◆044ドッキリ企画惨敗記録
「よぉーし! やるぞー!」
「仕掛ける側になると急に生き生きしだすっすね」
「おれ、責める方が好きだもん!」
「エッ」
「環ちゃん? 何に驚いてるの?」
「い、いえ。何でもありませんよ?」
「なら良いや。さーて。どうやってびっくりさせようかなー」
ルルちゃんへのドッキリは心が痛むのでなし、と決めたけれど、せっかくドッキリ企画をやるんだったらおれ以外も恥ずかしがって欲しい。なのでここからは仕掛け人のターンだ。
といっても基本的に人を傷つけるようなことはしたくないので、可愛らしいドッキリを仕掛けることにした。
細かい説明はテロップで加えることにして、クリスへのどっきりはセンブリエキスで味付けしたコーヒーだ。ちなみにセンブリエキスは環ちゃんの私物なんだけど、何でこんなもの持ってるんだろう……。
おれが全員分を淹れて配り、油断させるために美味しそうに飲む。
果たしてクリスの反応は……といった感じにしたんだけどこれが大失敗……いや、ある意味大成功なのかな?
とにかく酷いことになった。
「クリスー。コーヒー淹れたから休憩しよ」
「うん」
「ルルちゃんはココアね」
「はいです!」
「環ちゃんも飲むでしょ?」
「ありがとうございます」
ダイニングテーブルにそれぞれを置いていく。
そして、おれが自分の分に口を――
「飲むなッ!」
瞬間、《換装》によってドレスアーマー姿になったクリスがおれと環ちゃんのカップを取りあげた。ルルちゃんは手を伸ばすのが遅かったからか、びっくりした顔で固まっている。
「何か毒が入っている。臭いがおかしい」
「エッ」
「モンスターの気配はしない。……下手人は人間か」
「アッ、ハイ」
「あまね、とりあえずルルと環を連れて――ん?」
「…………」
「あまね」
「ハイ」
「私のカップに入っている毒の匂いがな」
「ハイ」
「あまねと環からもするんだが」
「…………」
「あまね。何故目を合わせない」
はい、あっさりバレましたー!
なんでも勇者候補時代の訓練で、毒殺に対する訓練があるらしい。最初は刺激臭のするものを混ぜるところから始めて、最終的にはほぼほぼ無味無臭なものまで感知できるようにするらしい。
無味無臭とかどうやって感知すんだよ、とか思ったけど、
「慣れ」
とだけ言っていた。税関とかで活躍する麻薬探知犬みたいなもんなのかなぁ。
ちなみにおれは毒じゃないことを環ちゃんと一緒に土下座で説明した。結構本気で怒ってる顔をしていたので、ここはもうおれが飲んで証明するしかない、と決意を胸にカップへと手を伸ばす。
が。
「いい。あまねのことは信じてるから。……怒ってもいるけど」
ひょいっとクリスに取られて、くいっと飲まれた。
直後。
ブッフゥー!!!
バラエティに出演する芸人の如くぶちまけた。
おれに向かって。
「何だこれ!? あまね、本当に飲めるのか!?」
「の、飲めるよ……っていうか5秒前に信じてるって」
「この味は信じられない!」
結局、ぷりぷり怒るクリスの前でドッキリコーヒーを淹れ直し、おれが飲むことになった。
「か、身体張る仕事は事務所からNGが……」
「るるる、ルルが飲む、です? か?」
がくがく震えながら身代わりを申し出るルルちゃんのためにも、おれは意を決してコーヒーを口に――
「はっ!?」
気づけばおれはベッドで横になっていた。環ちゃんにプレゼントされたパジャマではなく普通の洋服を着ているし、顔に思いっきりかかったはずのコーヒーもきれいさっぱり無くなっている。
「あ、起きた」
「クリス? おれ、いったい」
「気絶。お風呂と着替えは私がやった」
「ありがと」
ベッドサイドに腰掛けておれを見つめるクリスには、すでに怒りの色はない。いや、ごめんね。
さて、ルルちゃんをドッキリさせないので残りは柚希ちゃんだ。
どんなドッキリにしてやるかと考えていると、環ちゃんが良い笑顔で寄ってきた。うん、禄でもないことなのは分かった。それでも不快にならない辺り、おれなんかよりこの娘の方がよっぽど小悪魔系な気がする。
「ええ……さすがにちょっと気が引けるんだけど」
「大丈夫ですよ。何なら私が交渉しますか?」
「いや……おれがやるけど……うーん」
環ちゃんの提案。
それは、お化けドッキリである。といってもおれの魔法で使えそうなのは、一度認識されると効果激減の認識阻害くらいなので、助っ人が必要である。
環ちゃんの後押しもあって土御門さんに相談したところ、一時間もしないうちに三条さんがやってきた。
どうやら理事会で主流派を叩くのに忙しい土御門さんに代わって、手伝いに来てくれたようだ。土御門さんも即決だったんだけど、意外とノリが良いんだろうか。
「ゆ、柚希ちゃん……!」
必死の形相で柚希ちゃんに手を伸ばすおれは今、三条さんの使う幻術によって少しずつ見た目が変わっている。
ロリサキュバスから、《夜天の女王》の姿へと。
もちろん幻術なのでおれの魔力消費はないし、さわることもできない。
「柚希ちゃん! サキュバスの力が暴走して――」
「良かったばい! ウチも暴走しそうなんや」
「はぇ?」
変化は劇的だった。
優し気にふんわりしていた柚希ちゃんの目つきがだんだん鋭くなっていき、頭からはにょっきりとキツネの耳が――
「ふぉっふぼぉぉぉぉぉぉっ!?」
「キツネにとりつかれてしもうた。治すにはサキュバスん心臓ば食べないかん」
「く、クリスぅ!」
「わたしも、心臓食べたい」
「なななっ、何でクリスまで耳がっ!?」
「る、ルルもなのです、よ!?」
ここでハッと気付く。
環ちゃんが口を押えて笑いをかみ殺していることに。
「は、謀ったなぁ!? これ、おれへの逆ドッキリだろ!?」
「はい。大成功です」
「ごめんなさいあまね様!」
「私もやられたからおあいこ」
「騙すんないけん。騙されれば気持ちが分かるて思う」
「いやぁ、良い画が撮れたと思います。涙目であとずさるあまねさんとか最高でした。大盛り上がり間違いなしですね」
くそおおおおおお!
「環ちゃんのばかああああああ!」
おれは寝室へと駆け出し、ドアの内鍵を掛けてふて寝することになる。
ふーんだ。
さすがにもう怒ったもんね。
なんでおればっかり!
クリスも! 柚希ちゃんも! ルルちゃんまでも!
みんでよってたかって陥れるなんて!
ぷんすこ怒りながらベッドの中でもだもだしてる内に、日が暮れた。
なんだよ。
誰も慰めに来てくれないのかよ。
別に良いけど。
「あまねさん。まだ怒ってますか?」
「…………」
「あの、やりすぎちゃってごめんなさいって言おうと思って」
「…………別にー」
不機嫌に言うと、環ちゃんからは気づかわし気な声。
「お腹減ってません? 昼からずっと食べてないと思うんです」
「あまね様! ごめんなさいです! ルル、悪い子でした! 捨てないで欲しいのです!」
「あまね、ごめん」
「すまんて。反省しとー」
どうしたものだろうか。まだちょっと文句を言いたい感情と、謝ってくれたし許したい理性の狭間で揺れる。
微妙な雰囲気の沈黙が気まずい。
「あの、あまねさん」
「何?」
思わずつっけんどんになったおれのことばに環ちゃんはしかし、
「反省を示すために、今なら全員食べ放題です」
「食べ……放題……?」
「はい。クリスさんも柚希さんも私もルルちゃんも。もうより取り見取りです。しかもオールオッケー。何でもするのでしたいことを言ってみてください。お洋服も選んでくださればなんでも着ますよ」
「……歯ぶらししたりしない?」
「あまねさんにお願いされなかったらしません」
「……本当に何でも言うこと聞く?」
「はい」
しょうがない、と鍵を開けたところでふと気づく。
「あれ、それって歯ぶらし以外割といつも通りじゃ――」
「許してくださってありがとうございます! さぁ始めましょう!」
な、何か勢いで流されたけど納得いかない!
一番納得いかないのはこんな状況でも魔力を求めてやまないおれの本能なんだけどね!
なお、朝まで頑張ってその後丸一日寝てたら、編集済みのドッキリ企画動画はすでに放送された後だった……観ないですんだのはおれへの心遣いかも知れないけど、本当に気遣うならそもそもこの企画ボツにしてよ!
評判は上々だったようだけど、二回目はやらない。
絶対に、やらないっ!
「(びくんびくん)」
「(びくんびくん)」
「(びくんびくん)」
「あ、あまね様?」
「うん。すっきりした」
「大人なあまね様もかっこいいですけど、皆を癒さないです?」
「あーうん。ちょっとやりすぎたから回復はさせるよ。《夜天の女王》になっちゃったから、魔力回復しないと」
「あっ、えぅっ!? 尻尾さん!? ルルはもう無理! 無理なのですよ!?」
「うわー、ルルちゃん大丈夫ー?」
「あまね様!? 助けて欲しいのですっ!」
「待ってて―。今助けるからー」
「ひゃうぅっ!? あまね様! はやくっ、ですっ!」
「うん、助ける助けるー」
「「「(びくんびくん)」」」