないよ」
我が国には、ということは、竜自体は存在すると…?
何それ、本当に面白い。
気分が高揚してきて、竜や魔物が見たいという強い好奇心で
ちょっぴり元の世界に帰りたいという気持ちがぐらつく。
奇怪な状況に置かれているにも関わらず、
俺はヘラヘラしてにやけた。
「あんた、面白いね」
外国人男性は朗らかに笑って言った。
俺が、深刻そうに黙り込んでいたと思ったら、魔物ネタで
ヘラヘラしだしたからか。
外国人男性…。
そういや、未だ名前聞いてなかったと気付いた。
「あの、名前…、伺ってもいいですか…ね…」
男性は「ああ…」とこちらをちらりと見て言ったあと
「そういやまだ名乗っていなかったな、トミーって言うんだ」
「トミーさん…」
見た目だけでなく、名前も外国人風だった。
でも、日本語がすごく流暢で本当に助かる。
「そう、トミー・カーターだ、運送業をしているよ」
運送業。
ということは、トミーさんはヴァールカナールの地理に詳しいかもしれない。
すかさず、俺は質問した。
「トミーさん、ちょっと変な質問で申し訳ないんですが…」
トミーさんは、運転に気を付けつつ、俺の言葉に耳を傾けた。
「街の中で、変な場所とかないですかね、例えば、
地面に不自然な穴が開いてるとか近づくと眩暈や立ちくらみがする場所とか…」
要するに、異世界につながるゲートみたいなのが存在しないか探ってみた。
イメージでは、ファンタジー作品に出てくるような魔法の扉だ。
ここに来たということは、元の世界へ繋がる、
帰還できる手段や道があるということだ。
俺は早く元の世界に帰らなくてはならない。
今日の午前中に仕事で小うるさい取引先と会う約束があるんだ。
約束をすっぽかしたら、ずっとネチネチ言われるし、
自宅のガスの元栓も閉めてない。
最悪、午前の仕事は無理だったとしても、
今日中には帰るぞと意気込む。
トミーさんに質問しつつ、自分でも注意深く街をゲートっぽい
怪しい場所がないか目を凝らしてあちこち眺める。
「え…、穴…?そんなのあったかなぁ…」
トミーさんは少し考え込んで続けた。
「うーーん…、この街の裏道まで把握しているけど、心当たりはないなぁ…」
「…、そうですか…」
俺は冷静に改めてネットのオカルト掲示板の異世界体験談の内容を思い出す。
まず、安心材料として挙げられるのは、
異世界を体験した投稿者は元の場所へ帰還することが出来ていること。
俺も、戻ろうと努力すれば帰れるかもしれない。
しかし。
彼らの体験談と、自分が体験していることに大きく違いが
あることが、懸念事項だ。
相違点その1。ネット掲示板の彼らは、
大抵移動中に異世界に迷い込んでいる。
電車やバスに乗車中や、自動車を運転している時、
自然豊かな山中を歩いている時だ。
しかし、俺の場合は、自宅で絶賛就寝中だった。
その2として、霧に覆われたトンネルを通過したら異世界だったという
ケースもいくつかあるが、昨晩の俺はトンネルを通っていない。
まだまだある。その3、異世界へのトリップは、
比較的長閑な田舎で起こりがちだ。
しかし、俺の自宅は埼玉県の住宅街にあり、そこまで田舎ではない。
そしてその4,これが一番個人的には怖いのだが、彼らの言う異世界の風景は
元の世界とさほど変わらないことだ。
少し昔に、例えば太平洋戦争直後などに飛ばされるケースもあるが、
日本だとわかる風景をしているそうだ。
しかし、今、俺が見ている風景は、日本のそれとはかけ離れている。
建物は完全に外国風だし、今のところアジア人っぽい人を見かけていない。
人間の言葉をペラペラ話すカラスまで存在している世界。
異常すぎる。本当に。
それでいて、ヴァールカナールという地域で
日本語が通じるというのが、本当に不思議だ。
言語のことを考えていると、以心伝心したのかトミーさんが言った。
「あんた、外国人なのにヴィーゼグラン語が堪能だね」
ヴィーゼグラン語。
この世界では、日本語はヴィーゼグラン語と言うんだ。
トミーさんに何て返答すべきか迷っていると、馬車が止まった。
「ここいらで一番見晴らしのいい公園についたぜ、ここで一緒に朝飯でもどうだ?」
トミーさんは使い込まれた革製のバッグを掴んで、俺に言った。
朝飯…。
そういえば、昨日の晩御飯は食べれてなかったことを思い出した。
起きたら驚きの連続ですっかり忘れていたが、
自分は今、とても空腹だったと自覚した。
荷台から降りて、トミーさんと一緒に公園のベンチに座った。
朝日でキラキラと水面が輝く、穏やかな海が一望出来て、
気持ちのいい公園だった。
ゴミが落ちていない、管理された清潔で綺麗な公園だった。
近所にこんな場所があったら通い詰めるだろう。
トミーさんはバッグから包みを取り出し、俺に手渡してきた。
「俺の手作り、自信作なんだぜ」
手渡してくれたのは、サンドイッチだった。
いや、イタリアのパニーニと言った方がいいか。
ハードなパンに葉物野菜とハム、チーズが挟んである。いろどりが美しい。
分厚く、ずっしりと重みがあり食べ応えのありそうな一品だ。
俺は「ありがとうございます!!」と遠慮せず、喜んで受け取った。
両手で掴んで齧りつこうとした時、一瞬躊躇った。
<ーーこちらの世界の食べ物を食べてしまったら、
元の世界に帰れなくなってしまうのではないかーー>
しかし、出会ったばかりの人の好意を無下にするわけもいかず、
何より強烈な空腹には抗えなかったため、思い切り齧りついた。
トミーさんは俺に水筒からアイスティーも注いで渡してくれた。
アイスといいつつ、紅茶が入っていた水筒が魔法瓶ではないから
少し生ぬるいが寝起きで喉がカラカラだったので、
一気に飲み干した。
「美味い…」
一口一口をかみしめるように食べる俺を見てトミーさんはあははと笑った。
「そうだろ?俺も食べるのが生きがいでよ」
トミーさんは自分の分のパニーニを食べながら朗らかに言った。
そういえば、今、何時だろう。
スマホがないから現在の正確な時間がわからないが、
トミーさんには、これからまだまだ仕事がありそうだった。
馬車の荷台には、たくさんの荷物が積まれていたのだ。
物流業界の仕事は大変だと聞く。
日本でも、人手不足だとニュースで頻繁に取り上げられていた話題だ。
そんな人のご飯を、俺は横取りしてしまったのだ。
俺はお金や換金できそうなものなど何も持っておらず、
トミーさんに対価を支払えない。
朝日は昇ったばかりだ。
元の世界に帰るまで、きっといくらか時間の余裕があるだろう。
どうやってサンドイッチの恩をお返しすべきか考えて、
図々しくもお願いしてみた。
「トミーさん」
「ん?なんだ?」
「俺に、トミーさんのお仕事を手伝わせて頂けないでしょうか」
トミーさんは俺の唐突な申し出に、澄んだブルーの目を丸くさせた。
【登場人物紹介】
〇トミー・カーター
職業:運送業
種族:人間、男性
年齢:38歳
趣味:食べること、身体が資本
大切なもの:一人娘
住所:ヴァールカナール、ベンダー通り
出身:ヴァールカナール生まれ、ヴァールカナール育ち
身長:195センチ、筋肉質
夢、目標:とある故人の無念を晴らすこと
【ヴァールカナール名所案内】
〇見晴らしのいい公園(パルミエ公園)
中央に噴水がある。
寒冷地域でも適応した品種のヤシの木(palmier)が
たくさん植えてある。
海に面していて眺望が良い。デートスポット。
家族連れの利用者も多い。
たまに、フリーマーケット(蚤の市)が開かれる。
広さは、東京都の代々木公園くらいある。




