◆022 釣り
さて、釣りということで大悟に車を出してもらって、上流にやってきた。舗装はないものの、ある程度整備された道があったのでまったく問題なくスルッと来れたので、今はまだ一〇時を少し超えた辺りだ。
皆、アウトドアを意識した服装をしているんだけど、おれはいつも通りに環ちゃんチョイスのコーディネートで、グレーのTシャツに淡色で半端丈のズボンを合わせている。靴は白スニーカーで、シンプルな感じである。
逆にルルちゃんは白のTシャツにダークカラーの半端丈ズボンで色違いの姉妹コーデなんだそうだ。格ゲーの2Pキャラにも見えるんだけど、ルルちゃんが目を輝かせて、
「あまね様と一緒、ですっ!」
くるくる回りながらはしゃいでいたので余計なことは言わないでおく。
続いてクリスはワイドシルエットの紺色チュニックにベージュのチノパンを合わせた大人っぽいスタイルだ。突っ掛けのサンダルを合わせているので「できるお姉さんのゆったりした休日」みたいな感じである。ブラックコーヒーを片手に読書とかが似合いそうな感じ。
環ちゃんは黒のキャミソールにダボッとした白Tシャツを重ねている。下はあずき色のバスケットパンツに膝上までのスパッツという活動的な装いで、昨日の水着に引き続きアスリート女子って雰囲気だ。シンプルなキャップを被っているので余計にそう感じる。
お嬢様キャラはどうしたって思ったけれども、こないだは地雷メイクとかいうのもやってたし、色々試している最中なのかも知れない。どんな恰好でもきちんとツボを押さえている辺りは流石環ちゃんである。
柚希ちゃんは緑のサマーニットにワイドパンツで、リボン付きのカンカン帽を被っていた。うーん、夏。柚希ちゃん、胸がすっごい大きさなのにニット類が好きなんだよね。伸縮性があるせいで胸のサイズ目立つけど大丈夫なのかって聞いたら、
「普通の服ば着よると太ってみえるけん」
苦笑いとともにそんな答えが返ってきた。ああうん。腰が細いのに、胸準拠だとすごくゆったりしたシルエットになっちゃうもんね。ニットみたいに伸縮性がないと太ってるように見えるかもしれない。
大悟はTシャツにハーフパンツ。頭にはわら製ながらもけっこうしっかりしたつくりのテンガロンハット。お気に入りらしく、去年も履いていたビーチサンダルでペタペタ歩く姿はTHE・大学生である。
ちなみにあのビーチサンダルは税込み580円という代物だが、安かろう悪かろうですぐ壊れるので常時三足くらいは予備を持っていると前に言っていた。
もうちょっと良い奴買いなよ……。
最後に葵くんなんだけど、男らしさを意識するあまりか、完全におかしな服装をしていた。
何せ真っ赤なタンクトップに開襟したままの極彩色アロハシャツ。下は迷彩柄のカーゴパンツ。
靴はやたらゴツい感じのスニーカーで、胸元にはぶっといチェーンの金ネックレスを掛けていたり髑髏があしらわれたシルバーバングルをつけていたりと、ヤクザとB系とヤンキーをごちゃ混ぜにしたようなファッションだ。
なんともコメントし辛い。
きっとかっこいいというか、『女の子らしさ』から遠いというのが葵くんの基準なんだろうなぁ。
女の子顔で華奢な体格の葵くんにはまっっったく似合っていないんだけども、きっと触れても碌なことにならないと思うのでスルーすることにした。
が。
「葵くん、それじゃ駄目。映えないわ」
「えっ、男らしくないですか?」
「男とか女とか関係ないわ。単純に駄目。梓ちゃんは何も言わないの?」
「いや、家では基本的に甚平で過ごしてるんです。うち、和装のことが多いんで」
「ファッションの基礎からやり直しましょう。まぁ今日は時間ないから、ちょっとズルするけど」
うわ、バッサリ。
葵くんも愕然、というか若干ブルーになってるよ。
こんな表情で渓流行くとか身投げするようにしか見えない……いや、別に急流ではないらしいから身投げしてもただの水泳になるけどさ。
「兄貴。コーディネート。無難な感じで」
「うっす。行くっすよ」
そうして五分。戻ってきた後は黒のハーフパンツに、しっかり前を留めたオレンジ系のアロハシャツというサッパリした出で立ちになっていた。もちろんアクセサリーの類はゼロ。
ちなみに足元は大悟の予備のビーチサンダルで、完全にオフというか、休日にコンビニまで行くだけと言われれば、信じてしまいそうである。
そこにさっきまで大悟が被っていた麦わらテンガロンがいい仕事をしていて、何となくバカンスっぽさが出ている。
さっきの迷走ファッションと比べると月とスッポン。
大悟のセンスが良いのか、と驚いてしまったけれど、まぁ普通のコーディネートにするだけで最初のよりはずっと良くなる的なあれだね。たぶんおれがコーディネートしてもこうなったはずだ。うん。そうに違いない。
次はおれがプロデュースしてあげよう。
「うん、気取ってなくてかっこいいよ」
環ちゃんがにっこり言えば、葵くんもまんざらではなさそうに鼻の穴を膨らませて頷いた。どうやら「かっこいい」という評価が刺さったらしい。
どう考えても今まで言われたことないだろうし、そりゃ嬉しいよね。
環ちゃんの場合は本気なのか、葵くんをうまく転がそうとしてるのか微妙だけども。
皆でチョイ投げ用のロッドを用意して、少しだけ距離を空けて準備をしていく。ちなみに餌はミミズ。これは苦手な女の子も多かろう、と皆の様子を見ていたら、
「ふんふーん♪」
「おー、活きが良いです。キモいですねー」
柚希ちゃんと環ちゃんはまったく物おじせずに針につけていた。
逆に、ルルちゃんは絶句して固まっており、葵くんが面倒を見てあげていた。かわいい。
意外なのはクリスだ。
万能超人だと思っていたクリスが、真っ青な顔でミミズを見つめ、口をパクパクさせている。
「こ、換装ォッ!!!」
「エッ」
「くっ、水着のままか!」
うん、登録し直してなかったんだね。
魔力を漲らせたままの状態で、ミミズを手にした環ちゃんと柚希ちゃんを険しい顔で見つめるクリス。しかもひとりだけ水着。めちゃくちゃシュールである。
当然ながら大悟のカメラは唐突に《換装》したクリスへと寄っている。
撮れ高である。
「クリス? ただのミミズだけど、そんなに苦手?」
「みみずというのか……すでに死んでいるのか?」
「いや、活きが良いの選んだはずだけど」
「……危険はないのか?」
「ないない。何だと思ったの?」
「寄生魔蟲ヴィガバラド」
ふぅ、と息を吐き、元のコーディネートに戻ったクリスの呟きに、むしろおれが固まる。
「え、何その四天王の一人やってそうな名前。しかも外道系のやつ」
「肉を食い破って体内に侵入し、脳で爆発的に繁殖するモンスターだ」
「ヴァッ!?」
「脳を食われた者は夢遊病のように動き出し、普通の人を見つけると獣のように襲い掛かり、次の宿主にしようとする」
ゾンビじゃねぇか!
由来がウイルスじゃなくて虫になっただけでまんまゾンビだろう。
「えーと、そのうち腐ったり?」
「よく知っているな。腐肉を操り徘徊し、疫病と死をまき散らす、最悪の災害だ」
微妙に警戒しているのが見て取れる辺り、クリスにとってはかなり差し迫った脅威なんだろう。まぁそりゃそうだ。
ゾンビものにありがちな無限増殖もさることながら、異世界の発展具合だと衛生観念的にもエグいことになるのが目に見えてる。過去に猛威を振るったペストだって元は不衛生なことが原因だって聞いたことあるしね。
「もしかして、討伐経験あり?」
「ああ。連絡が途絶えた村にいったとき、頭部がアレでパンッパンに膨らんだ――」
「ストップ! ストォップ!! 別の意味で健全じゃなくなっちゃうから!!! あとこれは普通のミミズです! 能力は土を豊かにする! 以上、終了!!!」
「……分かった」
き、気持ち悪すぎる……異世界こえーよっ!
クリスは納得こそしてくれたものの、どうにもミミズは触りたくないようなのでおれがつけてあげる。
ふふん。可愛いとこあるじゃん。
ニマニマしながらクリスのことを見ていると怪訝そうな顔をされたけれど、別に良いもんね。あークリスかわいい。
そんなことを考えながらチョイっと投げては引っ張って回収、というのを繰り返す。
ロッドの構造自体は難しくないし、ルルちゃんもクリスも簡単にできるようになっていた。むしろクリスの場合は対岸までぶん投げてしまっていたので、丁度いいところに投げるのに苦労しているようだった。
何度か投げて様子を見ているけれど、そこそこアタリもあって面白い。
私有地というのが一番大きいのだろうけれど、魚もスレていないので、警戒心が薄いのだ。事前にリサーチした情報だとアマゴは高温が苦手らしいので全員でボウズだったらどう盛り上げようかと考えていたけれど、そんな心配は不要だったようである。
「立派なエノハば釣れたばい!」
「あ、あまね様っ! たすけてぇ!」
「ルルさん、落ち着いてください。俺が網で掬うんで、もうちょっと巻いて」
皆できゃいきゃいと釣りを楽しんでいるだけでも、きっと視聴者さんたちは満足してくれるだろう。何しろ可愛いもの。
流石に企画として微妙なので、釣り対決と称して「一番小さいサイズを釣った人」と「一番釣った数が少なかった人」には罰ゲームが待っている。罰ゲームは安定の環ちゃんプレゼンツなので不安しかないけど、おれ以外が全員納得してしまったので押し切られた。
くそう。多数決じゃなくて数の暴力だろ!
ちなみに釣った魚は後で炭火焼きにする予定なので、それぞれの足元に置かれたバケツにストックしてある。食べきれないのはリリースだけど、皆して健啖なのできっとペロリだろうな。
「あまねさん、あまねさん」
罰ゲーム回避のために微妙にポイントを変えながら釣りを続け、二匹目のアマゴを釣り上げた辺りで環ちゃんがすすっと寄ってきた。何か良からぬことを企んでいるのかと思いきや、普通にひとりで釣りをするのが暇だったらしい。
「さっき、何かすごい不穏な話してませんでしたか?」
思い浮かぶのはバイオなハザードを起こすミミズ型モンスターのことだ。さりげなく環ちゃんのバケツを確認しながらもささっと概要を説明すると、環ちゃんは露骨に顔色を変えた。
「どうしたの? もしかして、怖くなっちゃった?」
揶揄おうと思ってにやっと笑いながら訊ねると、環ちゃんはひきつった顔のまま、
「あまねさん。私たち、これからそんなののいる世界にいくんですよ?」
「エッ、アッ!」
そうだよ。
なんで気付かなかったんだ。
うわー異世界こえーとか思ってる場合じゃない。万が一にでも戦闘力ゼロの環ちゃんがそんなモンスターに遭ってしまったらどうしよう……いっそのこと異世界行きそのものを諦めるべきだろうか。
いやでもおとこに戻りたいし……いやいや、そうじゃない。ラナさんだ。目的はラナさんを救うことだ。
うじうじ悩んでいると、環ちゃんが決意した顔でこっちをみた。
「あまねさん。いっそのこと、ラナさんには正樹さんを諦めてもらって私たちの――」
「却下ァッ! 柚希ちゃんのお兄さんからNTRとか完全に薄い本じゃん! ダメ、絶対!」
「……ですよねぇ。分かりました、ちょっとクリスさんから色々聞いて、できるだけの対策を立ててみます」
出発前からどうにも怪しい雲行きだ。
……というか、普通に環ちゃんがお留守番してれば良いだけでは?
いや、本人が言い出さないってことは、それでも異世界に行きたいってことなんだろうな。とりあえずは様子見で、どうしても危ないようなら止めることにしようかな。もう何度か異世界の下見には行ってるから今更だし、クリスも特に止めないってことは激レアモンスターとかなのかも知れないからね。
そんなことを考えながら釣りをしていたせいだろうか。
結局、集中力を欠いて魚に餌だけを持っていかれたおれが4匹でビリになってしまった。「サイズが一番小さい」の方は完全に運だけど柚希ちゃん。
逆に一番釣ったのは脅威の11匹でルルちゃんだ。きっとウサギ的な五感で良いポイントを探ったんだろう。
「いやぁ、楽しみですねぇ罰ゲーム」
「あ、あまね様……ごめんなさい。ルルが釣らないようにしてれば……」
「ルルは悪くない。あまねが注意力散漫だった」
あの後、クリスの隣で釣りを続けてちゃっかり6匹釣った環ちゃんの顔を見ると、普通に気を散らそうとする策略だったのかも、と思ってしまうのであった。