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◆033 順番

「お兄!? どげんしよっと!?」

「正樹さん!? 無事ですか!?」


 慌てて回復魔法を掛けようとするが、


「ラナ、大丈夫か?」

「ひゃい……」


 ラナさんを抱き留めた正樹さんと、とろんと蕩けるような視線を送るラナさんがいた。ああうん。ラナさんが腰砕けになって、それを正樹さんが抱き留めたのね……今までは吸精のせいで碌に男性と触れ合うこともできなかったみたいだし、きっとキスも初めてなんだろう。

 しかも初チューの相手は首ったけになっているマッシヴイケメンの正樹さん。


「ええと、正樹さん。身体に何か変化はありませんか?」

「おう。ちかっぱバリバリばい! 天にも昇る気持ちばい!」

「……大丈夫、そうですかね?」


 環ちゃんがおっかなびっくり訊ねると、クリスも葵くんも頷いた。


「問題ないようだな」

「変な魔力の動きもみえませんでした」


 こ、これで一件落着かぁ……。良かった。

 ほっとくとそのまま溶け合って一つになっちゃいそうなバカップルが誕生したので、何とかタクシーに押し込めた。その先のことは知りません。一応、柚希ちゃんが定期的に連絡を取るとは言っていたし正樹さんがスマホのGPSをオンにしていたので何かあればすぐに駆け付けられるはずである。

 あとに残されたのは、何か変に疲れたおれたちと、空になった『逆転の聖杯』。


「……これ、何とかならないかな……?」


 呟きながらそれを手に取る。

 同時。


「おおおお!?」

「どうした?」

「あまねさん?」

「あ、あまね様!?」


 魔力をぐいっと引っ張られるような感覚がある。

 あんまりずっと持っていると枯渇してしまいそうなので一旦テーブルに置く。そして、もう一度指先でチョンッと触ってみる。


「うん。おれの魔力、吸ってるみたい」

「もしかして、魔力を大量に注げば中身が戻るかも?」

「ああうん。そうかも知れない。注ぎまくれば中身が溜まるかも知れない」


 意識して注いでみると、なんとなく聖杯の内側が湿ってきたような気がしないでもない。結露しそうな雰囲気というか、何というか。


「……いやでもこれ、満たすのにとんでもない量の魔力が必要かも」


 異世界帰りで魔力量も相当充実していたはずのおれがたった数秒で枯渇が見えてくるくらいに魔力を奪われている。名を得た(ネームド)モンスター《夜天の女王》は魔法を主体とした権能ばかりだし、魔力量に関しては相当高いはずなんだけど、それが瞬殺である。

 さらにいえば、それだけ奪っても『内側が湿ってる? 気のせい?』程度にしか中身が増えないってことは、それこそとんでもない量の魔力が必要になるのかもしれない。


「あまねならいくらでも溜められるだろう」

「お手伝い、です!」

「あまねちゃんな食いしん坊やけん、すぐ溜まりそうやね」


 手伝うよ、と言外におれを励ましてくれる皆に、気持ちが明るくなる。

 それはつまり。

 

「おとこに戻れる!? 人間に戻れるぞ!?」


 思わずガッツポーズを取って叫ぶ。

 おとこに! 戻れる!

 みんなと夏祭りデート!

 浴衣デート!

 あとプールも行きたい!


 ぶちあがったテンションに思わずクリスの手を取ってくるくる回れば、クリスも小さく微笑んでくれた。

 そのままルルちゃん、柚希ちゃんとも踊って環ちゃんにも手を伸ばした。

 が。

 環ちゃんは非常に浮かない顔をしていた。


「本当に、男になるつもりですか?」

「……うん」

「本当の本当に、男になっちゃうんですよ?」


 いや、おれはおとこなんだってば。


「は、配信はどうするんですか?」


 そうか。

 おれがおとこに戻ればもう配信はできない。何の取り柄もないパンピーが配信をしても、誰も見てはくれないだろう。

 それどころか、今まで応援してくれていた人たちをがっかりさせてしまう可能性まである。


「……引退するか」

「……本気、なんですね」

「うん」

「分かりました。今度、引退用の録画を撮りましょう」

「……良いの?」

「好きな人がそこまで望むのに、私のわがままで止められないです」


 環ちゃんは泣きそうな顔をしていたけれど、ぎゅぅって思い切り抱きしめた後でおれの手を取って一緒にくるくる回ってくれた。何だかんだ言って優しい子である。

 そんなおれたちに水を差したのは、同じく『逆転の聖杯』を欲していた葵くんである。


「あの、ちょっと待ってもらえませんか?」

「どうしたの?」

「あまねさん、聖杯に魔力をチャージし終えたら人間の男に戻るんですか?」

「エッ、うん。そのつもりだけど――」

「あまねさん、元々は魔力持ってないですよね?」


 そりゃそうだ。

 この世界で魔力を持っているのは祓魔師の血統なんかの、一部の人間だけである。自分でいうのもなんだけど、見た目・中身・経歴すべてが一般人レベルのおれが魔力を持っていたはずがない。

 いや、測定したことないけど、多分ないよね。


「先に、俺に使わせてくださいっ!」


 土下座しかねない勢いで頭をさげた葵くん。

 うん、葵くんも男の娘な見た目に悩んでたもんね……髪切ったりすればもう少し誤認は減る……いや完全に女顔だし普通にボーイッシュになるだけか……?

 とにかく! 葵くんも悩みを解消できるならしたいに決まっている。

 ましてや、『逆転の聖杯』にチャージできるのがおれだけとなれば、長くて数年、短ければ数か月待つだけなので順番を譲ってあげるのもやぶさかではない。


「うん、良いよ」

「ほ、ホントですか!?」

「クリス、大丈夫だよね?」

「ああ、できるはずだ。変えたい性質を強くイメージすればな」

「あ、でも家族にはきちんと説明しておきなよ? 土御門さんたちが認めてくれるなら、先に使って良いよ」


 おれの言葉に、葵くんは快哉を叫んだ!


「やった! やったぞ! これで男らしくなれる!」

「ちなみに、どんな風になりたいとかあるの?」

「そうですね、身長3.5mで、体重は300kgくらいのガッシリ系ですかね」

「エッ!?」

「太っているのは嫌なので体脂肪率は3%くらいでムキムキにして、体毛はモッサモサのもっじゃもじゃ――」

「人間じゃないよ!? 男らしいというかゴリラ系のクリーチャーじゃん!」

「えっ」

「えっ」


 なにこの子こわい。

 その後、葵くんを説得するのに二時間ほど掛かった。皆で説得して正樹さんくらいのプロレスラー体型を目指すことにさせたけど、まだぶつぶつと「いや、せめて胸毛は……」とか呟いていた。

 多分説得に環ちゃんが加わっていなかったらあのままクリーチャーを(こころざ)していたんだろうな……闇が深すぎる……!

 というかおれと環ちゃんがすっごい良い雰囲気になってたのにひどいよ!

 一瞬で全部吹き飛んじゃったじゃん!


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