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◆013甘すぎて、猫も食わない何とやら

 さて、全員をうまくリビングに着席させると、環ちゃんがコーヒーを淹れてくれた。さすがに予備を含めてもマグカップが足りないのでおれと大悟は紙コップだけど、結構な量をささっと準備してサーブしてくれるのは本当にありがたい。


「ええと、ラナさん、でしたっけ。詳しくお話を聞かせてもらえませんか」

「こ、殺してください……!」

「ラナ、(おれ)が守っちゃるけんそげなこと言うな」

「ま、正樹さん……!」


 あ、ナニコレ。

 チョロインとかそういうレベルじゃねーだろ。

 既に攻略済みじゃん! 完全にオチてるじゃん!

 今時の薄い本でももうちょっと何か葛藤的なのあるでしょ!?


「ええと、ラナさんは人間ですか? それとも妖魔ですか?」

「ニン……いえ、妖魔、です」


 一瞬だけ正樹さんを見て、すごく悲しそうな顔で告げる。正樹さんは「そげんこと関係なかばい!」と息まいていたが、ラナさんが続けたことばに、一同は絶句することになる。


「わたしは……このままでは、正樹さんを憑り殺してしまうんですぅ! そうなる前に、私を殺してください!」

「ラナ……おれは、ラナんためなら、良かよ?」

「ま、正樹さん!?」


 えっ、この安いメロドラマみたいなのを観てなきゃダメ?

 ……あ、駄目ですか。


「もう少し詳しくお話を伺っても宜しいですか?」


 三条さんの、穏やかながらも有無を言わせぬ口調で聞き出した情報によれば、ラナさんはラナンシーという妖魔なんだそうだ。古くはアイルランドを起源とする妖魔で、リャナンシー、ラウナンシーなどとも呼ばれるとのこと。

 アイルランドに伝わる伝承によると、ラナンシーは美しい女性の姿をした妖魔であり、『男に詩歌の才能を授ける代わりに精気を吸って憑り殺す』性質があるらしい。ちなみに妖魔に詳しい三条pediaの情報ともだいたい一致している。

 ホント、海外の妖魔まで網羅してるとかすごいよね。しかもお金持ちだから寄付金要らず。


「わ、私、今まで、好きになった人がみんな死んじゃって……!」


 ぐじぐじになった顔でラナさんが言うには、気付いたら既に日本にいたらしい。新宿から渋谷辺りをうろうろしていたところ、素敵な男性に声を掛けられて、ホイホイついていっては憑り殺していたとのこと。

 ああうん、ナンパされたのね。


「私、ホントに、な、何もしてないのに、私に触ろうとしたり、服を脱ぐように言った途端に……」


 イメージ的には受動的なサキュバスみたいなものなんだろうか。

 いや、おれの場合はえっちなことや感情的な興奮が魔力へと変換される。結果的に相手を憑り殺すことはあるのかもしれないけれど、それは体力的な問題だろう。

 しかし、ラナさんの場合はちょっと印象が違う。


「ええと、相手のえっちな感情の多寡に応じて、生命エネルギーを直接吸い取る感じ、かな?」

「そのようですな。少し私の知るものとはずれますが」


 まさしく吸精(エナジードレイン)

 使いようによっては非常に危険な能力だ。


「ちょっと待ってくれ。わはラナに触れとーけれど何も起こっとらんぞ」

「ええと、つまり、えっちな感情なしの……純愛?」


 おれが指摘した瞬間、ラナさんの顔がぼふんと赤く染まる。いやいやするように首を振りながら、両手で真っ赤な頬を押さえ、上目遣いに正樹さんを見る。


「当たり前ばい。ラナな、わ(は、おれ)の女神やけん。無体んことする気なか」


 いや、だからそういうド直球なラブコメな展開はいいんだよ。

 口からスリムアップシュガー吐き出しちゃうぞ。


「いやでも、好きな相手に対して吸精するなら、初対面のナンパ野郎が死ぬのっておかしくない……?」

「わ、私……ちょっとだけ、惚れっぽいみたいで……!」

「わんこと、どう思っとる? ラナん気持ちば教えて欲しか」

「わっ、私……!」


 真っ赤に染まったラナさんを見て、口からブドウ糖的な何かがまろびでそうになった辺りで環ちゃんが大きな咳払いを一つ。うん、ナイスだ。

 この激甘空間にいるのが辛くなってきてたので本当に助かる。

 というかこれ、まとめるとつまり。


「ラナさんは正樹さんに惚れていて、だからこそ正樹さんを死なせないように『殺してください』って言ってたってこと?」

「……はい」


 ラナさんが正樹さんへの気持ちを認めたからだろうか、正樹さんが切れ長の瞳を輝かせて何かを言おうとした、が、その直後、柚希ちゃんが管狐を使って正樹さんを吹き飛ばした。


しゃーしか(うっさい)。黙っとって」


 え、エグい……!

 格ゲーみたいな吹っ飛び方してたぞ今。

 というかことばを発する前にしゃーしか(うるさい)って結構ひどくないか……?

 正樹さんはマッシヴだから頑丈なのか、それとも柚希ちゃんが飯綱使いなのと同様に何かしらの訓練を受けているのか、なんばしよっとー、と言いながらも全然平気そうだけど、おれやルルちゃんだったら穴が開くレベルだ。

 あっけに取られてみていたおれをよそに、環ちゃんはぽんぽんと手を叩いてまとめに入る。


「正樹さんはラナさんにガチ恋。ラナさんも正樹さんにガチ恋。でも、体質的にえっちなことがNG。こういうことで良いですか?」

「はい」

「おう」


 環ちゃんは一つ頷くと、ルルちゃんへと視線を向ける。


「ホント?」

「本当、です! まさき様もラナ様も本気、です!」

「んー……でもそうすると困りましたね。何か妖魔の性質を変える方法とかはないんでしょうか」


 ルルちゃんの嘘を聞き分ける能力をさらっと使う辺りさすが環ちゃんって感じだけど、環ちゃんの言う通り、このままだと埒が明かない。

 さしもの三条さんも妖魔の性質を変える方法までは知らないらしくて小さく唸っていたが、解決方法は意外なところから出てきた。


「あ」


 クリスだ。 


「聖教国の国宝。万物の性質を反転させる魔道具があったはず」

「それば使えばラナと結婚しきる(できる)んか?」

「分からない。でも、神代の魔道具だから、可能性はある」


 全員がぽかんと口を開ける中で平然と聞き込みを始めた環ちゃんによって整理された情報はこんなものだった。

 クリスの故郷にしてクリスが異世界を厭う切っ掛けとなったゼリエール聖教国には幾つかの秘宝が伝えられている。どれも神によって授けられた、人智を超えた力を持つ魔道具である。

 ちなみにクリスは『あの国が神から物を授かれるはずない』と豪語していたが、神が実際に活動し、どう頑張っても再現不可能な魔道具や高位の魔法が当たり前に使われていた神代という時代そのものは本当にあったものとして認識されているらしい。

 クリスが話してくれた『逆転の聖杯』もそんな神代の魔道具の一つで、指定した性質を一つだけ逆転させることができるものとのこと。

 ちなみにクリスが聞いた話では、過去に戦争によって盲目となった王が光を取り戻したり、国を一つ滅ぼした大悪魔を聖なるものに帰依させたとの伝説があった。


 如何にも胡散臭い。


 本当にそんなものがあるならもっとガンガン使うべきだろうに、と思うが、聖杯の中身――飲み干すことによって性質を逆転させることのできる『逆転の聖涙』は一度使うと次に溜まるまでに数百年の時を必要にするとか何とか。

 みんなで情報の精査を行う中、葵くんがポツリと呟く。


「それを使えば、ぼくも男らしい見た目に」

「なれるだろうな」

「本当ですかッ!?」

「若」

「……くっ。すみません」


 いや、どんだけコンプレックスなんだよ。

 わかるけど。

 気持ちは超わかるけどさ。

 葵くんはぶらさがってる訳じゃん!? おれなんてそもそもついてないんだよ!?


「……ァエッ!?」

「どうした?」

「もももっ、もしかして、メイビー、イフなんだけど、それを使ったらおれも男に……?」

「「「「「「えっ」」」」」」


 約全員に驚かれた。

 というかスルーしているのは再び二人の世界へと突入している正樹さんとラナさんだけである。

 解せぬ。


「おれは! おとこに戻りたいんだよ! ずっと言ってるじゃん!」

「あまねさんは女の子だから良いんです! 男になる必要なんてありません!」

「まぁ、あまねの好きにしたらいい。あまねはあまねだ」

「る、ルルも! ルルもどんなあまね様でも大好きです!」

「んー、あまねちゃんが男になるとは想像できん」


 四者四様とでも言うべきか、それぞれがぽつりと感想を漏らすが、葵くんだけはハッとした顔でおれを見つめている。


「そうですよね……あまねさんは、ぼくと違って、こころは(・・・・)男なのに生えてないんですもんね」


 おお!? そこまで説明してたっけ!?


「外見がちょっとだけ(・・・・・・)中性的に見えやすいぼくより、トランスジェンダーのあまねさんの方が辛いですよね!」


 ふう。

 外を見て深呼吸。

 そもそも葵くんはその見た目で『ちょっとだけ』中性的は無理がある。

 どうみても男の娘である。

 むしろ生えてるのが妄想、まである。

 が、気になるのはそこじゃない。


「おれは! おとこだっ!!!」

「「「「「「えっ」」」」」」


 再び約全員から驚きの声が漏れた。

 もうやだ、この人たち。



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