5ー不穏な気配ー
鬱蒼とした森の中。夜空の下の森林は、墓地とは違うねっとりじっとりとした恐怖が付き纏う。風が吹き、木々を揺れるだけで精神に多大な負荷を与える。鳥も小動物達も寝静まったこの時間帯は、陽光に弱い魔物達の活動時間。息を殺し、気配を隠し、古めかしい口調の幼女に飛ばされた男達は慎重に森の中を移動していた。
ミッドナイトの食堂で大量の料理を注文した辺りから、あの2人組の子供には目を付けていた。女の子は、紫色のウェーブのかかった長髪に長い睫毛に縁取られた翡翠色の瞳の美少女。大人になれば大層な美女に育つ事間違いなし。もう1人は男の子。菫色の肩で切り揃えられた綺麗な髪、女の子に向けるアイスブルーの瞳はとても温かみがあった。
他では見ない、見目麗しい子供。大人の姿が何処にもない。ミッドナイトの受付嬢に世間話をするノリで聞くと本当に大人はいないらしく。また、多額の金を所持しているとの情報も手に入れた。ミッドナイトは『カシス街』で最高級の宿屋。金額も馬鹿にならない。
そこで男達は画策した。あの子供達から、金を奪えないかと。ギルドの仕事として『カシス街』を訪れていた男達だが、報酬が仕事の内容の割に少なく感じていた。他に金稼ぎになる仕事はないかとギルドへ戻る途中でミッドナイトの食堂に立ち寄り、食事をしている所あの2人が来店した。
またとない好機を逃してなるかと男達は、翌日の子供達を尾行した。2人はデザート店を回り、何時二手に分かれるか待っていると――その時は訪れた。
男の子が女の子から金を貰って別の店へ買いに行った。男達は、男の子は後で捕まえてまずは一番高値がつく女の子を捕獲する事に決めた。彼女が大量の荷物を抱えて路地に入ったのを見計らい、声を掛けた。自分達の姿を見て息を呑んだ様子にご満悦な男達は、幾つかの言葉を掛けた後――。
「《失せろ》」
一言。
たった一言。
それも、適当な呪文で男達は、準備も無しに入ればまず遭難する森に飛ばされた。唐突過ぎる展開に彼等の思考は追い付かなかった。あの女の子が使用したのは空間魔術の一種。だが、空間魔術は術者の技術が問われる非常に高度な魔術。あんな生まれて数年しか経っていなさそうな幼女に行使出来る筈がない。しかし、現実問題男達は飛ばされた。『カシス街』を出た先にある森に。ああだこうだ言い合っている内に日は暮れ、外はすっかりと闇に包まれた。
夜の森を移動するのは危険だが、男達は『カシス街』にあるギルドに所属する冒険者。また、森にも何度も入っている。時には夜も。もし、事情があって夜の森に入らなければならなくなった場合を想定して、決して消えない目印をつけていた。術者が死なない限り消えない魔術印を頼りに森を抜け、再び『カシス街』へ戻った男達は心底安堵した。
「はあ~ギリギリだったな」
「全くだ。あの餓鬼っ、ただじゃおかねェ!」
「あァ! すぐにギルドに戻ってマスターに報告だ! あんな上玉を逃したらとなったら、闇ギルド『リーフ・ソード』の名が折れるってもんだ!」
「おうよ!」
逆恨みも同然な怒りを女の子ーモーガンへ抱いた男達。
「やってやるぜ!」顔色が悪く人相も最悪な細男。名をガーリック。
「あの強気な顔を早く歪ませてやりたいぜ!」言っている事も顔も体型も最悪な巨漢。名をデブラ。
2人の悪党は意気揚々と『カシス街』へ戻り、己が所属するギルドへと戻った。
街の中央へ入り、小汚ない路地へ入り奥へ進むと煉瓦の壁があった。行き止まり。ではない。男達は「「開け! リーフ!」」と唱え、そのまま壁の中へ入った。
闇ギルド『リーフ・ソード』の拠点がそこにあった。
正規ギルドと違い、違法な仕事しか受けない此処には、受付嬢なる存在はいない。皆、好き勝手に依頼を取って熟していくだけ。薄暗いギルド内の奥の一角でジョッキのブランデーをごくごく豪快に飲み干した、片目に縦傷を負った強面の男は、闇ギルド『リーフ・ソード』のマスター。名をハインリヒ。昔は正規ギルドに所属していたが、違法だが高額な報酬を受け取れる依頼ばかり受けるせいで正規ギルドを追われ、自ら闇ギルドの長となって荒稼ぎをしている。
夜遅い時間に自分の元へ来たガーリックとデブラの2人に鋭い眼光が向けられる。その厳つい顔と眼光を見ただけで背筋が凍る。
2人は昼に遭った出来事を事細かく話した。『リーフ・ソード』では、人浚いの仕事も請け負っている。あれだけの見目なら、買い取り手は多数いる。高額の金を叩き付けてでも欲しがる連中はいる。その事を熟知しているハインリヒは歪に口端を吊り上げた。
「その餓鬼共がいるのは?」
「ミッドナイトのスイートですぜボス」
「けっ、餓鬼の癖に生意気だな。お前等の話を聞くにその幼女が要注意だな。ギルド総出でその餓鬼共を捕まえるぞ!」
「ですがボス、あの幼女」
ガーリックの言わんとする事が分かっているハインリヒは奥から誰かを呼んだ。
「おい、モーガン!」
姿を見せたのは、青い髪を右耳の下に結って肩へ垂れ流し、扇情的なドレスを着た魅惑的な美女。
「はあ~い。ボス」
モーガンは豊満な胸をハインリヒの太い腕に押し付けるように抱き付いた。ガーリックとデブラがごくりと生唾を飲んだ。
「モーガンはあの伝説の“魔女王”だ。その幼女がどれだけ優れていようがモーガンには勝てやしねェ」
“魔女王”の名は、下っ端のガーリックとデブラでも耳にしていた。世界最強の魔術師にして、5年前起きた邪神の眷族と『五大王』との戦いで活躍した影の立役者。噂では、戦争が終わると同時に忽然と姿を消し、以降誰もモーガンを見た者はいないとか。
そのモーガンがまさか、赤ん坊となった『賢者』の世話をしている最中で母親に間違われるのが嫌で幼女の姿をしている等と……。
彼等が思い付く筈もなかった。
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