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労働者階級の英雄たち  作者: 鳥獣ギガ
1/4

【1】働きすぎた夜

異世界居酒屋店主、ジョージ(29歳)が主人公の物語。


本日、2025年12月21日は2025年の最強ラッキーデーらしいので

勢い余って投稿しました。

本日中に一気に4話分を投稿します。

どうぞ宜しくお願い致します。

「いらっしゃいませー」


時刻は午後17時。


俺は通称ジョージこと、本名<三浦譲治(みうらじょうじ)>は、店の扉を開けて

開店前から待機している常連客に対して

社畜時代に培った、必殺営業スマイルを炸裂させる。


俺は、異世界に存在する大国、ヴィーゼグラン帝国南西部に位置する

港町ヴァ―ルカナールにある繁盛店、

居酒屋<セブンベルズ>の店主をやっている。


開店を待ちわびていた常連客から次々にオーダーが入る。


この店の売れ筋は、地元の港で獲れた新鮮な魚を使って作る

フィッシュアンドチップスと、それに合う黒ビール、

果実酒、グラスワイン。

そして底冷えする寒い晩には、身体の芯から温まるオニオングラタンスープも

すこぶる評判が良い。


かつて、俺は、()()()の世界で、会社員をしていた。

東京都内に勤務していて、朝早く出社し、終電ギリギリで帰宅する

絵に描いたような社畜だった。

それでも、俺は帰宅できるだけマシな環境だと思っていたし、

現在、()()()の世界でも、相変わらず毎日

目まぐるしく働いている。


そんな毎日でも、身体にも精神的にも全く疲労感を感じない。

この居酒屋のメインターゲットは、港で働く労働者だ。

お客さんもまた、俺と同じように一日中働き、この店の料理で英気を養い

各々の職場へ再び戻っていくのだ。

俺も頑張らなければ、と思って調理場で腕を振るう日々は、

充実している、と思う。


そんな充実した異世界生活は、忘れもしない、俺自身の20代最後の誕生日の夜に、

突如として始まったのだ。



※※※



池袋駅が終点の上り電車がホームに到着する。

時刻はもうすぐ23時を回ろうとしている。

連日の終電での帰宅は、今日はなんとか免れた。

俺と同じ社畜だろうか。駅構内ですれ違う人は、家路へ急ぎ大股で歩く。


折り返し森林公園行の下り電車の扉が開くと、

俺は座席を確保し深く腰掛けた。


俯いて目を閉じると、おもむろに俺の脳内に大好きなイギリスの

世界的に有名な伝説的ロックバンドの曲が流れる。

父親がそのバンドの大ファンで、俺も父親の影響を受けて好きになった。

俺の名前の三浦譲治の<じょうじ>は、

バンドメンバーの一人である<ジョージ>から

日本男児風にもじって命名されたくらいだ。


脳内BGMは、1960年代に発表された名曲で、

その歌詞にあるように、今日もなかなかにハードな一日だった。

まさに、犬のように一日中働いた。

身体が重く、スマホでSNSをチェックする気力すら残っていなかった。


ああ、瞼が重い。


乗車中うっかり寝入りそうになったが、ちゃんと自宅のある最寄り駅で下車した。


自宅方向へ徒歩で帰宅中、

カラスたちがやけに騒がしいことに気づいた。

カァカァと集団で鳴き、夜空を飛びまわっている。


あまり気にも留めず、駅前のコンビニ店の前を通過した。

そういえば、まだ晩御飯を食っていなかったことを思い出した。

お腹は空いていたが、コンビニに立ち寄る体力なんてもはや無かった。


油性サインペンで<三浦>と書かれた郵便受けをチェックし、

一人暮らしの部屋の玄関を開け、深くため息をつく。

狭いワンルームの自宅は、真っ暗で雑然としている。


ノロノロとワイシャツを脱ぎ、

最後の気力を振り絞ってシャワーを浴びる。

俺はわりと潔癖だから、どんなに疲れていても

きちんとシャワーを浴びて眠りたいタイプだ。

短い髪をタオルで雑に乾かし、冷蔵庫に一本だけ残っていたストロングな

缶酎ハイを乾いた喉に流し込む。

ちょっとだけ、気力と体力が回復した。気がした。

残りの酒を一気にあおり、洗面所へ行き歯ブラシを手にする。


目の前の水アカで少し汚れた鏡には、歯ブラシを咥えた血色の悪い

社畜の顔が映る。



「うげっっ」


一人暮らしの狭小ワンルームに、変な声が響く。


白髪が。

白髪が、生えている。

こめかみのところに。

1本だけど。


一応、俺は未だ20代なんだが、白髪って生えるモンなのか?


自分の年齢のことを考え、

ふと、部屋にあるデスクの上の壁にかかった

10月のカレンダーを見やる。


あ。

明日、俺、誕生日だわ。

いや、違う。

もう午前0時を過ぎているから、正確には今日だ。


気付かないうちに、29歳になっちまっていたらしい。


居間兼寝室の部屋にあるカラーボックスの中には、

将来の夢に関する書籍を収納している。

大好きなイギリスのパブの本と、

飲食店の経営のノウハウ本、

世界の酒にまつわる本、

居酒屋でウケそうな料理のレシピ本。

デスクの上には、実際に自分で試作してみた料理をまとめたノートだ。


「29歳までには叶えたかったな」と独り言ちる。



俺にはちょっとした夢がある。


イギリスにあるような洒落た居酒屋をオープンさせることだ。


きっかけは、ファンである例のイギリスの

伝説的ロックバンドの影響だった。

ロックバンド生誕の地、イングランド北西部にある

港町リヴァプール。

歴史や料理、文化を調べる過程で、

イングリッシュパブの画像を見た。


古く使い込まれた椅子とテーブルと

暗い照明の重厚な雰囲気の店内。旨い酒、旨いツマミが提供される。

最高じゃないか。


こぢんまりとした店でいい。

地元で採れる野菜を使ったメニューを出して

地産地消、地元密着型の名店みたいな。


そんな洒落た店を、俺の地元にオープンさせたいと思った。



最近部屋の掃除していなかったから、

大事な本にはうっすらと埃が溜まっていた。

仕事にかまけて、掃除のことも夢のことも考える余裕がなかった。

完全に言い訳だけど。


溜まった埃を見て思わず、換気のために窓を開ける。


空気は澄んでいて、綺麗な月夜だった。

庭の草むらから秋の虫の鳴き声が聞こえる。


カラスたちはまだ集団で鳴いていた。

今晩はやけに騒がしい。

災害とか大事件とかの類の、嫌な出来事の前触れじゃなきゃいいがと、

すこし心配になる。


窓からは、秋の少し肌寒い夜風がふわりと入ってきた。

ぶるりと寒気がして、俺は窓とカーテンを少し閉めた。


少し前まで、毎日うだるような酷暑だったというのに、

あっという間に秋めいた陽気に変わった。


時間の経過スピードがえげつなく早い。


部屋の掃除も、夢を叶えるための行動もできていなくて

毎日ルーチンワークをただひたすら消化するだけの日々、

何の変わりばえのない日々を過ごしている。

このままでは、いつになっても夢が叶わないような気がしてくる。


こういうの焦燥感っていうんだっけか。

もっと効率よく生きられないかとか、

タイパのいい行動をとらなきゃ。


眠い頭で、ぼーっと考えつつ、スマホを充電するために、

仕事用の鞄から取り出す。

最近スマホの扱いを覚えたての、田舎のばあちゃんから、

メッセージがあったと表示される。


<譲治、年末は帰って来れるんか>


ばあちゃんは、まだ10月なのにもう正月休みの話をしてる。

以前、去年も一昨年もお盆や正月の休みに帰省出来ず、

そっちに行けないと伝えたところ、

電話口でばあちゃんは「そうか…」と一言寂しそうに呟いていた。


夢の居酒屋の開店資金を少しずつ貯金するため、

日夜働く社畜となっている。

それに加えて、会社が人手不足であることから休暇を取るのは厳しい。


スマホを充電ケーブルに差して、

俺は、森から切り出した一本の丸太のように

バタンとベッドに倒れ込んだ。

顔をうずめた枕がなんだか臭う。

枕カバー、週末の休みの日にでも洗濯しなきゃだな。


明日も朝早くから仕事だ、早く寝よう。


夢に対する焦燥感も、枕が臭いことも、

ばあちゃんからのメッセージも既読スルーして、

あらゆる思考を頭から掻き出してゆっくりと意識を手放した。


3センチだけ開けたままにした窓から聞こえる秋の虫の鳴き声が、

どんどん遠くなっていく。


その時の俺は。


電線にとまった1羽のカラスが一際大きく鳴くと、

澄んだ夜空に浮かぶ(あお)い月が、

不自然なくらい強く瞬きはじめたことに全く気づいていなかった。




【登場人物紹介】


主人公:三浦譲治<みうらじょうじ>

年齢:29歳

職業:会社員

住所:埼玉県、一人暮らし

趣味:フットサル、飲み会

好きな有名人:イギリスの伝説的ロックバンド

夢、目標:居酒屋の経営

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