◆035 異世界配信(前)
「ようやく私の番だな。クリスだ、今日はよろしく頼む」
フル装備のクリスがカメラに凛とした視線を向ける。うーんやっぱりかっこいいなぁ。
カメラに映らないところでクリスを見つめてたら、横にいた環ちゃんに脇をつつかれた。俺がセリフいう番じゃん!
「あっ、ごめ——」
しまった配信中だったぁぁぁ!
思わず謝った俺の声がばっちり入ってしまったらしく、コメント欄が大賑わいになるけれど、ここはさっさとやり直して挽回せねば。
「こ、今回はなんと! 異世界に来てます!」
「忘れてましたねあまねさん」
「ぽやっとしとったねぇ」
「クリス様見つめてドキドキ、です」
だ、だれ一人として味方がいない……!
みんなで異世界の紹介するって流れのはずじゃんか!
「あまね。大丈夫?」
「クリスぅー! おれの味方はクリスだけだよ!」
「気が乗らないなら、休んでていい。良いもの獲ってくるから」
「……良いもの?」
「四ツ腕ナメクジの心臓。滋養強壮に良い」
「……い、一応聞くけど、それってどうやって使うの?」
「食べる」
アウトぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
「た、食べない! 食べないからなおれは!」
「そうか」
「高級食材、です!」
ルルちゃんや、何で残念そうなんだよ。日本で柚希ちゃんプレゼンツの美味しい料理を山ほど食べてるじゃんよ!
わざわざそんなキワモノを食べる必要はないんだよ!
「えー……せっかくだから食べましょうよ」
「絶対に食べない! ね、柚希ちゃん!」
「あはは。ウチもよう食べんなぁ」
「残念です……っと。それでは予定外の事故で流れが変わってしまいましたが、今日の流れの説明です。あまねさん、もう一度お願いします」
「エッ!? あ、こ、今回はなんと! 異世界に来てます!」
おれたちのいるところを引きで映す。
立っているのはなだらかな丘の上。遠くの方には城壁に囲まれた都市や森があり、そこから続く未舗装の道には馬車なんかがチラホラ見えていた。
牧歌的な、でも日本どころか地球じゃなかなかお目に掛かれない光景だ。
ちなみに草が生え放題になっているところにはモンスターもいるらしい。
「元の予定は異世界グルメだったんですけど、クリスさんから待ったが掛かりましてね」
「異世界料理より柚希の作ったものの方が美味い」
「味うすうす、です……柚希様のはうまうま、です!」
「んふー! がんばっとるけん嬉しかー!」
「そんなわけで今回は食材を探して何か作ってもらおうって企画です。題して……」
「「「「「「異世界食材探しツアー!」」」」」」
魔物料理は食べたくないんだけれど、クリスがおれを励ますために考えてくれた企画なので無下にできなかった。『料理担当の柚希ちゃんがOKしたもの』『日本に類似の食材が売っているもの』という条件付きで魔物を食べることにしたのだ。
あと、譲れない条件として、二足歩行の生命体はダメ、絶対。
想像でしかないけどオークの丸焼きとか中世の処刑にしか見えないでしょ……配信的にもBAN待ったなしだよ。
「まずは森にいるコルニヴァ辺りを狙うか」
「コルニヴァ! おいしい、です!」
「さっそく知らない単語だ……こるにば、って何?」
「翼が生えた牛だな」
「真っ赤な牛さんです!」
「赤くて翼が生えた牛ですか。つまり日本語にするとレッドブ——」
「ストォップ! 環ちゃんダメ絶対!」
「アレは翼ば授くるもんやけんね。缶には翼ば生えとらんよ」
いや柚希ちゃん。ほぼ言っちゃってるじゃん。
「とりあえず狩るか」
「探す、です!」
「牛……解体ばできんばってん大丈夫?」
「問題ない」
「る、ルルも頑張るです!」
やる気があるのは良いことなんだけど、気持ちだけで牛の解体ができるとは思えない。まぁクリスができるって言うなら多分大丈夫だろう。
配信カメラをメインからクリスの装備したアクションカメラに切り替えて、翼を授ける系の赤牛を狙って森に入っていく。耳にはインカムも装備しているので離れていてもおれと話せるようになっている。
みんな戦えないわけじゃないんだけど、積極的にモンスター討伐をしたいわけじゃないからなぁ。
おれはリスナーさんたちと一緒にクリスの撮ってる映像を見つつ適宜コメントに反応したり、クリスに指示を出したりする役割だ。
というか森に入るのはクリスとルルちゃんだけである。
「ルルちゃん、無理しないでね」
「ごはんいっぱい、です! あまね様に喜んでもらうです!」
ふんす、と鼻息も荒いので心配だけどどうしようもないのでクリスに期待だ。
と、まぁ送り出したまでは良いんだけども。
『あ、ギガントスパイダーです』
『ルル、食べられると思うか?』
『美味しいって聞いたことある、です!』
どう考えても食用外でしかない巨大な蜘蛛を狩ったり。
『ふむ。トリ肉ならあまねもイケるか……?』
『きれいなトリさんです。可哀想です』
『じゃあ辞めておくか』
食べやすそうなものがスルーされてしまったり。
『蛇さんは鳥さんの親戚、です!』
『そうなのか?』
『味は似てる、です!』
無理だから!
丸太より太くてマゼンダ色の鱗したヘビとか鶏肉の代わりになるはずないじゃん!
「ちょ、ちょっとクリス! できればもう少し食べやすい食材を!」
『だ、だめでした……か?』
アクションカメラに映るのは目に見えて不安そうなルルちゃん。
目は潤み、両手をグーにして胸を押さえ、心配そうにカメラを見つめていた。
心を鬼にして、と思ったけどおれには無理だ。断ってもらおうと思って柚希ちゃんを見れば、苦笑とともにこくんと頷いた。
「蜘蛛とか蛇はあんまり料理しとうなかばってん、二人が頑張っとーとも見よったけん判断はあまねちゃんに任せるばい」
あっ、ズルい!?
全部おれの責任になるじゃん!
「駄目……ですか……?」
「……と、とりあえず持ってきてから決めよっか」
『日和ったwww』『食え』『るるたそのまごころ』『これは断れない奴www』『環と違って100%善意だからなぁ』『草』『るるたそかわいい』『あまねのゲテモノ食かぁ』『まぁタランチュラとかカンボジアでも食べるしな』『柚希に退路塞がれてて笑う』
「カンボジア!? いや、海外の常識を持ち込んでこないでよ!」
『ちな蛇もアフリカじゃ普通に食うぞ』『バラエティで芸人が食べてたなぁ』『すでに涙目なの草』『はかどるぅ』『がんばれ』『環は笑いが止まらないだろうな』『まぁ食えるって分かってるだけ良いじゃん?』
ち、チクショウ……!
何でこんなに味方がいないんだよ!?