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◆060 いや、えっ?

 栃木の朝は、清々しい。なんといってもまず空気が違う。

 ベッドから降りて、転びそうになるのをぷるぷるの脚で耐え切ってからカーテンと窓を開けていく。危ない……もう少しで何もないとこでコケてガラス窓に頭から突っ込むところだった。

 スプラッタ過ぎてドジッ娘じゃないでしょそんなの。

 いや脚がぷるぷるなのは昨夜の頑張り(・・・)のせいであってドジっ娘関係ないけどさ。

 ふぅ、と息を吐いて朝日の入った部屋へと視線を向ける。

 そこには、死屍累々といった体の皆がいた。

 クリスはベッドの上で大の字になって眠っていて、ルルちゃんと柚希ちゃんがその両脇を固めている。柚希ちゃんは膝を抱えるように丸くなっている。

 ベッドの端に目を向ければ環ちゃんが上半身だけベッドに乗せて、下半身はカーペットに落ちて膝立ちになってるのは昨日、最後の方に――いや、止めとこう。朝から我慢できなくなっちゃう。

 魔力量的には朝から野生の本能(ウルトラ・ビースト)全開になるのは避けたい。

 環ちゃんからは甘めのミルクのような香りがほんのりと漂っているけれど、その原因であるアルマは環ちゃん――とついでに全員分――の着替えと身体を拭くためのタオルを用意しにいってくれている。

 まぁ、全員服とか着てないからね。しょうがないね。


「……? 人数足りなくない?」


 皆に回復魔法を掛けてから、姿が見えないリアと葵ちゃんを探す。すでに起きていたらしい二人はお風呂に入っていた。

 ああうん。二人ともベッドに入るとまったく抑えが効かなくなるタイプだし、みんなにガッツリサービス(・・・・)してもらって早めに気を失ってた(ねむりについた)もんね。

 (S)ービスされて大(M)ンゾクってね。

 早起きして、色々べたべたしてたりすると、お風呂でさっぱりしたくなるよね。 

 葵ちゃんが本能に忠実なのはクリスの特訓で野獣(ビースト)化した結果ですか?

 もうがっつくというかなんというか、とにかくすごいんだよ、葵ちゃんは。

 環ちゃんのお願い(・・・)には全部応えるしね。

 脱衣所から風呂場の様子をこっそり窺うと、二人は洗い場で何やらイチャイチャしているようだった。

 すりガラス越しに、肌色のシルエットが重なっているようにみえる。


「葵さん? どうですの?」

「んっ……きもち良、……あっ、りあ、おねーさま、っ」

「ここですのね? ここが良いんですのね?」


 うん。分かるよ。

 これ、ラノベとかアニメとかだったら驚いてドアを開けるとマッサージしてもらってたり、背中とか頭を洗ってもらってたりするんだよね。

 音声だけで恥ずかしい妄想をしちゃうけど結局は勘違いでした、って奴だ。

 うん、そうだよ。

 そうに決まってる。


「んぁっ……だめっです、んっ」

「あら、こんなに一生懸命可愛がって(・・・・・)あげているのにダメだなんて、葵さんたら意地悪なのね」

「ぁふっ……だって……んっ、そこは……っ!」

「んふふ……身体は正直ですのね? ダメなんて言っておりませんわよ?」


 マッサージ、マッサージです!

 だから確認する必要はないんですっ!

 あの中に入ったら百億パーセントただじゃすまない! 骨の髄までしゃぶり尽くされる!

 おれの中の淫魔(サキュバス)の本能がビンビン反応してるから間違いないもん!

 四十八計逃げるに如かず、である。


 さて、それからだいたい一時間くらい後だろうか。

 二人が長湯(・・)でのぼせたところをアルマに発見され、救助された辺りで皆が起きてきたので朝ごはんだ。いや、流石に時間が遅いから、朝兼昼(ブランチ)か。

 アルマが一人一人に合わせた食事を作ってくれることもあって、皆で和気あいあいとお喋りをしながら待つ。

 最初は手伝おうとしたんだけど止められちゃったしね。


「あ、アルマの作る食事は美味しくありませんか……!? 口にできないないほど酷い味ですか!? 豚鬼(オーク)の餌以下ですかっ!?」


 必死の形相で縋りつかれて、大らか光属性の柚希ちゃんでさえ引いていた。環ちゃんがうまく執り成してくれたけれど、それからはアルマが家事を一手に担ってくれる。

 ちなみにアルマは洗濯機を「汚れの程度や衣服の素材も自己判断できない無能」と蔑んでおり、謎の高速振動をしながら全て手洗いしている。

 全身が高速振動してる見た目が普通に気持ち悪いしこの大所帯の洗濯ものがたった5分で終わるとか正直意味わかんないけど、まぁ綺麗になってるので良いってことにしておこう。


「あ、お兄」


 なんやかんやと話をしながら運ばれてきた朝食に舌つづみを打っていると、柚希ちゃんがスマホを見て呟いた。

 おれは朝食無し、と言ったんだけども、アルマに断られてしまい、果汁100%のジュースとか手作りのスムージーとかを出してもらっている。ほら、あんまり突っぱねるとアルマの奉仕中毒(びょうき)が再発するし。


「お兄な、あまねちゃんに会いたかー言うとる」

「おっけー。特に用事ないし行ってくるよ。どこ行けば良いとか聞いてる?」

「んー、葵ちゃんの家ば()るって」


 葵ちゃんの家って……要するに土御門邸だよね?

 なんでだろ。

 首を傾げながらも《転移》で土御門さん家の庭に出向く。皆まだご飯中だし、必要ならもう一度《転移》してもいいのでまずはおれだけだ。

 庭先にはすでに正樹さんと土御門さんが立っていた。

 いまだに仕事に忙殺されている土御門さんに回復魔法を掛けてあげると無言で頭を下げられた。

 表情はいつも通り不機嫌系なので何を考えているのかは不明のままである。


「えっと、おはようございます……?」

「おう。来てくれてありがとうな」


 相変わらずマッシヴなイケメンの正樹さんは、おれの姿を認めるなり太陽にも負けない爽やかな笑みを浮かべた。

 珍しくラナさんはいない。

 二個イチっていうか、バカップルっていうか、いつでも一緒のイメージがあるから意外だ。ずっと一緒にいて、最終的には溶け合ってバターになりそうな感じだし。

 ラナさんどーしたんかな、なんて想いながら正樹さんを伺っていると、正樹さんは急に頭を下げた。


「こん間ん披露会では助かった。ほんなこつ(ほんとうに)感謝しとー! ありがとう!」

「ん? 披露会?」

「おう! (おれ)もあん場所におったけん、あまねちゃんに助けてもらえんかったら危なかった」

「エッ!? あの場所にいたんですか!?」


 なんで!? というかどこに!?

 驚くおれに、土御門さんが補足を入れてくれた。


「正樹殿はラナ殿の戸籍が欲しかったらしくてな」

「おう。入籍ばせんとコウノトリがよう来よらんけん」

「街中で偶然知り合った男が戸籍を手に入れるだけの伝手を持っていたとのことだ」


 はい?

 何それ、ヤクザか何かと知り合ったの?

 困惑するおれに、土御門さんは渋い顔のまま説明を続ける。


「で、だ。その男は祓魔師協会の理事(・・・・・・・・)をしており、戸籍と交換で披露会で結果を残すことを依頼してきたそうでな」

「エッ!? アッ!? ええっ!?」


 それって、依光氏だよね!?

 ってことは、正樹さんは、


「フード・ザ・カブキ!?」

「おう! かっこ良かったろ!?」

「ええええ!?」

「いやーすまんかった。まさか依光さんな悪人やとは知らんかったけん」


 結局、大会途中で死んでしまったために戸籍はもらえずじまい。そこに、在野の祓魔師を野放しにしておけないと土御門さんがコンタクトを取ってきたらしい。

 ラナさんの性質が逆転したお陰でどんどん強化されている正樹さんは、こうして対峙しているだけでもハッキリとわかるくらい魔力量が多くなっていた。

 そりゃ強い訳だよ……元々が柚希ちゃんの管狐くらってもケロッとしてたくらいなんだもん。魔力量が増えれば身体強化に使える魔力も増えるわけで、披露会で見せたあの異常な耐久力も納得である。


「何で正体隠してたんですか!?」

「危なかことばしとったら、ラナば心配さして(・・・)しまうけんな」


 結局は土御門さん陣営で祓魔師登録することで戸籍をゲット。今日はそのお礼を伝えるためにおれに連絡をいれたとのことであった。ちなみにおれたちにくれた――そして結局おれたちがいけなかったナイトプールは、依光氏による接待の一環であるようだった。

 そういうことだったのか……祓魔師協会の理事は感覚おかしくなるくらいの金持ちだから、適当な接待でも高額なチケットをポンとくれるくらいはするんだろうな。わざわざ決勝の日が指定になっていたのも、『勝ってパァッと遊べるように』とかなのかも知れない。


「そ、そうですか……お役に立てて何よりです……」


 なんか、一気にどっと疲れてしまったおれは適当に挨拶をして別れた。

 ちなみに土御門さんからは前回よりもさらに一桁多い報酬を提示されたので、即座にOKを出した。あの事件で依光氏の他にももう一人理事が亡くなっていて、理事会は瓦解寸前なんだとか。

 事態収拾の音頭を取っていることもあり、宙に浮いた利権をガンガン掻っ攫っているらしく、報酬も実質青天井だと悪い笑みを浮かべていた。

 亡くなった人やその家族への保障はどうなっているのか聞いたところ、依光氏やその陣営でこのままお家ごと消滅しそうなところの私財を粗方回収してきたから金銭的にはまったく問題がないらしい。むしろ、予算が増えるまであるとのこと。

 足りなければ金銭はさらに協会からも出すし、それ以外のケアもきちんと考えているようなので一安心である。


「唐突に家族を亡くしたせいで精神的な負担が大きくてな」


 そこで登場するのは、とある国(・・・・)で『身体を癒し、心を救う』と謳われ信仰されている女神様だ。精神的な傷を回復させる女神様の魔法と医師のカウンセリングや服薬を併用して治療したいんだとか。

 いや、それは良いんですけど。

 良いんですけども。


「……なんですかこのあまね真教入信リーフレットって……!」

「ああ、患者向けに宗谷殿のことをどう説明するか悩んでいたら、環くんが相談に乗ってくれてな」


 環ちゃんの仕業かああああああああああああ!?

 いったいどこを目指してるんだよっ!?

 リーフレットには、アルマによって加工されたであろう妙に神々しいおれの写真が印刷されている。《月華の女王》となっているおれが慈愛に満ちた表情を浮かべている姿は、楚々とした雰囲気でありながらおれ自身でさえドキッとしてしまうような妖艶さがある。

 加工ってすごいな……!


「被害者は祓魔師の家系だから、口止めはできると思うが」

「ぜ、ぜひお願いします! もうガッツリと! ええそれはもうしっかりと!」

「……口が軽そうな者は処分(・・)しておくか?」

「しないよ!? 極端すぎません!? っていうかそれじゃ何のために治療するのかわからないですし!」

「……冗談だ、怒るな」


 祓魔師協会がダーク過ぎて本気か冗談か分かんないよ!

 そんなやり取りをした後、おれは二人に別れを告げて別荘に戻ることにした。帰る直前、正樹さんに呼び止められた。

 戸籍も無事にゲットしたことだし、正樹さんとラナさんは近いうちに入籍して挙式するそうだ。

 ラナさんのウェディングドレスを独占したいから家族親類のみの小さな式にする予定だけれど、おれたちにはぜひ参加して欲しいとのことでした。

 ラナさん側の親戚と、新婦の介添え(ブライズメイド)もお願いしたいってさ。

 そうだよね。ラナさん親戚いないだろうし、結婚式とかでラナさん側だけがスッカラカンなんてのは可哀そうだもんね。

 帰ったら環ちゃんか柚希ちゃんに式に参加するときの洋服について相談することに決めて、おれは栃木へと《転移》した。


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