◆008イベントの時って張り切って買い過ぎちゃうよね
「……兄貴、何泊する予定なの?」
「あまね。私の得意属性を知っているか?」
夕方。
おれと大悟はリビングで正座していた。
理由は単純。
買い過ぎである。
「火を付ける程度なら私がやる。道具など不要だ」
「異世界でアルミの支柱と化繊のタープってメチャメチャ目立つよね? ちょっと考えればわかるよね?」
「べ、便利だと思ったんだよぉ」
「雨の日に野営するなら必要っす」
「……そもそも野営、するの?」
「えっ」
「えっ」
驚いたおれと大悟に向けられるのは、ちょっと責めるような冷たい目線だ。あ、微妙に魔力回復してる……!
クリスの紅い瞳で見下されるとちょっとぞくぞくします!
でもどっちかっていうとおれはそんなクリスをイジメたいです!
「飯はまずいから自炊するが、寝るのは宿屋の方が楽じゃないか?」
「アッ、ハイ」
「というかパスタ2kgって、何食分の計算だ? 異世界に住むつもりか?」
「アッ、ハイ」
クリスに叱られて魔力回復しながらもしゅんとしていると、横にいた環ちゃんがくすりと笑う。
「でもまぁ、男の人って感じですね。キャンプとかで張り切るのって。ちょっと可愛いです」
「じゃあ――」
「許してあげます。罰ゲーム一回で」
何とか御赦しが出たのでおれはほっと一息。正座を解くと足がじーんと痺れているのを感じる。とはいえここでバランスを崩せば絶対に笑われるので気合で何でもない振りをする。
「あー、正座とか久しぶりだったっす。足がじんじんするっす」
「何で勝手に立ってるの? 兄貴は許してないから」
「えっ。でもさっきそういうのちょっと可愛いって――」
「はぁ? どこが? なんで?」
「……なんでもないっす」
再び正座に戻る大悟に心の中で手を合わせる。
酷いダブルスタンダードを見たけど、おれは救われる側なのでノーコメントを貫くことにした。
ちなみに付き合わされただけのルルちゃんもおれに合わせて正座をしてくれていたので、もしやと思って尻尾で足をつんつんしたらすっごい悲鳴とともに前のめりに倒れた。
今日は白! 無垢なルルちゃんにぴったりの白です! 真ん中にピンクのリボンがついてるのまで見えました!
いやまぁお風呂の時とかによく見てるんだけど、こういうのって別腹だよね。魔力がガンガン回復してくのを感じる!
「環。あまねへの罰はちょっと重めに」
「分かりました。きちんとわからせますね」
「エッ」
魔力を回復していただけなのに有罪判決を受けた。
解せぬ。
そんなわけで再び大悟と正座すること約2分。二回目ということもあって早くも足の限界が訪れそうになっていたおれを救ったのは、柚希ちゃんからの電話だった。
『あまねちゃん。助けて欲しか』
「どうしたの? 何かあった?」
慌ててスピーカーにしたところで発せられた第一声は、思わず耳を疑いたくなる一言だった。
『お兄な、びしょ濡れん美女ば拾うたんよ。妖気ば感じるけん妖魔やて思うっちゃけど、そん子が『殺して』って言いよー』
……はい?
『そんでな、お兄は『こん娘がおれん運命ん人や。絶対連れて帰って結婚する』って言いよー』
……はいぃ!?
なんだそのカオスな状況は!
何一つ理解できないぞ!?
「ごめん待って。ついていけない」
頭の上にはてなを出しながらも必死に情報を整理しようとしていたら、環ちゃんにするっとスマホを取られた。
「あ、環です。柚希さん、今いる場所をメッセで送ってもらえます? 兄貴をそっちに送るんで、とりあえず家につれてきてください。できるだけ刺激はしないように。女性も一緒で構いません」
『分かったー。ありがとー』
「いえいえ」
それから待つこと数分。
『いっちょんつまらん……お兄な、話通じんばい』
「そうですか……土御門さん達にも相談しますか?」
『んー……見た感じ、すぐん危険はなかて思うけん説得してつれていくばい。明日になるかも知れんばってん良か?』
「良かです。あ、でも何か危険があったらすぐ教えてくださいね」
『ありがとー!』
電話を切った環ちゃんが言うにはこうだ。
どんな能力を持っているかは不明だけれど、柚希ちゃんが妖魔というからには本当に妖魔なのだと思う。そして、初対面で『結婚する』なんて言うのは不自然なので、きっと柚希兄は妖魔の能力で正気を失っている。
身内である柚希ちゃん一人で対応させると不意を突かれる可能性があるので、刺激しない内に実力者を複数集め、それから対応した方が間違いないでしょう。
ただし、即座に襲われていないことや柚希ちゃんが『大丈夫そう』と判断したことから、危険性は少ないものと思われる。
無理に急かすより、刺激をしないように納得させた上で来てもらった方がアクシデントは少ないと判断したので柚希ちゃん任せにしたとのこと。
「というわけで、明日以降、柚希さんのお兄さんが来たときのために土御門さんにも連絡いれます」
確かに、初対面でいきなり『結婚する』は普通じゃない。おれの権能である《魅了の紫瞳》や《奔放な獣》みたいに何かしら精神に作用するような能力を持っている可能性は十分にある。
ちなみに《魅了の紫瞳》はおれへの好意を錯覚させる、いわば魅了の上位互換みたいな能力で、《奔放な獣》は理性を薄くして性衝動に正直になるという、薄い本の主人公なら垂涎モノの能力である。
洗脳調教モノが癖である大悟に自慢したら、結構本気で恨まれたのをいまでも覚えている。
話を戻すけれど、正気を失ったお兄さんが妖魔の人質、もしくは味方や手駒になってしまうと、きっと柚希ちゃんは手を出すことができなくなるだろう。
だから説得して連れて来てもらうってことなのね。
よく考えてみれば納得できることだけど、あんな一瞬で考えて指示まで出したのか。
環ちゃんが電話を掛ける傍らで、おれはしみじみと環ちゃんを見つめていた。
……頭良いのは知ってたけど、本当に頭良いんだなぁ。そりゃおれ程度じゃ丸め込まれるよ。
……ん?
丸め込まれるっていうか、さっきのおかしくないか?
「罰ゲーム一回で許すって、自然と罰ゲーム受ける流れになってない……?」
「あ、あまね様! る、ルルが代わる、です?」
「ああいや大丈夫。というか正座に付き合ってくれてありがとうね」
「あまね様と一緒、です!」
うん良い娘。
ってそうじゃなくて。
環ちゃんにしてやられたっ!
なんで罰ゲーム確定になってるんだよ!!!
内心でぷんすこしていると、クリスに頭を撫でられた。あ、気持ちいー。
「私にはちょっかい出さないの?」
「エッ」
「尻尾。ルルにばっかり」
「アッ、ハイ」
慌てて尻尾でクリスに触ろうとするけれど、ほとんど動かせないまま先っぽを掴まれた。そのままとんがったところを指先でくにくにされる。
根元ほど敏感なわけじゃないけど、なんかむずむずするっていうか、ちょっと指遣いがえっちなんですけど!?
「く、クリス様! 尻尾さんはあまね様とは関係なくて――」
「ルル。ちょっと待ってて」
「はいです!」
あ、素直過ぎて無力……!
背中に嫌な汗を掻き始めたのを感じるが、クリスはそのままくにっ、くにっ、と先っぽを弄ぶ。
ねちっこい動きで執拗にいじられると、変に意識してしまう。
「本気で躾けようかな」
「エッ」
クリスはぼそりと呟くと、尻尾を外しておれに口づけをした。
額や頬に啄むような軽いキスを何度も落とされる。
えっと、もしかして躾けるって、そういう意味ですか!?
おれの中に潜む野生の本能をビシバシしてきゃいんきゃいん鳴かせる感じですか!?
ってことは反撃しても良いんだよね!? 野生だもの!
野生ならしょうがないもんね!?
むくむくと湧き上がる期待を表に出さないようにぐっと堪えつつ、口ではそれらしいことを言ってみる。
「ちょっ、これから柚希ちゃんのお兄さんが来た時の対策を練らないといけないのに――」
「うん。だから、とりあえずここまででおあずけ」
「エッ、あっ!? 酷い!」
「ルル。ちょっとあまねを一人にしてあげよう。ゆっくり考える時間も必要だから」
「です? はいです!」
「生殺し!? ヴァー! まって!! 本当にまって!!!」
アーッ! ルルちゃんまで連れてった!
おれのこの気持ちはどうすればいいの!?
クリスのせいで目を覚ました野生の本能はどうやってステイさせるの!?
さすがに電話中の環ちゃんには手を出せない……っていうか電話しながらこっち見てニヤニヤしてたから絶対クリスの味方するでしょ!
だれか、誰かたすけて。
ほら、柚希ちゃんのおにいさんのこと、そうだんしないと。
まりょくも、かいふくしとかないと。まんがいちに、そなえて。
だから、だれか……!