◆034 一方そのころ
「葵ちゃんもリアちゃんも心配やね」
「……」
「あまねちゃん、心配にならんと?」
「いやまぁ、おそらく楽しんでると思うよ?」
「バリバリ頑張っとるけん、優しゅうしちゃらんといけんよ?」
「毎回、その理論で合流後はひどいことになるんだよ……あの二人、欲望に忠実だから」
「何事にもちかっぱ(一生懸命)なんな良かことばいね」
「出たよ大らか光属性……! もしかして告知のことも忘れてたり?」
「覚えとらんなぁ」
「マジか。本日二話目の更新だよー! 読み飛ばしに注意! って奴だよ」
「おお! そげんこともあったね! 皆、気ば付けんといかんよ!」
「あまねお姉さまは今頃配信ですか……」
「うん。たまきさんのいじめっ子配信テロって言ってたし、ボクも参加したかった」
高い天井と広い空間を持ったホール内。
若様とリア殿の、あまりにも場違いな会話が響いた。元は霊光聖骸教会の礼拝堂だった場所ですが、現状は見る影もない状態になっていました。
人間をベースにした人工的な怪物の残骸があちこちに転がり、床も壁も破壊と血肉で元の様子が分からない有様になっていたのです。
「まぁでも仕方ない。術式の影響か、あまねさんは”エリ”って人のことを気にしてるし」
「ですわね。可愛がっていただこうにも気はそぞろ。むしろ隙だらけで襲ってしまいたくなる有様ですもの」
明け透けな夜の事情を話していることもあってノーコメントと行きたいところですが、実際あまね殿の状況はあまりよくありません。
喜屋武エリカ。
あまねさんが「一緒に行動していた」と主張する、喜屋武マリエールの姉。
名実ともに祓魔師教会のトップを誇る土御門家の情報網をもってしても、名前すら引っかからなかった存在です。
本来ならばあまね殿が何かの術式で思考誘導や洗脳を受けていた、と判断するところですが、いたであろう痕跡そのものは存在していました。
一行が沖縄まで旅行する際の経費を紐解けば、何度計算しても人数が一人合わないのです。
宿屋はほぼ自前だったこともあって確認できませんが、観光施設への入場料や各所で口にした料理の数。
そう言ったものが必ず一人分余計に掛かっていました。
さらには、私も喜屋武エリカのことを調べて資料をまとめていました……存在するかも分からない相手を、なぜ調べているかも疑問に思わずに。
あまね殿ではなく、我ら全員に術式をかけた。
理論的にはそうなりますが、どう考えても無理筋です。世界の在り方を変えてしまうような、強大な力が働かなければそのようなことはできません。
思わず眉間にしわが寄ったところで、若様が私に視線を向けました。
「三条。他に気配もしないしここは後詰めの部隊に任せても良いんじゃないか?」
「ですな。すでに連絡は入れてありますので、もうしばし待機をお願いします」
「分かった」
そう言いながらも不満そうな若様。
おそらくは兼ねてより想いを寄せている環殿の元へ向かいたいのでしょうが、ぐっと抑えて仕事に徹していた。
生まれた時より見守っていた私としては大きな成長に胸が震えそうになりますが、そういうのが伝わると若様には邪見にされてしまうこともあって私も我慢です。
幸いなことに御当主の秘書として活動したことで私のポーカーフェイスはかなりのレベルになっているので、気づかれることはほぼないでしょう。
「それにしても、拠点が多いですわね……あとどのくらいありますの?」
「これでも新興宗教としてはトップクラスの信者数ですからな。各都道府県に一つ、と思っていただいて間違いはないかと」
「えっと……48……?」
「惜しい。47だ」
「わかっていましたわ! ついです! わざとです!」
「どっちだよ」
そういえばリア殿は異世界出身でしたか。次からは具体的な数字でお伝えしましょう。
「我々とは別動の者たちもおりますので、あと2,3潰せば大型拠点は終わりでしょうな」
「また移動かー」
「お姉さまたちとの旅行でしたら苦になりませんのにね」
「それはね……でもまぁ、環さんたちのためだからしょうがない」
「ですわね。帰ったらご褒美をいただけるよう、おねだりしませんと」
二人が頷きあって笑ったところで、礼拝堂の扉——すでに片方が吹き飛び、もう片方も取れかけているので機能は果たしていない——が吹き飛んだ。
伏兵か、とそれぞれが得物を構えましたが、入ってきたのは見知った顔でした。
「葵さん! ご無事ですかっ! あなたの王子が助けに来ましたよ!」
祓魔師教会No.1のロリコン……間違えました。祓魔師教会No.1の実力を持つ、臼杵実生殿です。
ド真正のロリコンで、女体化した若様に懸想している人物なのですが、若様もリア殿も臼杵氏を毛嫌いしています。
……お二人が親しくしているあまね殿を『年増のババァ』と言い切ったことが原因なので全面的に臼杵氏が悪いんですが。
「リア、術式」
「ふふっ、お死になさい」
「はははっ、照れ隠しに攻撃してくるなんて恥ずかしがり屋さんなんだね? 術式を撃ち込んで僕を試したところで、この想いが変わることなんてありえないよ?」
「頬を染めて絶望的な宣言してるんじゃないッ! ボクは男には興味ないんだよ!」
「……致死性の術式でしたのに、ぶん殴って逸らすってどういうことですの……?」
リア殿がドン引きしていますが、私も完全に同意です。
実力は折り紙付き。家柄も良く、目を剥くような実績も残しているのですが、実力と性格は一致しないことの実例になっていました。
「これならどうですの!?」
「はははっ、情熱的だねリアちゃん! 僕の気を惹きたいのは嬉しいけれど、僕は葵さん一筋なんだ、ゴメンね?」
「ブチ殺しますわよ!?」
「うん、殺そう」
二人が本気で臼杵氏を討伐しようとしたので何とか止めました。
本来、別の県で霊光聖骸教会の拠点潰しをしていたはずの臼杵氏がなぜここにいるのか訊ねれば、
「愛しの葵さんがケガをしたり、変態に見初められたりチョッカイ出されたりしてないか心配でね。さっさと拠点を潰して駆け付けたってわけさ」
「現在進行形でボクは変態に付け狙われてるんだけど」
「まず自分を討伐すべきじゃありませんの?」
「ほら、防犯ブザー付きのランドセルも用意したよ? よかったら使って?」
「変な薬やってる? ボクの声聞こえてないよね?」
「ははは、葵さんの声は一言一句聞き逃さないよう、常にボイスレコーダーを30個ほど——」
「リア」
「【剛雷天嵐】、ですの!」
「ああ、ボイレコが!? り、リアちゃん! いくら可愛い君の可愛い嫉妬とはいえ、葵さんのボイレコを壊すなんて!?」
「リア、脳も焼いて」
「やってますの! 何で雷を殴れるんですの!? コンッ、て弾いてましたわよ!?」
臼杵氏の使っているプロテクターは、代々さまざまな術式を付与して強化している家宝ですからね。心情的にはリア殿と若様に教えて差し上げたいが、ここで祓魔師教会の最高戦力を失うことはできないのでぐっと我慢です。
「葵さんたちのノルマは? あと三か所? ふふっ、一緒に回ろうか。デートだね♡」
「三条ぉぉぉっ!」
「……業務範囲外です」
『若様の睡眠時間が減ってしまう』『子供が夜更かしするのは良くない』等々の説得によって二か所を臼杵氏に押し付けることができました。
が。
「あのロリコン、次にチョッカイかけてきたらマジで殺す!」
「次こそ魂まで焼き尽くしてやりますわ!」
最後の一か所は信じられないくらい不機嫌になってしまった若君とリア殿によって更地に変えられてしまいました。
「ちなみに、別作品の告知についても忘れてたり?」
「おー。下ん方にリンクがある奴ばいね?」
「それそれ。超絶かわいいロリ聖女ちゃんと超絶かわいい物理メイドちゃんが出てるからチェックした方が良いよ! 超お腹減るから!」
「あっ……あー……」
「柚希ちゃん? 何で苦笑い?」
「あまねちゃん、後ろば見て」
「あまね」
「く、クリス……!? いつから?!」
「ロリ聖女、から」
「ち、違うんだよ、お腹減るってのはホラ、グルメものだからさ!」
「許さない」
「ヴァッ!?」
「柚希。環と葵とリア呼んで」
「ヴァァァァァァ!? 待って待って待って! その組み合わせはまずい!」
「駄目」
「柚希ちゃん助けてぇぇぇぇぇぇ!」
「ウチも後でいくけん、頑張りんさい!」
「大らか光属性ぇぇぇぇぇぇ!」