◆042正妻からの忖度
「本日2話目」
「です!」
「《夜天の女王》、恰好良かったとー。モデルさんのごとスタイルば良か」
「かっこよかった、です!」
「うん。私は元のあまねも好きだけど」
「うちもやよ?」
「ルルも、です!」
「そうなると、当然納得できないのが一人いるっすよね」
「「「あっ」」」
「良いなぁ」
本日通算40回目の良いなぁ、におれは苦笑を返した。環ちゃんはハァ、と大きな溜息を吐きながらおれの口元へとりんごを運んでいる。
あれから一夜。
おれは再びロリサキュバスに戻っていた。
どうやら魔力の薄い地球で権能を使い過ぎたらしく、精神汚染とやらから復帰したときにはすでに元の姿に戻っていたようなのだ。《夜天の女王》という名であることは変わらないので、きっと省エネモードになっているんだろう。
魔力をきちっと充填できればふたたびあの姿に戻れないこともないってのは感覚的に分かってるんだけど、ハーレムでもつくって四六時中くんずほぐれつしないと収支がマイナスになるくらい燃費が悪いので元の姿で過ごすことに決めた。
環ちゃんはボンキュッボンのおれに遭遇できなかったことをずっと悔やんでおり、あまりの様子にクリスが、
「……仕方ない。あまねの看病は譲ってやろう」
正妻権限で忖度していた。ちなみに当のクリスは別室でルルちゃんとお礼用の写メを撮影しており、柚希ちゃんは書類上、おれの使役者ということで三条さんに連れられて祓魔師協会で昨日のようすを証言しているはずだ。
よって、この部屋にいるのはおれ、環ちゃん、大悟の3人だけである。
さらにいえばおれは環ちゃんが持ってきたパジャマに着替えさせられており、ぴんくに白の水玉が入った開襟パジャマ姿である。着るのすっごい恥ずかしかったんだけど、環ちゃんに押し切られた。
というかそもそもなんでこんなの持ってるの。
新品だったのが余計に怖いんだけど。
前に一目ぼれって言ってたから、ロリ姿の方が好みなのでは、とちょっと聞いてみたら、
「成長後の姿を見れた方が捗ります!」
とのことでした。
そういうとこだよ、環ちゃん。
とはいえ《淫蕩の宴》が効果的に運用できたのは環ちゃんのおかげでもあるので、これで良いということにしておこう。
ちなみに昨晩、実家暮らしの環ちゃん以外の4人で魔力回復のためにすっごいことになっていたから、クリスとしてはその分の補填も兼ねているものと思われる。
大悟はそんな病み上がりのおれをカメラで撮っている。
昨晩、無事に帰ってきたことを報告をしたついでにおれの権能をいくつか紹介したら、羅刹ですら可愛いと思えるような顔をした後、
「……転生したい」
小さい声で呟いて、ビデオ通話が切れた。
まさか自殺――と脳裏にいやなものがよぎったけれど、環ちゃんが「大丈夫です」というので様子をみていたところ、今朝になって黙々とカメラで撮影を始めていた。
ちなみにずっと無言かつ無表情である。
怖すぎて声を掛けられない。
ちょっと煽りすぎたかな、とも思うけどまさかこんな豹変するとは思わないじゃん!
「あまねさん、あーん」
「あーん」
しゃくしゃくしたリンゴは環ちゃんがカットしたもので、これを見るたびに昨夜のテンションがおかしくなって暴走したルルちゃんを思い出して魔力が高まる。まさかルルちゃん自らおれの尻尾に――いや、やめよう。環ちゃんが怪訝な顔してる。
「あまねさん、身体べたべたしたりしてません? 拭きます?」
「30分くらい前に拭いてもらったばっかりじゃん。まだ大丈夫だよ」
「じゃあ飲み物は――」
「大丈夫」
「添い寝は――」
「アッ……うん。お願いします」
うさちゃんならともかく、うさちゃん型りんごでは魔力回復が追いつかないのでお願いすることにする。
いそいそとベッドに潜り込んでくる環ちゃんを尻目に、おれは仕方なく大悟へと視線を向けた。
「大悟。環ちゃんの顔映ってるしどうせ使えないでしょ、それ。どうするつもりなの?」
「大丈夫っす」
「?」
「昨晩、先輩と電話したあとに環とは話をしたっす」
「エッ」
「環もデビューして、少しでも貢献したいそうっす」
「エッ」
おれが驚いて環ちゃんを見ると、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。そのままがっちり抱きつかれて、耳元で小さく囁かれる。
「私には魔力もないですし、兄貴みたいなパソコンの技術もありません」
「うん」
「あまねさんの役に立ちたくて、ずっと考えてたんです。で、まぁ裏方ももちろんやろうと思ってパソコンとか撮影の勉強をしてはいるんですけど、ルルちゃんもパソコンの勉強は一緒にしてるので、やっぱり役に立てないかもって思いまして」
「いや、環ちゃんは――」
慌てて否定しようとしたおれの唇を、人差し指で塞ぐ。
りんごの甘酸っぱい香りがする。
「幸いなことに私も見た目だけならそれなりではあるので。もちろんみなさんみたいに別格に可愛いとかじゃないですけど、カメラに映れないほどではないと思うんですよ。なので髪の毛を黒染めして、伸ばして、お嬢様キャラで入ろうかと」
「エッ」
「ほら、柚希さんは腹芸が出来る感じじゃないですし、クリスさんもルルちゃんもこっちの世情には疎いと思うので、司会進行の補助とかに」
環ちゃんのことばは大変魅力的だ。確かにおれだってそこまで頭が回るほうじゃないから、アドリブにはめっぽう弱いし進行もすごく上手かと言われると何とも言えない。
環ちゃんならそういうのは得意そうだし、クリスやルルちゃんが天然ボケをかましたり、柚希ちゃんが聖女ムーブをかました時の軌道修正もやってくれそうな気がする。
謙遜ではなく、本気でおれたちより容姿で劣ると考えているみたいだけれど、おれからすればそんなことはない。
「うん。助かるよ」
「ありがとうございます。で、最初の企画なんですけど」
「うん」
「私のキャラづくりも兼ねて、ドッキリ系の日常風景まとめをしてみようと思いまして」
「うん――えっ」
「年上のお姉さんに甘やかされるあまねさんは非常に撮れ高があると思うんですよ」
「……け、健全じゃないのはちょっと」
「うまく編集でカットするので健全になります」
「……魔力とか妖魔とかの話もちょっと」
「うまく編集でカットするので健全です」
「ってことはおれがうさちゃんりんごをあーんってしてもらったところとか、添い寝をお願いしたところとかは?」
「健全なのでカットしません。……可愛かったですよ?」
思わずおれはガバっと起き上がってカメラを指さしてしまう。
「だからずっとカメラ回してるのかっ! おかしいと思ったんだよぉー!」
「良い画が撮れたのであまねさんのドッキリはここまでにしようかと思います」
「ここまでって言うか! そもそもこの企画通ってないよね!? 企画会議に出てないよこんな案!」
「私と兄貴で2票。柚希さんは多分大丈夫だと思いますし、ルルちゃんは私が説得します。これで過半数ゲットですよ」
「た、環ちゃんの説得はずるい! この間だって電動歯ぶらしと歯ぶらしのことでルルちゃんを煙に撒いてたじゃん!」
「民主主義で大切なのは結果ですよ。どうしてそこに票が入ったのかは過程です」
「ウワーッ! 大悟ー!」
こんな、こんなパジャマ姿は流石に恥ずかしいぞ!?
「先輩が悪いっす。異世界転生して自分の欲しい能力を全部手に入れた薄い本の主人公みたいな先輩が全て悪いんすよ」
「か、代わりにおれはちんちんを失ったぞ!? ちんちんだぞ!?」
ラノベとかアニメの主人公ならともかく、薄い本の主人公ってだいたいヤベー奴じゃんか! 全然嬉しくないよ!
おれは大悟と違って純愛ハーレム路線だっての!
「あまねさんの今のことば……ここだけ切り抜いて、一回だけ流して有料配布にしたらいくらで売れますかね?」
「け、健全じゃない! 健全じゃないからダメ!」
「パジャマは健全ですよね?」
「せ、センシティブ! おれのぱじゃまはセンシティブなの!!!」
結局、環ちゃんに押し切られてドッキリ企画が配信されることとなったのだが、それはまた別の話。
「健全だとか健全じゃないとかはどうでも良いんです。配信前の編集で健全にしますから。でも、私だってあまねさんのカッコいい姿見たかったんです! し・か・も! スタイル良くてコケティッシュなあまねお姉さん! 新しい扉が開きますよ!? きっとなでなでよしよしされたりにっこり微笑まれながらドギツい責め方をされたり! ああもう考えただけで捗る!」
「……ほら、まぁ。おれたちが勝ったのって、環ちゃんのこういう情熱のお陰だし」
「ああでも中身があまねさんってことはきっとヘタれた責め方なはず!? むしろ無垢っぽいお姉さんを穢す方が……」
「ちょっとまって。何かすごい不名誉!?」
「ああもう考えただけで柚希さんみたいになっちゃいそう……!」
「何ば言いよー!?」
「あ、これでGWの1日2話投稿祭りは終わりっす。明日からは1日1話っす」
「ウチみたいんなるってどげん意味やね!?」




