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◆044 神とは何なのか

「さて、儀式を始めますか。月島中佐、中央の水槽に入ってください」

「ふむ。よろしく頼むよ」


 月島が水槽に入る。

 ぱしゅ、と気が抜ける音とともにカバーが閉まり、青白い光が一段と強くなった。


「魔力を充填します。神になっていく気分をお楽しみください」


 周囲のケーブルからも光が漏れ始め、月島が大きく目を見開いた。


「何だ? 知らない知識……いや、これは……記憶?」

「ああ、そうか。それが真理か」

「分かるぞ。知らない景色を知っている」

「これが神。過去で、未来で、現在で——」


 意味不明なことを呟きながらも月島の顔はだんだんと恍惚に染まっていく。


「ははははははっ。これが神か……すべてを知り、すべてを見通せるというのは心地良いものだな!」

「左様ですか。……環さん、あなたの予想ではあとどのくらいかかりますか?」

「ヴァッ!? わ、私ですか……!?」


 秋津守に話を振られて動揺する環ちゃんだけど、すぐに何のことか思い至ったらしく、頷いた。


「全知全能になったなら、()()じゃないですか?」

「……秋津守? その小娘と何の話をしている?」


 月島が訝し気な表情を向けたが、応えたのは環ちゃんだ。


「全知全能になったなら、私の心くらい読んでみたらどうですか?」

「ふむ……『あまねさん泣かせたい』『あまねさんドロドロに甘やかしたい』『あまねさんを完全に独占したい』『ああでもみんなと()()のも幸せだし何よりあまねさんの幸せは……』……ずいぶんと煩悩塗れだな?」

「そっちじゃないです! 真面目な方の思考を!」


 ……環ちゃん。

 おれもドン引きだよ。

 っていうかシリアスを返して。


「ふむ? 読めんぞ? 煩悩ばかりが見えてくる」

「ああもう! じゃあ普通に話します! そもそも全知全能って何ですか?」

「すべてを知り、すべてができること。すべてが分かり、すべてになれる。すべてを含んだ完全な存在。すなわち神だ」

「すべてを含む、ねぇ……じゃあ全知全能ってのは”無知無能”を含んでるわけですよね?」

「あ?」

「すべてを知らず、すべてができず、すべてが分からず、何もなれない。何一つ持たない存在を含まなければ矛盾します」

「矛盾を内包するのも神の力だろう?」

「内包できるんですかね。何で超古代の人間は一人も生き残ってないんですか? 神になれるならば今もなお支配しているのでは?」

「内包できず消滅した、と?」


 環ちゃんは笑った。


「あるいは、矛盾そのものになったのかもしれませんね。神はいますか?」

「私がなる!」

「根性論は嫌いです。『いる』のに『いない』。それが神だと思っています」


 どういう状態だよソレ、と尋ねる前に、月島に変化が起こった。


 輪郭がぼやけたのだ。


「あなたもそうなるでしょう」

「クソ、はやり罠か!」


 月島が消えかけた腕を振るって水槽を破壊しようとするが、それを止めたのは秋津守だ。

 両手で呪符を洪水のように放ち、水槽を取り囲んでいく。


「いやぁ……ギリギリでしたね」


 同時、おれを縛っていた鎖を消して、認識阻害の掛かった布をはぎ取った。

 そこにいたのは、


「エリ!?」

「あははは。エリなんて人間いません」

「はぁ!?」

「さて、これからあまねさんには色々やってもらわないといけませんが……まずは自己紹介からですね」


 どうみてもエリにしか見えない彼女は、破砕音が鳴り響く水槽に呪符を追加しまくりながら器用に頭を下げた。


「喜屋武マリエール。そして、それに憑依した安倍晴明(あべのせいめい)と申します」

「……はい?」


 眩暈がした。


***


 呪符の山が目の前でうぞうぞっと動いていた。

 なんか生き物っぽくて超気持ち悪いんだけど、おそらく中ではまだ月島が暴れているんだろう。


 あの後、結界を突破してきたクリス達と合流。

 解呪と回復魔法でクリス達を回復させた後、改めて秋津守あらため安倍晴明の話を聞くこととなった。


「いや、だからどっから出したんだよ」

「自動人形のたしなみですので」


 人数分の座布団とちゃぶ台、そして緑茶をアルマが用意したところで説明されたのは頭がおかしくなりそうな話だった。


 安倍晴明は、史実通りならば平安時代を生きた最強の陰陽師だ。

 残された逸話や伝承は数知れず。

 創作物なんかでも人気だし、とにかく強キャラで頭がキレるってイメージしかない。おれたちじゃ手も足も出なかったのもなんとなく納得できてしまうから不思議だ。


「あそこで蠢いてる月島という人間の中身ですが、私とは前世以前からの付き合いでして」


 そう語り始めた安倍晴明曰く。


「芦屋道満、ラス・プーチン、アドルフ・ヒトラー、道鏡……転生を繰り返し様々な名前を得ているアレですが」

「待って、頭が追いつかない」


 そもそも月島という人間は何度も転生を繰り返し、そのたびに歴史に名を刻むようなことをしてきたらしい。もちろん、悪い意味で。


「転生といっても、その人物になりきっているわけではなく、魂に癒着して悪事を唆したり、神経衰弱に追い込んだりすることが多かったんですが」

「悪霊じゃん」

「そう、悪霊なんですよ」


 安倍晴明は極めて真面目な顔でうなずいた。


「アレは太古の昔より多くの人間に影響を及ぼした存在です。平安の世に百鬼夜行を呼び出しのもアレです。当時私はあれの消滅を試みたのですが、力及ばず……次元や空間を超越する能力がなければアレの影響を取り去ることはできなかったのです」

「ごめん……全然意味わかんない」

「つまり、それこそ”神”に近い存在なんですか?」


 理解をあきらめたおれに代わって訊ねてくれたのは環ちゃんだ。


「概念的にはかなり近しいと思います。下級神や亜神と呼ばれる存在と、精霊や怨霊と呼ばれる存在の中間に位置する、スピリチュアルな存在ですね。私は”害霊(ガイスト)”と呼んでいます」

「カタカナ……平安の人ですか本当に」

「ははは。順を追ってすべてお話しますよ。そのくらいの時間はありますから。まずは害霊についてですね」


 現れるたびに人間界に多大な被害をもたらした害霊がなぜまた現代に現れたのかといえば、霊光聖骸教会が行った降霊術によって召喚されたせいらしい。


「害霊はもともと現世に影響を及ぼす機会をうかがっていましたからね。まともな能力を持っていない人間が道を作ったことで、これ幸いとやってきたわけです」

 

 すでに亡くなってから久しい安倍晴明は冥界でそれを察知。すぐさま後を追って召喚されたんだとか。


「とはいえ私は()()()人間ですから、太古の昔を生きる害霊なんて倒せるはずもありません」


 いや絶対に普通じゃないでしょ。

 祓魔師じゃないおれだって知ってる逸話がいっぱいある。っていうか昔、安倍晴明が主人公の映画を観たことがある。


「結局、私は害霊を葬ることも封じることもできずに敗れ去りました」

「……はい?」


 じゃあ今こうやって呪符で埋めながらのうのうと話してるあなたは一体何なんですかね……?


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