◆043 突撃、土御門家
いやー、葵くんがブチ切れて全力全開の符術を放った時はどうしようかと思ったけど、意外と何とかなるもんだなぁ。
おれは着々と修復される結界を眺めながら、揚げたこ焼きを口に運ぶ。カリっと揚がった表面にはピリっとしたソースとマヨネーズ。もちろんこれはタコ入道を使ったものでもないし、乾燥アジョットの粉末を入れたものでもない。
妖魔なんて食べません! 日本には普通に美味しいものがいっぱいあるからね!
一口齧ればとろっとろの生地の中からプリっとしたタコとアクセントの紅ショウガが現れる。タコを噛むのと一緒にしゃきっと感じるのはネギの香りである。
やや小ぶりなものが16個並んでいるので、おれの次は隣で口を開けて待っているルルちゃんにもお裾分けである。
「ほいひい、れす!」
「あっついから気をつけて食べるんだよー」
一個目を食べたときに口の中を火傷して《風癒》を使ったのは内緒である。クリスとリアとアルマには生温い目で見られたし、ルルちゃんも首をかしげておれを見ていたので気付いてないのは環ちゃんだけかも知れないけど、内緒なのだ!
はふはふ、と揚げたこ焼きを頬張っている横で、クリスとリアは焼きチーズカレーに夢中――あ、そうですか、これも欲しいんですか。
はいはい、あげますよ。
「うまいな」
「美味ですわ」
「本当は揚げるんじゃなくて焼くんだけどね。家で作るときは中にウインナーとかチーズを入れることもあるよ」
「っ!?」
「ッ!!」
「……わかった、今度やろう」
そうだよね、チーズって聞いて君たちがじっとしてられるはずないもんね。
そんな風に小腹を満たしながら待っていると、場内アナウンスで葵くんが明日の本選に進んだことが告げられた。
対戦相手が立て続けに棄権したらしい。さっきの不死鳥的な魔法を見て敵わないと判断したんだろうね。そりゃそうだ。あんなん食らったら骨も残らないよ。
……というかそのレベルのものをよく躊躇なく放ったよね?
これがクリスとの特訓の成果だとしたら、むしろマイナス面も大きいのでは……。
嫌な汗が背中を伝った辺りで一回戦を終えた葵くんが戻ってきた。
狩衣は脱いでアロハシャツにハーフパンツ、ビーサンという別荘の時みたいな出で立ちになっている。
うん、気に入ったんだねそのファッション。
普通に休日のお父さんみたいに見えるから止めた方が良い気もするんだけど、まぁ葵くん自身が気に入っているなら何も言うまい。
「おつかれ! 何か飲む?」
「ありがとうございます。あ、飲み物は帰りがけに買ってきたので大丈夫ですよ」
ちゃっと見せた蓋つきの容器には緑色のスムージーみたいなのが入っていた。蓋にはJM&Mと手書きで記されている。
「なにそれ、スムージー?」
「はい。自分で素材を選べる店があったんで。人面樹とモモのスムージーです」
つ、つっこまないぞ!?
絶対につっこまないからな!?
ずずっとスムージーを飲む葵くんに疲れは見えない。まぁあの牛頭のモンスターとか一瞬だったしねぇ。せいぜい、魔力を消耗しているくらいだろうか。
あとはあったとしても、呪符が特別製とかそんな感じかな。
流石にメチャクチャ貴重なものあんな場面で使うはずもないし、補充は利くものなんだろうな。……だよね? キレて後先考えずに使ったとかじゃないよね?
不安に襲われて葵くんを見ていると、妖怪料理を食べ終えた環ちゃんが色々と訊ねてくれた。
「最後に暴れて、対戦相手が軒並み逃げ出したっぽいけど結果オーライ?」
「まぁ、そうですね。基本的に戦闘をたくさん見られるのは不利にしかなりませんし。そういった意味では助かりました」
「分析されたり手の内がバレたりしそうだもんね」
「そうなんですよ。祓魔師ってバレないように解析するとか裏でこそこそ系の術式も結構多いんで、大変なんです」
葵くんが言うには、葵くんや柚希ちゃんみたいにバリッバリの近接戦闘ができる者はそれほど多くないらしく、むしろ呪いのように遠隔で相手に作用するものが多いらしい。
「強化系の術式が専門で、自分自身はからっきしっていう後衛もいますしね」
「お?」
環ちゃんは何かに気付いたのか、首を傾げる。
「例えばなんだけど、強化モリモリにしてから出場したりとか?」
「いや、それはできないです。試合直前に解呪系の術式を使われますし」
「さすがにそんなに甘くはないか」
そう言いながらも、環ちゃんはコソコソっと質問を続ける。
「遠隔で相手に弱体化を掛けるのはどう?」
「藤平の方はよく知らないんですけど、坂上の結界はそういうのも弾いたはずです」
「呪物っていうんだっけ? 特別な効果のある魔道具を使ったら?」
「一応、それはOKなんですけど各家に伝わる呪物ってそれこそ切り札になるようなものが多いので、こんなところでは使わないことが多いですね」
あのさ。
「環ちゃん……無駄に抜け穴探すのやめようよ。葵くんなら勝てるって」
「いえ、勝ち負けとかじゃなくて、そういうの楽しくないですか?」
「えええ」
くだらない話をしながらも、空になった容器をまとめて控室に移動する。明日の参考に見学でもするのかと思いきや、「この程度、初見で倒せる」という師匠の判断によって引き揚げることにしたのだ。
控室では三条さんが未だに眠っていたけれど、最初に比べると随分血色が良くなってきている。
起こして帰宅するだけなのだが、控室まで直接足を運んでいるので明日からは《転移》が使える。折角なので祝勝会も兼ねて栃木でバーベキューでもするかな、と提案してみれば、
「あ、いいですね。折角なんで俺の家でやりましょうよ! 大悟さんと姉さんも呼んで」
ってな感じで土御門家にお邪魔することになった。
急な訪問はどうなの、と思わないでもないけど、土御門さんの容態も気になるしね。三条さんを起こしてみんなで《転移》。
そこには、
「はい、あーん」
「あーん」
「美味しいですか、あなた」
「おいしー」
「もう一口召し上がりますか?」
「たべるー」
甲斐甲斐しく介護をする土御門夫人と、真っ白に燃え尽きたままの土御門さんがいた。土御門さんは今までの表情からすっかり険が抜けている。
というか普通に様子がおかしい。
「あ、そうやどのだー。ひさしぶりー」
「こ、壊れている……!?」
「はるはおせわになりましたー」
「……御当主は、これでもだいぶマシになった方なのです」
どんだけ娘ラブだったんだよ!?
いやまぁ気持ちは分かるけど、壊れる方向性がおかしいだろ!?
「一応、梓お嬢様の前では体裁を取り繕おうとするのですが……」
その姿がまた痛々しく、梓ちゃんの怒りを買うらしい。なんというか、どうしようもない負のスパイラルである。ちなみに《月光癒》は意味がない。
あれは肉体的な怪我とかには効果が高いんだけど、精神までは癒せない。
なんて思っていたら、環ちゃんに指名されてしまった。
「あまねさん、回復魔法掛けてみましょう」
「いや、でもあれは、」
「良いから良いから。物は試しってやつですよ」
「んー、多分無駄だと思うけどなぁ。《月光癒》」
……あれ? ちょっと手応えある?
微かな違和感だけれど、何となく回復しているような気がする。
「えっと、もしかしたら、連発すると効果ありかも……?」
「おー、やってみるもんですねぇ。それじゃ、もりもり掛けちゃいましょう」
結局、魔力を回復しながら連発してたら土御門さんのメンタルが、まともに会話できるくらいまで回復させることができた。
「……なんでだろ?」
「まぁ結果オーライってやつですよ。良かったじゃないですか」
***
環さんは俺の服装をおかしいって思わなかったかな?
いや、栃木でほめてもらったときと同じ服装だし大丈夫なはず。お義兄……お兄さんである大悟さんが見繕ってくれた服装だし、大丈夫だきっと。
昨夜からぐるぐると頭の中を駆け巡る問答にキリをつけて、実家の庭へと足を踏み入れた。
そこにいたのは姉さんに彼氏ができてぽんこつ化した親父と、そんな親父を介護する母さんだ。
うん、だいぶマシになってるな。
だいたい、姉さんだって何時かは結婚するんだし、彼氏くらいで騒がないで欲しい。仮に俺が彼女を作っても騒がないだろうに、姉さんへの愛情が重すぎるんだよ。
そういうところを姉さんは怒ってるんだ。
そんなことを考えていると、環さんがあまねさんに回復魔法を提案してくれた。あまねさんは乗り気じゃない、というか効果がないと考えているらしいけれど、環さんに推されて掛けてみたところ、効果がありそうとのこと。
「……小百合、迷惑を掛けたな。もう大丈夫だ」
「……あなた……?」
「ああ、ようやく意識がハッキリした」
何がどう作用したのかは知らないけれど、親父が復活した。
うーん、効果が変わったのか、それとも能力が強化されているのか。どちらにせよ、あまねさん自身ですら気付かなかったのに、それを直感的に見抜いてしまう環さんはすごい女性だ。
あまねさんににっかり笑い掛ける環さんを見て、胸の辺りがぎゅっと苦しくなった気がした。