◆029祓魔師という職業
「あのヤクザ顔、むかつくなぁ……」
「おかぁは、悪か人やなかー言うとったよ?」
「うーん……ちょっと信じらんない」
「あとツンデレやて」
「ごめん。それはものすごく信じたくない」
ことの発端は祓魔師協会という組織が非常に曖昧な立ち位置にあることにあげられる。
まぁハッキリ言ってしまえば祓魔師、拝み屋、退魔師、呪術師など胡散臭い職業の代表格だ。おれもサキュバスになるまで祟りやら妖魔やらの存在は信じていなかったし。
とはいえ、実際に妖魔が存在している以上、被害も存在する。
科学的に存在を証明できないために公には認められていないが、国も妖魔の存在は承知しているらしい。
被害を減らすために国が採った政策は、外部機関への丸投げである。
餅は餅屋、といった感じで力を持った祓魔の家系を協会の理事に据えて、全国の祓魔を采配させたのである。
各地方に協会支部を置き、祓った妖魔に応じて金額を支払う。
分かりやすいシステムではあるが、問題も存在している。
妖魔を視ることができる人間が限られているということだ。
公にできず、監査が入りにくいこともあり、結果的に報酬を好きに采配出来る理事会の力が異常に強くなる。あとはもう、分かりやすく日本的な派閥が出来上がる。
甘い汁を吸う連中と、それに阿る連中の派閥。
それが主流派だという。
理事は複数いて、名門ということで土御門さんも含まれてはいるものの、多勢に無勢。まったく意見が通らないどころか、何をやろうとしても足を引っ張られるような状況であるらしい。
「御当主はそれを憂いておりまして……」
まぁ眉間のしわはすごかったね。
「主流派を追い落とすために少しでも味方になってくれる人を求めているんです」
「敵を作ってますけど」
「仰る通りで……御当主は正義感が強い方ではあるのですが……」
先代が早くして亡くなったため、幼少期から理事に就任した土御門さんは主流派に味噌っかす扱いされ続け、何をしようにも嫌味を言われ、足を引っ張られる。その挙句、最近頻発している妖魔の担当を押し付けられ、解決に至らず被害が出ていることの責任を取らされようとしているらしい。
主流派が理事の席を奪いにきているのだとかなんとか。
「そんで、捻くれまくって余裕無しのプッツン親父になったわけですか」
「ええと……まぁ、はい」
「うちのドア、殴られたんですけど」
「申し訳ありません」
三条さんは気まずそうにしながらも頭を下げた。
申し訳ないけれど、土御門さんの問題に首を突っ込むつもりもないし、柚希ちゃんを巻き込ませるつもりもない。
交渉――というか普通に謝罪はこれで終了だろう、と息を吐いたところで、三条さんがおれに視線を向ける。
「ただ、無理を承知でお願い申し上げます」
「何でしょう」
「有栖川様に、祓魔師協会への登録だけでもお願いしたいのです」
三条さんが言うには、この業界ではモグリを発掘するだけも十分に評価の対象となるらしい。
まぁ科学的に立証できない力を持った人間がいるなら、野放しにならないようにするのが道理ではある。柚希ちゃんを土御門さんが見つけ出したことにすると、それだけで幾分かのポイントになるんだとか。
スルーしようとも思ったのもつかの間、三条さんが用意していたであろう切り札を切ってきた。
「大変無礼な物言いになることを承知で申し上げます。飯綱使いの操る管狐や、もしかすると宗谷様は人よりも妖魔に近い存在です。協会への登録がなければ、討伐対象となってしまうでしょう。攻撃されたとしても、文句ひとつ言えません」
土御門さんの下につけば、それを幾らかは押さえることができると三条さんは断言した。腐っても理事ってだけはあるのか。おれが眉を寄せて小さく唸っていると、
「やおいかんことがなかなら良かばい」
柚希ちゃんが聖女ムーブをかました。
おれと自分の管狐を助けるがてら、土御門さんが困っているなら助けてあげようという腹積もりのようだ。
あーもう! これだから光属性は!
「良くない良くない。まだどんな責任があるか分かんないし」
「最近目撃の多い妖魔の調査を行うのに、同道してもらうことになるでしょう。まぁ実績作りのためなので、見学程度ですが」
「ちなみにその妖魔ってのは……?」
「蛙のような頭部に、人の身体に鱗を生やした見た目の妖魔ですね」
あ”ー!
それ、もう既に関係者じゃん!
おれやクリスなんて勧誘までされてるし!
クリスの話だと魔力を感知できるらしいから、おれやクリス、それからルルちゃんはいつあいつに襲われるかわからないんだよね……。
おれと同じくびっくりした顔の柚希ちゃんが余計なことを口走らないよう手で塞いでおく。
このままだとなし崩しに協力することになりかねない。いや、実際協力はするべきなんだろう。クリスの話だと、あの妖魔はクリスの世界だと伝説に残るレベルの実力を持っている可能性があるとのことだった。
クリスは、フル装備ならそう遅れは取らないと言っていたけれど、協力者を増やすことで安全性が増すならそれに越したことはない。
おれはもう、クリスにけがをしてほしくない。
けども、あのおっさんにただで協力するのは癪というか、貰えるものがあるなら貰っておきたいとも思う。
「ちなみに、報酬とかは」
セコいと思いつつも三条さんに訊ねると、結構な好条件を提示してくれた。
まず、前提として金銭の授受。
これも着手金だけで結構な金額になるのだが、あとは交渉次第ながらも、土御門さんの個人資産からもいくらか報酬をだせるとも。名門だけあって古くから伝わる巻物や茶器なんかも多い、と言われたけど流石に美術品はなぁ……目利きなんてできないし高額すぎても揉める気がする。
普通にお金もらえればいいや。
「……協力、しましょうか」
「ありがとうございます」
「いきなり口塞ぐなんて酷か」
「ごめん」
プリプリしている柚希ちゃんをなだめながらも、おれたちは祓魔師協会へと登録することが決まった。
ちなみにクリスは三条さんには紹介したけれど、登録はしない。どう考えても人間だから討伐される可能性ないし、戸籍ない人が登録できるか微妙なところだからね。まぁ戦力としては期待しているけれども。
「さて、それでは少し話を詰めていきましょう」
三条さんは懐から履歴書のようなものを取り出す。まっさらなそれは氏名や年齢の他に写真を添付する欄があるのは一般のものと同じだが、流派とか登録従魔とかの欄があるので祓魔師協会専用のものなんだろう。
柚希ちゃんに質問しながらさらさらと代筆し、管狐の最大操作数が20というところまで書き終えたところでおれに視線を向ける。
「宗谷様のことを説明するのに、少々込み入った事情がありまして」
なんでも祓魔師協会では妖魔自体の善性をまったく信じていないそうで。
古くは妲己やら玉藻御前みたいに権力中枢に取り入った妖魔がいたことが原因とのことだが、とにかくヒト型の妖魔は騙したり誑かしたりするタイプのものが多いらしい。淫魔も誑かすタイプなのでなんともコメントし辛いけど……とにかく妖魔の登録には主人が必要とのことだった。
「……耳などはありませんか?」
「角と翼と尻尾なら」
「もしや、欧米出身で?」
「いえ、日本人です」
元、ですが。
本来の姿を見せたところですっごい渋い顔をされた。
「西洋の使役悪魔に似ておりますね……祓魔師協会とカトリック教会はあまり折り合いが良くないので――」
こ、これ以上ややこしい話を増やさないで!
無理だから! 頭いい環ちゃんとかならともかく、おれじゃキャパオーバーだから!
「せめて獣憑きであれば飯綱の秘伝や、代々伝わる妖狐とでもと言い張れるのですが……」
「狐耳、生やせば良かと?」
「ええ。できれば尻尾もお願いしたいですね」
「良かよ」
言うが早いか、柚希ちゃんは管狐が入っている小さな筒をおれに向けた。
閃光が瞬き、視界がちかちかする。
思わず目をぎゅっとつぶったおれが次に見たのは、剣を片手にリビングに飛び込んできたクリスと、それにくっついて入ってきたルルちゃんであった。
おれに何かあったのかと思って飛び出したらしいけれど、二人ともポカンとした顔でおれを見ている。
「あまね、それ……?」
「あまね様、可愛いです! ヴォルペ族ですか!?」
恐る恐る頭に触ると、そこには慣れない感触が。
「ウチの狐ば憑けたばい。これで良かと?」
「ええ。これなら面接も誤魔化せるでしょう」
おれ、きつね耳サキュバスになったみたいです。
なお、こっそり撮影した大悟が環ちゃんに写メを送信したことで、後日環ちゃんにきつね耳での接待を所望されるのはまた別の話。
「ヴォルペ族?」
「はいです! あまね様みたいな耳に、あまね様みたいな尻尾の獣人です!」
「北部に多い獣人だな。柚希の扱うモンスターと耳や尻尾が似ている」
「きつね獣人か……ちなみに商人が多かったり?」
「しないな。どんな偏見だそれは」
「あと油揚げが大好物だったり?」
「こないだうどんに乗せた食べた甘じょっぱい奴か。あれに限らず、この世界のものは大半が美味しいものに分類されると思うが」
「ぐぐぐっ……微妙にハズしてきやがる……設定厨作者め!」
「変なところだけ凝ってるっすよね。ガバなとこもあるっす」
「まぁふんわり読んでやってくれ。おおらかにな、おおらかに」