◆006嫌われた理由
おれは石鹸系の良い匂いに包まれていた。
理由は簡単。環ちゃんがおれを思いっきり抱きしめているからだ。
そして今までとは別人かと思うほどの優し気な笑みを浮かべた環ちゃんから「大丈夫」「やり直せるから」「大悟は私がなんとかする」「誰にも言わない」「お姉さんがなんとかしてあげる」と謎の慰めをいただいた。
ちょっとしたプレイ感があってドキドキしたんだけども、そのあと大悟に殴りかかったので何とか止めた。
12歳のサキュバスの力がいかほどか、と言えば多分大悟には腕相撲で勝てるくらいの力だ。
12歳としては破格のパワーだけど、そもそも大悟はひょろひょろ系なのでパワーはよわよわである。本気で暴れる環ちゃんを止めるのにはすごく苦労した。
とりあえず大悟の両親が不在で良かった。
ちなみにお父さんは単身赴任中で、お母さんは学生時代の友達と飲み会とのことだ。
どったんばったんやりながら環ちゃんを止めたは良いものの、そこから先も大変だった。
「とりあえずお姉ちゃんとお風呂はいろ? ね? 背中洗ってあげる」
しきりに風呂を勧められたり。
「どこで声かけられたの? お父さんとかお母さんは?」
保護者に連絡を取ろうとしたり。
「このお兄ちゃんに言われたこととかされたこと、お姉ちゃんにも教えてくれない? 内緒だよ、とか秘密だよ、とか言われたことも。お姉ちゃんも絶対内緒にするから」
…………大悟よ。
お前は環ちゃんにどう思われてるんだ。
どうやら大悟にえっちなことをされていないかを本気で心配してくれているらしく、おれを膝に抱えて離そうとしない。
ちなみに大悟を見るときには汚物を見るような冷たい視線だ。
これ、絶対に大悟のこと性犯罪者だと思ってるよね。全財産賭けても良い。おれの使える金、全部大悟のだけど。
「お名前教えてくれる? お姉ちゃんは、環っていうの。そういえば、さっきお姉ちゃんの名前呼んでくれたけど、このお兄さんから聞いたの?」
「ええと、まぁ、うん」
「そっかそっか。他にどんなお話したか、教えて?」
うん、流れるように証言を取ろうとしてくる辺り、本気で疑ってかかってるよね。大悟の発言はガン無視するし、おれと大悟が話そうとするのも阻止してくる。
まぁ性犯罪者が相手だったら正しい反応なのかも知れないけど、これはもうどうにもならない。
おれは認識阻害されたままのクリスに視線を向けると、小さく首を振った。
「環ちゃん。ちょっと話をしたいから、膝から降ろして」
正直ちっちゃい子みたいな扱いされるのもバブみを感じて微妙に魔力が回復してる気がするんだけど、友達の妹をそういうプレイに巻き込むのはちょっと良くないと思う。
環ちゃんの膝から降りると、大悟をまたいでPCデスクに備え付けのチェアに腰掛ける。
あ、今の身長だと足が着かない。
ぷらぷらしながら真面目な話をするのも微妙にしまらないけれど、まぁしょうがない。
「環ちゃん、大悟が一週間前に事故に巻き込まれたの、知ってる?」
「うん。高速で逆走してきた車が正面衝突してきたって」
「そう。そのときの同乗者って」
「この人の大学の友達だって。たしか、周さんとかって」
「そう。それ、おれなんだ」
環ちゃんは形容しがたい表情でおれと大悟を交互に見つめると、小さい声でぼそりと呟いた。
「……洗脳調教……?」
だから発想が大悟と一緒なんだって。
というか小学生を拉致して自分の先輩(男)が前世だって洗脳するの闇が深すぎるだろう。どんなプレイなのかまったく理解できん。
しょうがないので一から全部事情を説明することにした。もちろん、諦めてクリスにも出てきてもらう。
小一時間は掛かっただろうか。大悟の時の三倍くらい丁寧に説明をした。
もちろん、オタク気質が薄い、というか一般人の環ちゃんは元男子大学生が異世界でロリサキュバスに転生とか言われても信じない。
信じられるわけがない。
なので、
「これ、羽根と角、尻尾」
「えっ」
「本物だよ。触ってみる?」
隠しておいたサキュバスの特徴を全部出してみる。
少し太目で短い、羊みたいな巻き角。
鞭みたいに細くて、先っぽが尖ったハートみたいな形の尻尾。
蝙蝠みたいな薄い膜で出来た、小さな翼。
オマケに魔力も込めてふわっと浮遊してみる。どういう力のはたらき方なのか、背中からお尻当たりがふわっと浮いて、ちょっと前屈みな格好になる。
「えっ? あっ、えっ!?」
ふよふよしながら環ちゃんの前まで行き、
「どう? 少なくとも、人間じゃないってのは、分かった?」
「……触ってもいい、ですか?」
「どうぞ」
おれが年上の男子大学生だという受け入れがたい事実を受け入れようとしているのか、微妙に取って付けたような敬語を足した環ちゃんに、角と尻尾を差し出す。
「どう? 本物だっヒャァ!?」
ちょっと! 根元は! 根元はダメ!
身をよじってかわそうとしたところで、クリスがひょいっと取り上げてくれた。嫉妬してくれたんだろうか。
無表情に環ちゃんを見つめるクリスがかわいい。
「それで」
基本的にクールなクリスが、取り上げたおれを環ちゃんから遠ざけながらことばを続ける。
「なんでそんなに大悟のこと嫌いなの? 私は完全に第三者だが尋常じゃない嫌い方に見える」
「……良いわよ。教えてあげる」
そして、環ちゃんのことばにおれたちは顔色を失うこととなった。
要約するとこうだ。
当時小5の環ちゃんは、二次性徴が始まり、そういうことが一番気になる時期にさしかかった。
両親にお願いして、それまで一緒だった部屋も分けてもらったり、下着にも気を配るようになったりしたらしい。
そして、夜。
「はぁ、はぁ、はぁ、うっ……!」
隣室から兄の妙な息遣いが聞こえてくるようになったのだ。しばらく耳を澄ませると静かになる。
だから環ちゃんは、気のせいだと思って寝ることにしたらしい。
しかし、翌日の夜も、さらに翌日の夜も同じような息遣いが聞こえてきてしまう。
「はぁ、はぁ、はぁ、」
流石に気のせいじゃないと気付いた環ちゃんは、こっそりと隣室の兄のようすを伺うことにした。
そして、縛って調教する系のAVをヘッドホン装着で鑑賞し、いきり立つマサムネを握りしめる兄を見て、トラウマを植え付けられてしまったのだという。
「分かる!? 男なんて、最低よ! みんな、みんなああいう汚いものをぶら下げてるに決まってるもの! あんなのを触った手で私に触るなんて絶対に無理!」
目に涙を溜めながら叫ぶように告げた環ちゃんに、クリスがそっと寄り添った。これはおれや大悟には慰められない。環ちゃんは思春期の第一歩を踏み出したところにごっついトラウマを刻まれて、男性不信になっていたのだ。
っていうか大悟よ。鍵くらい掛けなさい。
「大悟……」
「……言い訳のしようがないっす……全部自分が悪かったっす」
「とりあえず温かい飲み物入れてきて。ここにいないほうがいい」
大悟がいると環ちゃんも落ち着かないだろうからとりあえず追い払うと、こらえるような表情でポロポロと涙をこぼしていた。
「おれもいない方がいい?」
「いて」
高校二年生女子に服を掴まれた。
なんだそれかわいい。
というか泣いている女の子かわいい。
かわいいけど何でいて欲しいのか良くわからん。ラノベのイケメン主人公とかならこれだけで惚れられることもあるだろうけどおれイケメンじゃないし。というか今ロリサキュバスだし。
「おれ、男だけど」
「元、でしょ?」
窺うような、すがるような視線におれとクリスが同時に頷く。
直後、それは起きた。
ストックが切れるまでは毎日最低一話ずつ更新します!
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更新無かったら予約ミスってんなコイツ、くらいの生温かい目で見てやってください。
それでは次回もお楽しみに!