◆007準備
土御門家から帰宅したおれたちは柚希ちゃん特製『元気が出る出る☆彡さらだ混ぜソバ』なる創作料理を楽しんだ。☆彡をどう読むのかは知らない。
茹でてからしっかり冷水で締めたつるつるのお蕎麦に刻んだオクラ、少な目の油で揚げ焼きにした乱切りのナス、千切りにした胡瓜を乗っけて、上から麵つゆ入りのとろろとかつおぶし、刻み海苔をどばっと掛けた創作料理である。
なかなかガッツリ系の見た目だったんだけども、食べてみると結構美味しかった。よく考えたらとろろ蕎麦にサラダをトッピングした感じだもんね。普通に美味しいよね。
あ、ちなみにおれの分は用意されていないので、クリスに一口わけてもらいました。
あーんって。
さて、人心地ついたところで午後からは配信――というか動画撮影の時間だ。
本当なら柚希ちゃんのお兄さんに会う予定だったんだけど、謎のドタキャンが入ったのだ。『人命救助』『あとで連絡する』とだけメッセージが入って音信不通なので結構不穏ではあるのだが、
「お兄はバリ強かけん、心配なかよ」
とのことなので気にしないでおくことにした。
まぁ別に予定が詰まっているわけでもないので、目くじらを立てるほどではない。というか、逆に暇になってしまったこともあっておれ達のブレインでもある環ちゃんに相談を持ちかけた。
配信するなら事前告知が必要だし、何かやれることないかな、と。
「んー、そうですね。異世界に行くか、もしくはダンス動画でも撮ります? メイキングをこっそり、みたいな感じで」
「あれ、環ちゃんって配信で異世界映すの反対してなかったっけ?」
確か、転移希望者が押しかけて来たりした困るとか言ってた覚えがあるんだけど。
「ああ、それは後ろ盾がないときの話です」
後ろ盾なんて今もなくないか?
「ほら、土御門さんですよ。仕事柄、犯罪にも絡むでしょうから警察にも顔が利くでしょうし、こないだの報酬でほとんどの問題はクリアできると思うんですよね」
この間もらった報酬は、現金で4000万円。それも税金とかは掛からない――というか特殊な計算がされたあとの、手取りでの金額であった。
そして、栃木県に広い土地がついた一軒家を貰っている。元々は別荘だったようで、風情ある洋風建築ながらもきちんとリノベーションされた家屋はまさに贅沢の極み、といった感じだ。土地の中に沢遊びができるような川までついていて、上流では釣りまでできるという至れり尽くせりな場所である。
「ほら、最悪別荘に逃げ込んでも良いですし、法的な処置は土御門さんにお願いすれば何とかなるんで。それに撮れ高で言えば異世界って絶対高いと思うんですよね」
「あー、確かにそうか。クリスとルルちゃんはどう?」
「あまねがいれば、どこでもいい」
「あまね様と一緒なら大丈夫、です!」
異世界出身で、思うところがありそうな二人に訊ねてみるとなんとも健気な答えが帰ってきた。
くぅ、可愛い。
思わず尻尾でルルちゃんをツンツンしたくなるけれど、そわりと動かしただけでクリスに掴まれた。
「ひょっほ?!」
「この尻尾は勝手に動くんだったな。躾けてやらねば」
「ちょっ、アッ!? 根元は――」
「し、尻尾さん! またいたずらしようとしたですか!? めっ、です!」
み、味方がいない!?
一頻り根元をさわさわされてぐったりしたおれに、妙につやつや顔の環ちゃんが告げる。なんで満面の笑みなんですか。人が苦しんでる姿がそんなに嬉しいですか。
「そんなわけで異世界行ってみたいです」
「ああうん。それが本音なのね……」
どうやら理論武装して異世界旅行を楽しむのが目的だったらしい。実に環ちゃんらしい、理詰めの異世界に行くのは構わないけれど、転移魔法って結構魔力をドカ食いするんだよなぁ。
しかもこの流れだと全員で行くことになりそうである。
「た、環。自分たちは魔力とかチートとかないっすよ?」
大悟が及び腰だけれど、どう考えても大悟じゃ環ちゃんに勝てない。
これは全員がいくことになるだろう。案の定、環ちゃんに睨まれて『行くっす』と諦めていた。
いや大悟よ。
口論どころか会話なしで負けるって相当だぞ?
まぁでも異世界なら空気中の魔力が地球よりずっと濃いのでおれも変身できる。そうなればぶっ壊れ性能な強化の権能が使えるのでただでさえつよつよなクリスや柚希ちゃんはとんでもない強さになりそうだし、環ちゃんやルルちゃんも身を守れるくらいにはなるんじゃないだろうか。
おれの権能《淫蕩の宴》は性的な経験の多寡に応じて強化・弱体化を広範囲に強制する効果がある。実に頭の悪い権能だと思うけれど、これがまたおれ達にはびっくりするくらいハマる。
ブチっとはしてないけれど、環ちゃんが同人誌やネットで拾ってきたであろう情報をもとに、口には言えないあれこれを経験してきた皆はとんでもない倍率の強化が掛かるのだ!
おれと大悟?
おれは経験させられたけれど元から戦えないから戦力外だし、大悟に至っては弱体化するだろう。きっと股間の妖刀はだれも斬ったことがないに違いない。
「さて、そうと決まれば準備が必要ですかね」
「そうだな。買い物が必要だ」
「ん? 換金アイテム?」
異世界ではガラス類がメチャクチャ売れる。
調味料の類も売れるらしいけれど、そういったものの買い出しだろうか。
「違う。食事とタオルだ」
「えっ」
「良いか、あまね。この世界の食事に比べれば、あっちの食事はオークの食い残しだ。出汁なんて概念は存在しないし、味付けはぎりぎり塩が入っているかどうか。運がよければ香草が加わるが、それだって基本的には塩の代わりや、傷んだ食材を誤魔化すためのものだぞ」
「まじか」
「まじだ。国や地域によるが、食料事情も良くないところも多い。こちらでは捨てる部分も、だいたい食べるぞ?」
「です。ダイコンさんの葉っぱやニンジンさんの皮が捨てられちゃうと、悲しいです」
そうか。こないだニンジンの皮を捨てようとしたときに若干潤んだ目でおれを見てきたのはニンジンが特別に好きなんじゃなくてただのもったいない精神だったのか。
うさ獣人だからってニンジンが好きなわけじゃないんだね。
「えと、タオルは?」
「ふかふか、です! 向こうのは、ぺしゃぺしゃです!」
どうやら向こうのタオルは未だに手拭いみたいなぺたっと平織にされたものばかりらしい。確かに顔洗った後とかにタオルがペチャンコだと悲しいよね。
「タオルと食事だ」
念を押すように告げたクリスに頷く。
本当ならこのまま全員で買い物に行けばいいんだろうけど、どうにも環ちゃんは異世界での貿易に興味があるらしく、クリスから商人との交渉の仕方や前提となる常識なんかを教わるらしい。
「そんじゃ、おれたちは買い物にいくか」
「はいです!」
「了解っす。車出すっすね」
よし、と思ったけれど、柚希ちゃんから待ったが掛かる。
「ごめん。ちょっとお兄に呼ばれたけん先に会うてくるね」
何やら用事で会えないお兄さんに呼ばれたらしく、スマホを示しながら小さく謝ってくれた。
「そっか。何か買っとくものある? 食事のリクエストとか」
「何でも良かよ」
「チーズだ。あまね、チーズが食べたい」
「わかったわかった」
何故かクリスからリクエストが来たので、チーズ系の味付けになるように食材とか調味料を揃えてみるとするかな。異世界ではかなり高価な食べ物らしく、祝い事くらいでしか食べることができなかったんだとか。クリスは隙あらばチーズをメニューに組み込むくらいチーズが好きだ。
クリスが当番だったとき、朝食にチーズフォンデュが出てきたのにはさすがに驚いたけれど、とにかくチーズが大好きなのだ。
ルルちゃんが変装用の魔道具を準備するのを待って、おれ達は買い出しに出かけた。
とはいえ、買うものはそれほど多くない。
何しろ生鮮品は向こうでもある程度売っているし、こっちから持っていっても冷蔵庫とかないからダメにしてしまう気がする。となると、買うものは調味料とルルちゃんが激推ししたある程度日持ちのするパン、おれの感覚では水気さえなければ無期限に保存して置ける乾燥パスタである。
パスタもパンも大悟含めて六人分なのでそれなりに量を買っておく。クリスを満足させるために、レトルトのパスタソースにはチーズ系のものを入れておいたし、振りかけるタイプの粉チーズも買った。
駄目押しでおつまみコーナーにおいてあったハードチーズとチーズ鱈も買っておいたのでまぁ大丈夫だろう。
で、だ。
「きゃんぷ、です?」
「うん。異世界といえば野営だから」
「そうっすね。絶対に必要っす」
「です?」
首をかしげながらおれに手を引かれてルルちゃんがやってきたのはホームセンターのキャンプコーナー。最近はデイキャンプとかも流行っているので、結構充実している。
「みろ大悟、メタルマッチだ!」
「絶対に買いっすね! あ、先輩、このマルチツールかっこよくないっすか!?」
「おお!? 24種類の便利機能だと!? 一本買っておくべきか!」
「あ、このタープは難燃性だから下でガスコンロ使っても大丈夫っぽいぞ」
「先輩、こっちっす。このリアカー、作りがしっかりしてて上蓋をつけると椅子にもなるみたいっすよ」
「飯盒も買っとくべきか!? いや、それならいっそのことアルミクッカーを一式そろえておけば――」
「尻尾さん。ルルと遊ぶのです。……尻尾さん? し、尻尾さーん?」
おれと大悟は二人してキャンプコーナーを物色していくのであった。