◆038 風水羅盤
全国の霊光聖骸教会の拠点を制圧した。
そんな報告とともに葵ちゃんとリアが戻ってきたのがつい二日前。
主要人物は一人も捕まえられてないし、秋津守だってどこにいるかは分からない。
……それはつまり、エリがどこにいるのかも分からないってことだ。
でも、少なくとも相手の動きを大幅に制限することができたのは間違いない。動き回るのが難しくなった現状ならば、見つけられるかもしれない。
「……皆にお願いがあるんだ」
「いいぞ」
「実はエリを——エッ?」
「いいぞ、と言った」
「エリさん、やったっけ? 探しに行きたかっちゃろう?」
「あまね様のお願いなら、頑張るです!」
それぞれが頷いてくれた。マリも、覚えていないながらも自分の姉という存在に何か思うところがあるらしく、不安そうにしながらも同意してくれた。
「一人っ子だったから、姉妹がいたら、って思ってたんです……お姉がいるなら、会ってみたい」
環ちゃんが悪い笑顔で葵ちゃんとリアの背中を押した。
「私たちが何にもしないと思いましたか? 準備はバッチリですよ」
「あまねお姉さまのお願いを叶えられそうなものを借りてきましたの」
「借りたというか奪ったというか……」
それ、大丈夫なの……?
「何かあってもボク……というか土御門家が何とかするので」
「おおう……お手本のようなパワープレイ……!」
「大事の前の小事って奴ですよ。尊い犠牲でした」
リアが持っていたのは中国とかで占いに使われそうな八角形の道具だ。
中はダイヤルみたいに回るものが組み合わさっていて、漢字や図形がたくさん並んでいる。
「風水羅盤という道具です。エリさんを探すために供出させました」
「距離までは分かりませんが、望むもののある場所を指し示す道具だそうですわ」
およ?
させたって、無理やりってこと?
「とある家の家宝だったんですが、先々代・先代・今代・次期と全員が捕まったり訴えられたりで苦境に立たされていたので、裏から手を回すのと引き換えに預かりました」
「捕まったり訴えられたりって……いったい何したの? 悪いことした奴を無罪にしたりとかはダメだと思う」
「あ、いえ。対策は立てたので大丈夫です。ちなみに一族代々全員同じ罪で、いわゆるストーカーってやつですね」
「最低すぎるでしょ!?」
葵ちゃんが言うには、風水羅盤を使って好きな相手の場所を突き止めて付きまといまくっていたんだとか。
今回、相手の場所を突き止めるのに使った風水羅盤そのものを取り上げた他、強力な呪いで縛ったので同じ間違いは冒さないとのこと。
「まじない……?」
「はい。ターゲットに近づくとEDになって話しかけると去勢されます」
「ヴァッ!?」
「ちなみに奥さんや婚約者の許可の元で行いました」
「それも怖いよ!?」
「元はといえば手綱を握っておかない方が悪いのです。ただでさえ祓魔師は秘伝とか口伝が多くて事故やらなにやらで技術が途絶えることが多いのに、アホみたいなことで裁判沙汰とか投獄されたら溜まったもんじゃないです」
そうして、できていたはずのことができなくなったり、戦力が勝手に削れていくのが土御門パパや三条さんが頭を悩ませる原因にもなっているらしい。
今回のはそういうのの防止とか見せしめも兼ねているらしく、一族の女性全員がそろって同意したから問題ないんだとか。
……いやまぁ気持ちは分かるけどね。
いくら家が決めた婚約だとかなんだとか言っても、ないがしろにされて嬉しいはずがない。
「パートナーがいるなら浮気は良くないもんな」
「……」
「……」
「……」
「……」
「な、なんだよ! 何で皆そろっておれをみるんだよ!?」
何はともあれエリ探しのために必要な道具まで用意してもらったのだ。
絶対に探し出すぞ!
「……で、これどうやって使うの?」
「相手のことを思い浮かべて魔力を流してみてください」
「エリさんのことを覚えてる? 知ってる? のはあまねさんだけですもんね」
促されたので早速エリのことを思い浮かべながら魔力を流してみる。
……エリ、どこにいるんだ。心配してる。皆忘れちゃったみたいだけど、マリだって寂しがってる。無事でいてくれ。
おれの思いが通じたのか、カラカラとダイヤルっぽい部分が回り、中央の半球から光が伸びる。
その光はまっすぐに、
「えっと……私?」
「あ、ゴメン」
マリを指し示してしまった。うーん、これ結構難しいかも……?
他の人を絡めたらそっちに流されちゃう可能性があるみたいだし、もっとしっかりエリのことを考えないと。
エリ……エリ……。
脳裏に浮かぶのはやや大人びた雰囲気の少女。
美味しそうな太ももと健康的ではりのある首筋……マリも成長したらあんな風に……じゃないっ!
エリだ。エリに集中せねば。
というか本人のことを考えるのにえっちなことばっかりなのは不純すぎるな。
煩悩を振り払うために頭を振ったところで風水羅盤が再びカラカラと回り出した。
今度はこの場にいる誰でもない方向を指し示していた。
「……おお。できた……?」
「あまね? 何か不満?」
「えっ?」
「納得いかない顔してる」
「い、いや、大丈夫だひょ?」
クリスが心配してくれたけど、えっちなこと考えてましたとは言えないもんね……!
環ちゃんがにやにやしてるしリアも意味ありげに笑ってるからなんとなくバレてる気もするけど、おれが認めるまでは推定無罪だもんね!
「さて。それじゃあ行くか!」
エリ救出作戦の開始だ!
***
薄暗い部屋の中。
床に描かれた魔法陣の中央に寝かされた私は部屋の片隅を睨んでいた。
そこにいるのは秋津守を名乗る人物だ。
顔も声も記憶に残せなくなるという呪いが掛けられた幕のせいで性別も年齢も分からない。
が、私が攫われたということは終わりも近いということだろう。
「で。私は何をすればいいの?」
「安心してください。ここから先は半分以上傍観者ですから」
「一応それは聞いてるけど……でも何年も掛かるのは苦しいじゃない」
「それを私に言いますか?」
秋津守の言葉を受けて口をつぐむ。
そりゃそうだ。
私も同じことをするとはいえ、秋津守が辿ってきた道を考えれば何も言えなくなる。
「……できるだけ、泣かさないでね。あまねさんのこと」
脳裏によぎるのは身代わりとして名乗り出た私を見る、悔しそうなあまねさんの表情だ。
私はマリとは違ってあまねさんとそういうことをしていない。
だというのに、まるで大切なものかのように。
失うことに痛みを感じるかのように。
私を案じてくれたのだ。
ただそれだけで私の胸はいっぱいになってしまう。
ああもう。
こんなにもあまねさんのことが大好き。無理なのは分かってるけど今すぐ全部伝えたい。
「分かってますよ。もうすぐ終わりです。ようやく、ですけどね」
秋津守は大きくため息を吐いた。私がこれほどまでに焦がれるのだから、秋津守はそれ以上だろう。
私もこれからのことを考えると憂鬱だ。
でも、しょうがないよね。
……私、頑張るからね、あまねさん。