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小説フルコース

肉料理:誰が件を殺したか

作者: 川里隼生

 ある年の十一月。玻璃はり光彦みつひこに福岡県警から届いた依頼は、事件現場に残された怪文書への意見を求めるものだった。光彦も探偵として独立してから知ったことだが、警察は参考程度に探偵の意見を聞くことがあるのだという。


『件の館林浩平』

 これが怪文書の内容である。A4のコピー用紙に明朝体で印刷されていた。館林たてばやし浩平こうへいとは今回の被害者であり、彼の遺体の上、腹部に紙が置かれていた。被害者は首から上がなく、警察は犯人が何らかの理由で持ち去ったものと見ている。


「これは犯人による声明の暗号でしょう」

 数日後、光彦は福岡県警本部へ赴いた。自身の推理を披露するためである。何名かの刑事は、珍しい推理ショーの始まりに期待するような目を光彦に向けている。


くだんという名前の、頭部は牛で体は人間の妖怪がいます。私の調べでは三重県が発祥のようなので、松阪牛なのかもしれませんね。何でも、必ず当たる予言をした後にすぐ死んでしまうとか。死んでしまう理由は不明です。あるいは何者かが殺しているのかもしれません。現実的なことを言えば、件の漢字がちょうど人偏に牛ですから、文字ありきで作られたものと考えられます」


 刑事たちは面白いテレビ番組でも見るように、ふむふむとうなずく。さながら季節外れの怪談特集といった様子だ。

「しかし今回の場合、重要なのは妖怪『件』のエピソードではなく、暗号文が乗せられていた被害者の状態なのです。伝承では牛になっているとされる頭部、首から上がなくなっています。『牛の首』という怪談をご存知でしょうか?」


 知っている捜査員はいなかった。

「牛の首とは、この世で最も恐ろしい怪談の題名です。この話を聞いた者は恐怖のあまり身震いが止まらなくなり、三日と経たずに死んでしまいます。聞いた話によると、通学バスで先生がこの話をしたら児童はもちろん、運転手まで震え上がってバスを急停止させてしまい、大型トラックに追突されたことがあるそうです。その内容というのは……」


 光彦は敢えて溜めた。刑事たちはすっかり怪談話のリスナーに変わり、生唾を飲み込んで前のめりに次の言葉を待つ。

「伝わっていないんです」

 え? 刑事たちは一斉に豆鉄砲を撃たれた鳩のような顔をする。


「あまりに恐ろしすぎて誰も語ろうとせず、残っているのはタイトルだけ。それが牛の首です。捜査を撹乱させる目的もあったのかもしれませんが、犯人である自分のことなど見つけられまいという挑発であろうと、私は推察します」


 以上、ご清聴ありがとうございました。そう締めると、刑事たちから喝采が巻き起こった。まるで劇場だ。この舞台装置を作った犯人が、自らを謎の犯罪者としてキャスティングしたのなら、探偵や警察は犯罪者を無慈悲に追い詰めるキャラクターとして設定される。件を殺した牛の首は、これから暴かれるのだ。

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