表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

名無しキャストの短編集

あなたのせいです

作者: 月嶋朔

「お前との婚約を破棄する!」


 婚約発表パーティーの真っ最中に、高らかに私に宣言したのは、私の婚約者でした。

 その隣には、男性の大半は好みそうな容姿の見知らぬ女性を侍らせています。


 どこかの国の王族が『真実の愛』とやらに目覚め、令嬢との婚約破棄と浮気相手との新たな婚約を宣言し、あろうことか成功して以来、浮気相手をその崇高な愛とやらの相手に仕立てて、気にくわない婚約者の暴挙(捏造したもの)を公衆の面前で糾弾したうえで婚約破棄を行うことが最良だとする殿方が増えたとか。


 正直、余計なことをしてくれたと思います。

 そもそも王族の言葉ですから、冤罪であっても逆らえずに従うしかない、ということもあったでしょうに……。

 それでもまだ頭がまともな浮気性の方は、そういった愚行はせず、正規の手続きで婚約を解消するか、婚姻した後に浮気相手を愛人として囲って気にくわない妻に仕事を押し付ける、とか。そういうことをしているようです。

 まぁ、それもどうかと思いますが……。


 とにかく。

 演劇じゃあるまいし。公の場でいきなり婚約破棄を宣言するなんて、ただの常識のない馬鹿です。


 残念なことに、その馬鹿の一人が、私の婚約者だったのですが。


 しかもこのパーティー。私と婚約者が主役ではなく、両家と交流のある伯爵様の、大事な大事な末娘様の婚約発表の場でしたのに。

 よりにもよって『婚約破棄(・・)』の場に選ぶとは……。

 更に言えば、メインイベントである末娘様の婚約の発表直前に。

 なにしてくれたんでしょうか、この男。


 ちらりと主催の伯爵様を窺うと、無表情でした。

 主役の末娘様は、泣きそうになってます。


 ……私がなんとかしたほうがよろしいのですね。

 はい。なんとかしましょう。


「わかりました、受け入れます」


 すがる理由も拒否する理由も無いので、素直に応じて頷くと、婚約者とお相手様が、ぽかんとした顔で私を見てます。


「……え?」

「?」

「婚約破棄だぞ?」

「はい」

 そうですね。

 何度も言わなくてもわかってます。

「俺との、婚約破棄だぞ??」

「はい」

 そうですね。

 俺との、とわざわざ強調しなくても、私はあなたと婚約していましたから、あなたとの婚約破棄だとわかっていますよ。

「ひとまず後は別室をお借りしてお話しましょう。幸い、お互いに両親もこの場にいますし」

「そうして自分がやったことをうやむやにする気だろう! そうはさせないぞ!」

 ……むしろあなたの愚行をうやむやにする気だったのですが。


 ふと、伯爵様のほうに動きがあったので、視線だけで確認すると、私と婚約者の両親が伯爵様にものすごい勢いで頭を下げて謝っている姿が確認できました。

 末娘様は、とうとう泣き出して伯爵様と婚約者様に慰められています。

 本当に申し訳がないです……。私も後程謝罪してお詫びの品を贈らねば……。


 私がこの状況に対して打つ手を考えているというのに、婚約者……破棄を了承したので元婚約者は、伯爵様が止めないことを曲解して

「伯爵様も許してくださった、ここでお前を断罪する!」とか言い出しました。

 伯爵様は許可するとは、一言も言ってませんよ。後々なにもないと良いですね。


 最初は「本当に公衆の面前で婚約破棄をやる奴がいるのか」と余興を見ているかのように笑っていた方々も、元婚約者の暴挙に怪訝そうな顔をし始めています。

 わかります、その気持ち。

 私もそっち側がいい……。


 最終確認として、伯爵様のほうを見ると、やはり無表情でした。

 両親たちが伯爵様の後ろに控えて、同じく後ろに控えた末娘様も婚約者様に寄り添われてこちらを見ています。

 黙って、見ています。

 動きません、一切。

 護衛の方々も、私たちを退出させようとはしません。


 さては私に元婚約者への対応を丸投げしましたか。

 もしくは、やっておしまい、とのことでしょうか。


 ならば、と私はその断罪とやらを受けることにしてみました。

 ……まぁ、なにかあれば伯爵様も動くと思いますし。


「まずお前は、俺を立てるということをしない! 笑顔も見せなければ、話題も手紙の内容も贈り物のチョイスも面白味のないものばかり! 可愛げというものが一切ない!」

 私を指差して詰め寄ります。

 格好つけたつもりのようですが、人を指差しちゃ駄目って幼い子でも知ってます。

 ほら、あそこにいる坊っちゃんがお母様に訊いているじゃないですか。「人を指差しちゃ駄目なんだよね」って。

 そうですよー、このお兄(お馬鹿)さんの真似しちゃいけませんよー。すくすくと行儀のいい子に育つのですよー。


「あなたは、私に歩み寄る気持ちが一切ありませんね。いつもムスッとしていて、私に笑んでくれたこともありませんし、エスコートも投げやりで会場に入ると私を置いてさっさとどこかへ行ってしまう、話しかけても無視か生返事で全く聞いていない。あなたからの手紙や贈り物は、婚約してから今まで、たったひとつも、頂いたことがありません。

このような(・・・・・)扱いをされては、愛想を振り撒く気も失せます」

 溜め息を大袈裟に吐いて、私も言い返します。

 私を見る周囲の目が同情的なものに変わりました。

 元婚約者が慌てて、嘘を吐くな、と叫びましたが、エスコートに関してはもう周知のことですし、贈り物も元婚約者の名前で贈られてきてはいましたが、おじ様たちが気を遣ってそうしていることがバレバレでした。だってカードの筆跡が、おば様のものだったので……。


「お前が全然触らせなかっ……、ごほんっ、お、お前の服も化粧も地味で、見た目に華やかさがないからだ! そんなつまらない女に、こっちだって振り撒く愛想などない!」

 あの男、公衆の面前で一瞬破廉恥なことを言い出しましたよ。

 確かに元婚約者は、蔑ろにしておきながら勝手に私に触れようとしたことが何度もありました。もちろん、毎回拒否して指一本触れさせませんでしたが。

 それに華やかさがないと言いますが、これが今の流行なのですから、文句は世間に言ってください。


「見た目が派手で、婚姻前から肌に触ることを許す女性を、私は、娼婦の方しか知らないのですが、他にいらっしゃるのですか?」

 素朴な疑問を投げ掛けてみます。


「彼女を娼婦扱いするとは、侮辱もいいところだな!」


 いらっしゃいました、目の前に。

 さすがに肌を許したことに対しては羞恥心はあったらしく、お相手様は真っ赤になって俯いてしまいました。なんか、すみません?


「そんな風に思っているから学校でも彼女に嫌がらせをしていたのだろう!」

「嫌がらせ?」

 今度は私に覚えのないことを叫び始めました。

「とぼけるな! 教科書を切り刻んだり、制服を汚したり、階段の上から突き落として殺そうとしただろう! 彼女と、その周囲の証言と、証拠もあるんだからな!」


 この流れだったので証拠の捏造を疑いましたが、本物で、正直驚きました。


 驚きました、が。


 持ち物が破損されたときにお相手様には確かなアリバイがあるため『自作自演ではない』という証拠でした。

 階段の件は、突然後ろから強く押されたとのこと。目撃者はいましたが

「悲鳴が聞こえて振り返ると彼女が落ちてきた。誰かが逃げたのは視界の端で見えたけど、落ちてきたのを受け止めるほうに気がいってたから、犯人はちゃんと見ていない」と。

 幸いというか、押されたのが比較的低い階段で、お相手様の前にいた男子生徒がとっさに受け止めたため、足の軽い捻挫で済んだそうです。

 運がよかったですが、もし打ち所が悪かったら……。

 お相手様が嫌がらせを受けているのは間違いないでしょう。そのときのことを思い出したのか、彼女は震えて始めました。

 その庇護欲を煽る仕草に私も少しばかり心が動かされましたが、肩を抱き寄せて体を撫でる元婚約者の卑猥な顔がとても気持ち悪かったので、すっと冷めました。


 ともかく。彼の言う証拠では、肝心の犯人像が一切わかりません。

「私ではありません」

 本当にやっていませんし。

「ふん。証拠を前にしらばっくれるとは、神経の図太い女だ」

 証拠と言いますが『私がやった』って微塵も証明できてないじゃないですか。

 例えば『逃げていく影が女性だった』とか『身体的特徴が私と似ていた』とか捏造くらいしてると思ったのに、目撃者様は「犯人はちゃんと見てなかった」と言ってしまっていますし。

 はっきり言って、杜撰すぎです。

「そもそも、その方とお会いしたのは、今日が初めてです」

「彼女も今日までお前の顔を知らなかったと言ってたが、俺と出会った頃から嫌がらせが始まったという。だからお前がやったんだろう!」

 なんですか、その謎理論は。


 それより、元婚約者の直情的な性格から真っ先に私を疑って校内で騒ぎそうなのに、それが何故か一切なかったのが不思議です。

「証拠を集めたということは、校内で聞いて回ったんですよね?」

「当たり前だ」

「私の耳にはそのようなことは一切入らなかったのですが、皆様に口止めをしたのですか?」

「都合の悪い話だからお前が故意に聞かなかっただけだろう」

 呆れたように言われました。

 普段のあなたにそっくりそのまま返したいですね。その台詞。


 それはさておき。

 生徒が階段から突き落とされたなんてことがあったら、さすがに噂だけでも耳に入ってくるはずですが、最近の校内は平和そのものでした。

 あった騒ぎといえば、教室に大きな蜂が入ってきたことくらいでしょうか。あれは少し怖かったです。


 話を戻しましょう。

 これはきちんとしないと、やっていないのに私が殺人未遂を犯したことになってしまいます。


「あの、一応あなたの学年を確認しても? ……あら、同じ学年ですね。でも、クラス合同の授業でもお顔を見たことが無いわ。失礼ですけど、同じ学校(・・・・)よね?」


「? ええ、マリアージュ学院よ」


 お相手様のその一言で、謎が全て解決しました。


「マリアージュ学()の方だったのですね。なら、私があなたに嫌がらせをすることは無理です。

私が通っているのは、姉妹校の、マリアージュ学()ですから」

 学校が違うなら、私が知らなかったのも納得です。


 マリアージュ学院は、元はマリアージュ学園にあった宗教学科が独立した学校です。

 場所も離れていますし、制服も形は似ていても色が違うのですが、名前が『学園』『学院』と少々ややこしいので、地元の方でも間違うことが多いのです。

 ちなみに、お相手様の通うマリアージュ学院には宗教学科だけではなく、普通科もあります。貴族の三男や次女の方が多いのですが、特待生として平民の方も通うことがあります。

 対して私が通うマリアージュ学園は、貴族のみが通う学校で、長男長女といった後継者候補の方がほとんどです。教育内容もそれに沿ったものが主になっています。


 そういえば、元婚約者は違う学校で聞き込みをしたようですが、よくそんなことができましたね。お相手様に制服を用意してもらって、紛れ込んだのでしょうか?


「え……」

 ……え、なんですか、元婚約者までお相手と同じ「違う学校?」って反応をして。

 まさか……。

「……まさかと思いますが、あなたも学院に……? 学園ではなく……?」


 元婚約者が気まずそうに目を逸らしました。その先にはおじ様がいて、彼に向かって首を縦に振って、私の言葉が真実だと伝えています。


 元婚約者は私と年齢は同じなのですが、遊び歩い……事情(・・)があって、学年は一つ下になります。

 おじ様たちから、私と同じ学校に入るように、学園と学院を間違えないように、そう何度も釘を刺されていたと思うのですが。入学試験の際にちゃんと確認しなかったのでしょうか。


「……校内を探してもお会いすることがなかったので、避けられていると思っていました。あなた、本当に私に興味がないのですね」

 呆れてものが言えません。

 確かに、私たちは一度も制服姿で会ったことも、学校での出来事も細かくは話していません。気付くタイミングがなかったとはいえ……。


 まぁ、私も元婚約者が学院の方に通っていたことをずっと知らなかったので、彼のことは言えないのですが。


 入学の手続き等があるのでおじ様たちは既に知っていたけれど、なにか理由があって、私たちには黙っていたようです。

 後で訊いてみましょう。


 周囲の方々も、複雑そうな顔をしています。

 わかります。こんな冷めきった婚約関係、そうそうないですよね……。


「とりあえず、あなたがどなたかに嫌がらせをされているのは確かですし、身の危険もありますから、もっと調べるか、護衛を——」

「ならお前が『妹』にやらせたんだろう!! お前が『姉妹関係』を結んでいるのは知ってるんだぞ!!」

 実害が出てしまっているお相手様の安全を第一に考えたほうがいいと思い、提案しましたのに、元婚約者が遮って叫びました。


 学園と学院の間には『姉妹関係』というものがあります。

 元は『姉』になる上級生が、下級生の『妹』に、学校のことや礼儀作法を一対一で教えるものだったのですが、今では双方の交流のひとつになっていて、強制ではありません。

 ちなみに男子は『兄弟関係』ですが、こちらは結ぶ方は少ないようです。


 私に『妹』がいるんですよ、と以前お話ししたことを奇跡的に覚えていたようですが……元婚約者が思うような方ではないです。


「私の『妹』は、あちらにいる末娘様です」


 そう。私と『姉妹関係』を結んでいるのは、伯爵様の隣でこちらを涙目で心配そうに窺っている、末娘様です。

 彼女はマリアージュ学院に通われています。

 入学した際に、末娘様が学校間でそういった交流があると知り、私に『姉』になって欲しいとお願いされたのです。

 元々末娘様は私を姉のように慕ってくださっていましたし、私も末娘様を妹のように思っていたので、二つ返事で頷きました。

 ちなみに、学院にはこの度婚約した彼も通われていて、校内でも、健全に、仲睦まじく過ごされているとか。想像するだけでとても微笑ましいです。


「は?」

 元婚約者から渾身の「は?」が出ました。


「嘘ではありませんよ。学園にも学院にも手続きしていますので、そちらを確認してください。

ところで、私だけならともかく、まさか末娘様まで疑うなんて……」

「あ……いや……」

 元婚約者がご両親に助けを求めた視線の先で、伯爵様が鬼のような形相で彼を睨んでいます。

 あら、伯爵様と目が合った瞬間ものすごい勢いで顔逸らしましたね。首を痛めてそうですが、大丈夫でしょうか。

 伯爵様は、まだ睨んでいますね。大事な大事な愛娘が犯人扱いされてしまいましたからね。こわいこわい。

 その後ろにいる父もおじ様も、末娘様の婚約者様まで、その位置では伯爵様の顔は見えていないはずなのに気圧されて真っ青になって、今にも倒れそうです。


「お、お前! 俺が好きなら、この状況をなんとかしろ!!」


 え、あなたという元凶を抹殺すればいいんですか?


 私の中の物騒な部分が元婚約者に武器を振りかざしましたが、妄想に留めておきます。


 しかし、自分でやらかしておきながら、その始末を自分でつめられずに、破棄を言い渡した元婚約者に泣きつくとは、なんて情けない。

 本当にこんなのがいいのかとお相手様を窺いますが、伯爵様の殺気に当てられて倒れそうな彼を健気に支えています。

 あんなのでも、いいようです。

 実は不良物件を押し付けるような後ろめたさがちょっとだけありましたが、消えてなくなりました。


 それより、重大な勘違いを彼はしています。


「私、あなたのことは、全くお慕いしていません」


 さっきまでさざめいていた会場が、静かになりました。


「今、なんて……」

「あなたのことは、全くお慕いしていません、と」


 なんでショック受けているんですか? あなた、本当は私のこと好きで、素直になれなくてこんなことしちゃっただけとか言いますか? 

 気持ち悪いし有り得ないので、ちょっと離れますね。と、私はそっと三歩くらい後ろに下がります。


 なんでなんでと言うだけで、ちっとも考えようともしない元婚約者に、私は少しうんざりとしたように返します。

「あなたとの婚約前に私は、あなたの言う『真実の愛』で結ばれた方と婚約していました。でもそれは、あなたのせいで解消したのです。

それでも私は互いの家のためと、あなたに歩み寄ろうとしていましたのに……結局あなたから優しくされたことは一度もなく、しかも、こうして公の場で辱しめられる。そんな方をお慕いできるはずがないでしょう?」

「だ、だけど! 婚約はお前からの希望だと聞いたぞ!」

「それは、ほぼ(・・)間違いありませんが……」

「そらみろ!」

 せっかく離れたのに、詰め寄られてさっきより距離が縮まりました。やだー。


「婚約する前に、きちんとあなたにお伝えしたはずですよ。私があなたとの婚約を希望したのは、あなたの子爵家と私の伯爵家が繋がることに双方の利点があるからです、と。

そうじゃなければ、心変わりしたわけでもないのに、何故わざわざ思い合う相手と離れなければならないのですか」


「…………は?」


 なぜ信じられないような目で私を見るんですか。

 家のための婚約なんて、よくあることでしょう。


「覚えていないんですか? 数年前の大干ばつで、力の弱い家が次々に没落していったのを。あの時に私とあなたの家が協力し合ったから、家も、雇用している方々も、なんとか生き延びて、今があるんですよ。

そうでなければ、学校に通えることが当たり前になったり、今日のようにパーティーに出席する余裕なんてなかったんですから、お互い」


 当時は、生きるためになりふり構っていられませんでした。

 私も『真実の愛』を犠牲にしても家を守らなければと必死で、それを()も理解してくれました。

 ……両親は、との婚約を続けても構わない、と言ってくださいましたが、祖父母や両親が家を守ってきた姿をずっと見ていたので、私の個人的な感情でつぶすことは、できなかったのです……。

 それでも、我が家もですが、没落しそうだった元婚約者の家も助けることもできたので、結果的にはよかったと思っています。


「お、お前は、爵位で釣って婿入りさせようとするくらい俺が好きなんだろ?! 言ったじゃないか! 伯爵になれると!」

「あなたが『家を継がない』と言っていると聞いたので『我が家に婿入りしますか?』と確認した記憶はあります。ですが、爵位のことは私からはなにも言ってないと思いますよ。入り婿なのであなたが我が家の爵位は継げないこと、継ぐのは私の子だということは説明されていると思っていましたし」

 父とおじ様に振り返って確認しても、二人は同意して頷いたので、聞いてない知らないは通用しません。お二人から説明されたなら、書面も残っていると思いますし。

 しかし何故、結婚する=我が家の爵位を継ぐ、と思い込んでいたのでしょう。


「あ、もしかして。養子のお話と混同しているのでは? それなら、伯爵になれたのによかったのですか? と訊いた記憶はあります」

「お前の家の養子になれたのか! そんな話は知らないぞ!」

「我が家ではありません。山向こうにある我が家の親戚の伯爵家です。こちらでは干ばつでしたが、山向こうでは大洪水になって……それで跡取りを全員亡くされたので、爵位と領地を継ぐ養子を探していたんです。最初は血縁者から探したそうですが、希望に該当する方がいなかったので、諦めて貴族の三男から探していたんです。婚約より先にお話がいっていたと思うのですが……」

 元婚約者が「聞いてない」という風におじ様を睨みます。おじ様は、苦々しい顔をして

「山向こうの伯爵家だと言ったら『田舎は嫌だ』と断っただろう」と溜め息を吐きました。

 元婚約者は、それで思い出したのか、落ちてきた幸運を逃した情けない顔をしています。愚かですね。


 元婚約者は一人息子にもかかわらず、私と婚約する前から「家は継がない」と言っていたそうです。おじ様たちも説得していましたが、頑なな態度にとうとう諦めて、色々と準備をしていました。

 我が家の親戚が養子を探していると聞いて、駄目元で我が家を訪れたのが知り合ったきっかけです。伯爵家と子爵家でしたが、両家が縁を結ぶことは双方に利があったため、話はトントン拍子に進みました。

 おじ様から事情を聞いた先方も了承し、あとは元婚約者が頷けば話がまとまる段階だったのですが……。それが破談になったので、私との婚約で縁を結ぶという話に変わったです。


 まさか元婚約者が、親戚の領地のことを「田舎」だと言って養子を断ったとは……。

 確かに大きな街ではありませんが、自然豊かで静かなので、今では保養地として貴族の方々に人気だそうです。その立役者が親戚で引き取られた方だと、地元では有名ですね。


 ……今にして思えば彼の言った「家を継がない」は「没落しかけている家は要らない」という意味だったのでしょう。薄情なことです。

 ちなみに元婚約者の実家は、彼の従兄弟が養子に入って継ぐと決まっています。

 私たちより五つ下で、初めて挨拶したときに、年相応の生意気を言ってましたが、利発そうな子です。

 薄情な実子よりも、ずっとずっとしっかりしているので、おじ様たちのほうは安泰ですね。


「養子に入っていれば伯爵を継げたとは思いますが、もう立派な方が継がれたので、これ以上の養子は不要でしょうね。今のあなたが継げるのは、おじ様の子爵でしょうか」

 今から優秀な従兄弟を追い抜いて、当主としてやっていけそうなら、の話ですが。

「お前……なにを言ってるんだ……? 俺は伯爵を継ぐんだろ……?」

 なにを言ってるんだは、あなたのほうですが。

「だから、それはどの家の爵位ですか? もし我が家のことを言っているのでしたら、先程言った通りですよ。私と結婚しても、あなたは爵位は継げません」

 まるで幼い子を諭すように言うと、彼は黙りこんでしまいました。


 え、まさか本気で我が家の爵位で伯爵になって、私ではなく、彼女と結婚するつもりだったんですか?

 普通に考えてそんなの無理ですよ。もう少し子どもでもわかることですよ。

 というか、私との婚約を破棄すると宣言しておきながら、何故我が家の爵位が手に入ると思ったんですか。意味がわかりません。


 まさかここまで愚かだとは。

 普段は優しいおじ様たちが一生懸命厳しく教育されて、期待もしていたようですが、本人にやる気がないとこんな残念になってしまうのですね……。

 ですが、身勝手な理由で養子を断ったのは正解ですね。親戚の方々のご迷惑になるところでした。


 元婚約者は、まだ「爵位はお前がなんとかすると思ってた」とか呟いています。

 何故、私がなんとかすると思ったのでしょう。

 好いた相手ならともかく、こちらをひたすら蔑ろにしていた方なのに。私はそんな物好きではありませんよ。


「あ、愛してないなら、なんでずっと婚約を解消しなかったんですか!」

 ずっと黙っていたお相手様がようやく発言しました。

 元婚約者を立てて控えていたつもりなのでしょうが、彼は喋るたびに自滅していくだけでした。

 ここから私への断罪とやらを、是非頑張って頂きたいですね。


「だから、その理由は先程言いましたでしょう? お互いの家のためです。

それに、確かに愛情はありませんでしたが、最初は嫌ってはいませんでした。最初は、ですよ。

愛情や信頼はこれから育んでいくものだと思っていましたので、そうしていました。……その人は違ったようですけど」

 ……これ、何度言えば、目の前のお二人に理解して頂けるのでしょうか。

「だ、だったら、なんで今更、破棄を了承したんですか?! 婚約者って立場にずっとすがり付いているんだって、彼言ってましたよ!」

「私が彼にすがり付いていた事実は、一切ありません」

「手紙や贈り物を寄越して自分に媚びているって!」

「一応は婚約者でしたし、親しくしようと思うのは当たり前では?」

「つまり彼を好いていたってことですよね?!」


 なにこの無限ループ。

 なんといいますか。目が合ったから自分のことが好きなんだろ、と迫られているくらいの気持ち悪い自意識過剰さ。

 険悪でいるより、多少でも友好的なほうがいいに決まっているじゃないですか。だから私は少しでも親しくなれるように頑張っていたんですよ。

 その努力を無視されたうえに、踏みにじられた気分です。


 それに、無駄に食い下がる二人にも辟易してきました。見ている方たちも飽きてきたのがわかります。

 私は両親とおじ様に、お話ししてもいいですか? と許可を得てから、そんな私の様子を怪訝そうに見ていた二人に向き直ります。


「今更婚約破棄を了承した、と思っているようですが、実は半年ほど前に私から婚約を解消したいとお願いしていました。お互いの家も持ち直しましたし、あなたはそんな態度ですし、もういいでしょう、と」


「はぁ?!」

 本日二度目、元婚約者渾身の「はぁ?!」です。


「ずっと相談していましたから、私があなたから蔑ろにされているのは私の両親もおじ様たちも知っていたので、すぐ了承してくださいました」


 両家の今後に関わることだと思ったので、私は元婚約者から蔑ろにされていることを、最初から、全て、家族に相談していました。それでもすぐに婚約を解消しなかったのは父もおじ様も「若気の至り」だと言って、元婚約者の心身が成長すれば考え方も変わるだろうと、少し楽観視していたからです。

 お二人にも身に覚えがあったのでしょうね……そこまでは訊きませんでしたが……。

 それに男性と女性では考え方が異なりますから、私は「そういうものなのか」と思い、父とおじ様の言葉に従っていました。

 けれど、元婚約者がおじ様の言うことを聞かずに私と違う学校に入ったことが、決定的になったようです。ここまで不仲では修復は無理では、と双方で頭を抱えてしまい、助け合うどころか共倒れすると危惧したので婚約解消に同意したと、この騒動の後で聞きました。

 学校が違うことを私たちに黙っていたのは、今更言うことでもないと判断したようです。確かに聞いても「そうですか」と呆れて終わっていたでしょうね。


 おじ様もおば様も、本当に優しい方で、婚約者になった頃から、娘ができたと、とても可愛がってくださいました。

 蔑ろにされていることを知ると、少しでも慰めになればと色々お気遣い頂いて……本当、なんで息子はあんな風になってしまったのか……。

 婚約の解消を申し出たときは悲しませてしまいましたが、あんな息子と一緒にさせられない、と初めて聞く強い口調で言っていました。

 本当……何故……息子は……。

 ですが、結果的に立派な方が家を継ぐことになりましたから、よかったと思います。私は。


「我が家は婿入りしてくださる方、あなたは婿入りできる家を探して、条件に合う方が互いに見つかったので、打診している最中です。何事もなければ(・・・・・・・)新たな婚約を結ぶ予定でしたのに……」

 私のほうは解消に向けて動いていましたが、元婚約者はそんな素振り見せませんでした。だから私は、自分から動くのが面倒なんだな、くらいに思っていたのですが……。

 まさか公の場で婚約破棄宣言をするとは思わなかったです。

「そ、そんなの、聞いてないぞ!!」

「先に言ったらあなたのことですから、口止めしても、余計なことを吹聴してまわるでしょう? 面倒が起きないよう、新しい婚約が決まるまで伏せていようということになったのですが……裏目に出てしまいましたね。

だから、別室をお借りして話しましょう、と最初に言いましたのに……」

 今日の騒動で、打診先からいい返事はもらえないでしょう……残念です……。


「さて。突然の婚約破棄発言、私を貶める発言、末娘様に対する暴言。それらで末娘様の婚約披露パーティーを、許可なく、勝手に、私物化して、場を混乱させた。今のこの状況は、間違いなく、全部あなたのせいです。が。


……そんなあなたに、なんの罪で、私は断罪されるのでしょうか?」


 元婚約者の味方は、お相手様しかいません。

 周囲から冷たい視線が刺さります。




「…………う」


「う?」




「浮気だ!! お前の『真実の愛』とやらのための俺を貶めたんだろ!!」


 どの口が言うか。








 その後、あの『なにがなんでも私に瑕疵があるように仕向けたい茶番』は、伯爵様のお言葉でお開きになりました。

 元婚約者はずっと、私が浮気してるだなんだと騒いでいましたが、あの場にいた全員が「あの男はなにを言っているんだ……」と白い目をしていたので、私の名誉は大丈夫でしょう。

 お相手様は意外にも気丈で、あんな元婚約者を側で支え続けていました。あの男はともかく、お相手様には、爪の先ほどですが、好感が持てます。


 ただ、やはり打診していた先から、お断りがありました。

 元婚約者のほうだけ。


 といっても、彼は『真実の愛』の方としか結婚したくないようだったので、万一了承して頂けても、断っていたでしょうね。


 あの後すぐに、元婚約者とお相手様は婚約しました。

 ただし二人とも、今後実家と私に関わらないことや、細かい条件をつけて、絶縁されましたが。

 おじ様たちは今回のことで周囲から後ろ指を指されてしまうのでは、と心配していましたが、伯爵様がフォローしたため「大変でしたね……」と同情的な空気になったのが救いでしょうか。


 というのに。

 馬鹿は、どこまでも馬鹿でした。


 騒ぎから二ヶ月ほど経った頃でしたか。

 お相手様は平民の生活でも、彼と一緒にいられるので喜んだそうですが、元婚約者は大層不満だったようです。

 復学してすぐに、学院に通う伯爵家の世間知らずな令嬢を唆したそうです。

 なんでしたっけ。『唯一の人』だったか、『最後の恋』だったか。

 どうでもいいので聞き流しましたが、一度浮気した方ですから、またやらかすと思ってました。

 おじ様たちは、絶縁して無関係になったとはいえ実子のやらかしたことですから……話を聞いたときは頭を抱えたそうです。伯爵様のフォローがなければ、今頃は爵位を返して隠居していたかもしれません。

 ちなみに従兄弟の子は、「義兄(馬鹿)の犯した愚行せいで広まった子爵家の悪印象を、絶対に覆す」と逆に燃えているそうです。頼もしいですね。


 現在、元婚約者とお相手様は、婚約解消の手続き中だそうです。

 短い『真実の愛』でした。


 そんなお相手様は、私と同じ立場になってようやく反省したようで、先日謝罪の手紙を頂きました。

 伯爵家にも同じように謝罪の手紙が送られてきたようです。

 伯爵様は、読まずに火にくべたそうですが、私は一応目を通しました。

 届いたときは、今更虫のいいことを、と思いましたが、心から反省されていて、許されないことをしたと充分に理解したようなので、あとは伯爵様に許しをもらえるよう、彼女が誠意を見せて努力するだけです。


 報われるといいなと、一応、思います。

 なにせ彼女は、正真正銘、被害者なのですから。


 お相手様自身は私に危害を加えようとか、排除しようとは考えていなかったそうです。元婚約者が、自分が全部なんとかする、と格好つけたそうで、彼に全部任せていたからなにもしなくていいと思っていたとか。

 だから、お相手様は元婚約者の愚行には関わっていないとも言えます。

 まぁ、止めることくらいはできたので、共犯というのは変わりませんが。


 なら誰がお相手様に嫌がらせをしていたのか。


 横恋慕する他の女子生徒のしわざかと私は思っていたのですが、違っていました。


 学院で彼女の持ち物を破損させたり、階段から突き落としたのは、元婚約者だったのです。


 お相手様に対して行った行為を全て私に擦り付け、そこに婚約破棄だと言えば『自分に惚れている』私が「嫌です、なんでもしますから、婚約破棄しないで」と泣いてすがると有り得ない予想して、しかも

『お相手様に対する罪滅ぼしとして、私と婚姻後にお相手様を愛人ではなく伯爵夫人として迎えること。けど夫人の仕事は私が全部やること』なんて馬鹿げた要求を、公衆の面前で了承させるつもりだったとか。

 自分と結婚できるなら、私は冤罪でも喜んで被るだろうと、勝手に思っていたようです。

 仮に惚れていたとしても、百年の恋もさめる所業だと思いますが。


 しかももっと愚かなことに、元婚約者本人が、ご友人たちにこの杜撰な計画を自慢げに吹聴していたと、後に末娘様から聞きました。

 伯爵様たちが元婚約者の愚行を見ても動かなかったのは、末娘様から計画のことや、そもそも何故私と同じ学園に通われていないのか、ということを私と家族に伝えるべきか悩んで相談されて前もって知っていたからでした。

 伯爵様も元婚約者の態度を「男同士の見栄の張り合いだろう」と思い、父やおじ様と同様に、成人を迎える頃には考え方も変わるだろうと思ったとか。

 学校の件は両家も知っているだろうと判断し、杜撰な計画に関してはあまりにも馬鹿なことだからさすがに言うだけで実行しないだろうと、末娘様に口止めだけしたようです。私と元婚約者の間に余計な波風を立てないようにとの配慮でした。

 ですが、まさか自分たちが主催の愛娘の婚約披露パーティーで、その馬鹿な計画を実行するとは思わなかったようです。

 ……それはそう。誰も思いませんよ……。


 余談ですが、後日末娘様と伯爵様に謝罪したときに全部聞かされ、逆に謝罪されました。

 前もって聞かされたとしても「そのうち決行するんだろうな」と心構えができたくらいなのでと言うと、そんなに不仲だったのかと同情されてしまいました……。はい、そんなに不仲だったんです……。


 両親とおじ様は、あのパーティーで謝罪に行った際に伯爵様から全て聞かされ、あれ(・・)でも一人息子だからと期待を寄せていたおじ様たちさすがに怒り、「どんな結果になっても勘当する」とあの場で決めて伯爵様に伝えていたそうです。

 元婚約者は、あの馬鹿な婚約破棄(茶番)をした時点でご両親から見限られていたのです。


 本当に、愚かすぎて、逆に憐れに思えてきました。

 遊び歩いていたときに知り合った方からの影響ではないか、とも思いますが、だからといって許す気は私も父もおじ様も一切ありません。

 おじ様たちはきちんと教育されていたのに、元婚約者がそれを拒否して勝手に堕落した結果ですから、自業自得です。


 実はあの場では両親が間に入って対応する予定だったのが、予想外に私がやる気になり間に入れなくなってしまったのと、なんと伯爵様が本当に許可を出したので、あの茶番を続けさせたと後で知りました。

 元婚約者の見せしめの意味もあったらしいのですが……できれば止めて頂きたかったです……。


 ちなみに、階段から突き落とされた際にお相様を受け止めた男子生徒は、元婚約者が唆した共犯だったそうです。危険はあれどスタイルのいい女性が抱きついてくる役割ですから、喜んで引き受けたとか。

 というか、堂々と『真実の愛』だとか言いながら、お相手様に他の方が触れることを彼はなにも思わなかったのですね……。


 元婚約者が犯人だということは、学院を中退して働き始めたお相手様は知りません。

 せっかく元婚約者と離れて、目が覚めたと言うか、憑き物が落ちたようになったのに、水を差すと思ったのでわざわざ伝えなくていいと判断しました。

 いずれ噂で耳に入るかもしれませんが……そこまでは私が気にすることではないですよね……。




 そして、私のほうは……。




「その場にいて、きみを助けたかった」

 そう言って、あの頃よりも年を重ねて立派な青年になった『真実の愛』の方が朗らかに笑います。

「大変でしたが、あなたがあの場にいたら、もっと騒いでいたと思いますから……」

「それもそうだね。浮気相手だと、ね」


 そう。父が打診していたのは、私が以前婚約していた『真実の愛』の方でした。

 もちろん、彼には二つ返事で了承して頂けました。


 あれから彼は努力し、恩賞で子爵を賜ったそうです。

 しかも、私との婚約を解消した後の縁談を、全て「いつか愛する方を迎えに行きたいので」と断り続けて、一途な方だと、社交界でもひそかに有名だったとか。

 私があの場で彼との婚約を『真実の愛』だと言ったことと、彼自身の評判が合わさり、私たちは、再び引き合った『運命の恋人たち』だと言われています。……少々恥ずかしいです。


「浮気相手と言われるよりも、ずっと嬉しい。それに以前から婚約者()がいるのに、君に言い寄る男が絶えなかったからね。牽制にもなって丁度いいかな」

 彼の言葉に小首を傾げると、彼は優しく笑みを浮かべます。

「そうだったかしら」

「そうだっただろう。今回も、私と婚約を発表する前に何人も群がって来ていたじゃないか」

 そう拗ねた彼の様子が可愛らしくて、私はつい笑みをこぼしてしまいました。


 あの騒ぎの後、婿入りしてくださる方を探していると言ったからか、打診中だと言ったにもかかわらず、伯爵家や子爵家の次男や三男の方々から釣書が大量に送られてきました。

 ですが、彼との婚約を発表して『運命の恋人たち』と言われてからは、私に寄ってくる男性が目に見えて減りました。


 元婚約者といたときも寄ってくる方はいなかったのですが、あの人が「伯爵令嬢から婚約を申し込まれた」「向こうが俺に惚れているんだ」と自慢して吹聴していたからのようです。

 きちんと、最初に、両家の利益のための婚約だと説明していたのに、です。

 おかげで、私は自分の知らないところで『私のほうが婚約者に惚れ込んでいる』と周囲の方々に思われていたそうです。

 しかも、私とあの人の態度の差が、余計にそうして見えてたとか。だから他の方も諦めて近付かなくなったとのこと。


 時間を巻き戻して過去の私に、今回のこと含め全てぶちまけたい……。

 あの男に惚れてるなんてデマが流れていたことは、私の生涯消えない汚点です……。


「私のときには、きみが私に惚れ込んでいる、なんて周囲に言われたことがなかったのに。妬けてしまうね」

「だってあなたは、私と同じだけ、いえ、それ以上で返してくださっていたでしょう? それに、まだ幼かった頃ですもの……仲がいいと微笑ましく思われていたのでしょうね」


 季節ごとに贈り物と手紙を送り、毎週お茶会に誘い、お出掛けにも誘い、パーティーでも常に側に控えて、尊重し合う。

 どれも私が彼にずっとしていたことです。彼も同じように私に接してくださっていたので、これが婚約者同士の普通なのだと思っていました。

 なので元婚約者にも同じようにしていたのですが……。

 確かに、蔑ろにしているのに私の態度がそれだと、元婚約者が『私に惚れられている』と勘違いしても仕方なかったです……。


 ……あら、もしかして……? と、ちょっとした自惚れが過ります。


「だから、私を『運命』だと、皆様にお話しして回ったのですか?」

「……おや、ばれてしまった」

 彼は、悪びれもせず、笑顔のままです。


「どこに行っても言われて少々恥ずかしくなってしまったので、どなたが言い始めたのかと確認しましたら……」

「またきみと一緒になれたことが嬉しくて、『運命』に感謝していると言っていたら、ね」

 そう言われてしまっては、仕方のない人だと、私も笑うしかありません。

 元婚約者のような男を一方的に好いているなんて嘘より、恥ずかしいですが『運命の恋人たち』のほうがずっといいに決まっています。

 彼も、デマに上塗りするつもりでそう言ったのでしょう。


 昔から彼は、私への執着が、少々強い方でした。

 婚約を解消する際も、実はすごく拒否されました。ですが事情を話し、ようやく理解してくださいました。

 今のままの自分では、私と一緒にいられない、と思ったそうです。


 そして彼は、自身の価値をつけるために努力されて子爵を賜るまでになり、縁談を全てお断りし続けて、私が結婚する前に迎えに行こう、と、決めたそうです。

 私にずっと優しかったのも、そのほうが心を繋ぎ止めておけると、幼心に思ったようです。

 確かに当時の私は、何故か男の子たちにいじわるされることが多かったので、逆に優しくされたのは効果的でした。


 しかし、ここまで執着されていたとは……。


「しつこい男は、嫌いになるかい?」

「いいえ」


 嫌いになるどころか、彼の愛を深く感じます。


 私も、元婚約者と結婚する気は、最初からありませんでした。

 元婚約者と、あの場では、結婚を視野に入れたように話していましたが、結婚する年齢になる前に両家を立て直して、適当な理由をつけて婚約を解消し、愛しい彼の元に戻るつもりでいたのです。

 例え、そのときに、彼が私以外の誰かを愛していても。

 愛人でも、なんでもいい。側にいたい、と彼にすがるつもりでした。

 拒否されても、嫌われても、まとわりついて。

 誰かを悲しませても、私が愛しく思うのは、彼だけですから。




 私も、彼に執着しているのです。




「あなたのせいで、私もすっかり変わってしまったようです。

責任をとってくださいね、私の『運命』さん」


 そう言って笑むと、彼は愛しそうに私を見つめて強く頷いてくれました。




 元婚約者の屑男さん。

 あなたがやらかしたせいで、私は最高に幸せになりました。

 それだけは、感謝いたしますね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ