◆059 ロリコン
せいはいが。
おれのきぼうが、こわれちゃった……!
ショックで何も考えられなくなったおれを案じてか、ルルちゃんやクリスが寄り添ってくれた。もしも誰も寄り添ってくれなかったら、葵くんと同じく絶望に膝から崩れていたことだろう。
まぁ物理的に支えられてるから崩れないだけでおれの膝は一切力入ってないけども。
「あまね、気を落とすな」
「る、ルルがついてるです!」
二人の励ましのことばが耳を素通りする。
ちんちん……もうちんちんが生えてこない……!
ぽろりと零れたおれの涙をみてか、クリスがおれを抱きしめてくれた。ルルちゃんも背中を庇うようにしておれに抱き着いてくれる。
柚希ちゃんもおれを案じて近づいてきてくれたけれど、顔色を変えた環ちゃんに制止された。
「柚希さん! 正樹さんに連絡入れてください! 聖杯が壊れたってことは、ラナさんに何か異変があるかもしれません!」
「ッ!」
その通りだ。
聖杯の力でラナさんは性質を逆転させているんだから、もしかしたら聖杯が壊れちゃったことで不具合とかがあるかも知れない。
柚希ちゃんはパパッとスマホを操作して正樹さんへと電話を掛ける。環ちゃんにもリアルタイムで様子を伝えるため、スピーカーモードに切り替えたらしく、おれにも声が聞こえてきた。
「あ、お兄、今ラナさんば近くにおる?」
『おう。おるぞ。今な、わんために料理ばしてくれとる。羨ましかろ?」
「そげんこと言っとる場合じゃなか! ラナさんに何か異変なかと?」
『ラナに? ……あるぞッ! いつも以上に魅力的で信じられんほどじょうもんばい! 天使かもしらん!』
「馬鹿っ! 阿呆っ! 惚気とる場合じゃなかーっ!」
電話口に怒鳴る柚希ちゃんから、環ちゃんがスマホを取り上げる。
「あ、正樹さん、環です。ラナさんに代わってもらえますか?」
『おう、良かよ』
「ラナさん、その後、体調はどうですか?」
『お久しぶりですぅ。最近はまぁくんが甘えん坊さんで大変なんです。あ、でもでも、甘えん坊さんっていってもすっごく優しくて男らしくリードもしてくださって――』
約全員が沈黙した。
思わずおれの涙も引っ込んじゃったよ。代わりに目からはガムシロップが零れてきそうだ。
その後、何とか環ちゃんが聞き出したところによれば変調は一切なし。
よくよく考えてみれば聖杯を壊したあとも葵くんが男性フォームのままだったわけだし、問題の有無は葵くんを観察するだけで分かったんだよね。
はぁ……。
怒る気力すら湧かなくなってクリスとルルちゃんに身を預けていると、当の葵くんが電話口へと向かった。丁度、柚希ちゃんが電話を切るために正樹さんへともう一度代わってもらおうとしたタイミングであった。
ふらふらと幽鬼のように歩く姿に引いてしまい、皆で場所を空ける。
「あ、兄貴ぃ……俺、振られちゃいました……!」
『ん? 葵か? ……環ちゃんな恋人おるーって言うとったもんな』
正樹さんは一瞬で声の主が葵くんであることを看破すると、優しく諭し始める。
というかちょこちょこ連絡とってるとは言ってたけど、恋愛相談までしてたんだ……。
『付き合うっちゅーんは相手ん気持ちもあるもんやけん、そげなこともある。告白でけたんは凄いことばい』
「ううっ……ぐすっ」
『ばってん、きさんはいっぺん振られた程度で諦めつけらるーか?』
「……諦められないですっ! 大好きですッ!」
おおう!?
随分はっきりと言い切った。男らしいというか清々しいというか。
相手が環ちゃんじゃなかったなら応援してあげたいくらいに一途である。
『答え出よったな。何を捨てようが、どげん無茶言われようが、そん気持ちば貫けば良か』
「あ、兄貴……! 分かったよ兄貴!」
言いながら葵くんはぼふんと音を立てて女の子フォームになる。
「お、俺と付き合ってください! 大好きです!」
「んー、でも私、あまねさんと付き合ってるし? クリスさんも柚希さんもルルちゃんもリアもいるし、アルマもいるからなぁ」
「なら俺がそこに入っても良いんじゃないですか!?」
葵くんの提案に、環ちゃんは面食らった顔をした後に、実に悪い顔で微笑んだ。
「わたしだけじゃなくて、皆と一緒だよ? それに、1番はあまねさんだよ?」
「い、良いです! 環さんのそばにいられるなら、全然かまわないです!」
「私、男はホントに嫌いだから、男に戻るの許さないよ?」
「戻りません! 二度と! 絶対に!」
葵くんは実に堂々と宣言をした。
宣言してしまった。
「ちょ、ちょっと待て!? 葵くん!? 正気に戻って!?」
「正気です! あまねさん、お願いします! 何でもしますから俺も仲間に入れてください!」
慌てて葵くんを止めるが、既に時は遅い。
「それとも疑っているんですか!? 本当に女の子になってますよ!? 確かめますかっ!?」
「い、意味わかって言ってる!?」
うっ、と言葉に一瞬だけつまった葵くんだったけれど、次の瞬間には決意を固めた表情になる。返答を聞く前に答えがわかってしまい、げんなりする。
「えええ……本気……? 後戻りできないよ?」
「押忍! よろしくお願いします!」
こうして、葵くんもとい葵ちゃんがおれたちの仲間に加わることとなった。
ちなみに土御門さん一家にそれで良いのか聞いたところ、
「宗谷殿に言われた通り素直になることにした。息子……ん? もう娘か。娘の恋は応援してやることにしたんだ」
「あらあらあら。葵さんが本当に女の子になってくれるとは思いませんでした。うふふ、我が家がもっと華やかになりますね、貴方」
「えっ、環ちゃんから聞いてませんか? 私、男女とかそういう偏見ないですよ?」
なんで誰も止めないんだよおおおおおお!?
土御門さんもこんなときに限ってデレ始めるんじゃないよ!?
「じゃあ梓ちゃんの恋も応援するんですか!?」
「グッ……当たり前だろうがッ!?」
じゃあなんでキレてるんですか。
本気で頭を抱えたおれに、三条さんがこっそり近づいてきた。
「若も御当主も猪突猛進なところがありますので、今は止まらぬかと。跡継ぎのことならば、あとで私が環様に話を通しておきます」
養子を取るなり、その時だけ環ちゃんに許可を取ってから男に戻って相手を見繕うなりすれば問題はないでしょう、とのことであった。
……もう知らない。
「ふふふっ。私のことは気軽にリアおねえさまと呼んでくださいな。大丈夫ですよ、すぐに病みつきにして差し上げますもの」
リアが不穏なこといってたけど、おれのせいじゃないもん!
おれは悪くない!
逆転の聖杯が失われたことすら忘れて逃げるように場を後にしたおれが、『葵くんが淑女になるためのレッスンを受け始めた』と聞いたのは、その夜、環ちゃんに誘われた葵ちゃんがリアに可愛がられ過ぎて失神したあとだった。
そんなわけで現在に戻る。葵ちゃんは自ら進んで淑女になるためのレッスンを受けているのだ。環ちゃんが梓ちゃんと仲が良いことから、まずは姉に近い所作を身に着けたいとかなんとか。
そして、葵ちゃんが女の子になったことで問題が一つ浮上した。
「ああああ、葵さんっ! ぼ、僕と真剣交際をっ!」
「ウザい! キモい! 俺は女になったけど男に興味はないんだよっ!」
レッスンの場で大人しく待っていた御仁、おれが後回しにしていた男の登場である。
祓魔師家系の名門で当主を努め、近接戦闘では最強と名高い男。
にも関わらず、ロリコンであるために懇意の女性がいない臼杵氏であった。
東京ドームの件で土御門さんに用事があった彼は、土御門邸で葵ちゃんと偶然出会った。そして、
「……桃のような甘酸っぱいかおり……! よもや女子に……!?」
意味不明な嗅覚で葵ちゃんが女の子になったことを突き止めると、唐突に求婚を始めたのである。愛娘に近づく不審者は、土御門さんが追い払うのが筋なんだろうけれど、仕事が忙しすぎて無理だったので土御門夫人が代わりに撃退することになった。
保護者だし。
だが。
「ふふっ。葵さんったら、さっそくモテてるのね……!」
葵ちゃんがモテていることに何故かご満悦になってしまった夫人は、淑女レッスンを邪魔しないこと、葵ちゃん相手に実力行使で無理強いをしないことの二点を約束して、あっさり中に招きいれてしまったのだ。葵ちゃんの気持ちを尊重するなら、口説くのはご自由にどうぞ、と。
後から聞いた話だと、臼杵家に借りを作っておくのはかなり美味しいらしい。葵ちゃんと懇意になれずとも、取り計らったという事実があれば充分なんだとか。
ちなみにこのロリコン、幼いとみれば見境なしでリアとルルちゃんのことも口説こうとしてきやがった。
おれとリア、ルルちゃんがきゃいきゃいやってるところに近づいてくると、スッと懐からいちごみるく味の飴玉を取り出す。
……常備してんの?
「君はうさぎのお耳が愛らしいね……そちらの桃色の髪のお嬢さんもあどけなくて可憐だ。お名前を聞いても良いかな?」
「? ルルとリア様にはお名前を聞いて、あまね様には、聞かない、です?」
こてんと首を傾げたルルちゃんだけど、臼杵氏はおれを見て眉間にしわを寄せた。
「あまね……ああ、このババアか。あの事件のときに貴様の本性をみたぞ。いくら若作りをして誤魔化そうとしても、貴様の真の姿は二十歳のババぁるべぁヴぉッ!?」
すっごい失礼なこと言われた気がしたのであまねファイアをぶっ放してやった。二十歳でババアとか舐めてんのか。
土御門夫人は妖艶な感じがするし、柚希ちゃんママだって色気がすごい。
三十だろうと四十だろうときれいな女性はきれいなんだよ!
ぷんすこしながら放ったあまねファイアは当然の如く避けられちゃったけど、臼杵氏が飛び退くのに合わせてリアが追撃を放ってくれた。あまねおねえさまを侮辱したから、とのことである。
リアの攻撃が割と良い感じで刺さって薄汚いロリコンは派手に吹き飛んだ。
ざまーみろ!
おれを侮辱したことをおれ以上に怒ったルルちゃんとリアからゴミをみるような目で見られ、臼杵氏は結局最初に狙った葵ちゃん一本に狙いを定めたようであった。土御門夫人から口説いてもOKという許可を得ているのが大きいっぽい。
いや、葵ちゃんも諦めてよ。ゴミどころか汚物を見るような視線が突き刺さってるでしょ。
「ま、まずはお互いを知るところから始めよう! 好きなテレビ番組は『お母ちゃんと一緒』です! 葵さんは!?」
「言うか馬鹿! 消えろロリコンっ!」
いや、何で幼児向けの番組を見てるんだよ!?
視聴目的を考えると寒気がする……!
男から口説かれることにメンタルを削られているらしく、葵ちゃんは逃げるようにおれたちのところに入り浸るようになりました。
本人の希望もあり、当然ながらぱくっといただきました。
女の子の身体に不慣れなこともあって、非常に初々しく美味しい魔力でした。まる。