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02


 それは、後から言われるに、太平洋戦争がすでに『末期』に入った頃。


「父上、お(いつものようにおかあさん、と言おうとして改めたらしい)母上、村のみなさま、行ってまいります」

 そう、彼は言ったのだそうだ。挙手の礼のままで。

「必ず手柄を立て、お国のために……」


 曾祖母は、涙の陰でほんの少し、感じたそうだ。


 ―― いつもより、張り切りすぎているのかしら。と。


 もともと、体のよわい子だった。

 次男、三男は地黒でいかにも田舎にふさわしい動きの活発な子であった。

 しかし、長男である彼はもとより病弱で、何度も背負われて医院の戸を叩いたくちだった。


 田舎には珍しく、高等学校に進み、文学の道に進みたい、と勉学にいそしんでいた。

 ようやく師となる方をみつけ、そこに身を寄せようとしていた矢先――


 赤紙に、呼ばれたのだ。


 それでも家の中ではいっとう、国のことを憂いていたかとは覚えがあった。

 白い顔を赤く染め、父と大激論を交わしたこともあった。いわく

「わたくしのような者が、正義のために戦わずして誰が」


 曾祖母はその日も、長男を送らんと、村の大勢と駅のホームに立っていた。

 もちろんその時は、自らの足で。


 村から5名の出征があった。長男はその中でもひときわ背が高く、りりしく、勇ましく『立派な兵隊さん』としてその場に光り輝いていた。

 兵隊さんとなった彼は、最後に母の手を両手で握り、言った。

「千人針、肌身離さず持ち歩くから」


 戦況は日々、逼迫していた。

 村の連中は、5人の母も含め誰もが、彼らを送ることはあれど、迎えに出ることは多分ないだろうとの予感を胸の奥底に熾火のごとく抱えもっていた。

 しかし、


「いってまいります!」

「万歳!! ばんざーい!!」


 暑い日ざしのあまりの眩さに、焚きつけるような蝉の大合唱に、つんざくような汽笛の音に、時折濃く鼻をつく石炭の黒煙に、

 誰ひとり、あらがえなかったのだ。



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