表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/187

◆026 仕掛け



 屋外でも使えるバッテリー式のスピーカー、1台約4万5000円。無線方式がどうとかこうとかで、そんなお高いものが50台。

 業者か。

 環ちゃんがおれに持たせた、『どうしても必要なもの』らしいんだけど、まぁ何に使うかは考えないでおくことにした。碌なことじゃないのだけは分かる。

 前の事件でもらった報酬がごっそり削れる金額に難色を示したんだけど、クリスにまで説得されたので結局は購入するハメになった。

 まぁ身体を張ったのも、命を懸けたのもクリスや柚希ちゃん、ルルちゃんたちである。

 皆が納得するのであれば、おれに否はない。


 葵くんが人間に戻ってから2日。

 要するに異世界旅行も五日目に突入したんだけれども、すべての準備は整ったとのことでおれ達は聖教国の総本山、聖都に来ている。

 流石に聖教国の勇者の秘伝が転移魔法なだけあって、街の中央に位置する大聖堂には転移を封じる仕掛けがあるらしい。反乱対策もバッチリね。

 というか反乱されるようなことをしてる自覚はあるわけだ。

 おれのクリスにしてくれやがった仕打ち、忘れてはいないからな……!


「さて、どうしようか」


 さすがに顔が割れていることもあってスカーフを巻いたクリスが、ちょっと怖い顔で教会本部を睨んでいる。

 見た感じはサグラダファミリアとお城の中間くらいの建物なんだけども、あの教会の最奥、宝物殿とも呼ぶべき場所に『逆転の聖杯』が安置されているらしい。


「神代の品も死蔵されているからな。今までの詫び料として貰っていくか」


 明らかに本気の目をしていたけれど、まぁ死蔵されてるような品だったら別に良いのかな。ちなみに神代の品とやらに興味を示したのは環ちゃんである。

 首輪を見せられたワンコの如くクリスに食いついていき、どんなものがあるのかを根ほり葉ほり聞いていた。

 おれが聞いた限りでは一番魅力的なのはやっぱり『逆転の聖杯』だ。

 あとは『腐ることのない死体』だったり『竜の首を落とした伝説の剣』だったりと、微妙な感じのものが多かった。前者は普通に死体でしょ……死蝋だっけ? なんか特別な条件が揃うと蝋化するって何かで聞いたことがある気がする。んー、テレビ番組だったかな?

 伝説の剣に関しては権威付けか何かのためのパチモノの気配がビンビンしている。

 唯一カッコいいと思ったのは、『魔法を使っても癒せない傷をつけられる短剣』である。いや、普通に取り扱い注意だしもしも指でも切ってしまえばえらいことになるので欲しくはないけど、厨二チックというか好奇心をくすぐられるというか。

 ほら、男は何歳になっても少年の心を持っているって言うじゃん?

 そんなわけで、『逆転の聖杯』含めて色んなものを奪取するために全員揃って教会へと忍び込む運びとなった。

 隠密任務(スニークミッション)をするにあたって非常に便利なものがある。

 おれがまともに使える魔法の中で数少ない、健全で有益なもの。

 認識阻害だ。

 一度存在を認識されてしまうと効果はガクンと下がるけれど、初見であれば訓練を受けてない者は気付けないことも多々ある、といった感じの魔法である。

 というかコレと回復魔法以外にまともに使えるものがないってどういうことなの……?

 本当は環ちゃんとルルちゃんはお留守番の方が良いと思ったんだけど、ついてくる気満々だった。


「る、ルルは要らない、です、か?」

「ほら、万が一戦闘になったら目的のブツをゲットして即時転移も出来ますし、一緒の方がいいですよ」


 環ちゃんの作戦ももっともな話だし、ルルちゃんに至っては心情的にお留守番をお願いできる雰囲気ではなくなってしまった。

 仕方ないので、というと少しかわいそうな感じになってしまうが、全員での潜入ミッションである。

 とは言ってもクリス曰く、


「大抵のヤツなら蹴散らせる」


 とのことだし、最悪の場合はおれが《夜天の女王》になってパワープレイで解決するつもりなんだけどね。《夜天の女王》になったとしても強化・弱体化(バフ・デバフ)ができるだけなのでパワープレイをするのはクリスと柚希ちゃんだけどね。

 ちなみに件のお高いスピーカーは先ほど、クリスがせっせと運んでいった。

 物見やぐらの上だったり、民家の屋根の上だったりと、いろんなところに設置しておくらしい。

 どんな仕込みをしているのか、気になるような、怖いような。まぁ考えても仕方ないので気持ちを切り替える。


「さて、行きますか」


 段ボールはないけど。普通に考えたら異世界の教会って強キャラが結構いそうなイメージあるんだけど、クリス曰くそんなことはないらしい。

 福音騎士団とかいう厨二病心をくすぐられる響きの集団はそれなりに強いらしいけれど、個々人の強さはそこまででもないとのことだし、唯一の懸念はクリスの後釜である新勇者だか新勇者候補だかくらいだろうか。

 まぁクリスの話だと勇者は基本的に前線で魔族と戦うか、地方を回ってモンスターを討伐してるとのことなので会わないと思うけどね。


「あまね。そっちじゃない」

「流石に正門からはいきませんよね」

「大胆すぎるばい」

「わ、分かってるよ! わざとだよ! ついだよ!」

「いや、どっちなんですか……」


 やや白い目でツッコミを入れる葵くんは黙殺する!

 そっちに何かある気配がしてるんだよ!


「い、行きますか!」


 テイク2はツッコミこそ入らなかったものの、何か生(ぬる)い視線を全員から向けられた。

 何だよ!

 言いたいことあるならハッキリ言えよ!

 黙殺するけど!


***


「……ふん。このくらいにしておくか」


 切り取ったつぼみのような部位を鋸とともに投げ捨てると、注いだまま放置してあった火酒を煽る。すでに獲物は泣き叫び、命乞いをし、それでも止まらない責め苦に耐えきれずに気を失っていた。

 リアーナのように傲慢な態度があれば甚振(いたぶ)り甲斐もあったのだが、発生したての牝魔族は碌な常識も分からないのか、酒の肴にもならないようなありきたりな命乞いを繰り返すばかりであった。

 ――存外つまらない。

 手足を打ち付けるのに使った杭には延命のために痛みを魔力へと変換する呪紋が刻まれているのだが、これを外し、さっさと殺してしまおうかと思案したところで、部屋前に設置されているベルが鳴らされる。

 私の部屋は防音になっているので悲鳴や何かの苦情ではないはずだが。訝しみながら扉を開ければ、そこにいたのは配下の一人。


「何だ?」

「イスカール様。件のサークレットの反応が」

「またか……今度こそ間違いなかろうな!?」

「術士四人の《追跡(サーチ)》が同一の場所を示しておりますので、おそらくは」

「場所は?」


 煮え切らない返事に怒鳴りつけてやりたくなるのを堪え、サークレットの位置を聞けば、告げられたのは予想だにしなかった場所だ。


「それが……聖都内。第三区の外れでございます」

「クソ! それを早く言え、馬鹿者!」


 私は部下にリアーナに声を掛けるよう命じると装備一式の準備を始める。

 いくら頭の軽い馬鹿女といえども、まさか目と鼻の先で感知されたものをむざむざ見逃すほど蒙昧(もうまい)でもあるまい。

 今までの出動拒否は、感知してから現場にたどり着くまでに掛かる時間がネックだったのだ。移動時間がほぼゼロに近い聖都内部であれば、拒否する言い訳も存在しないだろう。

 板金の鎧は重く、パーツも多いが、クリスの強烈な攻撃に耐えるには必要不可欠なものである。誤撃(フレンドリィファイア)防止を謳ってクリスの得意な火属性への耐性が高める呪紋(じゅもん)を刻んであることもあり、魔法であればかなり軽減されるだろう。リアーナをぶつけて隙をつくれば私の手でクリスの首をはねることもできるかも知れない。

 そう考えると着こむ手間も惜しくならない。

 クリスからサークレットを奪った何者かであれば、権力で屈服させても良いし、問答無用で首をはねても構わない。クリスと同レベルとまではいかないが、万全の状態のリアーナを相手にできる者ならばこそこそするはずもないから、きっと雑魚だろうな。

 騎士団を動員して囲んでしまうのが一番楽だとは思うが、クリス暗殺に失敗したことで立場が悪くなっている現状、騎士団全体の手柄ではなく私個人の手柄としなければなるまい。大人しく死んでいればよかったものを。

 

「つくづく面倒な(メス)どもだ……」


 わざわざ勇者などと煽てずとも、女なんぞ少し痛めつけてやれば言うことを聞くだろうに。

 ――まぁいい。

 サークレットさえ手に戻れば私のミスは帳消しになるし、新勇者となるリアーナも泣いて感謝することだろう。

 壁に掛けられていた福音騎士団の制式剣を鞘に納めて腰に()くと、私は部屋の外へと走り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆別作品
「実は最強なFランク底辺職の死霊術師は今日もおっぱいに埋まる。」
カクヨムにて毎日更新中の新作です!こちらもぜひ応援よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ