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◆040 異相

 おれたちが雄山神社を目指してしばらく。

 早々に歩くことをあきらめてふよふよ浮きながらマリに引っ張られていると、先導していた柚希ちゃんが立ち止まった。

 ルルちゃんもキョロキョロしたり鼻をスンスンしたりと、何か異変を感じ取っているらしい。


「妙やね」

「……? 何かあった?」

「ふむ、結界か」


 おれの問いに答えるまでもなくクリスは呟く。〈換装(コンバージョン)(ソード)〉で呼び出した細剣(レイピア)を振るうと、空間に切れ目が入った。


「うわっ、何だこれ!?」

「結界だな。人払い系だ」

「……コレ、奥から魔力ば漏れとらん?」


 柚希ちゃんの言う通り、切れ目はバリバリと変な音をさせながら魔力を放っていた。まるで傷口から血が噴き出すかのような雰囲気にごくりと唾を飲む。


「おそらく異相につながっている」

「せやね。こん先におるな」


 魔力使える組の二人が勝手に納得していたけれどさっぱり分からないので解説してもらう。


「えーっと……つまり神社が二つあるってこと?」

「せやね。由緒ある神社仏閣にゃ多かっちゃん」


 柚希ちゃんが言うには、この先にあるのは()()()雄山神社とのこと。

 おれたち……というか参拝客が向かっているのは、現実世界にある贋物(にせもの)


「本物は()()()()に封印されているのか」

(まつ)っちゃ(けれど)力が衰えんもんや存在するだけで周囲に影響ば及ぼす御神体や御本尊を異相に隔離するとは良うあることなんばい」


 葵ちゃんが詳しかて思うばってん、と締めくくったけれど、もう頭がこんがらがりそうだった。

 おれたちが暮らす普通の世界と薄膜一枚(へだ)てた世界。怪異や霊なんて存在がいる空間。

 それを異相というらしい。


「うちがあまねちゃんに初めて会うた時、人払いん結界ば使うたん覚えとー?」

「あー……そういえばショッピングモールで買い物してたら問答無用で襲い掛かられたような」

「ごめんって。反省しとーと」


 確かにあの時、たくさんいたはずの人が急に消えてた気がする。

 なるほど、あれが異相なのか。

 あ、異相ってことは配信は……?


 慌てて確認すれば、『ファンタジー設定助かる』『柚希ちゃん可愛い』『やっぱ撮影許可おりなかったかwww』『まぁ境内で妖怪退治とか始めるのはさすがに罰当たりだもんな』と平常運転だった。

 ただし『おっぱいがすごすぎて説明が頭に入ってこない』というコメントは絶対に許さない。

 あのおっぱいはおれのだ。


「えいっ」

「ひゃっ!? どげんしたと!?」

「や、なんでもない。抱きつきたかっただけ」

「甘えん坊さんやね」


 ふふふふふふ。

 窒息しそうなマシュマロに顔を埋めても頭をなでなでしてもらえるのはおれだけなのだ!

 カメラにどや顔を向けるときちんとマウントが伝わったらしく、おれへのヘイトが爆上がりである。いや、冷静に考えて何やってんだおれ。


 反省はしている。後悔はしていない。


 だって気持ちいいし。


「いくぞ」


 クリスにぐいっと引っ張られて異相を進んでいけば、すぐに異変が現れた。


「助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ」

「私ノオ人形ハドコ……? 真ッ赤デグチャグチャナ、可愛イオ人形」

「目……目……目ェクレ。片方デ良イゾ? プリプリノ目玉、喰イタイ」


 異形達が押し寄せたのだ。

 妖魔の類ではない。

 人を()()()()()化け物。秋津守のつくった怪物だ。


「下がってろ」

「クリス!?」

「ひとりで十分だ」


 舞踏のように軽やかなステップを踏み、しゃらりと細剣を振るう。

 意味不明な言葉を話す異形達はその度に体の一部を斬られていた。あまりにも一方的な攻撃。

 舞台や映画の殺陣(たて)みたいにあらかじめ全員の動きが決まってるんじゃないかってくらい綺麗な動きだった。


 が。


「……な、なんか寒気が」

「ウチもや」

「クリス様、怒ってる、です。ぷんすこぷん、です」


 何に怒ってるんだろうか。

 注意してみていると、クリスはぶちぶちと何事かを呟いていた。


「柚希に甘えた」

「私がいるのに」

「あまねは何も分かってない」

「序列」

「順番がおかしい」

「私に甘えてくれない」

「そもそもエリって誰」

「知らない女のことばっかり」

「私だってかまってほしいのに」

「あまねのバカ」


 アッ、ハイ。

 ……ごめんなさい……!


「愛されてるっちゃね。ウチは甘えてもろうて嬉しかったけどね」

「る、ルルもあまね様大好きです!」

「ヴァッ!?」

「あ、あまね様は、違う……です? ルルのこと、もう要らない、です?」

「そ、そんなことはないよ……?」


 いや、あの、待ってえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!


 嬉しいよ!?

 ルルちゃんがそうやって全力で抱きついてくれるのは純粋に慕ってくれてるからだしすっごく嬉しいよ!?

 でも時と場合を考えて!

 特に今はまずい!

 今はクリスがまずいんだよッ!


「次はルルか」

「あまね」

「私はまだなのに」

「柚希の次はルルなのか」

「私じゃなくて」

「私のこと好きって言ったのに」

「腕輪も交換したのに」


 ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?!?

 クリスが怪物たちを倒す速度が一段と上がる。手と言わず足と言わず、よく分からない部位を切り刻んでそこら中にまき散らしている。

 ……おれへの不満と一緒に。


 まずい。

 これは絶対にまずい。


 嫌な汗が背中を伝う。

 とりあえずクリスの機嫌を取る方法を考えないと。

 いや普通に喧嘩してる場合じゃないんだけども、これはおれが悪いしまず謝って……その後甘える……?

 敵地で……?


 あーコレもうすぐ戦闘終わるよ、と現実逃避気味にクリスの戦闘を眺めていると一羽の鳥が滑空してきた。輝くような白さのそれは迷うことなくおれの元に飛び込んでくる。

 柚希ちゃんが管狐で迎撃しようとしてくれたけれど、するりと(かわ)しておれの眼前で()()()()


「ッ!?」


 明らかに生きた鳥だったはずのそれは折りたたまれた紙へと転じた。

 思わず手を伸ばして受け取れば、


——あまねさん助けて。本社にいます。


「ッ!? エリの声!?」


 慌てて紙を広げようとするが、じわりと焦げてそのまま灰になってしまう。

 どうにか隙をついておれに手紙を出してくれたのだろうか。


「……行かなきゃ」

「あ、あの、あまね様?」

「ん?」

「クリス様、あのままで、良い、です……?」


 慌ててみれば、怪物たちだった血だまりの中央で、おれを睨みながら唇を尖らせるクリスがいた。


「……頑張ったのに、他の女の名前」


 ああああああ違うんだよクリス!

 ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!

 


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