◆025 次期勇者のとりまき
「イスカール」
人形のような美貌の少女に呼び止められた私は、苦々しい顔を隠して振り返った。
「なんでしょうか、リアーナ様」
「裏切者は今度こそいるんでしょうね? もう六度目ですのよ」
「専門の術士が至宝の存在を感知しているのです。間違いないでしょう」
「その台詞も六度目ですわね」
眠そうな顔の少女、リアーナに告げられ、思わず殴りつけたくなるのを抑えて謝罪のことばを口にする。このまま泣きじゃくって謝罪するまで殴ってやれればどれほど気分がいいだろうか。
本来であればどこの生まれとも分からぬ下賤な女に下げる頭などないのだが、曲りなりにもこのクソ女は勇者候補である。
前勇者――クリスという冷淡なクソ女――がきちんと死んでいればこのようなことにはならなかったのに、と心の中で気炎を吐く。
ことの発端はクリスの暗殺に失敗したことだ。
戦場の中でも最前線と呼ばれる死傷率の高い場所で、魔族たちを蹴散らした直後。
補助魔法の類も効果が切れ、本人の魔力も底を尽きただろうという最高のタイミングで射殺すはずだったのだが、何がどう作用したのか、クリスは致命傷を負いながらも逃げおおせた。
聖教国の至宝であり、勇者の証でもあるサークレットを持ったまま。
慌てて追撃を出したはいいものの、クリスの逃げた方向には切り捨てられた逃亡兵の死体が転がっているのみ。
サークレットも、本人の死体すら転がっていなかった。
そのせいで私は栄光ある福音騎士団であるにも関わらず、勇者候補の付き人となってしまったのだ。
通常であれば、勇者に同行していた聖職者は用済みになった勇者を処分したのち、団長か副団長となって神都にて民を庇護するのが常なのだ。
それが、こんなションベン臭いメスガキのお守を押し付けられた挙句、サークレットを見つけられなければ騎士団からの除名すらあり得ると言われた。最悪であった。
「人形如きが……!」
「……何か?」
「いえ。元勇者――裏切り者に怒りを募らせておりました。心の平静を保てず申し訳ありません」
「仕方ないわ。貴方は元パーティーメンバーだものね」
リアーナはそう告げると、ほう、と溜息を吐いた。
「今まで聖教国のお陰で生きてこれたっていうのに、人族連合を裏切った挙句サークレットをもって逃亡……最低よね」
「まこと、仰る通りです」
教会の公式発表を鵜呑みにする程度の知能しかないメスガキを内心で嘲笑いながらも同意する。
「出発の準備を」
「嫌。どうせ今日中に消えるから間に合いませんわ」
「……そうは仰られても」
「どうしても、というのであれば二日後。まだ反応が残っているようだったら出発しますわ。消えなければ私が裏切者は始末してさしあげます」
「しかし」
「うるっさいわね! 私が! 勇者の私がそう決めたの! パーティーメンバーのアンタは黙って従ってりゃいいのよ!」
「……畏まりました」
クソ。クソ、クソ、クソォッ!!!
クリスは歴代の勇者の中でも戦闘能力に関しては高い方である。その分、防御力は低いし継戦能力も低かったが、万が一にでも万全の状態のクリスに鉢合わせたら、いくら私でも敵わないだろう。
だからこそ、同じく戦闘特化のリアーナが次期勇者として選出されたのだが。
このメスガキは自分が選ばれたことを神の意思だとかほざき、図に乗っていた。
たかが人形如きを神が選ぶはずもなかろうが!
心の中で吐き捨てながら、必死に怒りを隠す。それからリアーナと、出発についての打ち合わせを行って勇者候補に割り当てられている宿舎を後にした。
すでにサークレットの存在が感知されたのは6度目。
私を馬鹿にするかのように、感知されてから一晩程度で消えるため、リアーナを連れて出動しては空振り、というのを繰り返していた。人的なミスの可能性を考えてすでに感知系の術士は二度交代させているし、現在は複数名でサークレットの感知に当たらせているが、それでもこの不可思議な現象はなくならない。
サークレットは放つ魔力がとてつもなく大きいものなのだ。それを感知して追っ手を送り続ければ、いつかは狩れる。クリスの継戦能力を高めないようにしていたのも、こういった事態に備えてのことであった。
十分に勝算のある任務であるはずだった。
だと言うのに、どういう理屈なのかは知らないが、あのクソ女は攻撃魔法以外はからきしだったはずだ。隠蔽術式や欺瞞術式が使いこなせるはずもない。
「……魔族に通じたか」
魔族の中には人族の常識では考えらないレベルの魔法を行使する種族もある。そういった者の庇護を受けながら逃げおおせているのだろうか。
否、クリスは魔族にとって仇の象徴たる存在である。手助けをするような魔族がいるはずもない。
そうなると、
「クリスはなぶり殺しにされ、サークレットだけを持ち去られているか」
クリスの首は魔族たちの元で晒されているだろう。あるいは四肢をもがれて慰み者になっているか。
そう考えると少しだけむかつきは収まったが、今度はサークレットが一瞬だけ感知に引っかかり、そして消えるというのが何故か説明できない。
今度も消えるのでは、と思うと今すぐにでも出発したいが、流石に空振りを繰り返したことでリアーナに即時の出発を断られてしまった。
たかが操り人形如きが、と怒りに胸が焼かれるがあれでも一応は勇者候補だ。
サークレットさえ手に入れれば私の汚名は返上されるし、どうせ最期は戦場で使い捨てられるだけの哀れな人形なのだ。
そう考えれば溜飲も下がる。
「出発まで二日、か」
ふん、と鼻を鳴らすと、騎士団御用達の店へと足を向ける。
騎士団や高位聖職者のみが使用できる娼館が、聖都には二つある。
どちらも高いことにはかわりないが、一つは見目麗しく技術もある美姫の揃った高級志向の店。
そしてもう一つはどんな扱いをしても良いワケアリばかりが集まる完全会員制で、販売も行っている店である。
私が好んで利用するのは後者。
生きたまま捕らえられた魔族の牝や獣臭い奴隷ばかりだが、クソ女やメスガキのつもりで心行くまで責め苦を与えられるのはなんとも爽快である。
この間、奴隷のキツネ獣人を責め過ぎて壊してしまってからは我慢していたのだが、クソ女に煩わされるストレスと、図に乗ったメスガキに顎で使われるストレスを発散するためにも新しい玩具は必要だろう。
「これはこれは、イスカール様。ようこそお越しくださいました」
でっぷりと太った醜い店主が揉み手で私を出迎えた。火酒を煽り、鎖に繋がれた牝どもの中から気に入った一匹を選ぶ。
最初はクリスにも似た、抜け落ちた表情に冷徹な眼差しをもった犬獣人にしようかとも思ったが、メスガキと同じくらいの背格好をした魔族が入荷しているとのことだったのでそちらを選んだ。
おそらくは発生して間もないのであろう。
植物系らしい特徴をもったそれが疑問と恐怖に満ちた目で私を見る姿を見て、思わず口角があがっていく。
「前金だ」
これを壊さずに済ませられる自信がないので金貨の入った財布を投げ渡す。せっかく大枚をはたくのだ。もちろんすぐに楽にしてやるつもりはないが、せっかくなので持ち帰り、二日間掛けてたっぷりと楽しむことにしよう。
店主にこれを目立たずに持ち帰れるようローブを用意させると、私に割り当てられている部屋へとこれを運ぶ算段をつける。
さて、まずはどうやって遊んでやろう。舌なめずりをすると、牝から小さな悲鳴が漏れた。