◆018急転直下
「かいものこわい」
気づいたら、モール内のフードコートでおやつを食べていた。
環ちゃんは焼き立てワッフルでクリスはチョコミントアイス。ルルちゃんはクレープを食べている。おれの手元にはチョコチップのアイスが置かれていた。
……記憶がない。
「あれ。おれは、いったい?」
「あ、ごめんなさい。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったみたいで。あまねさん疲れちゃいましたよね」
「ちょっと!? あれがちょっとなの!?」
「そうですよー。まぁ普通なら『今まで持ってた服にプラスして』買うのでここまでは回りませんけど。イチから全部ってなるとこのくらいはしょうがないです」
女の子ってすごいな。
特にオシャレな人。本気で尊敬するわ。
「あ、午後からは下着みたりするんで」
土下座する勢いでお願いして、なんとか下着屋は外で待たせてもらうことにした。
この上メンタルまで削られてたまるかっ!
というわけでおれは口の中をさっぱりさせるために買ったブラックのコーヒーを片手に、通路に設置されたソファでくつろいでいる。ルルちゃんはおれといる、と言ったけれど、環ちゃんに引きずられて下着屋さんに連れていかれた。クリスはおれが離れている間、ルルちゃんに魔力を注ぐために付き添いだ。
ちなみにおれの横にはびっくりする個数の紙袋が置かれている。
今日の戦果だ。あれ、こんなお店入ったっけ?
……おれが記憶を失っていた間のやつか。あとで服も確認しないと、どんなのがあるかまったくわからないな。
「あー、疲れた。このまま帰って寝たい」
あと魔力チャージしたい。
と、そこまで考えて脳裏に歯ブラシを手にした環ちゃんがよぎる。
ああもう、今日は厄日か。こんだけ買い物に付き合ったんだから歯ブラシ免除にならないかなぁ……ならないよなぁ……。
いや、気持ちいいのは気持ちいいんだけど、ずっと続くの辛いし何よりおれの男としてのメンタルがゴリゴリ削れる気がするんだよね。
おれはクリスとルルちゃんにサービスしてあげられればそれで満足なんだけど。
「……はぁ」
大きな溜息が響いたところで、違和感に気付く。
溜息が、響く?
「人が、消えた?」
「消えとらんよ。結界で隔離しただけ」
唐突な返答にびっくりして、飛び上がるようにして立ち上がると、通路から歩いてくる女の子が一人。
ザ・大和なでしこって感じの黒髪ストレートの女の子だ。日本人なのでクリスより幼くは見えるけれど、たぶん年齢はクリスと同じくらいだろうか。
ハイウエストのスカートと肩が見えるタイプのセーターを着ている辺りかなり活動的な大和なでしこだけど、すっごい美人である。あとニットを着ているせいで余計に目立つんだけど、すっごいサイズです。逆に偽物じゃありえないくらいのサイズのがニットセーターを押し上げてる。
大和なでしこな女の子は手に持った鞄から口紅みたいなものを取り出して、おれに向けた。
ゾワッ!!!
全身が粟立つような悪寒に襲われて慌ててしゃがみ込むと、おれの真上を黄色の光が駆け抜けるのが見えた。
「何しよっと? 反応でけとる……感じじゃなかね。勘が良かか?」
「何するんだよ!」
「祓うんよ、妖魔なのは分かっとるけん」
言いながら再び口紅を振る。おれは横っ飛びに転がってそれを避ける。
今度は見えた。
「……キツネ?」
「管狐たい。ウチのキツネは、ばり強かよ?」
にっこり笑った少女の口紅から、今度は複数の光が放たれた。
これっ、まず――!!!
「大丈夫?」
「あまね様っ! 無事ですか!?」
「何? どうなってるのこれ?!」
気付けば、クリスがおれを背に仁王立ちしていた。その手には、もぞもぞと動くキツネらしき何かが数匹。
手でキャッチしたんかい。
ルルちゃんはへたり込んだおれを起こそうと必死に肩を支えようとしてくれるし、ちょっと離れたところでは環ちゃんが頭上にはてなマークを出しながらきょろきょろしている。
「何ばしよっと!?」
「こっちのセリフ。あまねに何をする」
「そん娘は妖魔や! 祓ってよかろうもん!」
「待って! は、話せばわかる!」
「しゃーしか」
板垣退助ばりの説得も効かず、再び口紅から管狐が放たれる。
クリスがそれを迎撃するが、剣もなく、履きなれていないヒールではいっぱいいっぱいらしく、顔が歪んでいるのがわかる。
「なして人間が妖魔の味方すると?」
「あまねは私の大切な人だ。魔族だろうと関係ない」
「守る、です!」
おれを庇うルルちゃんに、拳を構えるクリス。
それを見て、博多弁の子も大きな溜息をついて真剣な顔をする。
「本気でやるけん、覚悟しんさい」
一触即発。
渦巻く魔力がぶつかり合い、暴風のようにおれにぶつかるのを感じる。おれも、少しでも加勢するべきか。とはいえ、ヘタに手を出せば足手まといになる可能性もある。
なにより、おれは認識阻害+魔道具二個の使用でかなりの魔力を削ってしまっていた。
動けないまま十秒が経ち、一分が経つ。
その均衡を破ったのは、クリスでも、相対する少女でも無かった。
「はァい、そこまで」
いつの間にか現れたカエル頭の半魚人。
それが、ぞぶりと少女の腹に爪を突き立てたのだ。鎌のような湾曲した爪が、少女を貫いているのが見える。
「なぁっ、グッ!?」
「!? クリスッ!」
「モンスターか! あまねは負傷者を!」
クリスは言うが早いか、踊るように跳びかかった。カエル頭の半魚人は少女から爪を抜いてクリスの拳を難なく避けると、首をかしげる。
「おいおい。突然殴りかかるなんてひどくねぇかぁ?」
「あまね! 回復急げ! モンスターの毒が回ると助からないぞ!」
クリスの声にハッとしたおれは女の子を抱きかかえ、クリスの時と同じ魔法を行使する。
「《癒風》、《癒風》、《癒風》」
「何ば、しよっと……?」
「いいから黙ってて! 《癒風》、《癒風》、《癒風》、《癒風》、《癒風》、……ッ!」
くらりと頭が震える。
「ルル、環! あまねの魔力が足りない!」
「はいです!」
「分かんないけど分かりました!」
クリスの端的な物言いだけど、二人はきちんと意図を理解してくれた。
ルルがおれの頬に口づけをし、環ちゃんが後ろから胸を押し付けつつ、俺の身体に手を這わせる。おっぱいをずばずば揉まれて、じわりと魔力がお腹の下の方から滲むように湧いてくる。
「はぁ!? 何ばしよっとね!?」
「《癒風》、《癒風》、《癒風》、《癒風》、《癒風》、《癒風》ッ!」
血が、止まる。
「おいおぉい。お前が回復させんのかよぅ。お前は俺の仲間だろうに」
クリスの攻撃をひらひら避けながらこちらを注視していた半魚人が、面白くなさそうに声をあげた。
「そうか。お前、もう使役されてんのか。せっかく仲間になれそうな人材を見つけたってぇのに」
半魚人は両腕の爪をメチャクチャに振り回してクリスを追い払うと、距離を取る。
「人間の飼い犬に用はねぇ。死にな」
「ッ!? まずい! 避けろ!」
遠方から振われた爪。
そこから、刃のように研ぎ澄まされた水が打ち出される。ああ、まずい。避けられない。それどころか、環ちゃんもルルちゃんも巻き添えにしちゃう。
「ばり本気でいくばい! みんな、ウチに力ば貸して!」
血まみれの少女が口紅を持ち上げる。
同時に、黄色の閃光が溢れる。
水刃を押し返し、それどころか半魚人にまで閃光が伸びた。
「ぐっ! ああクソ、遊ぶんじゃなかったぜ」
閃光が弾けたところで、半魚人の黒いシルエットが黒い何かに呑まれるようにして消えるのが見えた。同時に口紅を構えていた女の子がとさりと倒れる。
「ッ! あまねさん!」
「傷は治したよ。多分血が足りてないんだと思う」
環ちゃんが心配そうにおれへと視線を向けるけれど、傷自体は良くなってるはず。それに何より、おれの魔力も限界。クリスもおれの方へと近づいてきたのを感じながら目を閉じる。
よかった。
安心したからか、はぁ、と息を吐いてすぐ、おれの意識は暗転した。
「とりあえず帰りましょう……あまねさんが心配ですし」
「気絶したこの人も運びましょうか」
「うん。尋問する」
「ですっ!?」
「あ、良いですね。隠し武器とかあるといけないんで、身体検査もしましょう」
「ぬるい。武器以外取り上げて燃やす」
「ですッ!?」
「武器は換金できそうだから取っとく。奴隷商……は、この国では違法か」
「クリスさん、ものすごく物騒ですけど……勇者って一体……?」
「認定されるまではお金無かったから。傭兵に混ざったり、冒険者として活動したり」
「あ、クリス様すごいです。同時に二人も運べるなんて」
「元勇者だから」
「勇者って一体……?」