◆002 再始動前の会議にて
「はぁ……おれのホットサンド……」
「そんなものは存在しませんー」
「環ちゃん……そげんしてあまねちゃんば煽らんで」
「がるるるる」
「あまねちゃんも! 獣のごたーなっとーばい」
「どんどんキャラぶっ壊れていきますね……いやでも、これはこれで……首輪とか」
「何か不穏なこと言ったよね!?」
「そういえば昔きつね耳だったこととかありましたし、コスしましょうよ」
「か、隠す気すらない、だと……!?」
おれが食べたかったバゲットサンドを食べ終えた皆はちゃちゃっと片付けをして、今はアルマのサーブした飲み物で一息ついていた。
ちなみにおれとルルちゃんはアイスココアで、クリスとリアはアイスティーだ。
普段ならこの後、戦闘訓練したりゲームしたりと三々五々好きなことをする流れになるんだけれども、今日は大悟以外の全員が待機。大悟は彼女にして環ちゃんの親友でもある梓ちゃんとデートするとか何とか寝言を言っていたので、おれの《転移》でマンションに送ってあげた。
環ちゃんが射殺しそうな視線送ってたからね。このまま置いといたら確実に不幸な目にあうもんね。
なんでおれたちが待機なのかと言えば、環ちゃんに『重大発表があるので』と引き留められたからだ。
バーベキューグリルをささっと移動させたアルマが環ちゃんの横に侍ったところで準備は整ったらしい。
「アルマ」
「はい」
環ちゃんのことばに、アルマが己のエプロンドレスへと手を突っ込んでごそごそやり始める。
何が出てくるのかと思ったら、
「ヴァッ!?」
「絶対に入らないサイズですよね……」
「す、すごいのです!」
エプロンドレスの裾から取り出したのは、会議室なんかでよく使われるホワイトボードだった。おれだけじゃなくて葵ちゃんもルルちゃんもびっくりしているが、アルマ本人はそしらぬ顔をしている。
「自動人形のたしなみです」
何をどうたしなんだ結果なんだよ!?
エプロンドレスどころか、アルマ本人より大きいじゃん!
「もー、細かいことは気にしなくていいんですよ。ほら、クリスさんや柚希さんを見習ってください」
言われたので視線を向けてみれば、柚希ちゃんはホットコーヒーを啜りながら空いた手の平で自らをぱたぱた仰いでおり、クリスはアイスコーヒーを優雅に飲みながらスマホをいじっていた。
いや、あの、この二人はちょっと一般的な反応から外れるっていうか……柚希ちゃんはだいたい何でも許しちゃうぽんこつ光属性だし、クリスは異世界出身でそもそもの常識が違うからなぁ。
っていうかクリスは絶対ソシャゲのログインボーナスとかデイリーミッションを熟す作業してて、アルマがホワイトボード出すのに興味ないだけだ。
おれにはわかるもんね。
あの状態のクリスにちょっかいを出すとホントに嫌そうな態度でおざなりな対応をされるのだ。
まぁでも本論からズレそうなので渋々頷いて再び着席する。
わざとらしく、大きな咳ばらいをした環ちゃんがホワイトボードにキュキュッと文字を書き入れる。ちょっと丸みのある可愛い字で書かれたのは、
「祝! 配信再開! クオリティ向上&企画発案会議……って配信再開できるの!?」
「活動休止から二ヶ月弱。私とアルマによるネット巡回や祓魔師協会の裏工作が功を奏したのか、変な意見はほぼ消えました。昨日祓魔師協会から連絡が来て、そろそろ配信を再開しても良いとのことでしたので、内容を考えたりブラッシュアップしていきたいと思います」
おおっ!?
ついに復活だ!
思わずガッツポーズを取り、それから柚希ちゃんやルルちゃんに倣ってぱちぱちと拍手をした。
環ちゃんが言うには、今まで内容がイマイチ定まっていなかったおれたちの『あまねチャン(と)ネル』の方向性をきっちり決めていった方が良いんじゃないか、とのことだった。
確かに、歌にファッションショー、ゲーム実況に水着で川遊びと内容が定まっていないのは間違いない。
「そもそも、なんですけども。人気配信者の多くは『配信開始の挨拶』や『終わりの挨拶』なんかは定型の文言があるんですよ」
Vtuberは特にですけどね、と付け足されて自らの立ち位置を思い出す。
サキュバスと元勇者、という二人で始めた配信はうさ耳や自動人形なんかの人外が多くいる。そのため、曖昧ではあるが特殊効果やらパソコン上での処理を得たヴァーチャルな存在として活動していたのだ。
「柚希さんもアイドル志望ってだけだとキャラ的に浮きますしね」
水にも浮くような立派なのを持ってるんだから少しくらい浮いても良いじゃないの、と思わなくもないけれど、設定を決めないといけないのは柚希ちゃんだけじゃない。葵ちゃんだって今は女の子だけど加入したときは男の娘として紹介してるし、リアに至ってはクリスにモロ被りの元勇者だ。
そんなわけで設定を固めて、おれたちなりの世界観をしっかりつくろうというのが今回の議題なのだ。
開始と終了の定型文言も、世界観づくりの一環だろう。
「まずはキャラ固めからですね」
言いながら、環ちゃんがホワイトボードにおれたちのことをまとめていく。最初に書かれるのはクリス。
『クリスさん……元勇者。自宅警備員。チーズ』
いや、チーズはただの好物なんだけども……なんとなく書きたくなる気持ちは分かるけどさ。
その次は俺の名前だ。
『あまねさん……ぽんこつロリサキュバス(新人・未経験)』
「ちょっと待って!? 何その不穏な文言は!?」
「不穏も何も、掲示板で信者の方々が言っていることですよ?」
くおおおおお!?
なんかすごく納得いかない!
どう反論して良いかわからないけど、何か違う気がする……!
「っていうかそもそも信者ってやめようよ! 視聴者さんたちに失礼だし!」
「でも夏頃は彼らの信仰心に助けられたわけですし。信仰してくれてるんだから信者で良いじゃないですか」
ぐっ……いやまぁそれはそうなんだけども。
「とにかく信者はダメ! なんかもうちょっと良い感じのにしよう!」
Vtuberさんはそれぞれの設定に合わせて視聴者さんやファンアートなどの呼び方が決まっているのが通例だ。
「あまねさんに引っ掛けてうまいこと名前をつけるとなると、どういうのが良いですかねぇ」
「あまねちゃんなぁ……サキュバスと対になっとーとはインキュバスかね?」
「ふ、不健全! 不健全だからダメ!」
「あまね……その理論でいくとサキュバスも駄目になる」
「あ、あまね様は健全です! 尻尾さんが駄目なんです!」
おれはほら、健全でいられるように色々がんばってるから!
良いんだよ! 大丈夫なんだよ!
あとルルちゃん。フォローしてるようで尻尾をディスってるからね?
ルルちゃんと尻尾が一対一じっくりOHANASHIすることが決まった瞬間である。いやまぁ実際はおれだけども。
「インキュバスっていうか、陰キャバス……?」
「葵ちゃんまで!?」
っていうかちょっと上手いこと言ったつもりになってない!?
普通にディスってるからね!?
「いいですねー。陰キャバス。ファンネームはそれにしましょう」
「やった」
「やったじゃないよ!?」
「もー、あまねさんは頭が固いですねぇ……それじゃあ後でプイッターとかの投票使って、陰キャバスで良いかどうか聞いときます」
……環ちゃんがここまで自信満々だと普通に通っちゃいそうな気がする。いやまぁ視聴者さんたちが本当に納得してるなら良いんだけどさぁ。
「あとは配信はじめと配信終わりの挨拶ですよね」
「あー、確かにちょっと独自色あるイメージですね」
環ちゃんに褒められて嬉しそうな葵ちゃんがノリノリになってきた。葵ちゃんは基本的に環ちゃん全肯定派なのでこのままだと酷いことになりそうな気がする。異世界組は案を出せるほど知識ないしなぁ。
いやクリスはゲーム配信とかチョコチョコみてるっぽいけどアイデアとか出してくれるタイプじゃないしね。
ここはこの配信の主で、皆のリーダーでもあるおれがしっかりしなきゃだ……!
「しっかり、ねぇ」
「が、頑張るよ?」
「無理」
「えっ!? 酷くない!?」
「無理なものは無理」
「そ、そんなことないし! それに――」
「……?」
「無理そうなら、クリスが助けてくれるでしょ?」
「///」
「あ、デレましたね」
「しー! 環ちゃん、静かにせないかんよ!」
「柚希ちゃん!? 環ちゃんも!? 何見てるの!?」
「環ちゃんな『てぇてぇシーンば撮らないけん』言うて」
「あ!? カメラまで!? 没収!」
「(あとでこの動画あげますよ?)」
「…………ぼ、没収すべきな気がする」
「(こないだ××した時のもあげますよ?)」
「な、なんでそんなの撮ってあるの!?」
「えっ、要りませんか?」
「要る! 要るけど!」
「……あまね。20行前を読み直してきて」
「メタいな。……で、20行前って?」
「この体たらくで」
「あっ」
「しっかりする、ねぇ」(以下無限ループ)