つちのこうやのラブコメ (それぞれ別々にお読みいただけます)
クラスの美少女(美術部)が卒業記念にクラス全員の似顔絵を描いてくれているんだけど、僕の時だけ緊張して手が震えている。元の顔がダサすぎてアレンジするのが難しいんだろうな。申し訳ない。
卒業アルバムに顔写真が載るのはもちろんのことである。
しかし、それとは別に、みんなの絵とか、コメントとか、クラスで〇〇な人ランキングとか、そういうのも載るものである。
僕の所属するクラスでは、漫画風の似顔絵を載せることになった。
美術部の西山春音さんが似顔絵を描くのが得意で、一分くらいでぱぱっと、可愛い似顔絵を生み出せる。
というわけで今日のホームルームは、西山さんに似顔絵を描いてもらう時間になった。
クラスメイトが一人一人順に、西山さんの前に座る。
男子どもは、
「西山さんの前に座るなんて緊張するなー」
とか言ってるけど、そういう人に限って、三十秒くらいで終わっていた。
注射がいやで大騒ぎしていた子供が、注射が三秒くらいで終わって我に返っているような感じである。
それにしても西山さん描くの早いなあ。
出席番号20番の僕の番が、もう回ってきた。
「じ、じゃあ棚島くん、こっち向いてね」
「はーい」
向いた。
真剣な顔の西山さん。
三十秒経った。
今どんな感じなんだろう。
途中経過が気になってしまったりしているうちにさらに三十秒経った。
そろそろ終わりかな。
僕はそう思ったが、まだ描いているところのようだ。
って、ちょっと待って。
何が起こったのかわからないけど、手が震えている。
なんか体調が悪いのかな?
「だ、大丈夫?」
「あ、うん大丈夫だよ。ちょっと細かいところとかあって、緊張してるだけ」
「ああ。そうなんだ。ゆっくりで大丈夫だよ」
「う、うんっ」
ぶるぶる。
とはいえすごい手が震えている。
僕の絵を描くのはそんなに難しいのか。
多分あれだな……元の顔がダサすぎてアレンジするのが難しいんだろうな。申し訳ない。
「つ、次の人!」
なんとか描き終わったのかな。
僕の番は終了した。
☆ 〇 ☆
「お疲れ、春音」
美術部の部室に行くと、隣のクラスの小華に声をかけられた。
「けっこうつかれたー」
「見せて見せて似顔絵。クラスの全員描いたんでしょ」
「うん」
私は似顔絵の束を渡した。
ちょっと恥ずかしいけど、どうせ卒業アルバムに印刷された時に、全員が見るものだし。
小華はおおー、と言いながらどんどんとクラスメイトの似顔絵を見ていった。
「あれ? なんかさ」
「うん」
「この人だけやたらガタガタだけど大丈夫?」
「ぎく。む、難しかったの」
「えそうなの? あ、いや違うな。私わかっちゃった」
「え、何が?」
「この棚島くんって人、春音が好きな人でしょ」
「えな、な、な、な、な、な、そーんなことないよ」
「でも春音の実力だったらこんなにガタガタにならないよ」
「そ、そうかもしれないけど……」
「素直になりなー」
「す、好きです……」
「か、かわいいー!!」
「な、なんで?」
「いやなんでもクールにささっと描いちゃう春音が、好きな人の似顔絵だと頑張ってもこんなガタガタになっちゃうのが、あまりに可愛すぎる」
「そ、そんな可愛くないもん」
「可愛いって。でも、あれじゃない? このガタガタな似顔絵で、棚島くんって人は大丈夫なのかな」
「そ、そうだよね。一応載せる前にちゃんとみんなにこれでいいか許可取るんだけどね。その時に棚島くんがっかりしちゃうかも。それで嫌われたらどうしよう」
「どうしようって言われてもなあ……。描き直すしかないんじゃない? 棚島くんの写真とかないの?」
「ない」
「ならてきとうに思い出してそれっぽい顔描いちゃえば」
「それは……あんまりしたくない」
「わがまま春音ちゃんねえ……」
小華がめんどくさい妹を見るように私を見てくる。
それにしても……どうしよう。
結局何も思い浮かばず、私はそのまま似顔絵を、担任の先生に提出した。
次のホームルームで、担任の先生が言った。
「はいじゃあ西山さんが描いてくれた似顔絵配るから、なんか要望のある人は西山さんにお願いするように」
そして似顔絵がそれぞれのところに配られる。
みんなの反応はおおよそ「おおー、すげー」みたいな感じ。
だけど、棚島くんは……絶対納得してないと思う。嫌われるのかな。
私は悲しかったけど、悲しんでちゃダメだと思った。
ちゃんと書き直さないと。
結局、誰も私に要望を言ってくる人はいなかった。棚島くんも含めて。
私は勇気を出して、棚島くんに声をかけた。
廊下にちょうど一人でいたから、なんとか声をかけることができた。
「あのっ、棚島くんっ」
「あ、西山さん……」
「あの、似顔絵……ガタガタになっちゃって、ごめんなさい」
「ああ。全然大丈夫だよ。こちらこそごめん」
「え、なんでごめん……?」
「あ、ほらだってさ、多分僕の顔はなんか……まあ、可愛く描くのむずいだろうなーって。だからガタガタでもほんと大丈夫だし満足だよ」
「違うの、違うから」
勘違いされてる。多分棚島くんは自分の顔が変だからとかそういうことを思ってる。
否定しなきゃ。
否定するにはどうすればいいの……?
「あ、違う……あ、まあとにかく大丈夫だよ」
「ほんとに全然違うのっ!」
「お、おう」
ただ棚島くんはびっくりしただけ。
もう言わなきゃ。ほんとはもしできたら、余裕があったら、卒業式で言おうと思ってた。
「私は……私はね、棚島くんが好きで、だから似顔絵描くのどうしても緊張しちゃってっ」
「……え、あ、そうだったのか」
「ごめん。だから……似顔絵、もう一回、描いてもいいですか?」
ちゃんと言えた。
というか言っちゃった。
そんな私に、棚島くんは答えた。
「うん。描いてくれてもすごく嬉しいけど、できたら僕、このままがいいな」
☆ 〇 ☆
卒業式の日。
式が終わって、クラスのみんなでご飯を食べたりした後、僕は春音と二人で帰っていた。
「そういえば、これ」
僕は春音に小さな手紙を渡された。
開いてみた。
僕の似顔絵だった。ガタガタじゃない。
「ありがとう。可愛い」
「付き合ってからちょっと経って、緊張しなくなってきたから。ちゃんと描けたの」
「うん」
さっき小さな似顔絵を通して触れた手同士が、さらに強くつながる。
そして僕は、春音と触れていない方の手でポケットを探り。
「はい」
「え、これ似顔絵?」
驚く春音。
そう、僕が描いた、春音の似顔絵だった。
「卒業アルバムの似顔絵、春音もちょっとガタガタだったから。描いてみた」
「……ありがとう。自分の顔描くのは、ほんとに苦手なんだよね。この絵、すごく可愛い」
「まあ……春音が可愛いから」
僕が照れながらそう言うと、春音も照れて下を向いた。
お互い照れたから、ちょっとつなぐ手が緩まって、だけどまた、僕たちはしっかりと手を繋いだ。
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