◆032 一件落……あ。
あれから二週間ほどが経過していた。
すでにおれたちは日本に戻ってきている。
本当に、ほんっとうに酷かった。
あの後、環ちゃんはクリスやリアの助けを借りながら『比較的マシな宗教関係者』を選出し、臨時政府を作った。そして今までの責任者――リアに言わせれば背信者――達の処遇を任せたり、あまね真教の教義の骨子をつくらせたりと八面六臂の大活躍をしていた。
さしもの環ちゃんと言えども難しかったらしく、おれは日本と異世界を往復して色んな宗教に関連した書籍やら法律に関する書籍を運びまくった。エナジードリンクやらお高いケータリングも運びまくったし、夜にされた理不尽なリクエストもできる限り叶えてあげた。
「エッ、ちょっと、エッ!?」
「リアちゃん、クリスさん」
「かしこまりました」
「ああ」
「待って! 離して! はなしてー!」
「大丈夫ですわ、あまねおねえさま。すぐ病みつきになりますもの」
「環のため。ごめん」
「いーやーだぁー!」
……うん。おれはやさしいから叶えてあげたのだ。
あと結構な頻度で《月光癒》も掛けてあげた。
その結果として、歪でガタガタではあるものの、あまね真教国は新しい国家としての体を成し始めた。
「名前こそ変わりましたけど、実際には世界史とかでいう王朝が変わった状態なんですよ。細かな変更はあっても大枠は変化しません。あまねさんも、主神の御使いという立ち位置ですし」
膿はひとつ残らず処理しますが、と高笑いを始めた環ちゃんは、たぶん正気じゃなかったと思う。
だからクリスとリアに命じておれにあんな酷い真似を――いや、止めよう。思い出すとゾクゾクする。
何だかんだ言って環ちゃんはすっごく頑張ってくれた。もちろん、その陰には今まで権力者としてのさばってた奴らに冷遇された『まともな宗教関係者』や、自ら権力から遠ざかった『真の信仰者』たちがいたのだけれど、どう考えても普通の女子高生にはできないであろう国家樹立を成し遂げてしまったのだ。
それも、かなりいい形で。
おれがあまね真教のご本尊兼教祖になるのを防いだり、国家経営がおれ達なしで成り立つように色んな交渉をしてくれたのは環ちゃんだ。
いや、クリスやリアも頑張ってくれたけど、理不尽な交渉を叩きつけてきた隣国の使者やら調子に乗った地方聖職者なんかを物理的にぶっ飛ばしたのは何とも評価しづらい……助かったのは確かなんだけどね。
ちなみに環ちゃんは、今はリアと柚希ちゃんを護衛に異世界で残業中である。
だいぶ落ち着いてきたこともあってクリスはお役御免になったし、おれは《転移》要員となっている。
ちなみに転移時間は決まってないけれど、
『今から一時間以内くらいにお迎えお願いします♡』
『はいよー』
電波が通じることが分かったので不便はない。
これに関してはおれどころか環ちゃんも頭を捻っていたけれど、便利になる分には困らないので気にしないでおくことにする。クリスたちが日本語を普通に話せていたのと同じく、何か不思議パワーが働いているものとして深く考えるのはやめた。
一応試してみたところ、配信もできることが分かったのでそのうち異世界配信もやりたいと思っている。
とはいってもおれを主神と崇める国家なんて配信したらひどいことになりそうだけど。うーん、どうしたものだろうか。
最初の三日くらいはおれも異世界で活動していた。
といっても経済とか政治とか全然わからないのでおれがしていたのは、あの夜に治し切れなかった怪我人や、新たに怪我をした人の治療である。
葵くんとリアが護衛についたところで治療希望者を一列に並べて延々と回復魔法をかけていただけなんだけれど、
「ありがたや……ありがたや!」
「神は本当にいらっしゃったのですね……!」
「故郷に帰って父ちゃん母ちゃんにも伝えてやらねば」
「あまね様……! ありがとうございます! ありがとうございますっ!」
「おお、我が麗しき女神よ。傷を癒すのと引き換えに私の心を奪っていくのですね……」
なんかすっごい拝まれた。
ちなみに最後に沸いた変なのはおれの手を取ろうとした瞬間に葵くんがボッコボコにしていた。追加で回復魔法をかけたら、
「本当はとどめを刺すべきだと思うんですが……意識が戻る前に捨ててきます」
なんか短い時間で随分とクリス寄りの思考をするようになっててビックリである。やっぱりあの地獄の特訓でモンスターを殺しまくったからタガが外れたというか、何か変化があったんだろうなぁ。
記憶はなかったはずなんだけども。
ちなみにどんなパワーが沸いたのかは謎だけど、環ちゃんがリアを巻き込んでからこっち、おれの調子もすこぶる快調である。回復魔法も効きが良い気がするし、なんとなくエネルギーに満ち溢れているような気もしている。
そして、クリスの元パーティメンバーだったという例のアイツ――名前がまったく思い出せないのでアイツと呼ぶことにする――から保護した幼女なんだけれど、今のところずっと眠り続けている。
三条さんの見立てでは『傷を癒すために冬眠のような状態に入っているのでは』とのことだったので、今は半日陰くらいのところに小さめのベッドを用意して休ませたままにしている。クリスも『ヤブルーは植物系だから食事はしないはずだ』とのことなので、霧吹きで頭を湿らせてあげたり、時々液肥を垂らしたりしている。頭についたつぼみが元気なので、きっとこれで大丈夫だろう。
早く良くなってくれればいいけれど、おれの回復魔法でも変化が見られないので時間が解決してくれるのを待つしかないのが現状である。
決してすべてが解決したわけではないけれど、国家の崩壊という大惨事が起こったにしては相当うまく収められたと思う。
閑話休題。
おれは今、久々にゲームに興じるクリスの膝を借りて、ソファに寝そべっていた。外は夏も真っ盛り。今年は酷暑になるらしく、窓のサッシとか自動車のボンネットで火傷する人がいるなんてニュースが流れていた程であった。
なのでおれとクリスはガンッガンに冷房を効かせた部屋でアイスを食べたりゲームをしたりとまったり過ごしていた。
「いやー、でも良かった」
「何が?」
「クリスに酷いことした国も結果的に何とかなったし、逆転の聖杯も手に入れ……あ」
「どうした?」
「……正樹さんとラナさんに連絡するの忘れてた」
なんか宗教国家樹立して全部終わった気になってたけど、当初の目的を完全に忘れてたよ!
というわけで、環ちゃんの帰還に合わせて全員を呼ぶことにした。三条さんにも一応声を掛けたものの、本当に忙しいらしくて断られてしまった。
もうすぐ葵くんが出場する試合的なのもあるし、土御門さんは未だに灰みたいな状態らしいので推して知るべし、という奴である。なんか『利権が』とか『これで奴等も』とか言いながら高笑いしてたけど、ぶっ壊れたわけじゃないよね……?
丁度日曜日ということもあって、ラナさんと正樹さんは連絡をいれたらすっ飛んできた。相も変わらず休日デートをしていたらしく、仲良く手を繋いでやってきたときは若干イラッとしたけれど、まぁケンカしてたり別れてしまってたらおれたちの努力も無駄になるので、これで良かったと思うことにしよう。
ラナさんたちが到着するまでに、異世界で頑張っていた環ちゃんとその護衛をしていた柚希ちゃん、葵くんも合流したのでだいたいフルメンバーである。
大悟?
あんな裏切者のことなんて知りません!
さっき猫カフェで仔猫と戯れる梓ちゃんの動画をグループRINEに送ってきやがったから、大悟の寝室に隠されている催眠調教モノのエロゲを全部引っ張り出して写メを撮って送っておいた。せいぜいデート中にあわてふためけば良いんだ!
あとパッケージにらーめんしか書かれてないエロゲがあったんだけど、大悟はどこに進もうとしてるんだろうか……?
聖杯を取り出すがてら、聖教国からもらってきた諸々を取り出したんだけど、クリスが剣とか一部のアイテムをささっと仕舞って自分のものにした以外は極めて平和なものである。
……いやまぁ、人形? 死体? 的なのがででんと置かれてるのは怖いけど、ずっと持ってるのも呪われそうだしあとで環ちゃんに相談しようかな、なんて思っている。
さて、目的の品である『逆転の聖杯』だけれど、落ち着いて観察すると、すごい魔力が感じられる品だ。中に入っている虹色の液体はどう考えても飲んで良い雰囲気ではないけれど、クリスが言うにはこれを飲めば何かの性質を反転させられるとのことなので、ラナさんにグイっといってもらうしかない。
「……これを、飲めば……?」
「うん。逆転させたい性質を強く願って、一気に」
「ラナ、わがついとるけんな」
「正樹さん……!」
良いから早く飲みなさい。
皆が見てるところで良い空気作って二人の世界に入らないでもらいたい。耳からステビアが出てきそう。
ラナさんはおっかなびっくり、と言った様子ではあったけれど、正樹さんと見つめあってこっくりと頷き、それから一息に飲み干した。
同時、ラナさんが発していた深い森のような魔力が輝き始める。
決して嫌な感じではなく、暖かく、そして明るくなっていくイメージだ。
「……?」
「これで、良いんですか……?」
「ああ。良いはずだ」
魔力の風ともいえるものが収まると、そこにはきょとんとした顔のラナさん。見た目には大きな変化はないものの、身にまとう魔力の色が変わっていた。
北欧の深い森を思わせるダークグリーンから、爽やかで静謐な森林を思わせるライムグリーンへと。
「……これ、どうやって確かめるの?」
ぽつんと訊ねてみたが、クリスも首をひねっていた。
そりゃそうだ。文献にあっただけだし、実際の効果測定なんてできるはずもない。
「ここは私たちが実験台となって――」
「却下ァ!」
環ちゃんが自分の欲望に素直な提案をしてきたので秒で断る。
「いやでもホラ、魔力を持っているあまねさん、クリスさん、柚希さん、ルルちゃんなら吸精を受けてももしかしたら堪えられるかも知れませんし」
「その理論だと環ちゃんは混ざれないけど」
「うん、良くないですよねそういう方法は。別の方法を考えましょう」
掌の回り方ひどくない?
いやまぁ暴走を無事に食い止められたから良いか。
どうしたものか、と思案していると、ナチュラルKY男の娘である葵くんがポンと手を打った。
「アニキがラナさんにキスするとかどうですか!? もう、おとこらしくぐいっと!」
一気飲みみたいな擬音つけんなよ!
そして、それで万が一吸精されたら正樹さんが死んじゃうかもしれないから困ってるんだよ。
と思ったけれど、
「ラナ」
「はい」
おれたちが止める間もなく正樹さんはラナさんの唇を奪った。
啄むように唇に触れ、そして貪るように重ね合わせる。
――そして、そのまま正樹さんとラナさんはくたりと倒れ、床に膝をついた。




