3 身長はお任せくださいの人
本宮が上村に再会できたのは、数日後の入学式も迫った頃であった。
「例の上村さん、今日来たって」
と同室の丹伊田が教えてくれた。
「――ほ、ほんとですか?」
「私も聞いた話だから見てないけど。これで寮生は無事全員集合ね」
「……み、見に行くのはさすがにマズいですよね」
「マズいというかはしたないからね……どうせすぐ会えるじゃない。同じ寮なんだし同級生なんだし。というか今日お風呂でも会えるんじゃない?」
と丹伊田が言う。天野塚音楽学校の白百合寮の風呂場は大きな共同浴場となっている。温泉街ということもあり天然温泉を引いたものだ。とはいえここでも厳密に上下関係が定められており、上級生である本科生が先、予科生が後となっている。もちろん風呂掃除も予科生の仕事であった。
「いきなりがお風呂っていうのもあれですね……時間一緒だといいですけど」
「そうね。まあ私は絶対一緒にはなれないから――こんなこと言うのもなんだけど、色々チェックしてきてくれない?」
「……チェックって何をでしょうか」
「……全体?」
それは確かに、本宮も興味のある事柄であった。
そして、いざその夜の入浴の時間。風呂場へ向かう本宮であったが、他の者もどこか普段より浮き足立っているような気がした。すでに噂は広まっているのか。みな例の上村夏稲に期待しているのか。ともかく風呂場へ向かうと、脱衣所の時点ですでに中がなにやらいつもより騒がしかった。これはもしやと思い、胸を高鳴らせながら風呂場へと入ると――
その先、湯気の向こう。大きな湯船の中に、あの上村夏稲の美形があった。
それが本宮にとっての、上村との再会であった。
「私だけ遅れてしまってすみませんでした。その間にもみなさんは掃除など色々していたみたいですし」
耳をすませると、上村が何やらそのような話をしている。
「それは全然。タイミングは人それぞれというか色々事情もあるだろうしね」
「でもなんでこんな遅かったんですか?」
「私の家は結構山奥の方なので、雪もまだ残ってまして。それ以外でも色々不慣れでしたから手続きやら何やらで思った以上に時間がかかってしまいましたね」
と上村が答えている。
「そうだったんだ。でも入学式には間に合って良かったね」
「さすがにそこ遅れたら大変だもんねえ」
「雪のある山奥って出身はどちらなんですか?」
「岩手ですね」
「へー。行ったことないけど確か奥州平泉だっけ? 歴史でやった!」
などという会話が聞こえてくる。上村の声は、想像していた通りの男役に適した低く落ち着いたものであった。本宮は急いで体を洗い湯船へと向かう。その最中、本宮の高身長に目がいったのか、上村が彼女の方を見て――一瞬目が合った、気がした。本宮は思わず視線をそらしてしまい、そのまま気まずさもあり湯船の端っこの方で身を縮める。そうでなくとも人よりでかい彼女はノビノビと足を伸ばして入ってはいられない。そうしながらチラチラと上村の恐ろしく整った横顔に視線を向けるのであった。
やがて上村が立ち上がる。その瞬間丹伊田の「チェック」という言葉を思い出し、本宮はその体に視線をやった。
――腹筋ヤバ。
縦に横にとうっすら割れ目が視認できる腹筋。だからといってわざとらしく肥大したものではなく、どこまでも落ち着いて自然なラインを保ったもの。なんだありゃ、と本宮は思わず自分の腹をブヨブヨと触った。
上村が上がると、それに続くかのように多くの者も湯船を後にする。残された本宮はポツンとそれを見送り、そうして広くなった湯船で思い切り足を伸ばすと肩まで湯に浸かり――そうして慌てて自分も湯船を上がるのであった。
脱衣所で、なんと上村は隣であった。上村は本宮を見とめ、フッと微笑んで軽く頭を下げた。
「初めまして。今日から入寮した上村夏稲です」
「は、初めまして! 本宮アンナと申します!」
「背が高いですね。私より高い方がいて少し安心しました」
上村はそう言い、ふっと微笑んだ。
「はい、それはもう! 身長に関しては任せてください!」
何言ってんだこいつ、という空気が一瞬脱衣所内に広がった。
「――そうですね。お任せします」
上村はそう言って微笑んだ。その、完璧な笑み。本宮は完全に、心臓を鷲掴みにされた。
それが彼女と上村の最初の会話であった。




