転校(3年文科2組)
斑鳩逍遙は田舎の高等学校(高校)から転校したきたばかりの高校3年生である。西暦2168年4月11日(月)、逍遙は先日深く感銘を受けた校長の話を思い出しながら、県立公津の杜高等学校3年文科2組の一員としての新生活を始めようとしている。西暦2168年の高等学校は今の高校とは異なり5年制なので、高校3年生と言ってもあと3年間高校生活が続く。公津の杜高校に限らず大抵の公立高校は3年生から文科(文系)と理科(理系)を分けてクラスを編成している。その為、3年生以上に編入学する者は文科の場合、数学科及び理科の試験を受ける必要がない。根っからの文系人間である逍遙にとっては幸いであった。
******
先月まで僕がいた田舎のクソ高校の制服はブレザーだったが、公津の杜高校の制服は学ランだ。まばゆい白線の入った制帽もある。一目で転校生と分かる真新しい学ランを身にまとった僕は教室に入るなり注目の的となった。体育会系らしい男子が「なんだよ男かよ」と正直すぎる感想を漏らしているのを聞き流しつつ、指定されている座席に座る。転校生が多い時期なんだから、このクラスにも女子の転校生がいるだろうと思っていると、案の定、真新しい白のセーラー服を着た女子が教室に入ってきた。それから少しして担任の教諭が入ってきた。「よし、それじゃホームルームを始めるぞ」と教諭。まずは教諭の自己紹介だ。転校生以外はみな知っているだろうが……と笑いつつ始まった。上田勝吉という英語教諭らしい。名前から察するに第三次世界大戦の最中に生まれたのだろう。辛くも第三次世界大戦に勝利した日本は、米国と共に旧中華人民共和国の統治を信託されているが、いつまでこの平和が続くのだろうか。「じゃあ転校生も自己紹介してくれ」との上田教諭の声に促され、僕と先ほど教室に入ってきた女子、合わせて2人の転校生が黒板の前に出る。「斑鳩逍遙です。ド田舎から来たので都会の暮らしには慣れませんが(笑)、どうぞよろしくお願いします。……趣味は読書です」と僕が自己紹介すると、女子は「鹿沼礼佳です。東京23区にいましたが、引っ越してきました。趣味は社会科学です」と答えた。へえ鹿沼礼佳っていうのか……と思う。かわいいから仲良くなりたい。我ながら容姿至上主義でひどいと思うが、人間も所詮は獣の一種という諦念が頭を擡げてくる。僕が席に戻ると「転校生同士つきあっちゃえよ」といきなり言ってくる男子がいた。なんだよお前はと思い「やめろよ」と苦笑して返しつつ「名前は?」と聞いてみた。「鈴木大河。大きな川の大河だ。よろしく」と返ってくる。「鈴木はさ……その、なんか趣味とかあるの?」と学者肌丸出しな感じで不器用に聞いてしまったが「大河で良いよ」と明るく帰ってきて安心した。校長が言っていた転校生は友達を作りやすいというのは本当だ。友達になる為の他愛もない会話を続けているうち、1時間目が終わってしまった。女子とも話したかった(小学生並みの感想)。
2時間目は現代文だったがこれは正直普通の授業だった。中学校や高校1・2年でもやっている普通の授業だ。やはりなんといっても高校3年生に進級した実感が湧くのは、専門科目の授業である。今日は3時間目と4時間目が専門科目の時間だ。これは必修の専門科目だが、別の曜日には選択の専門科目もある。
3時間目は法学の授業だった。法学部の入学試験を受けるには必須だ。僕は法学部への進学を考えているので、とても楽しみにしている。法学を担当する教員が、教授が入ってきた。教諭ではなく教授である。教授は教員免許を持っていないこともあるが博士号はたいてい持っている。インターネットによると高等学校教授は大学教員を目指す若い博士の登竜門らしく、御多分に漏れず教室に入ってきた教授はいかにも新進気鋭といった若い博士であった。今度は教授の自己紹介が始まる。「舞鶴愛智です。私立●●中学校、私立●●高等学校文科を卒業し、東京帝国大学法学部を卒業。」……といかにも選良と言った経歴が語られていく。いけ好かない野郎だと思ってしまったが、法学部卒業後は官僚になるわけでも大学院へ進学するわけでもなく、民間就職したらしい。「そんなわけで民間企業に、商社に就職しました」と言ったところで体育会系の男子が目を輝かせて「商社とか女食い放題だろうな」と小声でつぶやいたが、すかさず「商社なんかろくでもないですよ。外交官やら警察官僚なんかと一緒になって違法行為をしたりね……」と釘を刺すことを忘れなかった。案外良い先生かもしれない。「25歳で商社をやめて大学に戻りました。31歳で博士号を取って今日に至ります。現在、33歳です」と言って自己紹介を終えた舞鶴教授はいかにも聡明だった。
4時間目は美術学の授業だった。「美術学」は教授が担当する専門科目で理論中心だが、「美術」は教諭が担当する基礎教科であり実践中心である。美術学教授は身長167cm、女性にしては長身の人物だった。「井上華菜です。都立●●高等学校文科を卒業し、日本大学芸術学部美術学科を卒業。先月、同大学大学院博士課程を修了しました。今月から教員としての仕事を始めたばかりの29歳です」と簡潔な自己紹介があった。留年も浪人も民間就職もしていないのはすごい。僕は大学受験で一浪するかもしれないし、今のところ博士号を取る気はない……。やはり博士は選良だ。選良の授業を受けられるのは幸せだと思う。今回の授業は印象派についての興味深い講義だった。
昼休み。僕は大河と共に食堂へ行った。食堂は教諭室や教授の個室が並ぶ本館と呼ばれる校舎にある。3階の連絡通路を経由し普通教室棟から本館へ移動した。大河と同じくカレーライスを頼む。食堂があるといっても良心的な価格なのはさすが公立といったところか。それを大河に言うと「私立高校にいた訳じゃないでしょ」と突っ込まれる。そりゃそうなんだけどね(笑)
5時間目は数学の授業。国立大学への進学を希望する生徒向けの授業だ。文科向けのクラスだから学生免許試験レベルに抑えてあるらしいがあまり分からなかった。もし僕が今以上に詰め込みだったらしい令和期の高校にいたら0点をとってもおかしくないと思うが、教諭いわく令和期――高校が5年制に伸びるより前の時代――には高2の2学期頃に学習する範囲(当時の数Ⅱ相当)であったらしく、そのおかげか少しは理解できている。文科クラスの場合、4年になると数学科及び理科は必修から外れるので、あと1年の辛抱だ。とにかく赤点は回避しないといけない。5時間目が終わった休み時間には大河と赤点回避の誓いを立てた。
6時間目は英語。我らが担任上田先生の授業だ。転校前にいた高校よりちょっと先へ進んでいるようだがなんとか対応した。尿意を感じてきたので6時間目が終わり次第お手洗いへ。僕が教室に戻るとホームルームが始まり解散とあいなった。大河と共に校門を出て帰りのバスに乗る。公津の杜駅に着くまでの15分間で、大河といろいろ話せてよかった。