喜屋武家
「ついに! ついに喜屋武さん登場!」
「きゃん、ですからね? ……まぁあんまり出てこないですけど」
「エッ!? なんで!?」
「詳しくは本編にGO!」
「あ、ずるい!」
あれから一日。
途中で夜を挟んだのでホテルだけ借りて栃木に戻ったりはしたものの、ようやく喜屋武さんのお家についた。
オレンジ色の瓦がついた塀がなんとも沖縄っぽい雰囲気の家だった。といっても、門がちょっと特殊なので家のつくりまでは見えないんだけどね。
左右が壁になっているから「ここが入口です」って感じに見えるけども、入ってすぐの真正面にも目隠しのための壁がどどんと立っていて中が覗けないのだ。
三条さんから予めアポイントメントを取っておいてくれたのか、家の前で三人が出迎えてくれたので問題はないけれども。
……三人?
一人は男性。車いすに乗り、そこかしこに包帯を巻いた痛々しい姿の壮年だ。
しっかりと焼けた肌に引き締まったシルエットはかっこいいと言ってもいいだろうに、半袖のポロシャツは両の袖口がぺしゃりと潰れてしまっていた。
……『両腕を失った』と言っていたし、この人が喜屋武さんのお父さんだろう。
「初めまして。喜屋武・武徳と申します」
「こちらこそ初めまして。宗谷あまねです」
車いすを押す位置にいるのは履歴書の写真通り、小学生にも見紛う華奢なシルエットだ。写真では快活な笑みを浮かべていたが、今は口を真横に引き結んでおり、深刻というか、気落ちした雰囲気を漂わせている。
そりゃそうだ。
お母さんは洗脳されて、お父さんは両腕を失う。
おまけにそのどっちもが自分を狙ったもので、今も命の危機に晒されていると来れば、楽天的になっていられるはずもない。
「娘のマリエールと、姉のエリカです」
マリエールさんがちょこんと頭を下げた横。
やや似た顔立ちながらもおっとりとした雰囲気を漂わせていたのはお姉さんらしい。マリエールさんとは対照的に肌は真っ白。体型も真反対で、色んなところがわがままな感じで実にけしから――あー、うん、やめよう。
黒の長髪をちょっと変わった模様のシュシュでざっくりまとめており、ノースリーブのブラウスにハーフパンツ、足元がくるぶしで留めるタイプのサンダルと開放的な雰囲気だ。
「マリ、エリ、ご挨拶を」
お父さんの言葉にうなずき、先に口を開いたのはお姉さん。
「初めましてー。喜屋武エリカです。父に代わりましてマリの護衛をします。精一杯がんばるので、よろしくお願いしますねぇ」
どことなく気が抜けるエリカさんの喋り方だけれど、俺の横に立つクリスと柚希ちゃんはやや硬い表情でそれを見つめていた。
何か気になることでもあるんだろうか。
「マリエールです。よろしくお願いします」
「立ち話もなんです。中に入られませんか?」
お父さんのご厚意に甘えることにして目隠しの壁の横を抜ける。
……これは酷いな。
目に飛び込んできたのは、半壊した平屋建てのお家だった。
ブルーシートで隠されてはいるものの、明らかに原型をとどめてないレベルの壊れ方をしているのが伺える左半分がなんとも痛々しい。
右半分は無事だけども、廊下らしきところを外と区切るための格子戸とか襖みたいなものが見当たらない。戦闘の余波で壊れたんだろうか。
「おー、流石沖縄! 間口広かね」
「暑いし湿気も多いですからねぇ」
……どうやら気候的な関係で元々そういうつくりになっているらしい。
わかるかっ!?
っていうか柚希ちゃんもエリカさんも普通に話してるけど半壊してるんだからね?!
何となくのんびり系というかおおらか系な波長がびたっと合いそうな二人だけども、流石にこれをスルーされるのはちょっと……。
車いすだと中に入るのが大変なのか、そのまま庭の方へと回り、これまた瓦屋根の四阿に通される。
サーフボードやらウェットスーツなんかが干してあって何となく生活感があるけども、日差しが遮られるだけですごく心地いい。
「マリ。お茶をお願い」
「はぁい」
とたた、と駆け出すマリエールさんを尻目に武徳氏とエリカさんが話してくれたのは、おおよそ三条さんから得たのと同じ情報だった。
マリエールさんを狙っているのは霊光聖骸教会。
お母さんに魔の手を伸ばしてマリエールさんの身柄を確保しようとして失敗した彼らは実力行使でマリエールさんを捕まえようと必死になっているとのことだった。
「エリも人質にされたり洗脳される可能性もあります。一応、護身術は叩き込みましたが私でさえこれですので、マリともども守っていただけると幸いです」
「もー。おとうは心配性なんだから」
そう言いながらもエリカさんはにこやかに笑う。
まぁ一人も二人も大して変わらないし、きっと環ちゃん辺りは大喜びだろう。いや、別にやましいこと抜きにしても美人さんが二人も逗留することになったら、ねぇ?
「娘二人がいなくなったとして、貴方自身は?」
クリスが鋭い質問をするが、武徳氏は鷹揚にうなずく。
「本土にちょっとした伝手がありますので、そちらに身を寄せます」
「分かった」
両腕がないことを心配したものだったのだろうが、この落ち着きぶりからすればもう話は済んでいるようだ。肩から先がまったくない状態なのだから、ご飯ですら一人じゃ難しいだろう。
「とりあえずは人目につかんところに移動するか、フェリーまで乗り込んで、そこで《転移》ばい」
「えっ。すぐじゃないの?」
「追う手が混乱するほうが良か。転移するところは見られんほうが、足がつかん」
マリエールさんがペットボトルを抱えて戻ってきたところで、柚希ちゃんとクリスが席を立った。
柚希ちゃんの言葉の意味を訊ねるまでもなく、二人は戦闘態勢に移った。
すなわち柚希ちゃんが管狐の収まった筒を指の間に挟み、クリスは《換装》によってドレスアーマーを身に纏ったのだ。
「ただいま戻――おおおっ!?」
「どうせ雑魚だろう。柚希はここで護衛」
「良かよ」
言うが早いかクリスは駆け出した。
どうやらこの家が監視されていたらしい。
残されたのはぴりっとした雰囲気の柚希ちゃんに、武徳氏とエリカさん。
そして、
「なまのー!? なまぬいっぺーかっくゆさたしがぬー!?」
「マリ。訛ってるわよ?」
「何でお姉は落ち着いてるの!? だって変身だよ!?」
クリスの《換装》を見てテンションがぶっ壊れたマリエールさんだった。
遠くで火柱が上がったり、野太い男の悲鳴らしきものが聞こえる中でなんとかマリエールさんを落ち着けたところによると。
「ごめんなさいねぇ……この子、いい歳して変身ヒーローが大好きなのよ」
「歳は関係ないでしょ!?」
どうやらマリエールさんはヲタク気質らしく、沖縄では放映されていないはずの戦隊モノやら魔女っ娘ものを逐一網羅していた。
「お姉が本土行くときに買ってきてもらってるんです!」
「ツアーコンダクターなんです」
メインは沖縄だけれども、務めている会社がわりと小さいこともあって出向することが多いんだとか。沖縄のみならず九州全土の観光案内ができるらしい。
ちなみにマリエールさんが興奮すると訛るのはその関係。
ツアコンのおもてなしの一環として方言を勉強していたエリカさんだが、沖縄方言の先生とマリエールさんが意気投合したせいで自然と移ったんだとか。
「先生の趣味がサーフィンだったから……でもお陰でわんマリンスポーツ得意になったし!」
遠くで再び火柱が上がる。
……クリスさんや。
負けるとは思ってないですけども、ちょっと派手すぎやしませんかね?
「ふふふ、綺麗ね」
「必殺技がやー?」
「せっかくだから近くで見たかったな」
ちょっとまて沖縄人。
三人そろって呑気すぎない!?
結局。
クリスが戻ってきたころにはおれも柚希ちゃんも緊張感を失い、それどころかおっとりでおおらかな雰囲気に呑まれて意気投合してしまった。
将来的にはエリが旅行会社を立ち上げて、マリがインストラクターをやりながらマリンスポーツのレジャーイベントなんかをやりたいとのことだった。
うん、良い夢だね!
おれもぜひお客さんで参加してみたいです!
ちなみに、二人のことを「エリ」「マリ」と呼ぶようになったことを戻ってきたクリスに聞きとがめられ、ちょっと拗ねられました。
ほ、ほら!
護衛対象とは良い関係を築いた方が良いじゃん!?
「そうですよねー……いい関係って大切ですよねぇ?」
「ちょっと待って」
「環ちゃんな手つきいやらしかー」
「そんなことないですよー?」
「いやもう良いというか良すぎるというか、引きずり込む気満々じゃん!」
「さてどうでしょう? 未来は誰にも分りませんからね」
「……お、おれがしっかりせねば」
「あまね」
「ん? 何?」
「しっかりできてたこと、ある?」
「えっ」
「「「えっ」」」
「……く、くそぉ! 絶対に! 絶対にしっかりしてやるからなぁ!」




