◆010ゲーム実況配信①
「ふはは。覚悟は決まったようだな。それでは、好きなゲームを選ばせてやる。選択肢はこの3つだ!」
ノリノリで悪党ムーブをかました環ちゃんがタンッ、とエンターキーを押すのとともにおれに見せたのは、何ともコメントし辛い選択肢。
『①赤鬼
②ウイルスハザード村
③ミニマムナイトメア』
「まって。ちょっとまって」
「はい、待ちますのでゆっくり選んでくださいね」
『ビビッてるゥ』『①!絶対に①!』『これはwww』『よわよわでかわいい』『泣き顔はかどる』『【¥1000】たまきの悪辣さに乾杯』『わwかwらwせw』『既に顔がひきつってるぞwww』『ドン引き美少女かわEEE』『すごい偏りあるチョイス』
「えっと、赤鬼ってアレだよね。洋館に肝試しにきたら顔だけ大きなキモい鬼に追いかけられるヤツ」
「そうですね。フリーホラーゲームでは一、二を争う有名タイトルです。謎解きも結構やりごたえが――」
「却下! 生配信の時間がとんでもないことになりそう!」
そもそも唐突に気持ち悪い赤鬼に追いかけられるのは怖すぎるし!
おれはしっかり者のキャラだから視聴者さんに無様な姿は見せられないのだ!
「えっと、ほら、ただでさえ突発だし、アーカイブするときに時間長いと困るじゃん」
「そうですかー。じゃあ②か③ですかね?」
「ウイルスハザード村は分かる。バイオなウイルスでゾンビがハザードするやつの最新作だよね?」
「ですです」
好きなシリーズだから知ってるけど、yourtubeに公式がアップした『ゾーンビ♪ 怖くなーいよー♪』が耳から離れなくなる奴だ。狂気じみた人形劇の宣伝動画が面白かった。
ちなみにこれは怖くない。虫がでてきて気持ち悪かったり、すっごい痛そうな怪我したりするのは嫌だけれど、銃火器が手に入るので撃ち殺せるからね。
おれがダメなのは、反撃手段がない奴である。
「ミニマムナイトメア……? 初見だ」
黄色いレインコートを着た子どもの後ろ姿、かな? パッケージ的には結構可愛い。
「んー、個人的にはウイルスハザードやりたいけど、これも長いんだよなぁ」
「そうしたら、ミニマムナイトメアにしますか?」
「ヴッ……環ちゃんの提案だから何か罠がありそう……」
「でも、プレイ時間でいえばこれが一番短くなると思いますよ。あと、アクションです。アクションゲームですよ」
「……信用できない……!」
「それなら、視聴者さんに決めてもらいません?」
「あ、それが良いかも。でも長いと配信しきれないからね!」
「長い奴を選んだら、クリアじゃなくて私が満足するまでって条件に変えてあげますー」
良い笑顔の環ちゃん。
うーん、やっぱり話の持っていきかたとか、すっごく上手だ。
環ちゃんに言われた通りに視聴者さんのコメント欄へと視線を向けると、けっこうな速度でずらずらと流れていくのが分かる。
予告なしの配信なのにたくさんの人が見に来てくれているのは本当に嬉しい。何かサービスしないといけないかも知れない。
『ホラー系wwwあまねは怖がりなのかwww』『③』『②』『【¥1000】③』『たまきタソのチョイスが絶妙www』『【¥4545】ゲーム代金』『①』『一番希望』『ミニメアやろうぜ』『¥7210】ゲーム代金』『随分微妙なゲーム代金だなオイwww』
バラバラとまとまりのない希望がたくさんあって選べない。
どうしよ、と環ちゃんに視線を送るとコクリと頷きが返ってきた。
「はーい。それではスパチャで希望してくれた人が多いミニマムナイトメアに決定しまーす」
「エッ」
『ひでぇwww』『いや赤鬼の方が希望者多いだろ』『エッは草』『露骨なスパチャ要請wwwさすが外道www』『これが資本主義の犬か』『【¥1000】あああああスパチャ間に合わんかったあああああ』『あまねもびっくりしてるwww』
「分かってませんねぇ……」
炎上というか、拝金主義的に見られて批判された環ちゃんだが、やれやれ、と頭を振ってからカメラをビシッと指さす。
「みなさんのスパチャがあまねさんのご飯や洋服やぱんつになるんですよ!? 私は! あまねさんに! えっちな下着を履かせたいっ!」
「えっ」
「ちょっと背伸びした感じの下着を用意して拒否されて! 『リスナーさんからのスパチャで買ったんです』ってゴリ押しされて表情曇らせながらも下着をちゃんと履くあまねさんを観たくないですか!?」
『観たいです』『【¥110】少ないけど』『【¥2500】熱意がガチ』『【¥1000】イジメに全振りなの好き』『これ、下着って配信に映るの?』『【¥500】清楚な白』『【¥200】たまきの熱意に敬意を表して』『【¥1500】ぴんく希望』『お金の大切さを理解した』『スパチャは稼ぐ手段じゃない、あまねをイジメる手段なのだ』『【¥10000】配信にパンツ映ったら上限いく』『【¥50000】想像だけで上限余裕です』
「ええ」
「観てくださいあまねさん! これがリスナーさんの総意なんですよ!?」
「いや、完全に環ちゃんの欲望じゃん! 環ちゃんが選ぶ奴って総レースのスケスケのやつとか紐ばっかりのやつとかばっかりじゃん!」
「あまね、レースは高貴の象徴だ。似合うぞ」
「えっ、ありがと……じゃなくて! 異世界基準がどうあれ履くのはおれなんだよお!」
おれが心の底からの叫びをあげたところで、カメラ映像が止まる。いわゆる一時停止という奴だ。おれの慟哭が静止画になった状態で表示されている。
「いかがですかこのわからせ具合。今日も私は絶好調ですよ?」
言いたいことはいっぱいあるけれど視聴者さんからは概ね好評なのでぐっと我慢する。おれが一人で配信をしていたとしても、こんな速度でコメントが流れることはないからだ。
まるで弾幕かのごとくダダダダッと流れていくコメント達をみると、どうすべきか悩む。
「さて、それではミニマムナイトメア、やっていきましょう!」
「ふ、不安だ……」
さて、ミニマムナイトメア。
おれは初見のゲームだけれど、けっこう有名なゲームらしくて視聴者さんたちのコメントは盛り上がっている。断片的な情報だけど、可愛い女の子が主人公だとか、童話みたいな雰囲気で小人が出てくるとのことなんだけど。
「……ジャンプに、ライター。しがみついたりよじ登ったりもできる、と」
「ちょっと待って! ぶら下がってる! 首吊り死体があるよ!?」
「どこが童話なんだよ! 騙したな!?」
『草』『さっそく涙目てぇてぇ』『ぽんこつwww』『わかってただろうにwww』『だましたなは草』『かわいい』『てぇてぇ』『【¥3000】なみだめたすかる』『学ばねぇなwwwたまきのチョイスだぞwww』
「このくらい、よっ、あ! クソー、結構シビアだぞこれ!」
「えっ、ちょっ、まっ、アー!!! しんだ!!!」
「何コイツ気持ち悪いぞ!? 腕なっがい!」
主人公は黄色のレインコートをすっぽりと被った女の子。子どもだとしても小さくて、確かに妖精には見える。ぽてぽて歩く姿は可愛らしい感じもする。
結構難しめのアクションゲームなのか、ヒルに絡まれて死んだり、妙に手が長い男に握り殺されたりとちょくちょく死んでしまうが、何度か死ぬと突破できるくらいの難易度なのがまた絶妙である。
このゲーム、できること自体はあんまり多くない。
単純というか、どっちかというと『どうすれば先に進めるか』を考えるのがメインになるゲームである。
そして、『童話っぽい』も『妖精みたいな子が主人公』も嘘ではない。
嘘ではないんだけど、ちょっと童話っぽいのに不安を掻き立てられる雰囲気になんだよ……。
「くぅ……!」
「えっ、あっ!?」
「アーッ! またかよ!」
『熱中しててかわいい』『てぇてぇ』『言語を失ったかwww』『ザコかわいいwww』『ひめいたすかる』『よわよわ』『集中するとくちびるちょっととがるのな』『死にまくりで草』『悔しそうなのすこ』『唇ちょっとウッてなってるのかわいい』『てぇてぇ』
「エッ、生肉だぞ!? 食べるの!?」
「うあー! また死んだ!」
「お願いお願いお願い……あーっ! 見つかった! しんだ!」
『普通に下手で草』『可愛すぎる』『【¥5000】ぽんこつサキュバスかわいい』『涙目たすかる』『順調にわからされているなw』『この悲鳴全部録音したいwww』『これは捗る』『【¥10000】たまきの絶妙なチョイスに』
本当だったらおれはもうちょっとだけうまくプレイできる。スーパープレイとかは無理でも、何度も同じ場所で死ぬほど下手っぴな訳ではないのだ。にも関わらずこんなにポンポン死ぬ理由は一つ。
――怖い。
そう、童話的な雰囲気なのに怖いのだ、このゲーム。
薄暗くて雑然とした小部屋の数々。
主人公が生肉に齧りつく狂気性。
何だか分からないけど主人公と同じくらいのサイズのナニカがぶら下がったオブジェも気持ちが悪い。
そして異常に手が伸びた気持ちの悪い造詣の人間が主人公を執拗に追い掛け回してくる。
そういう怖さで身がすくむというか、緊張してうまく操作できないのだ!
死にまくってるのを見かねてか、クリスが腰の辺りを抱いてくれてからはちょっと落ち着いたけれども。
ちなみにゲームが始まってからは配信画面のメインはゲームだ。おれの顔は右上に別窓で表示で、左端にはコメント欄が表示されるというデザインだ。バラエティとかでよくある感じだけど、あれよりも大きな別窓になっているのは環ちゃんのこだわりらしい。
正直、ゲームの画面が見づらいと思うんだけど、
「リスナーさんが観たいのはあまねさんです! ですよねっ!?」
とのことで、コメント欄にも同意が溢れていたので気にしないことにした。
なので、クリスがおれの腰をぎゅってしてくれているのは見えていないのだ!
おれが悲鳴をあげるたびにふにっと撫でてくれるのでちょっとだけ落ち着く。あと魔力も微妙に回復する。えっちでもなんでもないはずなのに回復するとかすごい。
「くそー! どこが童話なんだよ!」
「知らないんですか? グリム童話って本当は怖いんですよー?」
「知ってるよ! 知ってるけど最初にイメージしないじゃん!」
結局。
三時間近くプレイした辺りでおれの集中力が限界を迎えた。悲鳴を上げ過ぎて喉が渇いたのもあって飲み物を摂り過ぎでトイレにも行きたくなってしまったのだ。
環ちゃんはそわそわし始めたおれのようすに気づいたらしく、
「今日はこの辺にしておいてやる。後半はまた今度、不意打ちで寝起きにでもプレイさせてやるからな! フハハハハ!」
「エッ、寝起きにこれプレイするの!?」
「やらないんですか? もしかして怖いとか? それとも難しすぎました?」
「チクショー! やるよ! 全然怖くなんてないし! 次回は絶対に全クリしてやるからな!」
「はい言質いただきましたー!」
わちゃわちゃっとした感じながらもみんなで手を振ってクロージングだ。
おれとクリス、環ちゃんは元より、途中で退場したルルちゃんを心配する視聴者さんも多かったのでルルちゃんもちゃっかり出てきて手を振っている。
なんだかんだと盛り上がったし、突発なのにたくさんの人に見てもらえるのは本当にありがたいことだ。
たくさんの人に応援してもらえたり、クリスやルルちゃん、環ちゃんのかわいいところを見てもらえるのも嬉しい。
「あー、つっかれた……! 休憩だー! 休憩するぞおれは!」
「お疲れ様でした」
「これ、配信ですか?」
あ、そういや三条さんと葵くんもいたっけ……途中で退出してたし忘れてたよ……って二人がいたら休憩できないじゃん!
さすがにベッドになだれ込んだりしたらバレちゃうし、気まずすぎる!!!