◆014ゲーム実況配信②
「おっはようございまーす!」
「んぇ!? ……うぁ?」
朝。おれはやたら元気な環ちゃんに起こされた。
びっくりして隣で寝てるルルちゃんにしがみついちゃったのは内緒だ。
今日はこないだ配信したミニマムナイトメアの続きを配信する予定である。寝起き、という宣言通りにおれを適当な時間に起こしに来たらしい。
もちろん、プイッターで宣伝とかをしていたのでおれも今日なのは知ってた。
知ってたけども。
「………………もしかして、だけどさ。カメラ、回ってる?」
「バッチリです。寝顔もバッチリですよ?」
「なんで!? ゲーム配信なのに何で寝顔から撮るの!?」
「ほら、リスナーさんたちに寝起きのあまねさんにプレイさせるって約束しちゃいましたし。寝起きってきちんと証明しないと」
あ、あぶねぇ。昨日、夕飯を早めに食べてシャワー浴びてて良かった!
普段通りの朝だと皆洋服とか着てないし……ってそこまで織り込み済みで昨日は早めの夕飯を勧めてきたのか! やけにあっさりベッドに集合したからおかしいと思ってたんだよ!
「……とりあえず、歯磨きとかしたいんだけど」
「分かりました。身支度を整えるまではルルちゃんの可愛い寝顔を映しておきます」
環ちゃんはすぴすぴと寝息を立てて丸くなっているルルちゃんを映しながら、
「はい、改善され過ぎた血流をちょっとゆっくりにしましょうね。邪念は寝顔で浄化ですよー」
よく分からないことを言っていた。プイッターか何かで流行ってるネタなのかな。
寝てるルルちゃんのほっぺをつんつんするのはやめてあげて、と思いながらもおれは急いで身支度だ。
既にクリスも柚希ちゃんも起きていたらしく、リビングダイニングからは良い匂いがしている。チーズの匂いだから朝食当番は間違いなくクリスだ。
「おはよー」
「おはよ。ご飯」
「あれ、用意してくれたの?」
「環が、いつもの朝食は無理だろうから用意してくれって」
くそう。完全に掌の上だ……!
クリスは普段だったらおれの分は作らないから、それを見越して動いていたらしい。
悔しいけれど仕方ないのでちゃちゃっと支度をしてご飯を食べる。既に食べ終えていた柚希ちゃんがおれの髪を梳かしてハーフアップにまとめてくれた。至れり尽くせりである。
食べ終わったら配信用の部屋にいく。すでにパソコンは立ち上がっていて、ご丁寧にミニマムナイトメアの起動までされている。寝ぼけ眼のルルちゃんを抱っこした環ちゃんがゴーサインを出してカメラを切り替えてくれたので、視聴者さんにご挨拶だ。
「おはようございます! 朝ごはんはチーズでした!」
『【¥1000】ねがおたすかった』『朝飯クリス作かwww』『食材名だけで草』『クリスのレシピwww』『朝から重てぇ・・・』『勇者は胃腸も鍛えてる説』『チーズ用意しとけばクリスたん釣れそう』『【¥4545】チーズ代……ふぅ』『あくゲーム』『悲鳴楽しみwww』『ゲームの全クリできなくて罰ゲームに1000ペリカ』
「絶対! ぜったいにクリアしてやるからな! エンディング観ながらみんなの称賛と謝罪のコメント読み上げてやるからな! 覚悟しろよ!」
『フラグ』『なにこれかわいい』『【¥1000】立派なフラグにwww』『フラグだな』『イキりサキュバスてぇてぇ』『【¥500】展開に期待』『わからせるより甘やかしたくなる』『てぇてぇ』『またビトアスで対戦したいわ』『紫ネキちーーーっす』
コメントで煽られるけれど、その程度で動じるようなおれじゃないもんね!
さっそく前回のプレイデータを選んで攻略開始だ。
「あっ」
「えっ? これ進める? 無理じゃない!? うわ、しんだ」
「あ、ここいけるのか。……って待って! 進んですぐに、これっはっ、よっと、あーっ! しんだ!」
『クソワロ』『これはもえる』『たすかる』『【¥4242】死にまくりなので』『【¥1000】葬式費用に』『諦めよう』『誠心誠意謝ればたまきも許してくれるさ!』『諦めると環からの罰ゲーム不可避』『よわよわサキュバスてぇてぇwww』
死にゲーの如くポンポン死んでしまうけれど、前回に比べると怖くない!
朝の爽やかな雰囲気がおれの背中を後押ししてくれてる気がする!
あとルルちゃん! 放送中にしっかり起きて、今はカメラ外でチーズインのホットサンドをもぐもぐしながらおれを見ててくれてるんだけど、ほっぺが膨らんでるのが可愛くて癒されます!
今のおれは無敵!
環ちゃんも視聴者さんもギャフンと言わせてやる!
「ほっ、よっ……行けたー! どうだ! 初見であそこ抜けられたのすごくない!? すごいだろ! 慣れてきたんかな!? もしくはうまくなってるかも!」
『急にわからせ』『ひとつ成功しただけでwww』『むしろ失敗できないレベルの場所』『自分のことを欠片も客観視できてない』『つ[鏡]』『ヘイト高くて草』『【¥1111】はかどる』『甘やかすよりわからせたい』『【¥888】期待してたのとは違うけど』『早く諦めて涙目で罰ゲーム』『罰ゲームはよ』
「味方ァー! おれには味方いないのか!?」
なんで誰も応援してくれないんだよ! 普通にほめてよ!
ぷんすこしながらゲームを進めるけれど、やっぱり死ぬ。いや、これきっと死に覚えゲーなんだよ! だからしょうがない。うん、おれが下手な訳じゃないんだ。
そんなことを考えながらも楽しく実況をしていく。
「えっ!? ねずみ!? ねずみだよ!? エッ!? まじで!?」
「あーっ! 来るな来るな来るなぁっ! あー! しんだ! またしんだ!」
「あー!!! ギリッギリ届かなかった!? 落ちたら即死か!!」
そんな感じで配信はサクサク進んでいき、ついにラストと思われるボスだ。
やたら手が長い人間だったりダブダブに太った醜い男だったり、なんとも気持ちの悪い奴等を乗り越えてのボスは、枯れ木みたいな感じの女であった。
が、問題が一つ立ちはだかる。
基本的にこのゲームは攻撃手段というものが存在しないので、何かしらのギミックを使って倒すんだけど、倒し方が分からないのだ。
「まって。どうやって倒すのコレ」
「あーっ!? どういう理由で死んでるの!?」
「またしんだーっ! もうヤダー!!!」
『諦メロン』『罰ゲーム期待』『環ちゃんはよ。罰ゲームはよ』『【¥1000】涙目おいしいです』『【¥50000】涙目ステキ』
あ、ヤバい。
このままだとクリアできなくて詰む……!
環ちゃんの罰ゲームはエグいので、何とか回避したい。
本当なら自分で頑張るのが筋なんだろうけれど、環ちゃんが提案する罰は基本的に屈辱的というか、心をえぐるので無理だ。
「……し、視聴者さん助けて! お願い!」
コンティニュー画面のまま止まってカメラで手を合わせてお願いすると、コメント欄がざらざら流れていく。
『ボスの正面に立ってジャンプ』『くっそ笑う』『罰ゲーム回避のために必死www』『もっと涙目にならないと教えてあげられない』『ボスを踏みつけると良いよ』『ぴょんぴょんすると良い』『ヒント草』
「じゃ、ジャンプ? そんなんで良いの?」
コメントを拾いながらさっそく試してみる。
が。
「えっ、あっ!? しんだ!? やり方が違う?」
「うわ、駄目か! 角度が悪い!? そんなにシビアなの!?」
「あああああああ!? 嘘じゃん! 意味ないじゃん!!!」
『草』『【¥10000】絶叫すこ』『www』『弄ばれるサキュバス(新人)』『玩具にされるロリ(未経験)』『【¥4545】頑張れ』『リスナーにハメられるwww』『まんまと騙されるのかわいいwww』
「くそー! 誰か助けてよ! 罰ゲームは嫌だぁ!!!」
おれがカメラに頼み込んだその背後、環ちゃんはルルちゃんを膝に抱っこして撫でつつ、すっごく良い笑顔で頷いている。ルルちゃんは心配そうにおれを見ているけれど、撫でられるがままだ。
た、環ちゃんがちょっとドヤっててムカつく……!
本当は見せる気なかったんだけども、ルルちゃんを自由に愛でまくっているのが羨ましかったのでぐりんとカメラを動かして環ちゃんが映るようにする。
『ふぁ!?』『めっちゃ良い笑顔www』『ルルちゃん!?』『抱っこされとるwwwかわええ』『たまきェ・・・!』『ルルちゃんに不埒な真似を』『絶許』『あまね、攻略するぞ』『たまきを絶望の淵に叩き込め』『おうぼうをゆるすな』
そうして視聴者さんを味方につけたおれは4回ほど試行錯誤を重ねた結果、何とかボスを倒してエンディングにたどり着く。
結構衝撃的なラストだったのでぽかんと眺めていたけれど、環ちゃんがジェスチャーで合図してくれたので我に返る。
「ど、どうだ! クリアしたぞ! って言っても視聴者さんのお陰だけど! ありがとうございました!」
「いやー、流石に視聴者さんを敵に回すとうまく行きませんねぇ……今回はこれくらいにしておいてあげますか!」
環ちゃんがルルちゃんに回していた手を離すと、ルルちゃんはぴょいんと跳ねるようにおれへと駆け寄ってきて、飛び付いてくれた。環ちゃんがカメラを操作して再びおれたちが映るように調整してくれた。
「あまね様! カッコ良かったです! すごかったです!」
「ありがと。ルルちゃんも応援してくれてありがとね!」
『てぇてぇ』『てぇてぇ』『【¥30000】てぇてぇ』『【¥10000】てぇてぇ』『あああああ何で私は上限までスパチャしてるの!?』『上限までスパチャしてればもう良いだろwww』『口座教えて! いくら振り込めばいい!?』『必死すぎワロタ』『紫ネキちーっす』
キャイキャイとイチャついているところで、環ちゃんから質問が飛んでくる。
「配信、今回はここまでで終わりですか?」
あ、そうか。
視聴者さんにきちんと終わりって言ってないし配信中のままなんだったか。
「うん、とりあえずここまでにしよっかな。流石に疲れたし」
「やったー! あまねさんさすがです! これで罰ゲーム決定です!」
………………はい?
「え? うそ? あれ? なんで?」
「さて、あまねさんみたく頭の上にたくさんのハテナが浮かんでいるリスナーさんも多いと思うので、ネタバラシです」
環ちゃんは最高に可愛い笑顔でカチカチとパソコンをいじる。
そして映し出されたのは前回の配信、アーカイブになっているものから切り抜かれた短い映像だ。
ぷんすこ顔のおれが、カメラに向かって吠えていた。
『チクショー! やるよ! 全然怖くなんてないし! 次回は絶対に全クリしてやるからな!』
いや、改めて見るとおれ、可愛いな。
でもこれのどこが罰ゲームに繋がるんだ?
「ほら、『全クリ』って『全面クリア』とか『完全クリア』ってことですよね?」
「うん」
「ミニメアってコレクション要素とかトロフィーとかたくさんあるんで、今のあまねさんは『クリア』であって『全クリ』じゃないんですよね」
「エッ!?」
「ほら、あまねさん自身が『全クリ』って言ってますし」
「アッ!?」
『www』『屁理屈全開で草』『安定のたまきクオリティwww』『ほら、自分の発言には責任取らないと』『ルルちゃんと抱き合ってたの絶許』『罰ゲームはよ』『クッソワロタwww』『これはしょうがない』『さっきのあまねたんの顔を待ち受けにしたい』『てぇてぇ定期』
結局。
交渉の末にプレイ続行を認められたおれだったけれど完全にノリノリな視聴者さんたちに騙されつづけ、配信時間内に隠し要素をコンプリートすることができなかったのであった。
罰ゲーム怖い、と慄いていたけれど、
「じゃあ、罰ゲームはリスナーさんたちのリクエストで決めましょ。プイッターに投票枠つくっておくので、ぜひとも投票してください!」
罰ゲームの内容すら分からないまま、おれの配信は終了となった。
前回配信の切り抜きが用意されてたってことはここまで考えて準備してたってことだよね……環ちゃん、恐ろしい子……!
ちなみに、配信終了後にこそっと環ちゃんから提案があった。
「色んな仕込みとか、異世界に慣れるために何度か異世界に行きたいんですよねー」
「危なくない?」
「クリスさんに付き添ってもらう算段もついてるので護衛もバッチリですよ」
「んー、そしたら何時が空いてるかな」
おれが頭を捻ると、何故かなでなでされた後で、
「いえ、あまねさんは送り迎えだけしてくれれば充分ですよ。クリスさんと二人で旅行です」
「ええ……なんか不安なんだけど」
「ほら、女二人で水入らずって奴ですよ。男性はご遠慮ください」
うわ、ズルい!
普段はおれのことをまっっったく男としては見てくれないのにこんな時だけ男扱いしてる。断りにくいけどなんかすごくズルいぞ!
「ほら、でもやっぱり万が一があるし」
「あまねさん。送り迎えをしてくれるなら罰ゲームを軽めにしてあげますよ? ほら、あんまりメンタル削れないような奴に。それとも女の子全開な感じであざとい系ぶりっ子しながら一日過ごすとかが良いですか?」
「ぐぅっ……!」
結局、おれは渋々ながらも異世界行きを認めることとなった。
だって罰ゲーム怖いんだもん。
あとクリスも何故か乗り気だったし。
だから良いの! 良いってことにしておく!
絶対碌でもないことが起きると思うけど、おれは悪くないもんね!