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1 入寮

 


 天野塚(あまのづか)。それは地名であり、同時に天野塚歌劇団そのものを指す言葉でもある。天野塚歌劇団は文字通り歌劇、ミュージカルを公演する団体であるが、天野塚を他のあらゆる劇団と分けるのはそれが「女性だけ」によるものという点である。天野塚歌劇団に所属する団員はすべて女性。当然演目もすべて女性だけで演じる。とはいえ演目には男性の登場人物もいる。そうした男性もすべて女性が演じるわけである。通称「男役」。この「男装の麗人」は、天野塚をアマノヅカたらしめ、多くの女性ファンを引き付ける要因であった。


 もちろんそれだけではない。豪華絢爛なステージ。きらびやかな衣装。様々な演目。華麗なダンスに、芝居に、圧倒的な歌唱力。団員たちの美貌や、振る舞い、その生き様。そして外部とは隔絶された、ある種の閉鎖的空間。夢が、理想が具現化された世界。そういうものの神秘性が、長年人々の心を強く惹きつけてきたわけである。


 そしてこの「天野塚音楽学校」もまた、そうした閉鎖的な神秘性を構築するものの一つであった。


 天野塚音楽学校は、文字通り天野塚歌劇団に入るための学校である。そこで学ぶのは歌劇の基礎、主に歌とダンスと演技。この天野塚音楽学校を「卒業」しなければ天野塚歌劇団に入ることはできない。つまりは天野塚歌劇団への唯一の道なわけである。そのため毎年全国から天野塚歌劇団を目指す少女たちが受験する。その倍率は実に二十倍以上。難関を勝ち抜いてきた約四十人だけが入学できる、本当に狭き門の先にある学校なわけであった。



 そんな天野塚音楽学校も、天野塚歌劇団も、当然天野塚という土地にある。神奈川の海辺で、温泉街の近く。都心からも直通の路線があり、一時間程度で来られる場所だ。そこはいわば天野塚歌劇団を中心に回っている土地である。歌劇団の関係者が住み、歌劇団を見に来る観光客を相手にする商売が軒を連ねている。他にも当然温泉街に遊園地などもあったが、やはり天野塚といえば「アマノヅカ」。すなわち天野塚歌劇団。日本でも類を見ない唯一無二の街であり、唯一無二の歌劇団。そういう非常に特殊な唯一無二の場所であった。



 そんな天野塚音楽学校の、寮。通称「白百合寮」。新学年が始まる四月、音楽学校に入学する生徒たちが、この寮にも続々と集まっていた。本宮アンナもまたそうした新入生の一人であった。平均身長が高い天野塚音楽学校の生徒たちの中でもひときわ背の高い女子。髪は短く、大人びた凛々しい顔立ちだ。歳は十八であり、この春高校を卒業したばかりであった。


 そんな彼女は満願の思いで寮の前に立ち、その「白百合寮」という看板を眺めていた。初めて実家を出て生活をする。二人部屋の寮生活なので一人暮らしではないが、それでもやはり多少の不安はある。しかしそれ以上に、やはり満願。念願叶って、この天野塚という土地で過ごせるのだ。あの天野塚音楽学校で、天野塚歌劇団を目指して、毎日を過ごせるのだ。これ以上の喜びなど、どこにあるだろうか。


 本宮は寮の外観の写真を撮り、それを添付して親に無事着いた旨を知らせる。そうして白百合寮の中へと、足を踏み入れた。



 受付――管理人室に挨拶をし、ロビーで待っているとやがて一人の女性が降りてきた。天野塚音楽学校の制服に身を包み、その歩き方はどこまでも清楚でしなやかである。階段を降りるその一瞬だけでもまるでステージに立っているかのよう。当然姿勢も恐ろしく良く、本宮も思わず背筋がピンと伸びるほどであった。


「お待たせしました。寮長を務めている本科生の真々川(ままかわ)です」


「初めまして! 本日からこちらの寮で共に生活させていただきます、本宮アンナと申します! よろしくお願いします!」

 と本宮は額が膝にくっつくほど深々とお辞儀をする。


「こちらこそよろしくお願いします。それと、ハキハキしていて素晴らしい挨拶ですが他の方もいらっしゃるのでもう少し静かにお願いしますね」


「あ、はい! 申し訳ありませんでした!」


 とボリュームを下げ、再びお辞儀。それを見て真々川は薄っすらとだけ笑みを浮かべ、すぐにいかんいかんと真面目な表情に戻る。


「では寮内をご案内しますね」


「はい! よろしくお願いします!」


「ええ。それにしても本宮さんはとても背が高いですね。多分本科予科合わせても一番高いと思いますよ」


 と真々川が言う。「本科」というのはわかりやすく言えば二年生のことであり、「予科」が一年生、つまり本宮たち新入生のことだ。つまり天野塚音楽学校は二学年制ということである。


「あ、やはりそうですか……一応ギリギリ180はないのですが」


「ということは179くらいですかね」


「おっしゃる通り、79です」


「すごいですね。出身はどちらですか?」


「静岡です。今日も、と言いますか今まではずっと静岡におりました」


「隣県であればそんなに遠くなくて保護者の方も安心でしょうね」


「あ、はい。それは多少あると思います……とはいえ私ももう高校を卒業した十八ですので、親もそんなに心配はしていないかと思います」


「ああ、そうでしたね……一方的に知られているというのはあまり気分はよくないかもしれませんけど、一応こちらも寮長として簡単な情報は頂いておりますので、存じております」


「そうでしたか……あの、予科生の私が言うのも失礼なんでしょうが、もし私が年上だったとしても、真々川さんが先輩、本科生であることには変わらないので、そこはまったく、遠慮なくよろしくお願いします」


「それはもちろんです」

 真々川はそう言った後、少し周囲を見回した。

「――心配しなくても大丈夫ですよ。実は私も歳上なので」


「え? と、いうことは十九歳でいらっしゃいますか?」


「はい。私も高校を卒業してから入りましたので」


「あ、そうでしたか……あの、こんなことを聞くのは大変失礼なのでしょうが、何度目の受験で受かられましたか?」


「一回ですね。最初で最後だったので」


「いやぁ、それはもう、私なんかとは全然で……私なんかは三回受けて三回落ちて、最後の最後にようやく受かった身ですから」

 と本宮は手を振り、ペコペコと頭を下げ恐縮する。


 高卒。三回。こうした部分にも天野塚音楽学校の受験の特別さがある。天野塚音楽学校は、受けられるのは十五歳から十八歳までの女子。つまり中学卒業を控えた中学三年生から高校三年生である。受験は年に一度で、つまり生涯のうちに四度だけ受験の機会があるわけだ。あので当然十五歳で受かって入学するものもいれば、十八歳で入学するものもいる。前年に十五歳で受かったものが翌年本科生となり、高校を卒業してきた十八歳の予科生の「先輩」になることもあるわけであった。優先されるは年齢よりも経験、つまりは学年。たとえ年上であろうとも、予科生は絶対的に本科生の後輩なわけであった。


 して、この二人。真々川と本宮の場合。真々川は昨年の高校卒業時、十八歳で初めて受けて合格して入学し、現在十九歳の本科生。本宮はこれまで三度受けたが三度落ち、最後のチャンスである四度目で無事合格し、高校を卒業して入学した十八歳の予科生ということであった。歳の差も学年の差も丁度一つ違い。とはいえいくら合格時の年齢が同じであろうと、三度も落ちた人間と一度で受かった人間はまったく別であろう、というのが本宮の言うところなわけであった。



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