プロローグ 君は運命を信じるか
君は運命を信じるか。運命というものが、あると思うか。
天野塚。ここは文字通り天才の墓場。どれほどの数の天才たちがここで消えていったのだろう。死んでいったのだろう。その才を輝かせることすらなく。
知っている。知っていた。そういう時代だ。手元のスマホでちょっと検索すれば、そういう話なんてゴロゴロ出てくる。戦中の軍隊とさほど変わらない。夢などない。そんなことは知っていた。
それでもその輝きに負けた。いや、負けたというのは適切でないかもしれない。とにかく、逃れることができなかった。魅了された。そもそもとして、チャンスは人生のうちたった四年しかないのだ。たったの四回。ならば、それにすべてを懸けても別に困らないだろう。自分の人生だ。一度きりだ。若いころなど、青春など、なおそうであろう。ならば自分はその短く二度と取り戻せぬ春を、そこで過ごしたい。本宮アンナはそう思った。自分が大スターになれるなどとは思っていない。それは三度の挑戦、三年連続の不合格で身にしみてわかった。自分には才能はない。たとえ入れても、トップになど立てるわけがない。しかし、それでもだ。もはや頂点は目指すためではない。ただそこへ。あの場へ。その思いしかなかった。
そして十八歳になった四度目の挑戦で、ついに受かった。天野塚音楽学校。天野塚歌劇団への唯一の道。涙が出た。天野塚音楽学校の、合格発表の場。周りも、泣いている者ばかりであった。それが嬉し涙なのか悲しみの涙なのか、よく見ればわかっただろうがその時の彼女にはそんな余裕などなかった。他人に構う暇などない。自分の合格を、その数字を何度も確かめるだけで精一杯だった。たとえ周りを見る余裕があったとしても、涙でよく見えやしなかっただろう。
涙を拭い、何度も確認し、そうしてようやく合格を現実と確信することができた。少しだけ周囲を見る余裕もできた。
そしてそこで本宮は――彼女たちは、運命に出会ってしまった。
彼女が来た。その人が――運命が、歩いて来た。そして合格発表の掲示板の前で立ち止まり、数字を確認し――ただ一つ小さく頷いた。そこにいる誰もが、確認などしなくてもわかった。見るだけでわかる。彼女は当然、受かっている。だってそんなの、見ればわかるから。
そんな人間を、本宮はこれまで見たことはなかった。歩く姿から、立つ姿まで。頷きの一つまで、あまりにも完璧で強力な美であった。オーラが、佇まいが異次元であった。合格発表のこの場にも、これまで四年通ってきたスクールにも、そんな人間はいなかった。
本物の「天才」だと、ひと目でわかった。神に選ばれた、究極の存在。
無論、まだ何もわからない。まだ何も見てないし、聞いていない。それでも、わかる。はっきりわかる。立ってるだけでこんなにも完璧な人間が、天才でないわけがない。
周囲には、硬直があった。合格を知り、嬉し涙を流していた者たちも、途端に現実に叩き落とされた。そう、それは現実。彼女は、この先の未来という現実。合格した。入学する。ということは。
こんなバケモノと、戦うことになるのか。
それはその後本宮が聞いた、その場にいた者たちの証言だ。一瞬で、逃れようのない現実。喜びに浸れていたのなど一瞬。彼女に、一瞬で現実に引き戻されたと。しかし本宮は違かった。ある意味現実など、とうにわかっていた。三度落ちた。十八歳という最年長での入学だ。トップなどもはや目指さない。他人と戦うことなど、もはやない。自分は天才ではないのだ。ではその自分が何故今更、今になってようやく受かったのか? 入学できたのか?
運命だ。これこそが、運命なのだと思った。彼女の存在が。彼女と出会うことが。
そう、ここは天野塚。天野塚歌劇学校。文字通り天才たちの墓場。
この天才たちの墓場で、彼女という天才を守ること。その天才を、決して死なせないこと。彼女のトップスターへの道を死守すること。それこそが、自分の運命だ。運命だと、本宮は信じた。
その日本宮アンナは――そして天野塚音楽学校の合格者たちは、上村夏稲という運命に、出会ってしまった。
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