番外編 2024 バレンタイン②
急いで買い物から帰ってきたおれはトリュフ・チョコレートをほぼほぼ完成させた。
あとはラッピングするだけ、という状態でカメラを近づけて視聴者に見せつける。
トリュフ、というと丸っとしてるイメージが強いんだけれど、そこは柚希ちゃんスペシャル。
めん棒で均一に伸ばして包丁できることで、ちっちゃなブロックみたいな形にしてある。これを箱にいれれば高級感たっぷりなトリュフチョコの完成である。
「どうだ!」
『【¥50000】ください』『【¥45454】視聴者プレゼントおなしゃす!』『あまねの癖にうまいだと……?』『もちつけコイツは偽者に決まってる』『あまねはブイチューバー……つまりチョコもCG』『上手なのにディスられてて草』『【¥19191】NG集希望』『二桁回数取り直してに五億ペリカ』
「ライブ! ライブだぞこれ! 今作ってるに決まってるだろ!?」
「愛されてますね、あまねさん」
「ぐぬぬ……! 納得いかない……!」
「大丈夫ですよ、本当に美味しそうにできてますから。柚希さんのレシピで味も安心ですしもらうのが楽しみです」
「アーッ! 言っちゃだめだよ! 柚希ちゃんに教わったってバレちゃうじゃん!」
「湯煎して溶かすことすら知らずに直接フライパンにチョコを放り込んでた人が見栄を張っちゃ駄目ですよ?」
「あー! あー! 聞ーこーえーなーいー!」
『草』『www』『【¥10000】環偉いぞ』『完全に小学生のムーブw』『イメージ通りだわw』『湯煎すら知らないのは笑う』『全部バラしてるw』『無慈悲w』『【¥2828】やっぱり環はこうじゃないと』『柚希は本当に料理うまいよね』『あまねに美味しそうなチョコつくらせるとか天才では?』
「頑張ったのはおれ! おれだよ!?」
『さすが柚希、さすゆず』『【¥8989】柚希ちゃんに』『フライパンでチョコ焼こうとした奴はな……』『環がジャマしないのおかしいと思ってたんだよ』『ドヤ顔のあまねを崖から突き落とすムーブ好きw』
くそー!
良いもんね!
「別にいいし! おれのチョコはクリスが楽しんでくれればそれで満足だし!」
「あまねさん、私は?」
「なし!」
「ヴェッ!?」
環ちゃんにも陰キャバスにもチョコはなしだ。
「ほら、画面の前のお前も! コメントしてるお前も! ついでに大悟も! 皆チョコなしだからな! へっへーん、おれはみんなからチョコもらうんだからな! うらやましいだろー!?」
「何はっちゃけてるんですか! 陰キャバスと兄貴は別に良いですけど私にはくださいよ!」
『マテwww』『さらっと俺たちを捨てやがったwww』『うーん、清々しいまでの環ムーブ』
「どーせ皆ゼロ個だろ!? おれは皆の8倍とかもらえるんだぞ!」
「ゼロには何を掛けてもゼロですよ?」
「し、知ってるし! わざとだよ! ついだよ!」
『どっちだよwww』『ぷんすこしててもポンコツですこ』『可愛いが過ぎる』『てぇてぇ』
「ここはアルマめが耳から脳にマイクロ触手を入れて、たまきお嬢様にチョコを作ることのみが人生の幸せだとインプットして——」
「どこの洗脳調教だよ!?」
やいのやいのと騒いでいると、電話がかかってきた。
配信中だけど環ちゃんが勝手に繋いでしまう。
『せ、先輩! 何で自分が名指しっすか!? 何もしてないっすよ!? そもそも今年は——』
ソッコーで切った。
リア充死すべし、慈悲はない!
ぷんすこしながら箱にトリュフを詰めていき、最後にハート型に切り抜いた紙を置いて粉砂糖を掛ける。
これでハートの模様まで入って本命仕様になるのだ!
料理男子ってモテるはずだし、きっと皆すごく喜んでくれるはずだ。
ふふん。皆ばかにしてるけどめちゃくちゃ美味しくなってるんだからな!
もはやお店レベルと言っても過言じゃないのだ!
チョコづくりも無事に終わったので陰キャバスに挨拶をしてクロージングだ。
ふぅ、と息をついて片づけでもするか、と思ったところで再び着信。
大悟なら黙殺しようと思ったんだけど、相手はヨーロッパに旅行中の葵ちゃんからだった。
「ほいほい、あまねです」
『葵です。あまねさん、ハッピーバレンタイン!』
「ハッピーバレンタイン! 旅行中にどしたん?」
『いや、ボクだけ海外で参加できないの寂しいんで、できれば空間をつなげてほしいな、と』
うん、確かに葵ちゃんだけ仲間外れは可哀想だもんね。
神の力を使えばそのくらいは簡単だ……燃費は悪いけれど、チョコの後に栄養満点なご馳走を美味しくいただいて回復すれば問題ないだろう。
いっぱいサービスしてもらうとしよう……なんたってバレンタインは恋人のためのイベントだもんね!
「つなげるよー」
ぐぐぐっとした魔力をぐるってさせてパリってやってヨーロッパ――葵ちゃんのいるウィーンの高級ホテルと空間を繋いだ。
同時に葵ちゃんがひょこっと顔を出す。
「あ、環さん! ハッピーバレンタイン!」
「……」
「えっと、なんで膝抱えて床にのの字書いてるんですか?」
「ああ、おれがチョコあげないって宣言したからかな」
「大丈夫ですよあまねさん! チョコより甘くて美味しいのを食べ放題にしますから! 朝まで食べ放題ですよ!」
「待って!? 何でおれを見ながら宣言してるの!?」
「クリスさんに老舗の工房で買ったチーズを渡せば完璧ですから!」
「待って! 本当に待って!」
そんなものを渡しちゃったらクリスが本当に頷いちゃうでしょ!?
おれが葵ちゃんを止めようとしたところで、繋いだ空間から土御門さんや梓ちゃんも顔を出した。土御門夫人も一緒である。
「葵さん。肝心のチョコを忘れていますよ?」
「あ、ごめんなさい!」
夫人が持った紙袋が葵ちゃんに渡された。
中身は綺麗なラッピングが施されたチョコレートだった。
「海外だと男性が花を贈る日なので、あんまりバレンタインっぽくはないですけど」
「ありがとー! 嬉しいよ!」
「た、環さんもどうぞ! 本命ですから!」
「うん、待って? 当たり前のようにチョコレートファウンテンの機材を出すのやめない?」
「あまねさんやボクにチョコを垂らしてプレゼントするための道具です!」
こいつ、ブレないな……!
梓ちゃんはちょっと頬を染めているが、土御門夫妻は微笑ましいものでも見るような視線で葵ちゃんと環ちゃんを見ていた。
「……あー……あまね殿。秘術で空間をつなげてくれたこと、感謝する」
秘術って……いやまぁ確かにすごい技? 魔法? ではあるけど。
いや、微笑ましく見守るにはあまりにも爛れている気がするんですけど。
まぁでもチョコもらえたから良いや、とにやにやしていたら、配信部屋のドアが勢いよく開けられた。
入って来たのは息を切らした大悟だ。
「先輩! なんで自分が巻き込ま——……」
梓ちゃんを見て、言葉が止まる。
「大悟さん!」
「あ、梓ちゃん……? ゆ、夢っすか? 合いたすぎて自分の頭がおかしくなった……?」
「もう、ちゃんといますよ!」
呆然とする大悟を見て、微笑みながらも咎めるような視線を向けた梓ちゃんはゆっくり近づいて、大胆にも大悟へと抱きついた。
「ほら、これでもまだ夢だと思いますか?」
「ほ、本物……っす……!」
「チョコ、渡したかったんです。市販でごめんなさい」
「そんなことないっす! 梓ちゃんから貰えて死ぬほど嬉しいっす!」
……おれは一体なにを見せられているんだ……?
今年は、当日にチョコを貰えない大悟を見ながら勝利の美酒ならぬ勝利の美女を愉しむ予定だったのに。
「ははは。梓、せっかくだから日本に帰ってから作れば良いじゃないか。大悟くんも家においで」
良いパパモードの土御門さんがニコニコしながら提案してるんだけど、拳を握り込みすぎて血が滲んでません……?
そこまで悔しいなら無理せず黙ってればいいと思うんですけど。
「いや、先輩! 本当にありがとうございましたっす! お陰で梓ちゃんに会えたっす! この御恩は一生忘れませんっす!」
まぁ大悟も梓ちゃんも幸せそうにしてるから良いか。
おれもたくさんチョコもらえるわけだし、多少のことには目をつぶってやろう。
ちなみにバレンタインで大胆になったのか、梓ちゃんはヨーロッパに戻る直前に大悟の頬にキスまでしてた。
「はははっ……あまね殿。秘術で空間をつなげてくれたこと、感謝するよ?」
「ひっ、癒風! リアルで血涙流す人初めてみましたよ!?」
ホラーすぎるだろ!? 怖いよ!!!
なお、たくさんチョコをもらったけど、それ以上にみんなに貪られました。
……ま、魔力は回復したけど納得いかない……!
「(ビクンビクンビクン)」
「ふぅ……」
「ふん」
「あれ、クリスちゃんなご機嫌ナナメ? どしたん?」
「結局出番なかったから」
「せやねぇ……あまねちゃんばいじめとったんな出番がなかった八つ当たり?」
「だいたいそう」
「いけんよ~。ウチも出たかったけん、気持ちばわかっとーけど」
「でも柚希さんもノリノリだったじゃないですか。私はお二人のポテンシャルに圧倒されまくりでしたよ」
「嘘! 環ちゃん一番楽しんどったやろー?」
「それはそう。あまねはともかくルルまで巻き込まれて可哀想だった」
「つ、つらかった、です……やめてって言った、です」
「あはは。ごめんね? でも気持ちよかったでしょ?」
「ルルちゃんも出番なかったけんね」
「あっ……えっと、クリスさん? 何で私の肩を掴んでるんですか?」
「環は出番あった」
「ま、待ってください! 話せばわかります! 話せば——」
「クリス様! お手伝い、です!」
「(ビクンビクンビクン)」
「(ビクンビクンビクン)」




