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◆047 神

「地震……?」


 クリスが眉根を寄せる。困惑した表情で皆が周囲を見回す中、アルマが全員を集めた。


「浮遊島で地震はありえませんし、そもそもあらゆる災害に備えた機構が存在しているはずです」

「じゃあ、これは……?」


 マリが訊ねた直後。


 バキリ、と空が割れた。

 ガラス細工のように破片をまき散らしながら割れた空から、巨大な影が顔を覗かせる。


「残念だッタね」


 亀裂から拳が振り降ろされる。

 安倍晴明が咄嗟に結界を張るが、どうやら先ほどまでとは比べ物にならない攻撃のようだった。悲鳴のように紫電をまき散らした結界が砕かれる。


 安倍晴明が稼いだ時間を使って追加の結界を張ったり全員を非難させたりしたため、直撃こそしなかったものの地面が大きく陥没。そこからしみ出した闇が刃のように伸びておれたちを傷つけた。


「無駄ダ……神の一撃ヲ止メられル者ナドいなイ」

「か、神なら……全知全能で——」

「いるカいなイか、わからナイ、だッタかな? その矛盾ハ、”るーぷ”で解決シタ」

「…………は?」

「わかラないカ? 時空を超エられルのは、オ前らダケじゃナイってコトだ」


 つまりこいつは、敗北した未来から戻ってきたってことか!?

 安倍晴明がやってのけたのだ、こいつにできないって決めつけることはできない。

 だが。


「なんでだよ! 滅んでただろうが!」


 滅ぶ前に命からがら、とかならわかる。

 でもこいつは完全に空気に溶けていた。終わった後に戻ることなんてできるとは思えない。


「我が血肉ハ、人々の恨ミ。我ガ魂は、人々の怒リ。終わリハなく、限りもナイ」


 影は嗤った。


「時間モ空間モ存在しなイ、虚空……私ガ形を保ツニは、丁度良イ空間ダッた……コレは、褒美、ダ」


 再び拳が島に叩きつけられる。

 蜘蛛の巣状にひび割れ、捲れた大地から闇の刃が伸びる。


「ぐがっ!?」

「きゃぁっ!?」

「くっ!」


 先ほどのものよりも長く大きく、そして鋭い刃が皆を刺し貫いた。 闇の刃に四肢を貫かれ、そのまま磔のように持ち上げられた皆が苦鳴を漏らす。

 運よく逃れることができたおれは翼を展開、即座に回復魔法を飛ばす。


「〈月光癒〉!」

「無駄ダ……神にシカ、癒せヌ呪いを付加シタ」

「なっ!?」


 回復の力を持った紫銀の魔力があっさりと弾かれる。だれ一人として回復していなかった。


「神に下僕ハ不要だガ……お前ラが命乞イするなラバ、眷属にシテやってモ良いゾ」


 刃に血を滴らせたまま磔になった皆はしかし、誰ひとりとして頷かなかった。


「る、ルルのご主人様は、あまねさまだけなのです!」

「そげんこと、ちかっぱ御免やね」


 磔のままおれに視線を向けたクリスがウインクを一つ。

 それから害霊に向き直って睨みつけた。


「私は所属していた国に裏切られ、捨てられた身だ。あまね以外に属する気はないな」

「ならバ、コノまま死ネ」

「それもつまらん……眷属とはどういうものだ?」

「フム……どうせ永遠のイノチ……解説くらいハ、くれてヤルか」


 ……時間稼ぎだ。

 クリスはおれのために時間稼ぎをしてくれている。

 足元を這っていた蜘蛛カメラをむんずと掴み、レンズを見つめる。


「変身する。みんな、おれを助けてくれ」


 ここで変身してありったけの魔力を使って解呪と回復を叩き込む。 

 しかし。


『これって作り物じゃないの?』『なんで空に害霊がいるんだよ』『害霊って異世界にいるんじゃないのか!?』『オワタ』『本物だと仮定すると、これまでのも本物……?』『あまねちゃん助けて』


 慌てて他のライブ配信を探し、日本の状況が分かるものにアクセス。

 ……都内上空におれたちが相対しているはずの害霊がいた。

 クソ、神様になったからって何でもありかよ!


***


 樹木の根のように闇を伸ばし、人々を取り込んでいく害霊。

 刺された人はすぐさま全身を真っ黒な闇で覆われ、小さな害霊となって街を徘徊し始める。


「我を崇めヨ……我ヲ称エよ」


 壊れたスピーカーのように繰り返しながら、無差別に人々を害霊へと変えていく。


「た、大変なことが起きてる……大バズ? ドッキリ? なにこれ……何なのよぉ……!」


 ビルの隙間。うずくまるように身を隠した少女が配信をしながらも泣いていた。

 現実感のない光景に混乱しながらも、絶望が迫っていることを理解しているのだ。


「だれか、たすけて……!」


 その声に応じるかのように、光が天を貫いた。


「全国のお嬢さんたち、こんロリはー!! 正義と幼女の味方、臼杵(うすき)お兄さんだよ!」


 ロリコンがいた。


「馬鹿なこと言ってないでさっさと妖魔どもを狩れ!」

「設楽さん、緊急放送にアクセスできましたので避難誘導の暗示をお願いします!」

『土御門のお嬢さんは美人な上にこんな時でも冷静だァァァ! マジであの土御門と血のつながりがあるのか怪しいけどとにかく清楚美人なのでお付き合いしてほしいぞぉぉぉ!』

「だぁぁ! 梓さんは自分の彼女ッス! 口説こうとするなら振り落とすッスよ!? マジでやるッスからね!?」

「水無瀬家が自衛隊と連携して後方に避難用のルートを確保している! そっちに誘導だ!」

「いくらでも払うから戦える奴を全員叩き起こせ! ビビってる!? 戦って死ぬのと土御門を敵に回して死ぬのどっちが良いか選ばせてやれッ!」

「……御当主。私はこれでも新婚なのですが、有給取らせてもらってもかまいませんか?」

「構うに決まってんだろうがッ! 嫁のためにも手ェ動かせ!」


 祓魔師の皆だ。

 一般人を守りながらも各々の異能を振るい、戦っていた。土御門さんに三条さん。設楽さんたちの姿もあるし、大悟や梓ちゃんまでもが巨大なスピーカーをのせた車を運転していた。


「抵抗……無駄ダ……不快」


 天空の害霊が、()()()と巨大な害霊を吐き出す。

 人の形をしているものの、ビルほどもあるそれ。

 臼杵氏の異能である狼が乱打されるが、あまりにもサイズが違いすぎて有効打にはなっていなかった。


「踏み潰ス……ゴミ虫どもガ」


 巨大な害霊が足を振り下ろしたその瞬間、ビルの合間から影が飛び出した。

 両腕というにはあまりにも武骨な()()()の義腕を振り上げたのは、両腕を失って戦闘不能になっていたはずのマリのお父さんだ。


 キュイイイ、と機械的な音を響かせた腕を思い切り叩きつけて、


「パァァァイルバンカァァァァァァァッ!!」


 害霊の頭を吹き飛ばしていた。

 それを起点に再び攻勢へと転じ、害霊を討伐していく。

 無限に再生し、無限に生産される害霊相手だが、一歩も退かない。


『クソ! 切りがねぇぞ! 避難終わったら逃げても良いですかー!?』

「耐えろ! よく分からんがあまね殿絡みだろう! あの暴走娘がこんな異常事態に関わってないはずがないからな!」

「問題を起こすのも得意ですが、解決もしてくれますからな。若も一緒ですし、しばしの辛抱です」

「先パァァァァァイ! 早く何とかしてほしいッスぅぅぅ! 梓ちゃんとデートの予定だったッスぅぅぅぅ!」


 撮影者に何かあったのか、それとも中継基地や通信に問題が生じたのか、映像が途切れた。

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