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◆019 夏だ、川だ、水遊びだっ!

「クリスの弟子で、祓魔師の葵くんです!」

「……どうも」


 不機嫌顔で、サーフパンツとラッシュガードを身にまとった葵くんであった。長い黒髪はポニーテールにまとめ、バンスクリップで結わえてある。

 ちなみにバンスクリップっていうのは、ハエトリソウみたいというか、牙みたいなのでがっぷり挟むタイプのクリップの名前なんだそうだ。

 そう、葵くんは昨日の終業式が終わった後、三条さんに連れられて合流してきたのだ。どうやら理事代行がかなり忙しく、パパっと動けないことも多くなってしまったので先におれ達と合流しておいた方が良いと判断したらしい。

 ちなみに寝泊まりは近くのビジネスホテル。いや、近くって言っても車で30分強だから全然近くはないんだけども。


「じょっ、女性ばかりのところに泊まれるはずありません! 俺は男ですよ!?」


 とのことだけど、そんな中で普通に過ごしているお姉ちゃんの彼氏についてはスルーですか。そうですか。

 ちなみにホテル代金は、未だに傷心中の土御門さん相手に「姉さんが彼氏と電話してる。すごく嬉しそうに」と呟いて真っ白にしたところで財布からとってきたんだとか。

 傷に塩を塗り込んでるというか、確執の根が深いというか……。えげつないぜ。

 普通に考えたら非行というか犯罪だけど、まぁ奥さん――土御門夫人は特にショックを受けていたりはしてないそうなので、関知していると思う。なので大丈夫だろう、きっと、多分、メイビー。

 この配信出演に関してはけっこう渋っていたんだけれど、梓ちゃんと環ちゃんが説得してくれていた。

 梓ちゃんは配信のことは知らないので、おれ達が栃木の別荘で水遊びやバーベキューなどのアウトドアをするだけだと想像したらしく、


「ほら、こないだ『環ちゃんを元気づけるのに協力する』って約束したでしょ? 男の子なんだから、荷物運びとか炭熾しとかで環ちゃんを手伝ってあげて」


 殺し文句まで使って説得した。

 そして昨夜、環ちゃんがすすっと近づいていき、


「配信、出てくれるよね? 普通に水着だけど、もしかして見られるのが恥ずかしいの? 男の子なのに? 女の私たちも普通に水着だし、別に恥ずかしがる要素なくない?」


 いつも通り悪辣(あくらつ)な手口で葵くんを説得していた。

 止めに入ろうと思ったんだけど、おれが動く前に、


「恥ずかしいわけないじゃないですか! 当たり前ですよ、俺は男なんですからっ! 出ます!」


 まんまと乗せられた葵くんがおっきな声で宣言してしまった。

 無理しなくても良いんだよ、と何度も言ったんだけれど、


「あまねさんは信じてないんですか!? 俺は男ですよっ!?」


 謎の逆切れまでされたので諦めた。その後、環ちゃんはしっかり叱ったけど、土御門夫人ともしっかり相談していたらしく、別に私利私欲だけ(・・)ではないとのこと。

 だけではない、というのがまた環ちゃんらしいけれど、最終的には土御門夫人と電話で確認を取った。


 「そろそろコンプレックスも吹っ切って欲しい。――せっかく可愛いんだから」


 なんともコメントし辛いけれど、まぁ保護者がそう言っているのでおれからは何も言えない。

 夫人、大丈夫だよね?

 男の娘としての自覚を持てってことじゃなくて、吹っ切って気にしないようにしろって意味だよね?


「勘違いされるといけないので一応言っておきますが、葵くんは男の子ですよ」

「わざわざ説明しなくても分かると思いますけど」


 環ちゃんのことばに葵くんが不機嫌になるけれど、まぁきっとコメント欄はすごいことになっているだろう。皆の水着への反応が見られないのが残念な反面、葵くんの精神衛生上良かったと思うべきか。

 アーカイブで確認しよっと。


「さて、それではさっそく水遊びです!」


 おいっちにー、と簡単な準備運動をしたあと、皆で駆け出して沢へと突入。

 じりりと肌を灼くような日差しに、爽やかな水が心地いい。小学校の頃、肌が真っ黒になるまで通ったプールを思い出す。


「ひゃー! 冷たかー!」

「気持ちいーっ、です!」

「快適」

「気持ちいいですねぇ」


 ぱしゃりと水をかき分けながら水深が腰近くまであるところにたどり着く。水の流れは非常に穏やかで、溺れる心配もないだろう。


「さて、それではさっそく」


 皆が楽しそうにぱしゃぱしゃしてるのを確認して、おれは両手で思いっきりクリスに水を掛ける。

 が。


「甘いな」

「ぶはっ?!」


 水の中だというのに、ぬるりと避けられて反撃に水をぶっかけられた。

 元勇者の魔力的な強化で怪力ャーになっているので吹っ飛ぶくらいの勢いで水を被る。

 なんで!? 水の中なのになんでそんな速度で動けるの!?

 水の抵抗とかってないんですかっ!?


「チャンスばい」

「えいっ」


 おれをびしょびしょにしてご満悦のクリスに、環ちゃんと柚希ちゃんが後ろから思い切り水を掛ける。

 流石に気付かなかったか、そうでなければ油断していたのだろう、クリスもずぶぬれだ。

 髪や顎から水を滴らせる姿にとてつもない色気が香り立つ。

 アッ、魔力が! 魔力が足りなくなってきた気がします!

 配信ちょっと休憩にしませんか!? しませんよね……。


「ほう。宣戦布告か」

「エッ」

「ばりばりばいっ!」


 静かな怒りに燃えるクリスに何かを感じ取ったのか、環ちゃんはちょっと引いているが、柚希ちゃんは太陽の光を反射したかの如く眩しい笑顔を向けてピースサインをしている。

 うん、さすが光属性。

 夏の日差しで強化(バフ)されてるね、きっと。

 その後は穏やかなはずの沢に波濤(はとう)がいくつもあがり、大瀑布の如く飛沫が舞った。

 環ちゃんはそうそうに動けなくなったらしく、ぷかぷか流れてきたのでルルちゃんと一緒に確保。今は足首くらいまでの水深しかない浅瀬に三人で座ってクリスと柚希ちゃんの死闘を眺めている。


「はっ、その程度か柚希」

しゃーしか(うるさい)! ウチはちかっぱ(ぜったい)負けん!」


 武闘派というか戦闘狂というか。とにかく盛り上がってはいるんだけど、おれたち一般ピープルには入る隙なんぞどこにもない。

 ちなみに7:3くらいでクリスが優勢。やっぱり元勇者は伊達じゃないね。

 おれが入っても秒で吹き飛ばされて終わるのは分かっているけれど、このまま一方的な展開になるのは面白くない。

 なので、秘密兵器投入である。


「葵くん、ゴー!」

「えええ」


 あからさまに嫌そうな顔をする葵くんだけど、修行だ修行、とテキトーなことを言って追い立てると、簡単にストレッチをして大きく深呼吸。


「押忍っ! クリスさぁん!! 柚希さんに加勢します!!!」


 大声で宣言するや否や、水に飛び込んで思い切り脚を振り抜いた。


 バッシャアアアアアアアンッ!!!


 川が破裂したかのような衝撃。もしおれがあんなの食らったらそのままバラッバラになると思うんだけど、水の中からはクリスの声が聞こえる。


「奇襲するのに宣言する奴がいるかっ。後悔しろ」

「良かタイミングばい!」

「行きますっ!」


 戦闘狂が一人追加されて飛沫はさらに激しく舞っていく。


「うーん、夏っぽくていいね」

「キラキラ、です!」

「そうですねぇ」


 おれたちはぼんやり眺めている。大悟は万が一に備えてちょっと遠目から望遠でおれたちを映したり、人外水遊びをしてる三人を映したりしているっぽい。

 一応防水なんだけど、レンズの手入れとかが大変なのでできれば濡らしたくないらしい。

 ちなみに、予定では水鉄砲と紙風船を使ったシューティングゲーム的な企画を用意してきたんだけど、この分だと遊ぶまでもなく勝敗は決してしまいそうだ。頭に水風船つけて、撃ち抜かれたら負け、的な遊びをしようかと思ってたんだけどなぁ。

 どう考えても一緒に遊べないのでどうしたものか、と思案していると環ちゃんにちょちょんと肩を突かれる。

 良いこと考えたんですけど、と告げられた内容に思わずニヤッとしてしまう。

 採用してルルちゃんと二人で並んで立つ。

 環ちゃんはその後ろに立って、おれ達の肩に手を添えた状態で大きな声をあげた。


「ふははっ! 三人とも止まれぃ! 人質二人がどうなってもかまわんのか!」

「た、たすけてー、です」

「クリスー、柚希ちゃーん、たすけてー!」


 環ちゃんに同調したところで三人があげていた飛沫が収まっていく。うん、おれの演技は迫真だけど、ルルちゃんがちょっとアレだから冗談だっていうのはわかるはずだ。

 びっしょびしょになった三人がいぶかしげな視線をおれ達に向けたところで、再び環ちゃんが口上を述べる。


「私は皆さんみたいな化け物ムーブできないので、私らしく外道ムーブで参戦します。良いですか? 三人の攻撃が当たろうものなら、あまねさんもルルちゃんも千切れ飛びますからね!」

「ひ、人ば盾にするなんて最低ばい!」

「環さん……」


 柚希ちゃんのド正論パンチとドン引きした葵くんの声が飛んでくるが、環ちゃんはどこ吹く風と言わんばかりにわざとらしく笑う。

 というか外道は自認してるんだね。

 あと人が千切れ飛ぶような攻撃するのも十分人道から外れるから外道具合はいい勝負な気もする。


「ふはははははっ! 二人の命が惜しければ降伏することだな! もし抵抗すれば二人の命はないぞっ!?」

()こすか(ずるい)ぁ……!」

「まさに外道ですね……」

「何とでも言えば良い! さぁ、我が僕ダーククリスよ、二人にトドメを!」


 環ちゃんが勢い込んで腕を振りかざすけれど、予想だにしない反応が返ってきた。


「断る」

「エッ」

「卑怯者に(おもね)る気はない」


 言うが早いか、クリスの姿が搔き消えた。

 パ、パ、パ、と水紋が連続したかと思えば、おれ達が漬かっていたはずの水が放射状に吹き飛ぶ。


「形勢逆転だ。逆らうなら下流まで投げ飛ばしてやる」

「ヴァッ!?」


 環ちゃんの背後、両肩に手を置いたクリスが現れていた。きっと抵抗しようものなら本当に容赦なくフリスビーみたいに下流まで吹っ飛ばすんだろうな。100億パーセント環ちゃんは死んじゃうけど。

 クリス的には地面じゃなくて水を選んでるあたりが配慮のつもりなんだろうけど普通の人はそんなに吹っ飛んだら衝撃で死にます。


「こ、降参しますぅ……!」

「良かろう。捕虜だな」


 こうして、クリスvs柚希ちゃん&葵くんの大乱戦は、何故か環ちゃんの負けという形で決着したのであった。

 エントリーすらしてないのに敗者になるってすごい。

 まぁおれとルルちゃんは勝者に救出されたから勝者側扱いだし文句はないけどね。



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