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労働者階級の英雄たち  作者: 鳥獣ギガ
2/4

【2】ヘルプ!

けたたましい怪音が聞こえる。


カァカァと耳元で響く大きなノイズは、

聞きなれたスマホのアラームじゃない。

うっすらと目を開けると、もう朝になったようで目眩(まばゆ)

日の光が目に入る。

まだまだ全然寝足りないが仕方なくゆっくりと意識を浮上させると、

俺の完全に覚醒しきれていないボケっとした脳は、

怪音の発生源が真っ黒な生き物であると認識した。


それは1羽のカラスだった。

しかも、俺の胸の上に乗っていた。

体格がよく、ずんぐりむっくりしていて、毛並みが美しく、

黒くてツヤツヤだった。

目つきや態度が、なんだか尊大な鳥だ。

俺を見下ろし、じっと観察しているように睨んでいる。


「青木さん…」


偉そうなカラスを見ていると、今日の午前中に仕事で会う予定の、

いつも偉そうな取引先の相手、青木さんとダブって見えてしまい

思わず呟いた。


それにしても、どっから入ったんだ、このカラス。

昨晩、俺は部屋の窓を3センチしか開けてなかったはずだ。

しかも、カーテンもきちんと閉めた。

そんな僅かな隙間から部屋に入り込んだというのだろうか。

目の前のカラスをじっと見ていると、

再びカァと大きく威嚇して羽根をバサバサと動かした。


「うおっ、やめろよ」


早く部屋から追い出さなきゃ羽根やらノミやらダニやらで部屋が汚れる。

それに、ベッドの上でフンなんてされたらたまったもんじゃない。

俺は、慌てて上体を起こし暴れるカラスを捕まえようと手を伸ばす。

その時、両手で掴んだカラス越しに年季の入った石畳が見える。


「ん?」


なぜか石畳の路上に座っている俺。

自分が置かれている状況が分からず、頭がフリーズした。


「ここはどこだ?」


昨晩、確かに俺は、自分の部屋で自分のベッドで寝たはずだ。

帰宅後、シャワーを浴びて歯磨きして…と昨日の行動を思い出す。

極限まで身体は疲労していたが、泥酔していたわけじゃない。

缶酎ハイは飲んだが1本だけだし、

俺は酒が強いほうなのでシラフの範疇だった。


うん、間違いない。

俺は、ちゃんと自宅に帰って寝たんだ。


それなのに、なぜ。


なぜ、俺は、今、屋外で、道のど真ん中で寝ていたのか。


両手の力が抜け、捕まえたカラスを手放した。

慌てて飛び起きてキョロキョロと周辺を見渡すと、

全く見覚えのない景色だった。


俺んちのアパートはどこだ。

電柱が1本もない。

いつも近所で路駐している自動車がない。

今俺が立っている道は石畳で、舗装されたコンクリートではない。

建物や街並みが、自宅周辺とは全く異なっていたことにただ驚くばかりだ。


「ほんとに、ここ、どこなの…」


人はあまりにもびっくりすると、言葉が上手く出なくなるもんなんだな。

茫然自失としていたが、後方から声をかけられた。


「ヴァールカナールだよ」


「えっ」


俺は、後ろを振り返る。

声をかけてくれたであろう人は、恰幅が良く、

背は確実に180センチを超えた大柄の外国人男性だった。

ゆるいくせ毛でヘーゼルナッツみたいな髪色で、

澄んだ青い眼をしたその男性は俺を気遣うように言葉を続けた。


「ここは、港町、ヴァールカナールだよ」

「み、港…?」

「あの、大丈夫かい?」


俺は声をかけてくれた人が外国人だったので、とたんに焦った。

イギリスに憧れていたとはいえ、英語が得意だったわけじゃないし

今まで外国の方とまともに会話した経験がなかった。


「は、ハロゥ…」


「あ、アイ…、アイム…、えーっと、迷子になったって何て言うんだ…」


咄嗟(とっさ)に上手く英単語が出てこない。

学生時代にもっと勉強しておけば良かった、という大人にありがちな

後悔というものは、こうして予期せずやって来る。


あわあわと挙動不審な俺に、目の前の男性は一層心配そうな顔をした。


「いやぁ、ホントびっくりしたよ、あんた、急に路上に現れんだもん。

あやうく馬車で轢き殺すところだったよ」


「轢き…?」


あれ、この外国の方、すげえ流暢に日本語話すじゃん。

落ち着いて彼の言葉に耳を傾けると、彼は最初から日本語を

話していたと気付いた。

良かった、日本語で上手くコミュニケーション取れそうと安堵したと同時に、

彼の話す内容が不可解であると思い始める。


「え…と、急に現れた?俺が?」


「そう、隣にいたディラン警部が耳元で騒いで、びっくりして手綱をひいたのよ」


「けいぶ…」


轢き殺すとか、けいぶとか何だろう。

それに、今聞いた地名は、港町ナントカって外国風の名前だった気がする。


あれ、ちょっと待ってくれよ…。

もしかして、ここ、自宅のある、埼玉じゃないのか。

動揺しつつ、寝起きの頭をフル回転させ、男性の言葉を一言一句飲み込む。


「私だ」


極めて身近で、目の前の男性ではない、別の誰かが、

おそらく男性が、日本語ネイティブの発音で話した。

威厳たっぷりのバリトンボイスだった。

今の時刻は午前6時前後だろうか、早朝の町は通行人はまばらだった。

俺の周囲に該当する人物が見当たらない。

俺の半径3メートル以内にいるのは、俺を馬車で轢き殺すところだった

大柄の外国人の男性と、足元で俺たちを見上げる青木さん似のカラスだけだ。


「警部は私だ、お主、先刻から妙だな」


足元にいるカラスの口から、滑舌の良い日本語が発せられている、ように見える。

俺はびっくりしてうわずった声を出した。


「青木さん、人間語、話せるんすか?」


俺が驚いてカラスをまじまじと凝視していると、


「青木さんて誰だ?私はヴァールカナール警察のディランである」


ディランと名乗るカラスがまた羽根をバサバサと羽ばたかせた。

このカラス、どういう仕組みで声を出しているのだろう。

見えない所に機械が付いているのか、

もしくは、カラスに似せた精巧なロボットかもしれない。

昨今の飲食店では、便利な配膳用のロボットが導入されているが、

それらのロボットよりも遥かに動きが滑らかで、

ふわふわの柔らかい羽毛の質感を含めてまるで本物の鳥だ。


「すごい、良く出来ている、売れるよコレ、高そうだけど」


俺は、現在おのれが置かれている、不可解な状況よりも、

目前のカラスに興味津々で高価で壊れやすいものを手にするときのように、

そっとカラスを抱えた。


「ディラン警部、名前もビジュアルもカッコイイっすね」


俺が笑顔で呟くと、カッコイイという誉め言葉に気を良くしたカラスが

うんうんと頷きながら同調した。


「そうだろうとも、そうだろうとも!特に身だしなみには常日頃から

気を使っているんだ」


カラスは、俺の頭から足元まで見て続けた。


「それにひきかえ、お主は何とも奇怪な格好をしているな」


いや、奇怪な格好って…。確かに靴を履いていない、素足の状態だが。


「何言ってるんすか、これ<ユニ〇ロ>のTシャツと短パンじゃないっすか」


失礼なことを言うロボットだな、こいつ。

俺は、男性の方を見て同調を求めた。


「奇怪な格好って言いすぎですよね」


俺は普段、近所のコンビニくらいならTシャツに短パンという

ラフな格好で出かける。

今、俺は部屋着の黒い無地の半袖Tシャツに、

無地のグレーの短パンを穿いていた。

日本に住んで長い人なら知っていそうな、お手頃価格でお馴染みの

某有名衣料用品店の名前を出しても、男性はピンときていないようだった。


「聞いたことない店名ですね、少なくともこの地域には存在しないです」



男性の思いもよらない返答に、俺の中で急激な不安感がこみ上げる。

やはり、ここは、埼玉ではないかもしれない。

しかも、埼玉から、いや、<ユニ〇ロ>が進出していない

日本ではない地域…。

今にも膝から崩れ落ちそうだ。頭が身体がグラグラする。


「お主は、何処から来た?失礼だが、

見たところ、お主はこの国の者ではなさそうだが…」


ディラン警部が、職務質問するように(たず)ねてきた。


「…、日本の、埼玉県です…」


喉の奥から絞り出すように、声を震わせて話す。


「海外の色んな地域と取引した経験のある私ですら聞いたことない国名ですね、

我が国と国交が無い国でしょうか」


男性が、俺の腕の中にいるカラスに告げる。


「密航者か?それにしては、こやつは私が警部であると伝えても

堂々としているしなぁ…、うーん、あるいは亡命者か…」


密航だとかなんだか急に話がややこしくなってきた。

ロボット、いやディラン警部はじっと俺を見ている。

このままでは、俺は犯罪者扱いされてしまう。ヤバい。


「み…密航なんてしてません!気づいたらここにいたんです、本当です!!」


俺は半泣きで二人に訴えた。

男性とカラスは顔を見合わせた。


「マジで、ここは、どこなんですか?」


俺はもう一度二人に質問した。


「ヴィーゼグラン帝国南西部にある、ヴァールカナールだ」


ヴィーゼグラン帝国。

学生時代、地理は得意科目だった俺でも知らない国名だった。


知らない国、ペラペラ人語を話す多分ロボットじゃないカラス…。


完全に思考がクリアになった俺は、とあるインターネットの掲示板の

記述を思い出した。



<気付いたら、知らない場所にいた>



以前、俺が今、現在進行形で体験しているようなことを書いた内容を

ネットの掲示板の中のオカルト話のジャンルで見た気がする。


『異世界』、『パラレルワールド』。


頭に浮かぶ恐ろしい単語に、背筋がぞくりと寒くなった。

涼やかな早朝なのにもかかわらず、全身から汗がふき出す。


掲示板の投稿は、所詮よくできた創作(エンタメ)だと思っていた。


まさか。


自分の身の上で起こるなんて。


「お主、名は何と言う?」


顔色が土気色になり、押し黙る俺を心配した警部に対し、


「三浦譲治…」


その時の俺は、すっかり頭が真っ白になっていたため

警部の質問にちゃんと答えられていたかは全く覚えていなかった。



誰か助けてくれ…。



声にならない祈りを誰に捧げていいかもわからず、

ディラン警部にすがるように抱きしめながら

力なくその場にしゃがみこんだ。
























【登場人物紹介】


〇ディラン


性別:オス。イケメンという設定。

種族:カラス。鳥類。

職業:港町ヴァールカナールを管轄する警察の警部

特技:他者がついた嘘を見抜く

趣味:仕事、早朝の街を飛びまわること

気分転換方法:街にある孤児院の少女が淹れてくれるコーヒーを飲む

住所:ヴァールカナールの郊外にある、とある地元の有力者の屋敷

   仕事が忙しいため帰宅せず、

   街の中心部にある警察署にいつも泊まり込んでいる。

家族:兄弟、いとこ多数(勿論、全員カラス)。一族は皆人語を話せ、

   代々警察組織に身を置く。

   すぐ上の兄が直属の上司。

   末の弟は、警察組織を退職した後お笑い芸人を目指す。

夢、目標:管轄のヴァールカナールで犯罪が減ること


〇外国人男性

名前、職業などの詳細は次回に。


【設定】


〇港町ヴァールカナール


名前の由来:wal(ヴァール)|(ドイツ語)鯨

      kanal(カナール)(ドイツ語)運河

気候:四季がある。夏と冬が長く厳しい。

   ()()()の世界での、中華人民共和国の上海の気候とほぼ同じ。

   日本では東京の気候に近い。

特徴:外洋に面している貿易港のため、国内外から人の出入りが激しい。

   人口は100万人超。

   外国人も多いため、譲治はそれ程浮かない。

   賑やかで異国情緒溢れる街。帝国随一の大都市。

   名前の由来の通り、沖合には鯨がいっぱい棲息していて、

   大きな河川もある。豊かな漁場のため、漁業も盛ん。

イメージに近い都市:上海、

          ニューヨーク(特にブルックリン地区)、

          外国人居留地があった神戸、横浜



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