ブラックポーション工場をクビになったら、伝説のポーションマスターとして後世に名を残すことになった件
俺の名前はディミトリ・オーエン、三級錬金術師だ。
ベルクカッツェ帝国にあるポーション工場『ガーゴイル・カンパニー』で働いている。
「おい、オーエン!明日納品だからな、間に合わせとけよ!」
「あ、はい!頑張ります!」
「よし、行くぞお前ら」
「アレスさん、今日は朝まで帰しませんよ?」
「お?言ったな?望むところだぜ」
「「わははは!」」
相変わらずというか、主任のアレスさんの無茶振りはエスカレートする一方だ。
最初のうちは手伝ってくれていた同僚達も、次第にアレスさんと一緒に、城下町の酒場へ行くようになってしまった。
だが、反復トレーニングというものは恐ろしく、今の俺は10人かかってやっと生産できる量のポーションを、たった二時間ほどで作ることができるようになっていた。
「あー、これも納期が迫ってるな……よし、さっさと終わらせよう」
人気の無くなった工場で、在庫チェックを始める。
せめて、本数だけでもリストになってれば楽なんだけど……。
この工場に錬金術師は三人だけ。
工場長で一級錬金術師のワルザックさん。
二級錬金術師で主任のアレスさん。
そして、三級錬金術師の俺だ。
本来なら工場長の範囲魔法で大量生産が可能なはずだし、アレスさんも工場長までとはいかずとも、三級の俺よりは大量に生産ができると思う。
だが、不思議なことに、俺がここに就職してからというもの、ただの一度も二人がポーションを作っているところを見たことがなかった。
それに……錬金術師が在庫チェックをするなんて聞いたことがない。
在庫チェックも大事な業務のひとつだし、決してやりたくないわけではないのだが、錬金術師になればポーション作りに専念できると思っていただけにショックだった。
折角、国家資格を取ったのになぁ……。
まあ、愚痴を言ってもポーションが増えるわけでもない。
前向きなのが俺の取り柄だ。きっと工場長達も俺を育てようと仕事を振ってくれているのだろう。
俺は黙々と棚に並ぶ水の入った瓶の数を数え、同時に手をかざして魔力を注入してポーションを作っていく。
初めは数えた後にポーションを作っていたのだが、やっているうちにこの形に落ち着いた。
時間も限られているし、何より大量の瓶を数えて疲れ果てた後に、魔力を注入をする気になれなかったのだ。
「ふ~、あとは特注のハイ・ポーションか」
真っ白な魔素防護服に着替えて、ハイ・ポーションを作る魔素遮断室に入る。
この遮断室で作業を行うことによって、外部から混入する微量な魔素の影響を防いでポーションの質を高めることができるのだ。
遮断室の中は赤いランプが点っているが、扉を閉めてスイッチを押すと青白い光に変わる。
大気中の魔素が取り除かれた証拠で、これで作業の前準備は完了だ。
「さて、今日のノルマは……えっ⁉じゅ、十五本⁉」
う、嘘だろ……ハイ・ポーションはどれだけ頑張っても、いまの俺じゃ一本三時間はかかる。
それが十五本……⁉
単純計算で……えーっと……45時間⁉
どうしよう……絶対に間に合わないんだけど?
俺は時計に目を向ける。
今から朝までぶっ通しでやったとして4本か……。
発注書に目を通すと、依頼主は『ハインリヒ公爵家』とあった。
「ま、マズい……貴族からの注文だ……」
サッと血の気が引いた。
貴族の注文は絶対だ……。
期限内に用意しなければ、どんなお咎めがあるかわからない。
「と、とにかく……やるしかない!」
「おい、起きろ!おい、オーエン!」
「ん……んん……」
目を開けるとアレスさんが俺の顔を覗き込んでいた。
「あ、おつかれさまです!あれ?ここは……」
「何を寝ぼけてやがる、さっさと仕事に戻れ!ったく、工場で寝泊まりするなって言っただろうが……」
「すみません……あっ⁉そうだ、ハイ・ポーションの納品は間に合いましたか⁉」
「あ?お前自分で作っといて忘れんなよ、さっき全部納品したぞ」
アレスさんの言葉に、俺は胸を撫で下ろした。
「よ、よかったぁ……」
「おい、品質に問題はないだろうな?」
「あ、はい!それはもちろん!ちゃんとチェッカーで検査して、オールSを確認しましたから」
「そうか、ならいい」
アレスさんはそれだけ言うと、どこかへ行ってしまった。
「あぁ……身体が痛い」
ガチガチになった筋肉をストレッチでほぐしながら、俺は今日のスケジュール表に目を通した。
「え⁉今日もハイ・ポーションが……」
参ったな……。
昨日は、運良く作業中にレベルアップしたから良かったが、もう魔力は底を尽きそうなほど消耗している。
少し休んで回復させないと……。
俺は工場長に相談をしようと工場長室に向かった。
美しい装飾が施された扉をノックする。
向こうからワルザックさんの声が聞こえた。
「入れ」
「失礼します……」
ワルザックさんは片眉を上げ、俺を睨みながら大きくため息を吐いた。
「何だ、オーエンか……どうした?」
「すみません、工場長。実は今日もハイ・ポーションの注文が入っているのですが、ちょっと昨日の作業で魔力を消耗しすぎてしまって……」
「……それで?」
「その……申し訳ないのですが、今日の制作分は、工場長かアレス主任に代わってもらえないかと思いまして……」
「何を言っている!魔力枯渇ごときで弱音を吐きおって!そもそもやる気がないからいつまで経っても三級錬金術師のままなのだ!」
「す、すみません……ですが、今回ばかりはどうやっても僕には無理です……」
「くっ……この、使えん奴め!もういい!さっさと回復して来い!」
「は、はい!申し訳ありませんでした!」
オーエンは深く頭を下げ、工場長室を出る。
良かった、これで久しぶりにベッドで眠れる――、オーエンは心から安堵した。
そして、数日ぶりに我が家に帰ると、オーエンは埃っぽいベッドに倒れ込み、そのまますぐに眠ってしまった。
* * *
ワルザックに呼び出されたアレスは、オーエンの代わりにハイ・ポーションの製造を押しつけられた。
舌打ちをしながら魔素遮断室に入ったアレスは、乱暴にスイッチを押す。
「ったく……何で俺がこんな事を……オーエンの奴、使えねぇ……」
そして手に取った注文書を見て、アレスは目を丸くした。
「な、7本……?嘘だろ?」
アレスは慌てて過去の注文書を漁った。
見れば、昨日は15本、その前は3本、そのまた前は6本と、とてもじゃないが一人で裁ける量ではない。
オーエンは三級錬金術師……これじゃまるで一級錬金術師並みの、いや、それ以上の仕事量だ。
「もしかして⁉」
アレスは品質チェッカーの履歴を遡る。
確かにSで間違いない。
この量で、しかも品質Sだと?
納品先は大抵がハインリヒ公爵家か……。
「そうか⁉そういうことか……」
オーエンは水増しをしている。
品質チェッカーの結果を改竄し、そのまま何食わぬ顔で納品しているのだ。
相手は貴族……、どうせ禄に中身もチェックしていないのだろう。
多少薄めてもハイポーションだ、薬効は高い。
なるほど、あいつも考えたもんだ。
「くくく……そうだ、そうでないと三級如きがこんなこと出来るわけが無い」
アレスはそう結論づけて、ハイポーション作りを始めた。
久しぶりの作業だったせいか、一本作るのに朝までかかってしまった。
出来上がったポーションを七本均等に分け、アレスは水で薄めた。
念のためチェッカーで検査すると、判定は『B++』だった。
「まあ、問題ないだろう」
何かあっても、オーエンのせいにすればいい。
大きな欠伸をしながら、アレスは魔素遮断室を後にした。
数日後――。
あれから魔力も回復して、体調の方は万全とは行かないまでも、二徹くらいなら平気になった。
いつも通り工場でポーションの製造作業をしていると、何やら入り口の方が騒がしい。
「どうしたんだろう?」
だが、納期も迫っているし、油を売っている暇など無い。
俺は気になる気持ちを抑えて、黙々と一人作業を続けていた。
「おい!オーエン!オーエンはいるか!」
凄まじい剣幕で工場長のワルザックさんがやって来た。
その後ろには、帝国騎士が二人付き添っている。
「は、はい!工場長、何かありましたか?」
「オーエン!貴様ぁ!自分が何をやったかわかっているのか!」
「え……」
訳が分からず、頭の中が真っ白になる。
すると騎士の一人が前に出て、
「貴殿がディミトリ・オーエンですね?」と訊ねた。
「は、はい……そうですけど……」
「ハインリヒ公爵家に納品されたポーションが薄められていました、当家の注文は品質『S』のハイポーションです。ですが納品されたのは『B++』の劣化ハイポーションでした。心当たりはありますか?」
「えっ⁉そ、そんな!知りません!」
「白々しい嘘を吐くな!アレスから全部聞いたぞ!」
「いや、一体……何が何だか……」
「ふん、貴様はよりもよって、ハインリヒ公爵家に納めるポーションを水増しおって!許される行為ではないぞ!」
「ちょ、いや、何かの間違いです!ちゃんと調べてください!チェッカーで検査もしてますし、何も悪いことなんてしてません!」
「ええい、まだ白を切るつもりか!」
ワルザックが拳を振り上げたその時、騎士の一人がそれを止めた。
「工場長、我々は犯人を捜しに来たのではありません。公爵様は注文通りに、品質『S』のハイポーションを納めていただければ、それで構わないと仰せです」
「は、はい、それはもちろん……一週間以内には必ず」
「わかりました、そう公爵様にはお伝えします。では、失礼――」
騎士達は踵を返し、工場を出て行った。
「オーエン!お前はクビだ!今すぐ出て行け!」
「え……でも」
「当たり前だろう!本当なら憲兵隊に突き出すところだが情けをかけてやる、退職金だと思え!」
「工場長、僕がいないと納品が間に合わないと思うのですが……」
「ハッ!お前のような三級錬金術師が何を寝ぼけたことを……お前の代わりなどいくらでもいる、さっさと出てけ!」
「わ、わかりました……では、短い間でしたがお世話になりました。これで失礼します……」
頭の中がぐちゃぐちゃだ……。
一体、俺が何をしたって言うんだ?
荷物を持って工場から出た時、アレス主任にちょうど出くわした。
「ア、アレス主任!あの、僕……何もやってません!」
「うるせぇな!俺は何も知らねぇよ、触んじゃねぇ!」
「うわっ⁉」
アレスに突き飛ばされ、俺は地面に転がった。
「いいか!二度と顔を見せるなよ!」
アレスはそう吐き捨てると工場へ入っていった。
「く……くそぉ……」
俺は土を握り絞め、地面を殴った。
涙で地面が歪んでいた。
* * *
仕事が無くなった俺はしばらくの間、休養を取ることにした。
朝起きて山に行き、ぼうっと丘から広がる草原を眺めたり、湖に行って絵を描いたり、川に釣りをしに行ったりして過ごした。
すると、次第に体調も良くなり、自然と働く意欲も湧いてきた。
そうだよな、このままじゃ駄目だ――。
折角、錬金術師の資格を取ったんだし、ウジウジしてても始まらない。
ポーション工場は無理でも、小さな工房なら雇ってもらえるかも知れないしな。
次の日、俺は城下町にある錬金術師ギルドに向かった。
この国では、冒険者なら冒険者ギルド、魔術師なら魔術師協会と、職業によって斡旋してくれる組織も分かれている。
ギルドに入ると横に長いカウンターがあり、職員が並ぶその前には、職を求める錬金術師達が列を作っていた。
一番空いている列に並び、俺は順番を待った。
「次の方、どうぞ」
「はい、よろしくお願いします!」
眼鏡を掛けた美しい女性だった。
顎の辺りまでの長さの黒髪に蒼い瞳、耳の形からしてエルフ族かな。
知的な雰囲気を持つ綺麗なお姉さんといった感じで、内心ちょっと嬉しかった。
「えっと……ん?ディミトリ・オーエン?確かガーゴイル・カンパニーじゃ……」
「あ、す、すみません!実は……クビになってしまいまして……」
「えっ⁉辞めた⁉」
お姉さんはとても驚いた様子で慌てふためいている。
「ちょ、ちょっとここで待ってて下さい!」
「あ、はい……」
お姉さんは慌てて奥へ走って行った。
「なあ、あんた本当にディミトリ・オーエンかい?」
「え?」
突然、後ろに居た人達に話しかけられた。
もしかして、あの事件の悪評が広まってたりして……どうしよう⁉
「あ、はい……そうですけど……」
ドキドキしながら答えると、一斉に皆が沸き立った。
「「おぉ~!!本物だ!」」
「いやー、まさか伝説の錬金術師に会えるとはなぁ!悪いが握手してもらってもいいか?」
「へ……?」
ど、どういうこと?
訳が分からないまま、俺は皆と握手を交わした。
「すげぇよな、あんたが作るポーション。あの品質はS+++じゃねぇかって噂だぜ?」
「良くあんな短納期であの量を、一体、どんな手法を使ってるんだよ?」
「良かったらウチの工房紹介するぜ?」
「え……あ、あはは……」
これは一体……何が起きてるんだ⁉
「ちょっと、貴方達!オーエン氏に失礼です、下がりなさい!」
職員のお姉さんの一声で、潮が引いたように静かになった。
「さて、別室をご用意しました、こちらへどうぞ」
「べ……別室?」
* * *
「アレス!アレスはどこだ!」
ワルザックが声を荒げる。
「何ですか工場長……今、手が離せないんですが……」
「どうなっとるんだ!このペースじゃ間に合わないぞ!」
「いや、そうは言いましても……これが限界ですよ」
「お前は二級錬金術師だろ⁉三級のあいつに出来て、なぜお前に出来ないのだ!」
「チッ……だったらあんたがやれよ!」
「な、何だと⁉貴様誰に口を利いている!」
「あんた一級なんだろ⁉なら、この程度の量なんて簡単に作れるはずだ」
「……う、うるさい!いいからさっさと作れ!必ず明日の朝までに間に合わせろよ!」
ワルザックはそう言い捨てて逃げるように帰って行った。
「ふん、やってられっかよ!」
アレスはポーションの空き瓶を投げ捨てた。
* * *
す、すごい……高そうな調度品がいっぱいある……。
「こちらでお待ちいただけますか?」
「あ、はい……」
「うぉっ⁉」
吸い込まれるような座り心地のソファに驚き、思わず声が漏れた。
周りを見渡しながら待っていると、部屋の扉が開き、身なりの良い白髪の紳士が入ってきた。
「おぉ、これはこれはディミトリ様、お会いできて光栄です。ギルド長のワイズと申します」
「え……あ、どうも……」
俺は深く頭を下げる。
「いけませんディミトリ様、頭をお上げ下さい」
「あ、え?はい……」
何だろう、この……妙な感じは。
もしかして、俺って……大事に扱われているのか?
「さて、早速ですが……本当にガーゴイル・カンパニーをお辞めになられたのでしょうか?」
「あ、はい、実は……」
俺は工場で起きた一部始終を説明した。
「な、なんですとっ⁉あ、あの……馬鹿共は、ディミトリ様の一体何を見てきたというのか……」
「え、信じてもらえるのですか⁉」
「何を言っているのです、当然です!我々錬金術師ギルドは、帝国のポーション製造法に則り、流通するポーションの品質チェックを初め、工場の勤務態勢、製造工程のチェック、不正の有無などを監視、教育しております。中でもディミトリ様の仕事ぶりは、ギルドの調査員達の間でも噂になるほどでして、あのような高品質ポーションをあの人数でお作りになられるとは……いやはや、脱帽としか言い様がありません」
「あ……でも、ガーゴイル・カンパニーではずっとワンオペで……勤務表も改竄してましたから……」
「ま、まさか……そんな……⁉」
ワイズさんは顔面蒼白になり、言葉を失っている。
やっぱりそうだよな、悪いことをすれば報いを受けなければならないんだ。
ちゃんと罪を償って、一からまたやり直そう……。
そう思っていた矢先――
「エルザ!エルザ!」
ワイズさんが声を上げると、すぐにさっきのお姉さんがやって来た。
「何かございましたか?」
「大至急、ガーゴイル・カンパニーへ抜き打ち検査に向かいなさい!」
「え⁉ギルド長、いったい何が……」
「説明は後でします、貴方の仕事は徹底的に彼らの不正を洗い出すことです!」
「わ、わかりました、直ちに向かいます!」
エルザさんは姿勢を正すと、胸の前に手を当て会釈をした。
そして、俺にも一礼すると、どこかへ走って行った。
「ディミトリ様、申し訳ございません……全て私の責任です。かくなる上は、このワイズの名に賭けて、必ずや彼奴らに報いを受けさせます!」
「え?あ……は、はい」
* * *
ギルド長の言葉通り、ガーゴイル・カンパニーに対して大規模な検査が行われた。
すると、出るわ出るわ不正のオンパレード。
俺が一番驚いたのは、何と工場長が錬金術師の資格を持っていなかったことだ。
あの工場でポーションを作れたのは俺とアレス主任だけ。
しかもアレス主任は資格の更新試験を受けておらず、実質無資格状態だったそうだ。
今回の件は公爵様の耳にも入った。
公爵様は大層お怒りになり、工場長とアレスに過酷な地下魔石鉱山での強制労働を命じた。
もう、二度と二人が太陽の下に出ることはないだろう。
そして俺は――
「ディミトリ・オーエン、そなたの類い希なる能力は、この帝国の誇りである!よって、ここに特級錬金術師の称号を授ける」
「は、ありがたき幸せ」
そう、俺は公爵様に認められ、特級錬金術師の称号を賜った。
国中のポーション工場の指導役、後進の育成、錬金術師ギルドの顧問、やることは増えたが充実した毎日を送っている。
「オーエン、何を考えてるの?」
「うん?エルザは可愛いな~って」
「もう、からかわないでよ!」
「ホントだって、俺に家族ができるなんて……信じられないよ」
それともう一つ、俺はギルド職員のエルザと結婚した。
まさか俺がこんな綺麗なお嫁さんと結婚できるとはな。
「ふふ、もうすぐ一人増えるわよ」
「え⁉ホントに⁉」
これはもう、頑張るしかないよね!
その後、ディミトリ・オーエンの名は伝説のポーションマスターとして、後世に語り継がれた。
そして彼の息子も希代の魔術師としてその名を残すのだが、それはまた別のお話……。
面白いと思ってくれたら、ブクマ&下の★から評価をいただけると励みになります!