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◆009漸く配信となりにけり

 おれはしんだ。

 己の内より漏れいづる邪悪なる欲望の炎に魂を焼かれ、おれは死んだのだ。


「あ、あまね様!? あまね様ー!? しっかりするです!?」

「おしおき、しすぎた?」

「あー、なんかアレですね。厳しい修行の末に解脱(げだつ)した修験者みたいな顔してますね」


 そもそもが我が魂は業を重ね過ぎたのだ。それ故に六道輪廻に因り異世界にて餓鬼道に墜とされ淫魔として――


「もうそろそろ柚希さん帰ってきそうなんですけど」

「……仕方ない」


 これもまた穢れた魂を浄化するための修行也。嗚呼、神仏よ、我に苦難を――

 唇に何か柔らかいものが触れた。

 あったかくて、やわらかくて、良い匂いがして、中に入ってきて……


「……めがみさま?」

「何言ってる。私だ」

「……クリスだ。おれは一体……?」

「我慢しすぎておかしくなっていたんだろう」


 頭をなでなでされながらもぎゅってしてくれる。どうやらクリスが気付け代わりに濃密なキスをしてくれたらしい。

 あー、すき。

 いいにおいする。すき。


「お預けしすぎるとおかしくなるんですね、あまねさん」

「あっ……そういえば」


 おれはクリスと環ちゃんによってお預け状態で放置されていたはず!

 なんで意識を失ってるんだ?!


「まぁお人形さんみたいで可愛かったですけど」


 気づけば髪の毛はシニヨンに纏められていた。おれの意識がない間に環ちゃんがいじってくれたみたいだった。

 ルルちゃんはおれを心配そうに見つめていたけれど、正気を取り戻したのを見て満面の笑みを浮かべる。


「お揃い、です!」

「おでこ出したのか。可愛いよ」

「えへへへっ」


 はにかんだ笑顔を見せるルルちゃんは、ぱっちんってするヘアピンで前髪を上げていた。どうやらおれより先にルルちゃんが環ちゃんの暇つぶしのターゲットになっていたようだ。可愛い。

 髪型的にはおそろいでもなんでもないけれど、一緒にいじってもらったからお揃いってことなんだろう。無垢である。てぇてぇ。


「クリスも雰囲気変わった! 似合ってる!」

「ありがと」


 ショートレイヤーにしていたクリスもコテか何かで癖を付けたのか、パーマがかかったみたいに毛先だけくしゅっとしていてアンニュイな雰囲気を醸し出している。この状態のクリスに冷たい目を向けられたら本格的に新しい扉を開いてしまいそうだ。

 ちなみに環ちゃんはウィッグそのものを取り替えて黒髪ボブになっていた。ピンクと紫を混ぜたようなアイシャドーが濃いめに入っていて、いわゆる地雷系とかいうのをやってみたらしい。


「どこが地雷なんだ。普通に可愛いじゃん」

「ありがとうございます。でもこういうメイクの女に引っかかっちゃ駄目ですよ?」

「あの……私どもも居るのですが」


 声のした方へと視線を向けると、いつも通りにスリーピースのスーツをびしっと決めた三条さんと、見学兼修行とのことで葵くんもやってきていた。葵くんは相変わらずの男の娘だけど、少しでも女の子っぽく見えるのを払しょくしたいのか長い髪は紺色のキャスケット帽の中に隠して、学ランに身を包んでいる。


「……探偵皇子?」

「なんの話ですか、宗谷さん」

「いや、連続殺人事件解決のために転校してきそうなファッションしてるから」


 伊達眼鏡をスチャッとかけたらもう一人の自分を呼び出せそうである。

 君の両親は祓魔師であって探偵ではないからね?


「どういうファッションですか、それは」


 どうやら土御門さんは忙しかったらしく、代理として三条さんと葵くんが派遣されてきたとのこと。基本的には葵くんが主体で、三条さんはアドバイザーとしての参加になるみたいだけども、十分心強い。

 というか柚希ちゃんのお兄さんがいつ来るのか分からないのに待機させるのは申し訳ないと思ったんだけど、


「いえ、これも若の修行ですから」

「宗谷さんからは気持ちのあり方について学べればと思います。よろしくお願いします!」


 とのこと。

 何、最初の葵くんと別人?

 もしかして土御門家って家訓で初対面の印象悪くしてんの?

 びっくりするくらいの爽やかさでにっこりする葵くんは梓ちゃんと同じく整った顔立ちをしているので可愛い。

 ……ちんちんついてるけど。

 なんで葵くんにはちんちんついてるのにおれにはついてないんだよ!?

 脳内で懊悩していると、環ちゃんがぱんぱんと柏手(かしわで)を打って注目を集めた。


「ハイ、それでは柚希さんから連絡が来るまではやることがないので、配信を行いたいと思います」

「エッ」


 いやでも異世界って電波通じなくないかな。

 そもそも葵くんがいるのに異世界いくの? 柚希ちゃんのこともあるしさすがに無理じゃないかなぁ。


「さすがに予定していた企画は難しそうなので、『突発! たまきのいじめっ子配信テロ』です」


 あ、なるほど。異世界に行くわけじゃなくて、別の企画で配信をするのね。

 ……ってその題名、絶対に碌でもないに決まってるじゃん!


「い、嫌だっ……!」


 絶対におれが被害者になるような配信をするに決まってる!


「あまねさん、キャンプ道具爆買いのときの罰ゲームです」


 こないだのチョンボを持ち出されてしまうとおれも弱い。こういうところが環ちゃんの掌の上って感じがするんだよなぁ。


「うぅっ……! 何するの?」

「大丈夫、普通のゲームです」

「ゲーム? 本当にゲーム? 闇のゲームとか言わない? 負けてもマインドクラッシュしない?」

「本当に普通のゲームですよ。どこぞの若社長じゃあるまいしマインドクラッシュなんかしませんよ」


 にっこり笑った環ちゃんは配信部屋にみんなを連れて行くとちゃっちゃか用意を始める。葵くんと三条さんは見学なのでスタッフブースというか、カメラの映らないところに椅子を用意して座ってもらう。

 カメラの中央に映るようにおれ。

 演出、と言われてビニールひもでぐるぐるに縛られた状態で座らされている。まぁゆるゆるなので演出なのは見て分かるだろうけど。

 右側にはルルちゃん。心配そうにおれのことをチラチラ見ているけれど、おれと同じくゆるゆる縛りをされているので動けない。

 反対側にはクリス。縛られてはいないものの、さっき環ちゃんに渡された『配下一号。あまねをわからせたい派』と書かれた紙を胸元に掲げている。

 ちなみにこの突発配信、5分くらい前にプイッターで告知しただけでまったく予告のない配信である。


「さーて、それじゃあ始めますよー。最初は私がサブカメラに映って説明するので皆さん静かに。あ、三条さんと葵くんはもうちょっと左で。微妙に入っちゃうんで。あとフリップ出したら読んで対応してください」


 こきこきと肩を鳴らした環ちゃんは、実に楽しそうな笑みを浮かべた。

 い、嫌な予感しかしない……!

 時間になるのを待って、カメラを切り替える。

 

「さてごきげんよう。あまねさんをわからせ隊の皆さんに置かれましては今日も健全にお過ごしですか?」


 ニコニコと笑いながらオープニングの挨拶をする環ちゃん。複製モニターには視聴者数やらコメント欄も一緒に見えているんだけども、


『職場のトイレから観てます』『たまきちゃん……だれ?』『えっ』『まじふざけんなよ突発テロ』『あるって言えよおおおおおおお有休使うからああああああ』『だれコレ』『学校早退した』『たまきちゃん変わりすぎて草』『たまきェ・・・!

!』『あまねの羽根とかクリスのコスチェンジと同じ技術か』『電車内なのに変な声でた』『プイッターみて急いで帰宅しようと思ったけど間に合うわけない』

 

 それなりに炎上している。

 そりゃそうだ。観たいと思ってくれているからこそ、予定外に配信とかされたらきちんとした環境で見れないもんね……。本当にごめんなさいしないといけない案件である。


「ふふふ。私だ、環だよ。今回の私はヤンキーバンギャではなく、量産型地雷に扮装してあまねさんに近づいた! もちろん気付かないあまねさん! 何故ならぽんこつサキュバスだから!」


 誰がポンコツやねん。

 まぁ配信を盛り上げるための演出だろうから良いけど、普通に環ちゃんのこと分からないわけないじゃん。

 というかコメント欄よ、なんでおれがぽんこつってことで同意してんの?

 さっきまで『環ちゃん許すまじ』みたいな雰囲気だったのに突然賛同する奴らが急増している。

 解せぬ。


「そして! 我が配下に命じてあまねさんとルルちゃんを誘拐することに成功したのだ! いでよ、我が配下、ダーククリス!」


 カメラが切り替わって縛られたおれとルルちゃん、そして手下一号の紙を持ったクリスだ。

 突然切り替わったので思わずおれとルルちゃんはびくっとなってしまうけど、仕方ないだろう。


『期待』『すでに面白い』『てぇてぇ』『緊縛ロリ最高』『ルルちゃんを縛ったの絶許』『これ演技じゃない顔だwww』『職場なんだよ! 声出せないんだよ!1!!!1! 面白過ぎて変な声出ただろ!?!?!?』『【¥5000】イメチェンかわいい』『クリスが裏切ってて草』『世界の半分を報酬に寝返ったな』『たまきちゃんは魔王だった……?』『【¥1500】ダーククリスたんかわゆし』『クリスなら三食昼寝付きで寝返るぞ』『クリスならチーズで裏切ってくれる』『【¥1880】クリスたん買収用のチーズ代金です』


「さて、今日はあまねさんにはゲームをしてもらおう。無事にクリアできればルルちゃんを返してやろう……しかし失敗すれば、分かるな?」


 言いながら、カメラの外でカンペを持ち上げる。そこに書いてあったのは、ルルちゃんへの指示である。


「あ、あーれー? あまねさまー? た、たすけてー?」


 ひっどい演技だけれど、縛られたままスタスタ歩いてカメラ画面から出ていく。そのまま環ちゃんの横に行くと、紐を解いてもらった上で頭をなでなでしてもらって嬉しそうにはにかんでいる。

 ず、ずるい! おれも! おれもルルちゃんを甘やかしたい!

 小さい声で、なでなで、です、と嬉しそうにしてるルルちゃんが可愛すぎる!


『ルルちゃんェ……』『さすがに草』『あまねタソの怒りの表情だけ妙にリアルwww』『【¥1000】「分かるな?」期待』『演技ひでぇwww』『ルルたんに酷いことしたら絶許』『なでなで、ですかわいい』『てぇてぇ』『ルルちゃんの声が入ってて草』『分かってねぇな。ルルちゃんはウソとか演技とか出来ないんだよ、それが良いんだよ、純真無垢な天使なんだよ、最高なんだよ』『長文wwwガチ恋勢かwww』『【¥5000】ルルちゃんに頑張ったご褒美を』『【¥20000】安物のニンジンはルルたんに合わない。最低でもこれくらいのものを食べるべき。ルルたんの健康のためなら実質〇円。むしろ食べてもらえたからこっちが得するまである』『だからwwwガチ恋勢の勢いよwww』


「ぐぐぐっ……おれは、何のゲームをやれば良いんだ!?」

「ふはは。覚悟は決まったようだな。それでは、好きなゲームを選ばせてやる。選択肢はこの3つだ!」


 そうして提示されたのは、なんともコメントし辛い選択肢であった。

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