◆最終話「いこう、クリスっ!」
それから一週間くらい後だろうか。
土御門さんから電話が来た。
何でも、押収した資料から今回の件に関して引責できそうな理事にアタリをつけたらしい。術式の種類や地域などを考慮した結果らしいけれど、組織の構造そのものを知らないので簡単に聞き流した。まぁとにかく、主流派の理事を追及する流れを作り、連日そのことで理事会は喧々諤々の様相を呈していたとのこと。だが、その理事が昨晩遅くに事故死し、真相が闇の中に葬られたとのことだった。
十中八九、トカゲの尻尾切りだろう。
電話越しでもはっきりと分かるくらい不機嫌そうに、そう断言していた。
押収した資料からは、使われた術式の他にいくつかのヒントが残っていたらしく、それもおれに教えてくれた。
まず、『ダゴン教団』の『ディープワン』というのは、やはりクトゥルフ神話に出てくる怪物の名前だった。妖力が溜まりやすい地に呪物を持ち込み、特殊な術式を使って人工的に生み出された可能性が高いとのことであった。一定の認知度があるために『畏れ』を得ており、不意打ちながらクリスを追い込むほど強かったものの、本物の名を得たモンスターのような権能はなく、何とも中途半端な存在である、というのがおれたちの出した結論だった。
おれみたいなえっちと支援に特化した存在ならともかく、クリスの話に出てくるような名を得たモンスターであればそれこそ鎧袖一触、おれたちは全員死んでいただろう。
どうやったら妖魔を作るなんてことができるのかは分からないが、少なくとも祓魔師が関わっているのは間違いない、とのことであった。こういったものは実験を繰り返してノウハウを貯めるのが常道だろう。
つまり、もしも次回があればさらに厳しくなる。
また、接収された呪物を解析した結果、割と大がかりな準備やら儀式が必要なものであることも分かったらしい。つまりは、何かしらの組織的な動きがある。
あのディープワンが言っていた『創世計画』とやらが何を目的としたものなのか。誰が関わっているのか。
手に入れた情報を元に洗い続けてはいるが、手繰れる糸もぷつりと切れてしまった。
死んだ一人に全ての責任を負わせる腹積もりであろう主流派から、管理責任や何かを追求し、いくらかの利権と役職を奪って決着となるようであった。役職を餌に日和見のやつらを味方に引き込むとかなんとか言っていたけれど、正直こういう政治的な力学はおれには難しすぎる。
命がけで手に入れてくれた証拠をうまく使いこなせず申し訳ないと謝られたけれど、面接で短い時間を過ごしただけで伏魔殿だと分かるようなところでそれだけの結果を出せたのであれば、十分な成果ではないのだろうか。
そもそも、おれたちは十分――命の対価としてではなく、誠意として――な報酬を頂いているし。
「本来なら筋違いなのは分かっているんだが」
言いづらそうに切り出されたのは、これからも有事の際には手伝いをお願いしたいとのことであった。
二つ返事で返すわけにはいかない。
今回だって、死にかけたのだ。おれが《夜天の女王》になることが出来なければ全滅し、死んだ理事の代わりにおれたちが闇の中に葬られていたことだろう。
でも、無碍にしたくないのも事実だ。
このツンデレ親父は傲慢で不遜でいつでも不機嫌顔だけど、悪人じゃないし誠意をもって接してくれるし、環ちゃんの友達の父親だ。
もしも突然父親が失踪したら、その子はどう思うだろうか。
おれのように、後悔が残ったりはしないだろうか。
そう考えると断ることもできなかった。
土御門さんが柚希ちゃんの情報を手に入れたように、他の人間もまた柚希ちゃんのことは認知しているだろう。そういった意味でも、知らぬ存ぜぬではすまないとも思う。
柚希ちゃんのことを他人だと割り切れるほど、おれは人でなしじゃない。
「……まぁ、知らない仲じゃありませんし。みんなと相談してみて、ですけど別に手伝わないこともないです。報酬も頂きますけどね。キャンピングカーとか欲しいです」
「ツンデレ娘か貴様は」
「土御門さんほどじゃないです」
「はぁ?」
苦笑とともにツッコミを入れると、土御門さんはいつもの不機嫌な感じに戻ってしまった。
当たり障りのない話をしたあとに通話を切って、ベッドにぼふんと飛び込む。スマホをいじりながらおれを待っていたクリスの手が伸びてきた。今はプイッターで告知した配信時間になるのを待っている状態だ。
手持無沙汰なこともあって、ちょっとつまみ食いしたい気もするけれど、今からつまみ食いをしてシャワーまで浴びるとなると配信に間に合わないので、そうならない程度のことで我慢だ。
ぎゅってしたり、されたり。
ちょっと舐めてみたり、かぷって噛まれたり。
お互いを枕にしてみたり、ちょっと離れてみたり。
じっと見つめたり。目を逸らしたり。
ただだらだらと過ごす。
「良いな」
不意に、クリスが呟いた。
おれのお腹を枕にスマホをいじってはいるけど、寝心地ではないだろう。ここ最近、よく枕にしてるし突然感想をいうこともないだろう。
「何が?」
俺の問いに、クリスはおれのおでこを指で弾いた。
「って!」
思わず小さく叫んだおれに、ちょっといたずらっぽく笑う。最近、クリスはとても表情が豊かになったように思う。もちろん、普通の人と比べれば無表情でクールなんだろうけど、おれにはクリスの気持ちが手に取るようにわかるのだ。
「居場所」
単語一つで伝わる。
「おれ、作ってあげられてる?」
「うん」
「なら良かった」
お腹に乗っているクリスの頭を撫でてやると、ちょっと恥ずかしがりながらも強請るような視線を送られた。
触り心地がいい艶やかな髪を、そのまま撫でながら考える。
異世界転生なんて、考えていなかった。
人外の、それも女の子になっちゃうなんて、もっと想像すらしたことなかった。
失ってしまったものは戻らない。
おれの両親が戻ってこないように、おれの身体もきっと元に戻ることはないんだろう。
悔しいけど。
本っ当に悔しいけれど!
何か手立てがあるなら諦めないけど!
でも、おれは代わりに大切なものを手に入れた。
決して無くしたくない。
無くしちゃいけない、たった一つの大切な宝物を。
未来がこれからどうなるか分からない。
祓魔師協会関係のゴタゴタだってきっとこれからも巻き込まれるだろうし、こないだの件がこれからにどう影響するかは分からない。『創世計画』とやらも結局は何なのか分からないままだ。
もしかしたら、危ない目にあうこともあるかも知れない。
土御門さんと同じレベルであろう理事を葬れるだけの実力者に、目をつけられたかも知れないのだ。しかも相手は妖魔と違って社会的な立場や権力、金を持っているはずだ。
搦め手まで使ってこられたら、と思うと正直すごく怖い。
でも、おれは絶対にクリスを守る。
大切なおれの宝物を。
本当だったら異世界にいって、潤沢な魔力を得た上で《夜天の女王》としての権能をフルに使ってクリスを守護した方が安全かも知れない。
権能で周囲をおれの僕にすれば、厳重な警備を敷いて誰もたどり着けないような安全な場所を作ることも不可能ではないと思う。周囲にすべてを任せて、クリスはおれだけを見る。おれはクリスだけを見る。
それはきっと、甘く魅力的な世界だろう。
ルルちゃんや環ちゃん、柚希ちゃんも引っ張り込んで、四六時中好きにして、好きにされる。
そんな妄想に、思わずおれの本能がじんとうずく。
でもさ。
こんな素敵な宝物、しまっておくだけなんてもったいない。
誰もが見惚れる輝きだ。大事にするのはもちろんだけど、全世界に見せびらかしてやりたくなっちゃうね!
「あまね、時間」
「うん。そろそろ配信を始めるとしますか!」
起き上がったクリスに手を差し伸べる。
細く、しなやかな指が絡むようにおれの手につながり、確かなぬくもりが感じられた。さて、配信のお時間だ。精いっぱい見せびらかしてやろう!
「いこう、クリスっ!」
〈おしまい〉
「皆、今までありがとう!」
「読んでもらえて、嬉しかった」
「応援いっぱい、でしたっ!」
「本当の本当に、最後まで読んでもえらえて嬉しいです」
「こん小説ば一端完結やけど、うちらん物語はこれからも続くけんね」
「一区切りつけて、また次っすね。そうやって物事は続いてくっす」
「また、そのうち会おうな!」
「それじゃあ行きますよ? せーのっ」
「「「「「ありがとうございましたっ」」」」」




