◆037古い洋館
「この更新は、5/3の一回目の更新だよ」
「昨日、二回更新した」
「読み飛ばしゃんごと気ば付けんしゃい!」
「えっ。普段より訛ってる!?」
「先輩。博多弁だと『さしすせそ』が『しゃしぃしゅしぇしょ』になるっす」
「何それ可愛い……なんで普段はそうなってないの?」
「……読みにくいからって作者が」
「あのクソ作者ぁぁぁ! 方言娘の萌えポイント削ってんじゃねぇ!!!」
「先輩ぷっつん系っすか?」
「怒鳴るんな良うなか」
「アッ、ハイ」
その連絡が来たのは単独配信の二日後の夜九時半頃。
なんとなく半魚人妖魔については調べたものの、逆に困惑するようなことが分かり、皆で頭を抱えて、結局投げ出した後だった。
半魚人の語った『ダゴン教団』は小説の設定に存在する邪教で、『ディープワン』は邪神に奉仕するために存在する種族名だったのだ。
名前じゃないから弱い? いやでも知性はあるし? とみんなで会議したけど、結局答えは出ないまま。
お腹ぺっこぺこだったのでクリスを頂こうとしたらルルちゃんが突入してきて、折角だから柚希ちゃんも呼ぼうかと思っていた頃だ。
「今から三条さん迎えに来るって。例んやつん痕跡みつけたって言うとった」
「マジか……マジか……!」
一緒に捜査をしているっていう実績が欲しいらしく、三条さんが黒のセダンで迎えにきてくれるそうだ。
魔力チャージしたいのに! 飯がなければ戦にならぬって言うじゃん!
おれ戦えないよ!
もともと戦えないけど!
うー、と小さく唸っているとクリスが優しく頬や首筋に唇を這わせてくれた。そのままチロリと舐められて、腰から首に掛けてゾクリと電気が走ったような感覚に襲われる。
「車の中で、少しだけ、ね」
「ルルもがんばる、です!」
「恥ずかしかねぇ……ちょっとだけね」
三条さん……ごめん。運転に集中できないかも知れない、本当にごめん。
ちなみにルルちゃんを連れてきたのはスーパーうさ耳が役に立つかも、とクリスが言い出したからだ。そもそも謎の転移魔法らしきものが使える時点で距離を取る意味が薄い、とも言われた。異世界生まれのルルちゃんは体内に魔力を持ってるからね。
あの妖魔が魔力を感知できるなら、むしろクリスといた方が安全なのだ。
さすがに大悟と環ちゃんはお留守番だけどね。
なんて思っていたら魔力回復はおれが受動的に受け取る形で少しだけだった。少しだけだったので多分三条さんは気付いてない。
「ここからど、オッ、こら辺まで、走るんですか?」
「アー、じゃあッゥ!? 一ッ、時間くらいですか、ネ?」
「~~~ッ! ッなんでもないです! ちょっと車酔いしたみ、ンッ、たいなんで、窓開けマ”ッ、すね!」
気づいてない!
気づいてないで! お願い!
クリスに尻尾をゆるゆると撫でられたり、ルルちゃんがおれの手を自分の太ももに挟んでむぎゅむぎゅしたり。
一番びっくりしたのは、サービスエリアでトイレ休憩をした後、柚希ちゃんがおれを膝に乗っけると言い出したことだ。
「あまねちゃん軽かけん大丈夫!」
にっこり言われて座らされると、二つの質量兵器がおれに直撃でメッチャ気持ちいい。もちろんクリスによる尻尾なでなでやらルルちゃんの太ももも堪能させてもらい、結局魔力はすごく回復した。
回復したけど、むしろ生殺しだよ!
お腹ぺっこぺこだよ!
「……お金貯めたら、大悟にキャンピングカー買ってもらおう」
ベッド付きの車を買う決意をしながら、目的地へと降り立つ。
場所は千葉県。ディスティニーランドでデートとかしたいなー、とか現実逃避をするけれど、おれたちがいるのはもっと都心から離れた、まさに山の中って感じのところだ。
ゴルフ場や廃金属集積場がぽつぽつと立ち並び、見通しが悪いところは雑木林。見通しがいいと思えば畑。田舎というか、居住目的ではない開発が行われた結果、といったところだろうか。一応は民家もあるけれど、おれたちが通った道はお隣さんまで2km以上あります、みたいな感じであった。
街灯もぽつん、ぽつんと距離が空いており、LEDじゃないので暗い。
利用目的不明の空地に車を止めると、そこには銀のレクサスが一台。中にいたのは土御門さんであった。どうやら先に来て、おれたちを待っていたらしい。
「……良く来た。が、もう夜も遅いのにこんなこどもが……」
おれとルルちゃんを険しい顔で見る土御門さんだが、三条さんがまぁまぁ、と取りなす。うん、苦労人だよね。車の中でのことも本当にごめん。
「宗谷様もルル様も一般人とは少し違いますし、ここで一般的な社会道徳を説かなくてもよろしいかと」
「……しかしな」
「お嬢様にもそうやって食い下がっておられるので?」
「グッ! ……いくぞ!」
なんと土御門さん、二児の父だった。しかも反抗期真っ盛りなんだとか三条さんがこっそり教えてくれた。
もしかして祓魔師協会だけじゃなくて家庭でもストレス溜めてるのかな……。
「この先に、廃棄された結核療養所があります」
「そこに例の妖魔に関する何かが?」
「まぁそれを確認にいくんです」
「エッ」
懐中電灯は土御門さんと三条さんが一本ずつ。おれたちは何も持っていない。だというのに当たり前のように真っ暗な森のほうに進んでいくのだ。
有体にいって、死ぬほど怖い。
死ぬほど怖いけど、怖がりって思われたくない。
「る、ルルちゃん、怖くない? 手ェ繋いであげようか?」
「? ルルはこのくらいなら、よく見えるのです」
あああああ!
うさぎは夜目が利くのか!
「ゆ、ゆず……」
「何か探検んごたってわくわくするね!」
光属性は闇にも強いのか……!
光と闇はお互いに弱点ってのが定石だろうに……!
「クリスぅ……」
「……ほら」
しょうがないのでクリスに手をつないでもらうことにした。
耳元で、「私を頼るのは最後?」とちょっと不機嫌そうな質問をされたので、見栄を張るのを諦めて小声で全部話す。
「怖がりって思われたくなくて……気遣ってるふりしようとして……クリスはこういうの、怖くないって思ってそうだったから」
怖がりそうなルルちゃん、柚希ちゃんの順番に申し出てみたんです。他意はありません。
そこまで言い切ることが出来ずに、抱き寄せられて口づけされる。みんなに見えないように、一瞬だけの軽いやつ。
「ダメ。あとでおしおき」
薄く笑っているので怒ってはいないだろう。いないだろうけどキスの余韻とふわっと香るクリスの匂いでさらに俺のお腹が減っていく……!
あー、早く調査終えてベッドに帰りたい。
家とかじゃなくていい。ベッドがあって、クリスがいればそれで良い。最悪ベッドなしでも良いけど、ここ最近は環ちゃんに鍛えられてるから迂闊なことをすると反撃が怖いんだよなぁ。
「あそこですね」
木製二階建ての建物は、バイオなウイルスでゾンビがハザードするゲームのような雰囲気が出ている。二階建てで、ガラス窓らしき部分は半分以上が割れてベニヤで補強されていた。中央の屋根が丸くなっているのは定番ならメインホールか何かがあるからだろうか。左右は特に変わったところはないので、それぞれに部屋がある感じの作りだろう。
「め、メダルを三つ集めないと動かない仕掛けとかないよね?」
「何言っとるん?」
「壊れたライフルがないと、使えるライフルは取れない仕組みとか」
「さすがに猟銃の類は管理が厳しいので放置されていることはないはずですが……」
渾身のボケが通じず、柚希ちゃんと三条さんにバッサリ切られたので、おれは仕方なく館の中へと歩みを進めた。
十字キーの左右は方向転換ですか、とか弾数管理をしましょう、とか言いたいことはいっぱいあったけれど、理解してくれる人がいないのなら仕方ない。帰ったら大悟と話そう。
管理者から借り受けたのか、三条さんが懐から鍵を取り出して鎖と南京錠で無理やり封鎖していた扉を開ける。観音開きの立派な作りだけれど、手入れはまったくされていないらしくギギギギギギッ、と蝶番が嫌な音を立てた。
「……酷いな」
土御門さんの呟き通り、中は埃とカビの臭いがした。野生生物が住みついているのか、獣臭いような臭いやフンの臭いも微かに感じる。はっきり言って、一秒でも早くここから出たい。
こわい、きたない、かえりたい。
これが3Kってやつか。そりゃ誰もが嫌がるブラックな職場って言われる訳だよ。
おれの希望をよそに、ハンカチを口元に当てた一同はずんずん進んでいく。おれもクリスに引きずられるように進むしかない。
中央に半円形のデスクが置かれたメインホールの奥。
たぶん、スタッフルームであるだろうそこに足を踏み入れると、懐中電灯の光があちこちに飛ぶ。
「何かを探しているんですか?」
「魔術で隠ぺいされた空間がないか見ている」
「魔力、です!」
土御門さんのことばにルルちゃんが部屋の一角を指し示す。空の書棚の横、染みだらけで何もないただの壁だ。
「ふん……一般ではない、か。さすがだ」
「よく見つけられましたね」
やたら偉そうにルルを褒めたあと、三条さんと二人で壁に近づいて何やらごそごそする。そして、唐突に壁が消えた。代わりに、扉一枚分、ぽっかりと暗闇が口を開けていた。懐中電灯の光もまったく通らない、インクで塗りつぶしたような黒だ。
「むっ」
「ゴホッ、げほっ、ォェっ」
同時に強烈な生臭さが暗闇から噴き出し、思わずえづいてしまう。ほかのみんなも耐えているけど、顔をしかめたり背けたりと、まったく動けずにいる。その中、土御門さんだけが不機嫌顔をさらに歪ませながらも護符のようなものを撒いた。
「六根清浄、四方清浄、急急如律令」
呪文を唱えるや否や、護符が青白い光とともに燃え尽きる。
同時に、吐き気を催す不快な臭いも、呼吸が苦しくなるような埃も消える。陰陽道とか神道とか、くわしくは分からないけれどそういう類の術だろう。魔力が動いたのを感じたのでまず間違いない。
「さすがです、御当主」
「ふん。ここがアタリだと分かったからな。一分一秒たりとも無駄にはできん」
「すごかー」
「これくらいはお前の母でもできるだろう。精進することだ」
うーん、ツンデレ。
まぁでもいちいち土御門さんにいらっとするよりツンデレってことにした方がおれの精神衛生上良いかもしれない。うん。そうしよう。
おれが心の中で決意している間に鼻を鳴らして二人が進んでいってしまう。あ、待て照明係! 二人がいなくなると暗くて怖いんだよ!
慌てて後を追い、おれたちはぽっかりと空いた暗闇へと足を踏み入れた。
「ところで何で大悟が博多弁に詳しいの?」
「いや。ホラ。方言娘って萌えるじゃないっすか」
「うわっ、普通に気持ち悪い。環ちゃんにメッセで報告しよう」
「先輩、もっかい前書き読んで来て欲しいっす。もしくは鏡見てくださいっす」
「あ、メッセ返ってきた」
「(ビクッ)」
「えーと? 『次の更新は夜9時です。いつもと違うので気を付けてくださいね』だって」
「自分のこととか、何か言ってないっすか?」
「言ってないな」
「それはそれでちょっと……」