雨の日の電車
私は外を見ると雨が降っていた。
今日は朝の8時くらいから雨が降るという予報だった。天気予報は当たったようでポツリポツリと降ってきたと思いきや土砂降り。
「あの人大丈夫かしら」
あの人、というのは私の夫だ。
去年結婚し、専業主婦として私は家事をこなし、夫が仕事に行く。
それなりの地位についてることもあり稼ぎはいいほうだ。
私が雨粒がついてる窓枠を見ていると携帯に着信が入る。夫だった。
『悪い、大事な書類を家に忘れてさ…。悪いけど届けてくれないか?』
「この雨の中ぁ?」
『ごめん! ほんっとごめん!』
「しょうがないねぇ」
『書類は俺の部屋の机の上に乗ってあるから! 頼む!』
「はいはい。じゃ、切るよ」
『ああ、待て! 電車は、使うなよ?』
「はあ?」
意味がわからない。
夫の会社は電車を使わないといけないのだ。私は車の免許は持ってない…。どうやって行けと言うのだろう?
『決して電車は使うな…。電車というか、駅には行くな』
「意味がわからない。なんで?」
『行っちゃいけないんだ。とにかく行くなよ!』
とあまりに念押してきて少しうざったく思える。
じゃあどうやって行けばいいのと思いながらも通話を切る。
たしか机の上に乗ってあると言っていたな…。
夫の部屋に行くとたしかに茶封筒に包まれた書類が置いてあった。
私はそれを鞄の中に詰め込み、レインコートを羽織って外に向かう。
電車は使うなよと言われたが夫の会社に行くには電車しかないだろうし急ぎなら電車のほうがいいだろう。
満員電車で私がギュウギュウにされるのが嫌なんだろうか。可愛いところあるじゃん。
私はそう解釈し駅に向かった。
駅は人がいなかった。駅員さんはいるが、利用客は見当たらない。
「もう出勤時間は大幅に過ぎてるしこの少なさが普通なのかしら」
あまりにも人の少なさに疑問を感じつつも私は電車の切符を買った。
お金を入れ、切符を買う。
すると、切符は真っ黒に染まっていた。
「故障かしら?」
私はその真っ黒の切符を持ち駅員さんのところに向かう。
若いイケメンの駅員さんが立っていたので切符を見せて苦情を言う。
「ちょっと! 切符が黒くなって出てきたわ! 金返しなさいよ!」
私がそう詰め寄ったときだった。
その若いイケメンの駅員さんは笑顔になり、申し訳ありませんでしたと低い姿勢を示して改札を通してくれた。
「でもこの真っ黒い切符…。インクが漏れてたのかしら?」
だとするとあの券売機は直した方がいい。そう言ってあげた方がいいのかしら。余計なお世話?
私はホーム内に入り切符をポケットにしまい、携帯をいじる。時刻表で確認すると次の電車はあと十分後ということなので暇つぶしは少なくて済むだろう。
ただただ不気味なのは人がいないこと。
「こうも静かだと逆に不気味…」
あまり電車を利用したことがないのでいつもの光景は知らないけどこんなに静かなものだろうか。
この少なさじゃ満員電車にはるはずもないわよね…。だとするとなんであの人は電車を利用するな、と言っていたのかしら。
すると、その時だった。
私の隣に誰かが座る。誰か、がわからない。顔が見えない。黒いモヤがかかっていて、よく見えない。
な、なんか冷気を感じる…。寒くなってきた。夏だというのにこの寒さは異常よ。
冷気はその人から放たれているようで、少し距離をあけると少し暖かくなる。だがしかし寒いことには変わりない。
な、なんなのよこの人…。その服の中に冷却装置とかつけてるのかしら。人の迷惑も考えなさいよ。風邪ひくわ。
「……あの」
その人が話しかけてきた。
「あなたは、未練はありませんか?」
「未練ん? 何よ突然。そんなこと聞くの?」
「いえ、なんでもありません」
未練、未練ね。
正直結婚してからというもの、毎日が楽しくて充実してる。結婚前にやり残したことはないし、結婚して楽しいから未練はないわね。
「未練はないわよ。ま、見ず知らずのあなたになぜそんなこと聞かれなくちゃならないのか知りたいくらいよ」
「そうですか。よかったです」
「よかった?」
なにがよかった?
私が質問に答えた瞬間、少し顔が見えたような気がした。
私は少し見えた顔を見て、思わず顔を青ざめる。
「…私やっぱ電車利用するのやめるわ。風邪ひいたかもしれない。家に帰るわ」
私は立ち上がり、帰ろうと出口の方に向かうと、ゾロゾロと黒いモヤがやってくる。
「なっ、なに!?」
私は黒いモヤの波に飲み込まれていく。
苦しい…! 息ができない! な、なによこれは! 呼吸困難!? 苦しい!
首が痛い! まるでロープで締め付けられてるように痛い!
「ぐおお……! た、助け…」
「フヒ、フヒヒ。逃しませんよ。あなたは電車に乗ってもらいますからネ…」
と、黒いモヤに包まれていた顔があらわになった。
「うっ…」
私は思わず吐いてしまう。
その人の顔は、目玉が飛び出しており、生きているとは言い難い容姿だった…。
私の中で危険信号が鳴り響く。逃げなくては…。本能的に逃げないといけない!
だがしかし、苦しい。
少し呼吸ができる程度に締め付けられている。
「す、少し呼吸が出来る程度ならまだ…!」
私は立ち去ろうと走る。
だがしかし、どんどん首が苦しくなっていく。駅から出るときには呼吸ができないくらい苦しくなっていた。
で、出れない…?
私は苦しい首を押さえながら駅の中に入ると、少し苦しさが和らいだ。
男の姿が見えない。追ってきていない。だがしかし、出れない。
出たら、首を絞められて死ぬ…。
私は、その事実が分かったとき、ひどく後悔した。
なぜ夫の忠告を聞かなかったんだろう。
そして、疑問を感じた。
なぜ夫は知っているのだろうか。
気になることはあるにせよ、ここから脱出する方法を探さないと…。
私は苦しい首元をおさえつつ辺りを見渡す。すると、私は気づいてしまった。
「駅員がいない…?」
どこを見ても駅員の人がいないのだ。
改札口にもどこにも立っていない。あの若いイケメン駅員もいない。
「フヒ、フヒヒ。見つけましたよォ…。もうすぐ電車が来ます。乗り遅れないようにもうホームで待っていましょうかァ」
ねっとりとした喋り声のその男。
ガシッと手を掴まれ、抗えないような力で引っ張られていく。
私は、乗るしかない、のか?
あの電車に乗り込むのはまずい気がするのだ。なんていうか、戻って来れないような…。
嫌だ、死にたくない!
「どうにかして逃げてやる…!」
「フヒ、フヒヒ。無駄です。人は運命からは逃げられませんからァ」
と、男が言った。
運命? 電車に乗るのが運命?
「フヒ、フヒヒ。あなたはもう私の正体も、あの電車も気づいてますよねェ?」
考えられる可能性はあった。でも、信じられない。
嫌だ。やめてくれ。私をあの電車に乗せないでくれ。
「やめろ! 私を連れてくな! やめてくれええええ!」
私はなんとか振り解き走っていく。
「うぐっ…!」
苦しい…。息ができない。
死ぬ、死ぬ。死にたくない。私は死にたくない。やめろ、やめてくれ。
私をどこへ連れていくきだ。私はまだやり残したことがたくさんある! 生きたい、死にたくない!
苦し悶える私の後ろから足音が聞こえてきた。
私は、一歩でも遠くに行くよう歩き出すが、呼吸ができない。
なんで、なんでだよ。なんで私がこんな目に!
「………………!!!!」
喋れない。
もう、ダメだ。私は死ぬんだ。あのとき、なぜ聞いておかなかったんだろう…。
男は私の足を掴む。
そして、私は引きずられていった。
ホーム内に入ると呼吸が出来るようになった、が、もう私は呼吸したって無意味なのだ。
死ぬ。逃げても、捕まっても死ぬ。
怖い。怖い怖い怖い怖い!
「ほぉ〜らァ。もう電車が来ちゃってますねェ」
「…………」
「あららァ、壊れちゃいましたかァ。抵抗しなくなったのは嬉しいですねェ。さっ、乗りましょうかァ」
助けて、誰か…。
私を助けてくれるのなら言うことを聞くから。ちゃんと悪いところを直していい人になるから…。
助けて、ください…。
私は目を瞑る。
「雪菜! 激しく痛いだろうが、我慢しろよ!」
「…………夫の声が聞こえる」
私は、そのまま意識を失った。
目が覚めると、病室にいた。
隣には夫が座っている。あれは夢だったのか…? だとしたら随分怖い夢を見た。
「目が、覚めた、か」
「……」
「あれほど電車を使うなと言ったのに…」
「…夢じゃないの?」
あれは夢ではなかったのだろうか。
「ああ。あれは現実だ。紛れもなく現実。足を見てみろ」
というので私は自分の足を見る。
膝から下がなくなっていた。
「雪菜を襲ったのはカンザキサンっていう幽霊だ。雨の日に人が少ないホームで死んだ人だ。あの霊は恐ろしくてな…。あまりその名を口にしてはいけないんだ。だがしかし、言っておくべきだった」
「あ、いや…」
「カンザキサンは人をあの電車に連れ込む。あの電車はあの世に繋がってると言われてる…。そのホームに入ったが最後、逃げるのは困難を極めるれ
そう夫が説明する。
「えっ、じゃあここは…?」
「ここはあの世じゃないよ。体の一部さえ持っていかせりゃいいのさ。雪菜は足を掴まれていたからな。足を切らせてもらった。俺も指を切り取った」
と、夫の小指が丸められていた。
た、助かった…?
「……俺にいうことは?」
「……ありが、とう。そして、ごめんな…さい」
「よろしい。ま、雨の日以外はカンザキサンは出ないから安心しなよ」
夫がそういうので、私は胸を撫で下ろす。
「あと話変わるんだけどさ」
「なに?」
「この部屋、少し寒いな」
夏のホラーの企画をやるそうでなんとなく興味を持って投稿してみました。
怖く書いたつもりですが…。うーん。