◆034戦いの準備
「あー、いきたくない」
「そげんこと言わんと」
「何このミニスカ巫女服は」
「環ちゃんに通販で買うてもろうた。子ども用が見当たらんかったみたい」
「だからってミニスカは……」
「長かと裾ば踏んで転ぶって言うとったけん」
「……くそう。これだから頭いいやつは……すぐ理論武装してきやがる……!」
われおとこ、いと恥ずかしき、きつねコス。
思わず一句詠んでしまうほど恥ずかしい面接を終えた。三条さんが配慮してくれたらしく、土御門さんとは一言も会話せずに面接は終わった。
社長が座ってそうなすっごい豪華な椅子でふんぞり返っていた土御門さんは、こんな小娘どもにあしらわれたとは思わなかったのか、一瞬ものすごく驚いた顔をした後、不機嫌そうにおれと柚希ちゃんを睨んでいたけれど、基本的にはノータッチ。面接官は三条さんともう一人、妙齢の女性であった。
三条さんの事前情報によると主流派に属する人らしく、遠まわしで丁寧な言い方だけれど、
『お前らの出る幕じゃねぇんだよ! 福岡帰れ!』
的な嫌味を言われたり、
『あーはいはい妖狐と管狐ね。まったく信用できないんだけど問題起こしたら分かってんだろうな? ああん?』
的な恫喝を受けました。
もう祓魔師協会嫌い。そりゃ土御門さんも若いときからこんなところに放り込まれてれば性格歪むよ!
嫌いだけどあのクトゥルフ野郎は相当強いっぽいしまぁ、弾避け程度にでも考えておこう。
柚希ママにも相談したんだけど、他の祓魔師に難癖付けられにくくなる、というのはその通りらしいし。やたらゴチャゴチャした日本の祓魔師事情もちょっと聞いたけど理解しきれなかったので割愛。
電話口で柚希ママの説明を一緒に聞いていた環ちゃんが難しい顔しながらメモを取ってくれていたので、きっと環ちゃんが理解してくれてるはず。多分。
面接では祓魔甲種免許なるものの説明があったけど、まぁ内容的にはそれほど難しいものではない。
・上司(おれたちの場合は土御門さん)の指示に従うこと
・妖魔を見つけたら積極的に祓魔し、報告すること
・管狐や妖狐が暴走したら柚希ちゃんが責任を追及されること
・祓魔師同士でもめ事はご法度。何かあったらすぐに協会に相談すること
土御門さんが上司、というのが気に入らないけれど、間に入る三条さんがうまくやってくれることを祈ろう。
と思ったら帰り際、さっそく土御門さんに呼び止められる。
不機嫌を隠そうとしないおれを一瞥して鼻を鳴らすと、
「登録、感謝する」
柚希ちゃんに向けてなんとも殊勝なことばを放った。いや、普通に考えれば十分傲慢なんだけども、アパートでの一件を考えれば驚くほど殊勝だろう。勝手に心の中でヘイトを溜めているおれをよそに、柚希ちゃんはにっこり笑顔。
「別に良かよー」
「そうか。感謝する。御母堂にもよろしく伝えておいてくれ」
「任せとって! 伝えとくばい」
柚希ちゃんの口調が気になるのか、なんとも言えない顔をした土御門さんは紐で封をするタイプの封筒を差し出して寄越した。
「我々が追っている妖魔の情報だ。目を通しておけ。それと」
懐から二枚の名刺を出す。
家紋とともに土御門洋介と印字されたものと、同じデザイン配置で三条俊夫と印字されたものだ。
「三条が渡し忘れたと聞いた。何かあれば連絡してこい」
「ありがとうございます。ウチん連絡先も教えとかな」
「三条に電話で伝えてやれ。窓口にしておく」
それだけ言うと、踵を返して去っていった。
……何か、態度は悪いけど悪人ではないって感じ?
好きになれそうにはないけれど、三条さんの言った通り環境が悪すぎただけで、根っからの悪人というわけではないのかも知れない、と思った。柚希ママの言ってたツンデレ疑惑もなくはない、といったところか。
ツンツンデレデレするならばストロベリーブロンドの才能ゼロな魔法使いかピンクツインテールの二丁拳銃使いになって欲しいんだけども。
で、件のクトゥルフ野郎に関する資料を眺めながらおれたちはリビングでくつろいでいる。休日なので、環ちゃんもおれたちの帰宅に合わせて来てくれている。
妖魔そのものに関する基本的な説明もくっついていたためにすごく長かったし、クリスから聞いたモンスターに関する説明とかみ合わないところもあったので、すり合わせも兼ねて軽い話し合いをしておく。
お腹減ったから、本当はみんなでベッドにいきたいけど、狙われてる可能性もある以上は先送りにしておくことはできない。
「んー、妖魔ってのは結局クリスのいうモンスターとは違うのか?」
「異世界なので何とも言えないですけど、同じものだとは思うんですよねぇ」
「じゃあ何でこっちの妖魔は見える人が限られるんだろう」
クリスの話だと、異世界ではごく一部の例外を除けば、一般人にもモンスターは見えて当然、とのことであった。
「一番手っ取り早い解釈は、異世界人はみんな大なり小なり魔力を持っていて、地球人は持っていないってところですか」
「この世界の人がほとんど魔力を持ってないのは確か。というか魔力そのものが薄い」
「あー、確かに。魔力が無ければそういうこともあり得るのか」
「あとは似て非なる別物とか、肉体の有無とか、色々考えられることはありますけど」
専門家を異世界に送ればハッキリするんだろうけど、そんなことできるはずもない。クリスから、地球人が魔力をもっていない人が多いということばは得られたので、環ちゃんの仮説を元に進めていく。
「とりあえず妖魔=モンスターってことで話を進めようか」
「クリスさんの説明だと、名前を得たモンスターは非常に強くなるんですよね?」
「得るというか、自らに名づけをできるだけの知性を獲得しているってこと」
「名前っていう概念を理解しているってことですか……」
「ごめん、どういうこと?」
名前っていう概念ってことばがカッコいいことしか分からん。静かに聞いてるルルちゃんに尻尾で悪戯したくなっちゃうから、理解できないことは聞かないとね。
分かってないのはおれだけなのか、周囲から生温い視線を受けるけども、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ってね。
「自分というものを認識して、他の存在と識別するために名前っていう記号を使うことを理解していないと、自分に名前をつけることはできません」
「『我思う、故に我あり』ってやつやな」
「なるほど」
「そもそも言語を理解するってすごいことなんですよ。私たちは日本語を知っていてなお、英語を理解するのに勉強を必要としますよね?」
「ウチ、英語は苦手ばい」
そうだね。おれも英語は苦手だったけれども環ちゃんの言っていることは分かる。母国語という土台すらない中で、言語を理解するというのはとてつもなく大変なことだ。
「とてつもなく高い知能を持つか、とてつもなくながい時間を生きるか、ですよね」
そうだね。おれも500年くらい勉強すれば英語を話せるようになると思う。多分、きっと、メイビー。
「敵性存在だから、永い時を討伐されずに済む力もいる」
「だから強いってことか」
「強いというか、強くなるというか」
クリスが言うには、魔物は進化するらしい。何世代も掛けてどうこう、ではなく、魔力が一定値を超えると、突然別種になる。強力な魔力を使いこなせるよう、身体が作り変えられるのだという。
「目の前でスケルドがハイランドスケルドになるのを見たことがあるが、凄まじいものだぞ」
ごめん、スケルドが分からん。
分からないけれど、クリスの手振り交じりの説明から察するに矮躯のヒト型モンスターが、いきなり三メートル超過で腕四本のモンスターになるらしい。
ファンタジーかよ。……いや、ファンタジーだわ。
「魔族も、魔物と交わった人が進化した結果生まれたのが始まりだと聞く。聖教国の説法だから、信憑性はないがな」
「でも先輩、普通に魔力溜まり? から発生したんじゃなかったっすか?」
「だから信憑性がないんだ。解明された魔族の生態と聖教国の言い分はぶつかるところが多い」
自らを裏切った祖国に思うところがあるのか、声がトゲトゲしてきたので話題を変える。この状態のクリスはちょっと怖い。
おれと視線を合わせて少しだけ表情が柔らかくなる。
うーん、愛を感じるなぁ。
「で、こっちの妖魔なんだけど」
「『特定の何かをエネルギーにする』『一般人には見えない』『知性をもった妖魔は一般より強いことが多い』」
前二つは別に良い。
おれだって精気を魔力にしてるんだから、不思議じゃない。妖怪だって垢を舐める『垢舐め』や尻子玉を引っこ抜く『河童』みたいな例もあるから違和感はない。
一般人に見えない、はさっき仮説を立てた。
「『知性をもった妖魔は一般より強いことが多い』って。なんか、クリスさんの説明に比べると強さの度合が微妙っすよね。格が違うとか、そういう感じじゃないっす」
「そうなんだよなぁ……」
「やっぱり魔力の差ですかね?」
うーん、仮説に対してさらに仮説を重ねるのはあんまり意味がない気がする。
みんなで頭を捻りながらも、問題の半魚人そのものへと話題を繋げる。
「『畏れ』を糧にする妖魔、か」
「よく聞く設定っすけど、『畏れ』って何すかね?」
おれも大悟もヲタクなのでそういう設定のアニメはみたことがある。随分前に完結しちゃったけど、祖父がぬらりひょんって妖怪だったりとかね。
「ネット検索だと『何かを敬い、力を持つものだと思い礼儀を払うこと』とか『恐怖すること』とかって出てきますね」
「ウチらが怖がると、それだけ相手ん力が増すってことばい」
なるほど。
信仰がパワーになる神様とかそういうのと同系列か。流石に罰当たりな気がしないでもないけど、信仰を恐怖に置き換えれば内容的には一緒だ。
「属性は水か、それに類するもの。クトゥルフ神話体系を礎とする、か」
「くとぅるふ?」
「二十世紀初頭に海外の小説家が考えた架空の神話っすね」
「聞いたことあるばい。TRPGとかで出てくるけんね。ばってん、そげん妖魔が実在するなんて、聞いたことなか」
クトゥルフ神話自体はサブカルの一環として知っている。アニメやゲームのネタにもなるしね。いあいあ、はすたぁとか。
「じゃあ『畏れ』から生まれたってことか?」
「その小説家が実在の妖魔をモデルにしたって可能性もありますよね? 流石にノンフィクションとしては売れないから、フィクションってことにして」
「烏が先か卵が先か、って話っすね。しかも作者はなくなってるんで、確かめようがないっす」
「とりあえず、その小説の和訳版を買ってみるか。何か弱点とかあるかも知れないし」
「そうっすね。ネットとかでも検索してみるっす」
話がひと段落したところで、おれは環ちゃんに抱き上げられた。普段なら阻止するクリスも一緒になっておれを運び始める。
「エッ、何!?」
「キツネ耳つけたまま真剣な顔するのとかずるいです」
「かわいいので」
アッ!?
「まって!? おれ、いまキツネ耳ついたままなの!?」
「そうやよ?」
「ああああああああああああっ!? マジか!? さすがに恥ずかしいぞ!?」
「似合っとーよ?」
そういう問題じゃないんだよッ!
キツネ耳の解除を申し出たけれども、クリスと環ちゃんに却下されてそのまま寝室に運ばれた。
……ふたりがかりは、かてない。
「……(びくんびくん)」
「ちょっと早いけどこのまま寝ようか。環も帰ったし」
「あ、あまね様……大丈夫、です?」
「朝には元気になってる」
「です? 尻尾さんも元気ないです……」
「朝には元気になってる」
「元気すぎるのも困るです!」
「……(びくんびくん)」