9 あぶれた二人(後編)
して、そんな風に徐々にグループが形成されていく中で本宮と右城はというと、
「すっかりあぶれたな」
と飄々言う右城に、
「完全に乗り遅れた……」
と対象的に肩を落とす本宮であった。
「まあアンナ元ヤンだしな」
「元ヤンじゃないし!」
「最年長だし」
「それはまあそうだけど……」
「ついでに三回落ちて四回受けた恥知らずだし」
「恥知らずって言い方ひどくない!? 諦めが悪いだけでしょ!」
「逆にそれならいいの?」
「いやまあ、めげない健気なとか?」
「自分で言うかよ。けどよくそんな何回も受けられたよな。レッスン費も含めて。アンナんちって結構金持ち?」
「という程でもないけど、ほんと親には頭上がらないよねぇ……まあレッスン代とかさ、諸々は自分の小遣いとかお年玉とかも全部つぎ込んだし、それも元を辿れば人のお金だけど、でもバイトもして自分でお金出したしね」
「バイトしてたの? すごいな、経験豊富じゃん。なんのバイト?」
「……秘密」
「……お金もらって殴るとか?」
「あ?」
「いやいや怖い怖い。ごめんって。ほんとにそれで元ヤンじゃないの?」
「本物はもっと怖いでしょ、知らないけど。てかそんなバイトあるの?」
「あるんじゃない? 世界は広いしさ」
「あったとしてもやりたくないなー。人殴るとか気分良くないし」
「殴ったことあるんだ」
「……随分昔だよ? 小学生の時だし。自分の拳は痛いし、ずっと嫌な感じが自分の中にも残るし、あれは良くなかったなーほんと」
「へー。でもそういうのは知ってるほうがいいかもね。知ってればやらないだろうし、止めようとするだろうしさ」
「まあね。ていうかこういう話してるとますますあぶれるよね私……というかなんかこんなのに付き合わせて香月まであぶれさせてごめんね」
「いいよ別に。気楽だし。いざとなったらあんたのロケットパンチ発動するしさ」
「いやいやいや。けどさ、やっぱ最年長で、こんだけでかくて、しかも三回も落ちてる上に元ヤン疑惑まであるとほんとに関わってもしょうがないってなるんだろうね。なんか悲しいけど、でも入試だって31番とかだったし、まあ現金な感じはあるにせよ価値ないもんねー」
と本宮は大きく溜息をつく。
「んなことないでしょ。というかまだ始まったばっかなんだしさ。上村さんだって褒めてたじゃん。色々やってってみんなもっとわかってけばさ、うまいしあの人についていこう元ヤンはともかくとかなるかもよ?」
「そもそも元ヤンじゃないし。てかそれ言ったら香月も全部うますぎてすごいけどさ、あんた入試何番だったの?」
「四」
「――は?」
「怖っ」
「いやいや怖くないし。てか四?」
「四」
「……四位? 上から四番目ってこと?」
「そっすね」
「……何がそっすねだよおい。それ上村さん大内さん才木さんに続いての四番目ってことじゃねえか」
「じゃねえかって、素が出てるよ」
「おっと、じゃなくて。え、ほんとに四なの? 冗談抜きだよね?」
「冗談抜きなんですよねーこれが」
「……なんであんた私といるの?」
「好きだから?」
「……私は、今のところ上村さんのほうが好みです」
「わーお。フラれた。てかあんたそんなあの人にマジだったの?」
「いや? まあさ、正直男はそんな好きじゃないけど、でも恋愛感情っていうと今まで男しか好きになったことないんだよね。やっぱ天野塚の男役に対する感情はまたそういうのとは別でさ」
「へー。アンナもやっぱ実際の男役に憧れて入った感じ?」
「うん、そりゃもう。私は天城純サマにやられたクチだねー。中三の時に見てさ、もう一目惚れ! マジで電撃が走ったよね」
「へー。よく聞くパターンだな。そのタイミングだと確かに一回目はキツかったかもね」
「そうだね、全然練習できてなかったし。香月は誰が一番好きなの?」
「ディフューズの京手縁」
「あ?」
「怖っ。やっぱ元ヤンじゃん」
「いやいや、元ヤン関係なく誰でもこうなるでしょ。は? アイドル? なんで天野塚来てるの?」
「天野塚だって好きよ? 男役だってさ。ただそれとこれとは別なのよ。一番好きなのは京手縁で。でも天野塚の役者としての憧れとかロールモデルはまた別として」
「あ、そう……まあいいけど。てか香月もアイドルとか好きなんだね。ちょっと意外」
「ちゃうねん。アイドルはどうでもいいねん。京手縁が好きなだけで」
「なんで関西弁」
「ちと恥ずいから」
「そう……いやーでもそっかー。なんか私勝手に香月のことは仲間だとか思ってたけど実は全然そんなこともなかったんだね。天野塚愛とか順位とかさー」
「言うねー。でも好きなものは人の好みなんだからしょうがないでしょ。それに入試の順位なんてただの入った時の順位じゃん? 今のトップの順位言ってみなよ」
「トップスターは天城純サマ入れて主席入学主席入団が二人。あとはトップ娘役も含めて入学時入団時の成績はバラバラかな。人によっては二十番台とか」
「へー、そうなんだ」
「そうなんだって、知らずに言ったのかよ」
「まあね。よく覚えてるよあんたも。ともかくさ、そういうわけでしょ? 入学時に下の方でもトップになった人なんてたくさんいるわけでさ。学校だって二年だけなんだし、その後も十年くらいは修行して練習積み重ねて登っていくわけなんだから、今の順位なんて所詮今だけでしょ。下がる人も上がる人もいるんだからさ。これからどう過ごすかなわけじゃない。むしろアンナなんて伸びしろしかないわけでしょ。上がるしかさ」
「ていっても四年もやって三回落ちてようやく受かっても三十番台とかなんですけど。これ以上伸び代あるんですかねこれ」
「あるでしょそりゃ。まだ十八なんだしさ。上原なんか高校は無名の補欠で大学留年までしてるけどメジャーで胴上げ投手よ?」
「多分野球のことなんだろうけどまったくわからんわ」
「マジ? 上原も知らないの? 元巨人の」
「知らない。たまに野球の話出てくるけど好きなの?」
「父親がね。兄も野球してるし。男どもが巨人ファンだったからさ。まあとにかくさ、上原ってのはすごいピッチャーだったのよプロで。メジャー行ってからも活躍したしさ。けどそういう人でも高校時代は全然無名で補欠だったわけ。しかも大学留年。千賀とか甲斐も育成出身だしさ、ハタチ過ぎてから一気に伸びる人だって全然いるわけよ」
「また全然知らない名前だけど、とにかく大器晩成もいるってことね」
「そういうこと。ペースもタイミングも人それぞれだしさ、何かを変えるような出会いだってあるかもしれないわけだしね。恩師になるような人に出会って一気に開花するとか。だからま、決めつけないで諦めないでしっかりコツコツやってくってことでしょ、一番は」
「……めっちゃ励まされるけど、なんか香月の方がすごい大人な感じでヘコむわー」
「というか逆にアンナが子供っぽすぎるんじゃない? 高校三年間何してきたのよ」
「それ言われたらなんも言えないです……」
本宮はそう言い、大きなため息をつくのであった。